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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第8話
38/62

魔女の資質 2

穏やかな笑みを浮かべる仙人をルームミラー越しに見やり、滝澤は真剣な目を前に向けた。


「兄にはもう伝えたのか?」


窓の外の景色を見やりつつそう訊ねた仙人の口元から笑みは消えていない。だから、滝澤は小さく唾を飲んだ。そして再度ミラー越しに目をやった。


「いえ」

「そうか、なら、話しあいが終わるまで待て」

「承知しました」


滝澤はそうとだけ言い、運転に集中する。全王治無指に仕えている滝澤は兄であり、自分は仙人がイギリスにいた頃に仙人から直々に接触を受けて今は彼に仕えている。兄には石垣家の、特に仙人の動向を探るよう命じられ、また、仙人からは全王治の動きを向こうの滝澤から仕入れるよう命じられたいわば二重スパイだ。だが、現実は仙人に忠誠を誓う犬だ。


「私を信用してよいのですか?」


信号で車を止めた際にそう訊ねる。仙人は窓から前に顔を戻し、それから不敵な笑みを浮かべて見せる。まるで全てを見透かしたような目をしつつ。


「いいも悪いも、信用しているさ」


嘘だと思う。この男は全てを読み切っている。その上で最初に設定したゴールに向けていくつもの筋道を立てているのだ。全王治も、木戸も、そして瀬音さえも自分の意のままに動く駒に過ぎない。ありとあらゆる状況を予測し、ゴールに至る道を決してたがわない。自分が兄と完全に通じていようがいまいが関係ない。それすらも予測されたルートに移動するだけで軌道修正が可能なのだ。


「まぁ、なるようになる」


そう呟き、再度窓の外の景色へと顔を向けた仙人に笑みはなかった。



傍から見れば普通のカップルだ。尾行している4人にもそう映る。アクセサリーを選ぶ彼女を見つめる彼氏。ゲームセンターではしゃぐ2人。紗々音にしてみればくだらないものを見せられているだけだが、他の3人にすれば歯がゆいものでしかない。手を繋ぐその姿も憎らしい。だが、今は見守ることしか出来ない。いつ、明日斗が瀬音に全てをぶつけるのかを待つしかないのだ。しかし、いつまでたってもその動きがない。イライラが募る中で尾行は続く。明日斗にしても瀬音にしても物凄く自然だ。ほほえましい、そう思える光景に3人のフラストレーションは頂点に達しつつあった。


「あれはあれね・・・明日斗君はデートを楽しんでいるわね」

「そうとしか思えない」


祐奈のうんざりとした言い方にサクラが同調する。りんごにしても仏頂面を崩さないことから同じことを思っているのだろう。結局、言い出しづらい状況を作っている瀬音に押されている、流されている、そう思う3人に対し、紗々音がすっと前に出た。黙ったままで、鋭い目をいつつ。


「悪いけど、尾行は一旦中止で」


きょろきょろするその視線の先を追えば、何やら長い物を包んだものを持った男と、屈強な筋肉を惜しみなくさらした男たちが左右から近づいてくるのが分かる。


「全王治、かな」


嬉しそうにそう言う紗々音からはわくわくが滲み出ていた。対する3人は身を寄せ合う。


「さて、ここじゃなんだし、あちらが襲いやすい場所に移動しますかね」


余裕の口調でそう言う紗々音が踵を返すとエレベーターを素通りしてエスカレーターに乗った。ちょうど扉が開いたエレベーターのに乗ればやり過ごせるはずなのにあえてそれをしない紗々音にため息が漏れる。男たちもつかず離れず追ってきているため、3人の緊張は一気に高まっていった。


「さて、と」


1階に降りた紗々音は迷わず小さな出口に向かって歩き、そのまま奥の自転車駐輪場のさらに奥へと進む。そこは少し開けた場所になっているほか、どうも監視カメラの類もないようだ。事前に調査していたのか、ここに誘い出すことに成功した紗々音は向こうからやって来る2人を見つつ、3人を奥の端に行くよう手で指示した。


「全王治の人?それとも石垣さん?」


余裕の声をあげる紗々音に筋肉質の男がサングラスを外す。棒を持った男も包みをはがし、中から薙刀を取り出した。ぎょっとする3人をよそに、紗々音は心底嬉しそうに笑うとゾクゾクした感覚に身を震わせた。


「絶対襲ってくるって予感があったんだよねぇ・・・くぅ~、久々に暴れられる!」


すっと手を上げ、一歩右足を踏み出す。笑みはそのままに。と、筋肉質な男が前に出て拳を前に出した。動き、速度からしてボクシングのそれだ、いや、キックボクシングか、蹴りも舞う。だが紗々音はそれらをすべてかわしながらも決して3人を自身の陰から出さないように配慮している。その瞬間、男が右側に移動し、正面から刃が突っ込んできた。どうやら殺す気のようだ。ゾクリとした感覚が背筋を通りつつ、紗々音はそれを歓喜に変えた。命のやり取り、それこそが紗々音の望んだことなのだから。


「甘いよね」


突き出された刃を避けつつ、それを掴もうと動くが刃はその手をめがけて横にスライドした。舌打ちして手を引っ込めた紗々音に、逆サイドから蹴りが舞う。それをかわすと薙刀が舞う。防戦一方になる紗々音の邪魔にならないように自転車の隙間に入り込んだ3人が汗を拭うのも忘れてその戦いに見入っていた。どう見ても紗々音が押されている。なのになぜだろうか、紗々音から笑みが消えない。


「本気出してもいいかな」


悪鬼の笑みに変化した紗々音が前に出た。雷光の動きに筋肉質の男もよく反応したと思う。だが繰り出す拳をかわし、脇腹に拳を見舞う。体重の軽い紗々音が繰り出すパンチの何と重いことか。歯を食いしばる男のこめかみ目掛けて蹴りを放ちかけた紗々音が相手の膝に乗るようにしてそこを蹴って後ろに下がった。さっきまで自分がいた場所に刃が通ったのは一瞬後。


「甘いよね」


着地と同時に加速した紗々音に刃を返す、が、間に合わない。柄を握った指に拳をぶつけて骨を折ると同時に顎に一撃、さらに連打を浴びせて最後に顔面に蹴りを放った。鼻の骨が折れ、よろめく相手に強烈な右フックが脇腹を直撃し、骨を叩き折ると同時にさらに回し蹴りを首に炸裂させた。その間、一瞬。紗々音は相手が倒れるのを見ることなく迫るもう1人の男に向かって駆けた。懇親のストレートを放った男の目の前から紗々音は消えた。そう、消えたとしか思えないその動き。次に現れた紗々音は男の正面だった。


「遅いよ」


つぶやく紗々音の拳が顔面に突き刺さった。それも一撃ではない、連打だ。軽い、そう思う拳も数十回に及べばダメージも重なる。男が血まみれの顔のまま紗々音に拳を舞わせるものの、強烈なローキックを受けてガクンと膝が落ちる。拳と違い、その一撃は重かった。


「つまんなー」


言いながら宙を舞った紗々音の回し蹴りが男の側頭部に炸裂し、男は意識を失って倒れ込んだ。3人にしてみればわずかな時間でしかない。薙刀男とボクサーを叩きのめした紗々音は汗をぬぐうと3人を呼び寄せる。恐る恐るやって来る3人を見つつ、紗々音は倒れている男のズボンや服のポケットをあさるが何も出てこなかった。


「身分がわかるもんもなし、か・・・・まぁ、気絶しなかったのは褒めてあげるよ。さっさと帰ることね」


紗々音は吐き捨てるようにそう言い、3人を伴って店に戻った。



「白昼夢ってこんなんだろうか」


祐奈の言葉に力はなく、りんごにしてもサクラにしても頷く余裕はなかった。さっきまでは男たちに感じていた恐怖が今は紗々音に向いている。この小柄な少女が見せた悪鬼のごとき強さ。それは常識を超えた夢のようなものだったからだ。


「完全に見失ったかぁ・・・とりあえず、休憩しよっか?」


にこやかにそう言う紗々音に頷くしかない。きょろきょろする紗々音に対し、もう尾行などどうでもよくなった3人はまずはゆっくり座りたいと願うばかりだった。



ショッピングを終えた2人は近くの川沿いを歩いていた。言葉は少なめで、繋いでいる手に力もない。久々のデートで、楽しんだ自覚はある。特に瀬音は図らずも楽しんでいる自分に少々動揺していた。明日斗を婚約者に選び、自分と仙人の計画を推し進めるためにここまで周到に動いて今もそれを実行している。このデートも明日斗の動きを見るためのいわば計画的デートにすぎない。なのに楽しんでいる。これではいけないと思うものの、明日斗の自然さにそういう気持ちになってしまっている。


「さて、と」


そう言うと明日斗は瀬音の手を放し、川べりに腰かけた。瀬音も同じように習い、明日斗の横に座った。


「どこまで掴んでってことですけど」


思わぬ明日斗の言葉に動揺する瀬音であったが、それはおくびにも出さない。今の言葉の意味を考えつつ小首を傾げてみせた。


「全王治の動き、ですよ」


瀬音の言葉を読んだのか、明日斗はそう言って見つめる目を強めた。


「きっと、ある程度の動きはあると思う。その意味でも石垣の掴んでいる情報が欲しい」

「大刀は入院しているそうよ、ダイエットがたたって」

「肉体改造、ですかね」


鋭いと思う。まさにそのままの意味での肉体改造だと仙人は言っていた。それ以上は語らないことから全容は掴み切れていないのだろう。


「でしょうね、でないとあなたに勝てない」

「勝つ気がない、って言ったら?」


またも予想外の言葉に驚く。これは顔に出した。出してもいいと判断してのことだ。


「どうして?」

「俺は捨て駒、この婚約はあたなたち兄妹が自由を、本当の自由を勝ち取るための茶番、舞台」


はっきりそう言い切った明日斗に小さく微笑みを浮かべた。仙人の読み通り、それが顔に出たのだ。さすがは兄、全てを読み切っていると感心するばかりだ。


「よく調べたわね」

「石垣仙人は養子だ。あなたの叔父の子供。だから正当な当主の権限と言われれば、当然分家からの反発が出る。だからあなたが婚約者闘争を立ち上げ、それを上手く利用して仙人の権威も上げていく。そうして彼が分家の支持をも得て、あなたは俺を捨てる。婚約の破棄は両者の意志が一致し、第3者の同調も必要」


つまり、瀬音は全王治を利用して明日斗に勝たせて婚約を確実にする。その混乱を利用し、それを収めるために動いた仙人にも注目が集まる。そうして権威を得てから瀬音が婚約破棄を打診し、明日斗はそれを了承すると踏んでいる。それはりんごがいて、サクラがいて、祐奈がいるために手はいくらでもあるのだ。第3者として仙人が動けば、瀬音の婚約者はいなくなり、自由な恋愛が手に入る。石垣家のしきたりでは婚約者のなくなった者は自由恋愛を保証されるのだ。


「石垣仙人が権力を得て、あなたは自由を得る。闘争に敗れた全王治は失墜し、残る敵勢は城之内のみ。日本を動かす力を得ようとする仙人と、それに加担するあなた。これが今回の顛末」


微笑む明日斗に無表情の瀬音。仙人の計画に木戸への情報漏洩も含まれている。その際のマニュアルに沿って言葉を出そうとした時だった。


「まぁ、そんな計画なんてどうでもいい・・・・利用するならすればいい、利用されてあげるよ」

「え?」


婚約の破棄、それを言うはずの明日斗の言葉は真逆だ。驚くしかない瀬音は動揺がありありだ。そんな瀬音を見て微笑む明日斗はおもむろに立ち上がった。


「利用するだけして捨てればいいよ。知らずに乗った計画だけど、こうなった以上は最後までやりきる。そう決めたから・・・俺は、このことからだけは逃げたくない。逃げて逃げて生きてきたけど、これだけはそれじゃいけないって思ってる」


微笑む明日斗の言葉にうそはない。そう思える。どうしていいかわからない瀬音にそっと手を差し伸べる。


「紗々音に言わせれば甘いんだろうけど、それが俺だから。だから、気にしないでいい。全王治大刀は倒す・・・まぁ相手の出方次第だし、勝てるとは言い切れないけど、全力は出すよ」


握った手に力を込めて瀬音を引き起こす。明日斗はそのまま空を見上げた。


「あなたは、馬鹿ね、大馬鹿よ」

「魔女に言われたくないけどね」


そう言って微笑む明日斗に対し、瀬音は素直な笑顔を見せるのだった。

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