魔女の資質 5
夕食はデートの定番となっているファミレスだった。お嬢様である瀬音だったが、こういう店を好んでいることもあってデートの際はファミレスというのが自然な流れだった。
「でも、本当に君は変わった・・・なんかあったでしょ?」
シーフードドリアを前にそう言う瀬音は悪戯な笑みを浮かべるが、ハンバーグステーキにナイフを入れる明日斗は肩をすくめるだけだった。実際、変わったのかもしれない。自覚はないが、覚悟はできた。石垣仙人が何を企てているか、その全容は知れないまでも概要は知れた。その上で手のひらで踊ることを決めたことは大きな心境の変化になっている。全て終わって平穏な生活に戻りたい、その覚悟を。逃げることも容易いが、逃げてどうなるわけでもない。また、明日斗が逃げるという選択肢も念頭に置いた仙人はそれを見越しての動きも見せるはずだ。
「脱童貞おめでとう」
ドリアを食べつつそう言う瀬音にため息をついた明日斗もハンバーグを頬張った。
「してませんけどね」
「シチュエーション的には可能でしょ?水梨さん、椎名さん、高垣先生・・・・やりたい放題」
「そんな度胸があれば、あなたに婚約者を指名された時に胡散臭いと断ってますよ」
「あら、流されるあなただから、そうなのかなって」
「ないですよ」
素っ気なくそう言う明日斗に自然な笑みが漏れた。これまでにはない瀬音のその自然な笑みは明日斗をドキッとさせるが、それ以上は何も感じない。彼女もまた目的のためにりんごたちを危険にさらしているのだから。
「自分を変える勇気もない・・・変えようという意識もない。だけど、今回は逃げないと決めた、それだけです」
「とにかくあなたは全王治の魔の手をかいくぐり、大刀を倒せばいいだけ」
「まぁ、そこは多分・・・・」
全王治の刺客は紗々音が食い止めている。連中にしてもまずは紗々音をどうにかしたいのだろう。木戸無双流の継承者、その肩書もあって要注意人物に違いないからだ。明日斗は知らないが、ついさっきも紗々音は2人の刺客を叩きのめしている。
「不安?」
「練習だとどうってことないんですけどね・・・紗々音だろうが晴人だろうが怖くはない」
「あの大刀も怖いってこと?」
「戦うことが・・・そういうのって、どうなるかわからないから」
「練習でも同じでしょ?」
「練習で相手を殺そうなんて思うやつ、いませんよ」
サラダをついばむ明日斗を見て瀬音はテーブルに肘をついた。闘争本能の欠如、それが仙人の明日斗に対する評価だ。だが、それだけではない。そもそも戦おうという意思がない。祐奈を助けた時のようにそれしか選択肢がない場合を除き、いや、その際も100%勝てるという状況があっての場合だったが、それを除いては戦う意思を持てないのだ。
「妹さんと互角に練習できる人の言葉じゃないね」
「紗々音だって、練習で本気なのと、戦闘で本気なのとは違うよ」
「そうかしら?」
あの戦い好きな紗々音が練習とはいえ兄にさえ負けることをよしとはしないはずだ。つまり、そういう意味では明日斗の戦闘能力もかなり高いと思う。現にあの大崎閃光を倒しているのだから。
「お兄さんは強いんでしょ?」
不意にそう言われた瀬音は一旦スプーンを置いた。そうして水を飲み、それから言葉を口にする。
「あらゆる格闘技を学んだ・・・本当にあらゆる、ね。お兄様は肉体的にも精神的にも強い。石垣を変える、その強い意志の根源もあって、ね」
まるで恋をしている乙女の顔だ。そう思う明日斗は小さく微笑むと食事を再開する。そんな明日斗を見て微笑む瀬音は悪戯な質問を投げた。
「万一、兄と戦かうことになったら、どうする?」
想定の話、だろうが明日斗にとってはどうでもいい。
「どうも・・・負けて終わりでしょうね」
冷たくそう言う明日斗に瀬音は少し不満そうな顔をする。何故だろう、その答えは正しいはずだ。明日斗が仙人に勝てるはずもない。あの紗々音であっても同じだろう。なのに、そういう答えを期待していなかった自分がいる。全力を尽くす、勝てないまでも勝つよ、そういう言葉を期待していた自分がいる。何故だろう。
「そう」
失望が声に、顔に現れている。それを見ても明日斗は表情を変えずに食事を進めていた。
*
薄い笑みを浮かべた仙人が病院を後にする。これはシナリオの修正をするに値する、そういう表情だ。先ほど大刀と面会し、それを実感したのだ。結末は同じ、自分が裏からこの国を操る。しかし、そこまでの道筋を修正し、新たなシナリオを用意する必要が生じた。
「淘汰すべき人間は淘汰する・・・父だろうが母だろうが・・・・妹だろうが」
笑みを消し、滝澤の乗る車に向かう仙人の頭の中では最終的なシナリオが固まりつつあった。
*
帰宅した瀬音はシャワーを浴びてから兄の部屋をノックした。まだ乾ききっていない髪をそのままに部屋に入れば、デスクに向かってノートパソコンを操作していた仙人が目だけを瀬音に向けた。
「どうだった、デートは?」
「楽しみました」
にこやかにそう言う瀬音に苦笑し、ノートパソコンを閉じた仙人はソファに腰かけた瀬音の横に座った。既にシナリオの修正は完了している。あとはそのための道具をそろえるのみだ。2か月後にはすべてが終わる。全王治も、石垣も。
「久しぶりの再会、しかも婚約者候補とだぞ?感想はそれだけなのか?」
湿った髪に触れつつそう言う仙人は風呂上がりのいい香りがする瀬音に少しムラムラしてくる。だからそっとその肩を抱いた。
「お兄様は、例えば、明日斗だろうが紗々音だろうが、そういう人と戦っても勝てる?」
「答えが分かっていて質問をするのはどうかと思うぞ」
余裕の笑みは絶対的な自信の表れだ。この仙人を倒せる者などいない、それは瀬音も理解している。その戦いっぷりも見ているし、名のある格闘家との戦いにも勝利しているその事実も知っている。その瞳に吸い込まれそうになるのを感じる。いつもそうだ、その瞳に宿る妖しい光に魅せられている。だから義理の兄と肉体関係を結ぶまでに愛したのだから。だから、そっと近づく兄の顔を見て、キスを意識した。それは当然のことのはずだった。不意に明日斗の顔が浮かんだの何故か。だからか、反射的に兄の肩をもって肘を張る。拒絶したのだ。驚く仙人の顔を見て驚く瀬音。自分でも何故そうしたのかはわからない。
「ごめんなさい・・・・今日は・・・」
そう言い、瀬音は足早に部屋を出た。閉じられたドアを見た仙人は冷たい目をしたままたたずんでいた。やはり計画に変更はない。
「残念だが瀬音・・・・お前は魔女になりきれなかった・・・・その資質があれば、お前も生き残れたかもしれんがね」
つぶやくようにそう言い、ソファに深く沈んだ仙人は朝妃を思い出していた。あの女は魔性の女だ。魔女であり、そして悪女だ。だからこそ、ああいう女は利用価値もある。仙人は未来を描き、そこに瀬音が不要だという決断を下した。
*
「全王治の実働部隊、残るはあと4人」
「つまり、最高で襲撃はあと4回?」
紗々音の部屋に集まったのは紗々音、母親、そして閃光だ。明日斗はまだ帰宅していない。瀬音を送った後、施設の職員の車でこちらに向かっているところだ。
「2人で襲撃しても勝てなかった・・・・ならば・・・」
「4人一気に攻めてくる可能性が高い、か」
閃光の言葉にそう返す母親だが、言葉にも表情にも余裕があった。それもそうだ、並大抵の相手だろうが紗々音が負けるとは思えない。
「しかし今日の敗北で、ますます手詰まりになったのは間違いないでしょう」
「施設から出なければ手出しも出来ない・・・相手の動きを察知して、こっちから先手をうつか・・・」
「ただ、全王治大刀の動きが読めません・・・入院先も詳細は教えてくれませんが、何かしら大掛かりな手術をしたとの話です」
「体形、でしょうね」
あの図体では明日斗の完勝になるのだから。だからといって肉体を手術でどうにかしても、戦闘経験のない大刀では結果は同じだろう。だが、あの全王治がそうしたとなれば、勝算があるはずだ。だからこそ秘匿しているのだろう。
「明日、明日斗君が仙人と接触します・・・そこでの動き如何で、大きく変わる」
「変わらない、彼が敷いたレールは鉄壁でしょう」
閃光の言葉を遮るようにそう告げた母親は不敵な笑みを浮かべている。だから閃光は無言のまま、目だけでその意志を読む。
「きっと、石垣仙人は石垣家も全王治家も破壊する、文字通りね・・・・そして、明日斗はその仙人と戦うことになるでしょうね」
「私じゃなく、おにぃが?」
憮然とした紗々音に母親は小さく微笑んだ。何故そう言い切れるのか、閃光も疑問を顔に出している。
「代々、木戸の男はそういう存在と対峙してきた・・・父も、兄も」
「だから、名を継いでいないとはいえ、彼も?」
「名は継げなかった・・・でも、明日斗は、その才能だけなら、おそらく兄も超える」
「ないない」
言い切った母親に明らかな反感を込めた紗々音の言葉に閃光は苦笑しつつ賛同していた。たしかに才能はあるのだろう。だからといって戦いに勝てるかといえばそうではない。特に明日斗は。
「才能だけでは如何ともしがたい・・・でもね、あの子は練習なら紗々音も倒すのよ」
「だって練習だもん」
「されど練習、それに勝つ」
そう言われてはどうしようもなく、紗々音は憮然としたままそっぽを向いた。生まれながらの負けず嫌い、そういう部分が滲み出ている。
「まぁ、問題は2人・・・石垣仙人と全王治大刀。天狗さんは大刀を探って下さい。仙人は放置」
「なんで放置?」
「突いて尻尾を出すような男じゃないってこと」
母親はそう言い、閃光は頷いた。やはりこの人は恐ろしい、そう思いながら。
*
「朝妃は禁断の子を孕み、大刀は人非ざる存在になった・・・・石垣仙人は闇の帝王を目指し、無指はただの人のまま」
暗い部屋で目を光らせる老人の口元は醜悪な笑みを浮かべている。
「全王治は再び蘇る・・・石垣仙人という悪魔の力を借り、やがてその力も飲みこむ存在となって」
老人は全身に鳥肌が立つのを感じていた。数十年ぶりの高揚に、震えも止まらない。計画は大幅に修正された。その結果がこれだ。無指では全王治を復興できない。それを可能とするのはおそらく朝妃だろう。彼女の中にある魔性に魅かれて息子の嫁にした。それは間違いなかった。しかし、それは予想を超えてきている。息子と関係を結び、自ら仙人と接触するその度量は全王治の嫁にふさわしい。
「さぁ、壊せ・・・・大刀よ、この国を・・・・朝妃よ、この家を・・・・全王治は生まれ変わる!復活ではない!新生だ!」
歓喜に打ち震える老人の先にあるのは希望、のはずだった。ただ1つのイレギュラー、木戸明日斗の存在が欠けていることに気付かないまま。
*
「滝澤・・・・お前は俺のために死ねるか?」
「はい」
「本当に?」
「あなたがこの国を変えるところを見れない、それだけが心残りです」
「お前は俺の駒だ・・・忠実な」
「はい」
「お前は壊す、この家を・・・・そして、お前の兄は全王治を壊す」
そう告げ、2つのカプセルを滝澤に差し出した。そのまま水の入ったコップを渡せば、滝澤はカプセルを飲んだ。意識が混濁するのは一瞬。その後、すっきりした気分になった。目の前にいる仙人が耳元で何かをつぶやくと、滝澤は虚ろな目になってその言葉を何度も復唱した。
「さぁ、兄に会え」
そう言い、さっきのカプセルを4つ手渡した。滝澤は頷き、そのまま部屋を出て行った。
「駒・・・いや、使い捨ての道具」
出て行ったドアを見つめてそう呟く仙人は明日面会する明日斗の言葉がどういうものかを想像しようとしてやめた。所詮は虫けら、語る言葉に意味もないだろう。
「どうせ死ぬのだし」
そのまま声を出して笑う仙人の目は狂気に彩られているのだった。




