魔女の資質 4
こうして対面するのは初めてだが、その妖艶な雰囲気は仙人ですら不気味に感じるほどだ。常に笑みをかたどった口元がそうさせているのかもしれないが、虚ろな感じの目つきがそれを一層濃くさせている。だが仙人もそういう心を一切出さず、実に穏やかな表情で目の前に置かれたアイスコーヒーを一口飲んだ。
「お忙しいでしょうに、来ていただいて光栄です」
にこやかな表情のままそう言う朝妃に対し、仙人もまた小さな笑みを浮かべて返す。
「いえ、全王治の奥方様にお呼ばれして断る神経は持ち合わせておりませんよ」
「主人とはお会いになったそうですね」
「ええ」
当たり障りのない会話は何かの序章か、仙人は朝妃の思考を探りつつ言葉は慎重に選ぶ必要がある、そう固く決めた。どうにも油断ならない。あの無指よりも。
「実は、今回、夫にも義父にも内密に来ました」
「ほう」
目を細める朝妃の言葉は真実なのだろう。周囲にそういった視線を感じない。
「あなたの真意が知りたいのです」
「真意?」
「あなたが当主となった後、石垣家はどうしたいのか、を」
核心をつく話をこうも簡単に、そう思う仙人は思わず口の端を吊り上げていた。この女はなかなかの策士かもしれない、そういう笑みを浮かべてしまっている。
「正直に言うと、今の石垣家はかつての石垣家とは違う。城之内は今でも政府、日本の中枢に大きな影響を及ぼす力を持っている。そして全王治はそうありたいと力の回復を狙って我が家に迫った」
「ええ。大刀が瀬音さんと結婚することでかつての威光を少しでも取り戻そうとしている」
「私もまた同じ。かつてそうだったように、石垣は日本の中枢に君臨したいと思っています。だからこそ、瀬音の婚約を利用しようと考えた」
半分本当で半分嘘だ。実際は今の石垣家のシステムを根本的に廃絶すること。瀬音と明日斗の婚約、その後の破棄を利用してこういったバカげたしきたりを廃絶し、改革を前に進めるための布石。
「石垣家はかつてのように日本を裏から動かす存在となる。私がそうさせる。有無を言わせぬ力を手にして、絶対的な存在となって」
その言葉に朝妃が笑った。背筋をぞっとしたしたものが走る笑みを浮かべた朝妃に対し、本心を語った仙人は笑みを消してじっと朝妃を見つめている。自身の最終目的を知っているのは瀬音と、配下の滝澤のみ。敵対しているはずの朝妃にこれを語ったのはその動きを知るためだ。この女に下手な嘘は通じないとの本能がそうさせたのだ。
「なら、私と、いいえ、私たちの思惑とは一致しますわね」
私たちが全王治を示すと思った仙人の眉が動いた。それを見た朝妃はニヤリと不気味に微笑んだ後でレモンティーを一口含んだ。その仕草もまた妖艶である。
「夫と義父は石垣の名を利用して全王治の地位復活を目論んでいる。実につまらない、程度の低い目標ですわ」
吐き捨てるようにそう言った朝妃を見て、仙人の思考は1つに絞られた。この女は全王治にあってその計画の破綻を生み出す存在であると。ならば、自身の計画に組み込む要素があるという思考に。
「私は大刀を表から日本を統べる存在にしたいし、大刀もまたそれを望んでいる」
「ほう」
仙人とは真逆の展望に思わず笑みが漏れた。ポーカーフェイスではない、本当の笑みが。だから朝妃も笑んだ。これまでにない醜悪な笑みを。
「私はあなたの話を夫から聞いて確信していました。あなたは石垣家を大きくしたいと、そういう心を」
「あなたは食えない・・・全王治無指にはない、柔軟で合理的、そして強い願望を抱いている女性は強い」
「強くしたのは大刀という存在。愛しい人のために動くのがそれを支える女の役目」
「ええ」
瀬音にもこれぐらいの覚悟が欲しいと思う。彼女は自分がコントロールしなければ、レールを敷いてやらねば動けない女だ。自身で動いていると思っているのだろうが、現実は自分の意のままに動く駒だ。
「あなたが裏から、大刀が表から日本を支配する。利害は一致」
「そうですね・・・でも大刀君の野望は大きい。私と意見を違えることもありますよね?」
ここで真意を明かした朝妃だ、下手な駆け引きは意味を成さない。だからこそそのままの心を口に出した。あの権力を欲することに執着している大刀が自分に従うとは思えない。
「あの子も変わりました。そこまで愚かではない。あなたの存在が必要であることは熟知していますし、意見の違いから自分がどうなるかも理解しています」
「・・・こう言ってはなんですが、信じがたいですな」
「あの子は変わりました・・・・全て」
「全て?」
変わった言い回しをする、そう思う仙人の前に1枚の写真が差し出された。訝しがる仙人はその写真を見て驚愕の表情を浮かべた。
「そういう意味です。あの子はあなたの敷いたレールを走る。表からこの国を支配し、権力の頂点に立つ。あなたはそれを利用して世界を相手に権威を得る。悪い話ではありませんよね?」
「彼が、そう?」
そう考えたのか、そういう言葉も出ないほど動揺している自分を抑えきれず、仙人は写真を返した。高揚している、その気持ちを隠すことなく。
「そのために、瀬音と結婚を?」
「出来ればそうなれば動きも早い」
「確かに」
「でも、あの木戸明日斗の一族もなかなかのもの」
無指から聞いたのかと思うが、この女が独自に調査したのかもしれないとも思う。もはやこの女はただのふわふわした全王治の嫁ではないのだから。聞いていた、調べた朝妃の素性は全王治の末端に位置する分家の長女。いわば政略結婚ともいえる結婚で今に至る、中身のないふわふわした女だったはずだ。何がこの女をそう変えさせたのか、それは気にするまい。ただ、その提案は面白いと思う。
「ふむ・・・万一、大刀君が木戸明日斗に敗れたとしても、私は彼を気に入り、同盟を結ぶ。勝てば義理の弟としてそのまま・・・・ということにしましょう」
「では手を組む、ということで?」
「ええ」
少々計画の変更と新たな筋書きを練る必要があるが、ゴールに変更はない。いや、数あるゴールのいくつかを修正すればいい。それだけのこと。
「大刀君に会えますか?」
「この後、いかがですか?」
一考し、仙人は頷いた。車は全王治のものを使うというので、滝澤に後を追わせようと考えた。これで色々加速できる、そう考える仙人は席を立つと朝妃の真横に立って右手を差し出した。
「無指殿は知らぬこと、それでよいですね?」
最後の確認だ。朝妃はゆっくりと立ち上がり、それから右手を差し出した。
「あの人の野望は小さい・・・・私たちが見据えるのはこの国の未来」
「よろしくお願いします」
がっちりと握手を交わす。向かう先は同じだ。だが幾通りの未来は練っておく必要がある。そう考える仙人は妖艶な笑みを浮かべる朝妃もまた同じことを考えていると思考した。
「あなたは魔女だ」
「女はいつでも魔性の者」
微笑む朝妃に笑みを返す仙人はこの女こそ自分のパートナーに相応しいと認識するのだった。
*
フードコートは空いてきていた。それもそうだろう、現在は15時半だ。4人はボックス席につき、飲み物を準備していた。3対1に座るのは見た目が変だが仕方がない。相手は自分たちの敵なのだから。
「無指様は早期の決着を望んでおられます」
早々にそう切り出した滝澤の言葉に紗々音は憮然とした表情を浮かべた。その割には姑息な手が多い。さっきの襲撃も同じだ。
「しかし、大刀様も独自に動いています」
「そこよそこ、どういうの?」
「全王治は1枚岩ではない・・・・無指様、大刀様、そして現当主の雷桜様も、それぞれの思惑がある」
「1枚にしてから来てよね」
高校生の小娘にこうまで言われても腹も立たない。なぜならば至極真っ当な意見だからだ。自身が仕える無指は全王治の復活を目論んでいる。だが当主の雷桜は違う。全王治の権威を復活させ、石垣をも取り込んで更なる上を目指している。大刀に至ってはよくわからない。ただ明日斗をたおして瀬音を手に入れたい、そういうものだと思っていたが、実際にそうではなくなってきているようだ。
「私は無指様の願いを叶えたい。当主は早く失脚して頂き、大刀様は無指様と協力してほしいと願っている。だが・・・・」
バラバラだ、その言葉を飲み込んだ。
「はっきり言うけど、おデブはおにぃには勝てない・・・腐っても木戸、だからね」
「いや、わからない・・・彼はもう人ではない」
「ん?」
「何かしらの手術を受けたと聞いている。体形についても」
その全容は掴んでいるが、敵に全てをさらすことはない。だが、情報は伝えておく必要がある。特に彼の動きは不穏すぎるからだ。
「うーん・・・そっか・・・どうすっかね」
頭を掻く紗々音は悩む。あの体形だからこそ明日斗でも余裕だと思っていたのだ。だが、そうでないなら不利だ。何せ戦う意思がないのだから。
「あなた方の敵は無指様だけではない・・・それを知っておいてほしかった」
「あんたってさ、無指って人が好きなんだね」
にこやかにそう言う紗々音の言葉にりんごたちが顔を見合わせる。それはどういう意味か。BLを頭に浮かべた祐奈は自分はゆがんでいると思う。
「彼はもっと大きく羽ばたける人だ」
「だったら、こんな婚約劇に顔を突っ込む必要ないじゃん・・・正当に動けば」
「利用すべくはしよう、その動きです」
「まぁ、それもそうか」
ころころ意見を変える紗々音だが、好感は得ている。この子の言葉に嘘はないからだ。
「そう遠くない時期に大刀様は動くでしょう」
「嫌いなんだ、あのデブのこと」
嫌な笑みを浮かべる紗々音に苦笑が漏れた。それを肯定と取った紗々音は笑みを変化させる。心底嬉しそうな笑みに。
「まぁ、気をつけるよ・・・全王治大刀に石垣仙人・・・やっかいだよね」
「仙人さんも?」
「勘だけど、嫌な印象を受ける」
「会ったのかい?」
「会わなくても、そういう気配を感じる」
「木戸の勘か」
「代々、悪を滅ぼしてきた遺伝子の、ね」
笑う紗々音に苦笑を濃くした。この子は木戸だ。自分が調べた、送られて来た資料にある木戸の名を持つ、その技を受け継ぐ者だと。
「連絡先、教えて・・・・今日のことは私だけの秘密にする。この3人にも強く口止めする。だから、協力しよう」
「悪くはない」
そう言い、2人は連絡先を交換した。3人にはこの会談は口止めをしたが、もう襲われたことしか印象にないため心配はない。よしんばバレたとしてもどうとでもなる。
「でも、なんで私なの?」
それもそうだと祐奈も感じた。こういう話なら母親にしてもいいはずだ。
「あなたが木戸だから」
「わかってるねぇ」
微笑む紗々音を見てうんざりするのは祐奈か、サクラか。りんごはもう疲れのせいで思考がマヒしている。とにかく、ここでも奇妙な同盟が結ばれたのだ。
「よろしく」
「ええ、こちらこそ」
固い握手を交わす2人を横目に、色々と終盤に向かっているとの認識を強くした祐奈は、明日斗の関係もしっかりと見据える必要があると思うのだった。




