魔女の資質 3
過程は知っている、見ていたからだ。なのに、結果を信じることは出来ない。いや、信じたくないのかもしれない。倒れている2人の男を目の前にしても、それをやってのけた人物が見た目もか弱そうな4女子高生であり、そんな彼女とはやりあいたくない、その気持ちを強める。強い相手との戦いを望んできた自分が今や逆の気持ちにさいなまれている。
「はぁ・・・やはり君は、君の血族は次元が違う強さだよ」
「だよね、張り合いのない」
ため息をついた2人の心境は真逆だ。
「あとは自分がなんとかする」
「助かるわ・・・で、こいつら全王治?」
「だろうな・・・石垣はまだ動かないだろう、あの石垣仙人が明日斗君と会う前に動くとは思えない」
「ってかさ、全王治も懲りないよねぇ」
馬鹿にした口調の紗々音は日陰でうんざりした顔をしているりんごたち3人を見やった。店に戻った直後に大崎閃光に出会い、現場に戻ったのだ。後処理を申し出た閃光に状況を説明しようとしたのだが、全部を見ていた閃光はそれを制し、後を任せて欲しいと言い切った。
「で、明日斗君は?」
「まぁ、見失うよね?」
「ですよね」
ため息をつくのは何度目か、とにかく倒れてる2人を起こして尋問を開始する閃光。そんな閃光にあとは任せたと告げて再度店内に戻った紗々音はこれからどうするかを考える。りんごたちは襲われたショックもあって、もう追跡をあきらめたようにうなだれている。だから仕方なく帰ることを考えた時だった。
「木戸紗々音さん、ですよね」
目の間に立ったイケメンににこやかな顔を見せた紗々音だが、闘気を噴き出していく。それを肌で感じる滝澤はじわりと滲み出る汗をそのままに笑みを崩さなかった。
「そうだよ。たしかあなたは・・・全王治の秘書?付き人?の・・・え、と、滝澤さんだっけか」
「ほう」
感心したのは滝澤という名前を知っていたからだ。この女子高生でもそういった情報を持っている、それがどこか恐ろしかった。石垣瀬音のおかげか、それとも木戸の成せる力か。
「さっき、あんたらの刺客をぶっとばしたよ」
嬉々としてそう言う紗々音の言葉に眉をひそめる。その反応を見た紗々音はさっきの刺客は滝澤の知らぬことだと認識できた。
「その顔、あんたの知らないことか」
「ええ、おそらくは、大刀様の差し金かと」
「へぇ、あのおデブ、やるね」
失礼な口調だが間違いではない。だから滝澤は苦笑した。
「しっかし、なんで私を襲うかね、バカなの?」
「それは、私の口からは何とも」
「それ、肯定してるよね?」
笑う紗々音につられてか、滝澤も微笑んだ。どうもペースを崩されている、しかしそれがどこか心地よかった。素直すぎる、そう思うからだ。
「で、なに?」
「少しお話が、よろしいでしょうか?」
「何かおごってくれるならね、あの3人も含めて」
そう言い、疲れた顔をしてこっちを見ているりんごたちを見やった。それを見た滝澤は笑みを濃くし、うなずいた。
「そのつもりですよ」
そう言うと滝澤は歩き始める紗々音の後に続くのだった。
*
川べりの日陰は涼しい。気分的なこともあるのだろう。
「明日、お兄様に会う、それでもその意志は変わらないの?」
口調に今までに聞いたことのない優しさがこもっている。だから明日斗は自然に微笑んだ。こういう瀬音なら、本当に好きになっていたかもしれないからだ。だが実際は違う。彼女は自分の自由のために自分の周囲の人を危険にさらしている。
「変わらないよ」
「でも・・・」
「まぁ、今日ことをあなたが報告するんでしょうけど、あえて何かを言うつもりはないよ」
「それが逃げないって覚悟?」
「そう、かもね」
苦笑する明日斗がまぶしく見えた。彼を婚約者に選んだのは自分だ。強さもあり、何より流されやすい性格であることが大きかった。それに彼を慕う女性の存在もある。婚約を破棄できる理由がある、それも大事だ。どんな理由であれ、破棄できる事由があればよかったのだ。
「あなた、少し変わった?」
「大きく変わりましたよ」
「そうね」
「全王治は倒す。そして、あなたと婚約して捨てられる。そのシナリオには沿う。だからあなたは何もしないで欲しい。俺はりんごたちを守りたいから」
「最後は彼女を選ぶってことね」
「それはなんとも・・・」
困り顔をする明日斗に笑みが漏れる。どうにもペースを崩されている瀬音だったが、それはそれで満足していた。
「お兄様は全てを読んでいるわ・・・それでもあなたはシナリオ通りに?」
最後の確認を込めた言葉に、明日斗は頷いた。これは覚悟だ。今回に限っては逃げないという覚悟。だから瀬音は微笑んだ。それはシナリオ通りに進む、その安心感からではない。木戸明日斗という人に魅かれている、その自覚のない、自分でもよくわからない感情から出た笑みだった。
*
「お前はここにいろ・・・見られるとやっかいだ」
仙人はそう言い残して車を降りた。その後ろ姿を見つつスマホを取り出す滝澤であったが、結局兄に連絡することはしなかった。仙人は全てを読み切っている。自分が兄に連絡しないということまで。彼の計画の全容では、きっと自分も始末されるのだろう。全王治も木戸も、そして石垣すらも破壊する。破壊からの創造、それが彼の全てなのだから。それでもいいと思う。兄を溺愛し、自分を捨て駒とした両親への復讐か。それともそんな自分でも気にかけてくれる兄への嫉妬からか。そしてそんな自分を必要だと言ってくれた仙人への忠誠か。いや、どれも違う。ただ見たいのだ。1人の男の身勝手な計画の結末を。だから滝澤は微笑んでいる。悪魔の笑みで。
*
指定された喫茶店は高級なセレブが集う場所で有名だった。ヨーロッパを意識したその店は雑誌に載るほどで、芸能人も多く利用していた。仙人は店員に何かを告げると奥に進み、そのまま3つある個室の1つに入る。既にそこにいた全王治朝妃に会釈をするとそのまま進んだ。
「ご招待、感謝します」
「こちらこそ、さ、どうぞ」
にこやかにそう言う朝妃の目はどこか狂人じみている印象を受けた。いや、実際に彼女は狂っているのかもしれない。息子を溺愛するあまり、彼を愛し、彼の子をその身に宿しているのだから。
「石垣仙人です。あらためましてよろしくお願いします」
丁寧にそう言い、腰かける仙人をみて満足そうに微笑む朝妃もまた座ったままで頭を垂れた。
「全王治朝妃ですわ」
狂気に染まった目をそのままに、朝妃は紅いルージュの唇を吊り上げるのだった。
*
「木戸に関して、調べも済んでいるんでしょ?」
川を横に見ながら歩く明日斗は実に無防備だ。戦闘に関しては気弱な明日斗がこうまで余裕を見せるのだ、近くに護衛の者がいるのか、それとも妹が潜んでいるのか。瀬音はそう思いつつもその考えを否定する。きっと今襲われても、明日斗は自分を連れて逃げる選択をするはずだ。彼はそういう人間だから。
「私は調べきれなかったけどね」
「お兄さん、か」
「お兄様は独自のルートで、みたい。何せ人望がある人だから」
自慢げにそう語る口調は恋人を自慢するそれだ。実際に兄と妹でありながら愛し合っている。
「でも、驚いた・・・とんでもない家系だもの」
「それは本家だよ」
「でも、現に妹さんはかなりのもので、あなたも大崎を倒した」
「あれはまぐれだった、そう言ったでしょ?」
感情のない声でそう言い、明日斗は歩みを止めた。だから瀬音も立ち止まる。川で魚が跳ねたせいだから、それを悟ったのは水面に浮かぶ波紋のせいだ。
「俺は成り損ない・・・木戸でありながら闘争本能を持たない。だから紗々音が名を継いだ」
「不満?」
「ないよ・・・戦うなら逃げる」
「政府ですら恐れる木戸の人間の言葉じゃないわね」
「本家にも化け物がいるからね・・・伯父さんも、その息子も」
「木戸晴人、木戸無明流の継承者?」
「まだ継承してないらしいけどね」
晴人とは年に2回会う程度だ。盆と正月、祖父の家で。母親の双子の兄である伯父は超天才と言われたほどで、現に政府の秘蔵の存在を打ち負かしている。そしてその息子である晴人もその才能を受け継いでいる。あの紗々音ですら勝てないほどに。
「きっと、いざとなったら晴人を呼ぶことも想像してるんだろうね、あなたの兄は」
「でしょうね」
まるで興味がない、そんな言い方だ。だから疑問を前面にだした明日斗の顔を見て苦笑し、瀬音は歩みを再開した。
「そこまでする必要があるかわからないわ。とにかくあなたが全王治大刀に勝てばいい。邪魔者を打倒して、勝てば」
「でも、全王治の動きは掴めていない」
「さすがのお兄様も掴めないみたい。簡単にはいかないわよね、腐っても全王治だもの。でも動きは読んでいる」
「だといいけど」
「問題ないわ」
そうすべては順調だ。そう信じている。だから今もこうしてのんびりとしていられるのだから。
「さ、帰りましょうか?」
横に並ぶ明日斗の言葉に首を傾げる瀬音はそっと手を握ろうとするが明日斗はそうさせずにズボンのポケットに手をしまった。
「言ったよね、思う壺に嵌ってやるって。でも、それだけ、もう婚約者ってのは上っ面だけ」
「だから必要ない?」
「手を繋ぐこともキスも」
「その先も?」
「する気もないくせに」
「あら、あるわよ?」
「へーへー」
素っ気ない返事をする明日斗の方を見るが、さっきの言葉が本心だと思える表情だ。もっとも、明日斗を繋ぎとめるためのキスだったが、その先をする気など毛頭ない。だから願ったり叶ったりなのに、何故か寂しく感じてしまう。
「1つだけお願いがあります」
「なに?」
明日斗は前を向いたまま、瀬音は明日斗を見つめたまま。
「全てが終わったら、りんごたち、巻き込んだ人たちに謝罪をして下さい」
そんなことか、そう思うが明日斗らしいとも思う。だからか、瀬音はそっと明日斗の腕に自分の腕を絡ませた。明日斗はそれをそっと振りほどこうとするものの、瀬音がそうさせなかった。
「全王治が見てるかもしれないでしょ?」
「・・・ですかね」
「あと、さっきのこと、承知したわ。お金で、ってのは嫌悪されるかもしれないけど、しっかりした金額で謝罪するから」
「よろしく」
素っ気ない言葉に何故か胸が熱くなる。兄といる時とは違うその熱さに戸惑いつつ、瀬音は絡めた腕に身を寄せるのだった。




