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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第1話
4/62

結婚相手は突然に 3

家の前に止まる高級なセダンは、一目で特注と分かる大きなものだった。グレーの車体が薄暗い夕闇の中でも輝いて見える。その中から出た明日斗は激しい胸の鼓動も気にならないほどの緊張を強いられていた。なし崩し的にこうなった自分を呪うしかない。勝手に婚約者に指名され、告白され、そして今、母親に婚約のことを告げようとやって来た瀬音に対し、もう驚きの感情しかなかった。その行動力が圧倒的すぎるのだ。


「なかなかのおうちね」


にこやかにそう言うものの、自分の家に比べれば犬小屋程度だろうにと思う。何せホテルかと思わせる石垣家は都会にあったとしても大きな屋敷に違いない。ひときわ目立つ高台の上に位置する石垣家は、この町のどこからでも見えるほど異彩を放っているからだ。


「さ、案内して?」


にこやかさの中に可愛さを混ぜ、瀬音はそう微笑みながら告げる。どこか有無を言わせぬその口調に大きなため息をついた明日斗は、もうどうとでもなれとばかりに玄関に向けて歩き出した。


「ただいま・・・母さん!」


大声を出して母親を呼べば、スナック菓子の袋を持ったままリビングから顔を出したのは妹の紗々音だった。小首を傾げる紗々音が明日斗の背後に立つ瀬音を見て驚く中、その後ろからうなじの部分で髪を結んだ女性が姿を現した。


「おかえり。で、いらっしゃい、かな?」


動揺もなく微笑みを見せる母親に対し、瀬音は丁寧に頭を下げた。優雅なその仕草は上品で、高貴で、そして気持ちよさが見える。だからか、母親もまた丁寧に頭を下げて上がるように促した。瀬音は再度頭を下げ、靴を脱ぐとそれを丁寧に揃えてから母親と明日斗に続いてリビングへと向かった。茫然としたまま玄関を見つめていた紗々音はこれまた丁寧にお礼をしつつドアを閉める遠藤を目にしてあわててリビングへと向かった。これは一大事だ、そして超絶に面白そうだと思いながら。皆は既にテーブルを囲んで座っているため、あわてた様子で母親の横に座る。そこしか空いていなかったからだが、母親は紗々音には目もくれず、目の前に座る瀬音をじっと見つめていた。だから、明日斗はあわてて紹介しようとぎこちない口調でそれを口にしようとした。


「え、と、こちらは・・・」

「この町にいて彼女を知らない人間はいない。石垣家の長女、石垣瀬音さん。たしか、あんたの1つ上、だったかしら?」


にこやかに、そして落ち着いた様子でそう言い、目を細める。微笑んだからだ。その笑みを見て、瀬音は座ったままで丁寧に頭を下げた。それは幼少より身に着いた、実に綺麗な仕草だ。


「石垣瀬音です」

「明日斗の母です。で、石垣家のお嬢様が、わざわざこんな場所に、息子と一緒に何の御用でしょう?」


実に砕けた物言いだがそこに嫌味はない。だから瀬音は小さく微笑み、それを見た母親も笑みを返す。ただ唾を飲み込んで様子を伺うだけの明日斗と違い、これはかなり面白そうだとほくそ笑む紗々音はそれを表情に出さず、ただおとなしくしていいた。


「私たち、婚約しました」


小さな笑みをそのままにそう言い切った瀬音に驚くことなく頷く母親を見るしかない明日斗はここで大事なことを思い出して思わず立ち上がった。


「先輩!俺、承諾してませんけど?だいたい、それ聞いたのさっきだし!」


興奮した様子でそう叫ぶ明日斗を見つめる瀬音に表情はない。逆にその目にたじろぐ明日斗に座りなさいと告げた母親は瀬音に詳しい説明を求めた。


「以前から、ここにいる明日斗君に興味がありました。もちろん、それは恋愛感情です。彼を密かに思い続けましたが、我が家には古くからのしきたりがあり、それを知った私は焦り、あわてて本日、告白をしたものです。婚約者となってほしいと、あなたが好きです、と」


真面目な顔をしてそう言う瀬音から目だけを明日斗に向けた母親に対し、明日斗は頷くしかなかった。彼女の真意はどうであれ、告白されたくだりは事実だからだ。


「しきたりか・・・まぁ、江戸時代から日本を裏から支えた名家の家柄、今でもそういうのはアリ、か」


呟く母親に瀬音が目を細めた。確かに石垣家は名門の家柄だ。しかし、今、母親が言った言葉は知る人しか知らない事柄。ただの一般家庭の人間が知るはずもないことだった。


「よくご存じで」

「まぁ、ね・・・日本を支えていると言っていい三大名家といえば、財力の石垣家、権力の城之内家、そして両方を持つ尾上家。古き時代より名残のある名家、そのしきりたりって?」


淡々とそう言う母親の目は瀬音をとらえたままだ。そこには鋭さもなく、ただ興味のみが見えている。


「石垣家の長女は18歳になると婚約者を決められる。親が決めた人か、あるいは自分で決めた人」

「それが明日斗、か」

「はい」


ようやく事実を知った明日斗が納得する中、母親は瀬音の瞳の中にある黒い光を逃さない。しかしそれは決して表に見せなかった。


「どうか、結婚の許可を」

「そうねぇ、まぁ、それは明日斗次第かなぁ。私は別に構わない。お金持ちと親戚になれるってのは魅力だしね。主人もきっとOKすると思う」

「か、母さん!」

「マジ!?こりゃ大変だ!」


母親の言葉に驚いたのは息子と娘だけではない。瀬音もまたそうだった。こうもあっさり了承されるとは思ってもみなかったからだ。しかしそれは出さず、にこやかに微笑んで軽く頭を下げただけにとどめた。


「さぁて、あとは女同士、遠くない未来の嫁と姑で色々話したいから、あんたらは部屋で待ってなさい。聞き耳立てたら、わかってるよね?」


にこやかにそう言う母親の言葉に紗々音はさっさとリビングを出て自室に向かった。そしてすぐさまスマホを手に取ってサクラに電話をかける。対する明日斗は瀬音と母親を交互に見つつ、どこか憮然としたままリビングを出た。自室に戻りつつ自分がどうしたいか考えるが答えなど出るはずもない。恋愛感情が薄いし、なにより結婚など頭の片隅にもないからだ。まだ17歳なのだ、当然である。そんな2人が出たのを確認した後でお茶を一口すすり、母親は瀬音をじっと見つめた。口元に笑みを浮かべつつ。


「さて、ここからは、お互いに腹を割って話しましょうか?力になれるかどうか、考えたいし」


意味ありげにそう言う目の前の女性を見つつ、瀬音は背中にゾクりとしたものが走るのを感じていた。すべてを見透かされている、さっきからそういう気がしていた。それが確認に変わり、この人ならば自分の力になってくれると確信して全てを話す決心を固めた。もちろん、言える範囲の全てだが。


「お話しします」


決意を込めた目を見た母親は小さく微笑むと力強く頷くのだった。



『ええええええぇっ!!』


スマホが絶叫を伝え、紗々音は慌ててそれから耳を離した。今あった出来事を親友であるサクラに伝えたところ、今の絶叫がこだましたのだ。


『あ、明日斗さん、せ、せ、生徒会長と、こ、こ、こ、婚約?』

「あー、うん、まぁ、そういう話をしに来てる。おにぃは承諾してないみたいだけど、あの決断力のない感じ、押し切られるね。お母さんも乗り気だし」

『ほ、ホントに?』

「義理のおねぇさんがお金持ちって、得なのかな?」

『そ、そんなことより、本当に結婚しちゃうの?』


やたらそこを聞いてくるサクラに対し、さすがの鈍い紗々音ももしかしてという気になった。


「あのさ、サクラってさ、おにぃのこと好きなの?」

『・・・・・え?あ、いや、えーと・・・・』

「好きなんだ?そりゃ、ショックよねぇ・・・でも、まだわかんないよ」


サクラのその歯切れの悪い回答に真実を見た紗々音だが、今はそんなことはどうでもいい。ただ、いくら相手がその気でも、しきたりという言葉がどうにも引っかかってくる。


『わかんないって・・・押し切られそうなんでしょ?』

「そうなんだけど、会長の家のしきりたりでそうなるみたいだけどさ、なんかこう、しきたりってのが引っかかる」

『しきたりって?』


そう言われ、紗々音はサクラに簡単ながら説明をする。


「そういうしきたりがあるなら、もっと早くにおにぃに告白して、全部を受け入れてもらうはずだよね?」

『確かに、そうだね』

「なんでこのタイミングだろって」

『生徒会長の誕生日っていつなんだろ?』

「あ、聞いてなかったなぁ」


そういう話もなかったことがさらに謎を深める。これは色々調査する必要があると思うが、とにかく今は母親からの報告を待つしかない。その旨を告げた紗々音は詳しく調査した結果を連絡してほしいと何度も念を押すサクラをなだめて電話を切った。そのままベッドに腰かけて色々頭を巡らす。


「サクラがおにぃをねぇ・・・りんごちゃんといい、おにぃがモテるのか、学校に、てか、町内にいい感じの男がいないせいか」


呟く紗々音はそこでようやくりんごの事を思い出した。りんごがずっと昔から明日斗を好きでいることは知っている。これは色々修羅場がありそうだとほくそ笑みつつ、スマホを利用して石垣家のことを調べ始めるのだった。



自室で落ち着かず、うろうろするばかりの明日斗は瀬音のことを考えていた。本当に自分を好きで告白し、婚約者として指名したのか、それとも他の意図があってのことなのか。どう考えても後者としか思えないが、ならばその意図はなんなのか。石垣家のしきたりに関してはネットで検索済みだが、これといった情報はない。日本の中枢にも多大な影響を及ぼした一族とされているが、今ではその影響力は失われていると書かれていた。けれど、さっきの母親の言葉通りならば今でもそれは健在で、その影響力は強いと思えた。そんな石垣家の長女の結婚相手となれば、自分たちのような庶民が選ばれるとも思えない。だからこそ疑念ばかりが渦巻いてしまう。


「はぁ・・・」


もう何度目かわからないため息をついて時計を見れば、リビングを追い出されてから20分が経過していた。


「降りといで!」


一階から聞こえた母親の声に反応したのは紗々音だ。部屋のドアを開けていたのか、それを聞いてダッシュで階段を駆け下りた。やれやれとばかりにため息をつき、明日斗は重い足取りで階段を下りていく。そうしてリビングに入れば、母親の横にちゃっかり座っている紗々音がいて、仕方なく瀬音の隣に座った。そんな明日斗を見て微笑んだ母親は2人を交互に見てから口を開いた。


「明日斗、婚約おめでとう。母さんは認めます」

「・・・・・どうも」


息子のその憮然とした返事にも笑みを消さず、母親は冷静な顔をしたままの瀬音へと顔を向けた。


「瀬音さん、明日斗をよろしくね」

「あのさ、それでいいわけ?」

「なんで?おめでたいことだし」

「いや・・・俺はまだ・・・」

「それはこれからお付き合いをして、お互いを知る。結婚は彼女が二十歳になってからだし、婚約の儀は3か月後」

「ん?何、それ?」

「ご説明します」


そういえば当人に何一つ詳しいことを話していなかったと気づき、瀬音は詳細を話し始めた。まず、婚約者を結婚する本人が決める場合、18歳の誕生日の日に婚約の儀が執り行われる。この日に、ようやく両親に婚約相手を紹介し、それを認めてもらうのだ。もちろん、両親の反対も考えられるが、石垣の両親は瀬音の自由にさせてやりたいという気持ちが強いらしい。


「けれど、亡くなったおじいさまが指定した婚約者も存在すると聞きます」

「それじゃ意味ないでしょ?」


呟く紗々音の言葉にうなずき、瀬音は話をつづけた。現在、婚約者は2人いる。瀬音が決めた人と、親族が決めた人。この場合、婚約の儀で顔合わせが行われ、そこでどちらが婚約者にふさわしいか論議されるというのだ。しかし、さっきも言ったとおり、瀬音の両親は瀬音の意志を尊重したいと考えているようで、先方との顔合わせの際にそのあたりをはっきりさせるつもりのようだ。もちろん、先方は瀬音が婚約者を指定しているとは知らないとのことだった。それは先方の目を明日斗に向けさせないためだということだったが、どこか不信感が募りつつ、明日斗はどうするかを悩む。このまま婚約者となっても、結婚など考えられない。かといって母親も乗り気なせいか断ることもできず、断る理由もない。好きな相手もいないのだから。


「そういうことで、ま、顔合わせだけは出なさい。それから決めればいい」

「そうなると逃げられないんじゃ?」


紗々音の言葉に小さく微笑む瀬音を見てうんざりした顔を見せるが、仕方がないと腹をくくった。


「わかったよ」

「まぁ、相手の目を欺くため、じゃないけど、深い関係にはならないようにね。ま、キスどまりかなぁ。体の関係は婚約の儀が終わるまでしちゃダメだからね」

「ないわ・・・」


母親の言葉にますますうんざりした顔を見せる明日斗は優しく微笑む瀬音のその表情を見ていないのだった。

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