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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第7話
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帝王の帰還 4

ジャージ姿の紗々音の前に立つのは筋肉も隆々なタンクトップ姿の男だ。この施設の警備部に所属する男たちの中で最強といわれ、柔道に空手、剣道までをも習得したまさに達人と呼べる人物だった。名前を阪田といい、施設内はおろか、その世界ではかなり有名な男だ。だから、今、紗々音の前に立っている。昔からよく聞く伝説の木戸、その技を受け継ぐ者との対決は夢見ても叶わないと思っていた。だが、思わぬところでそれが叶った。しかしながら、その継承者が女、しかも女子高生というのは想定外であったが。それでも相手は木戸である。対峙してもよくわかるその闘気、鬼気とも呼べるそれはびりびりと肌を揺らしている。だから阪田は腕を上げた。目の前にいるのは女子高生ではない。修羅か鬼か、それとも闘いの神か。


「いつでも」


紗々音は笑みを浮かべてそう言い、阪田は前に出た。2、3度拳を前に出すが紗々音はそれを最小限の動きでかわすと神速の蹴りを見舞った。それを阪田は左腕で受けてなおも前に出る。紗々音のジャージの襟元を掴もうとした時、紗々音が軽く右足を踏み出した。その瞬間、背中に冷たいものが走る。とっさに腕を戻して後ろへ下がろうとする阪田の腹部に紗々音の拳が当たった。なんという衝撃か、阪田は飛んでその衝撃をかわすが紗々音は追いすがる。


「反則だよな、あの技」

「暗術のおぼろ、そういう技がある、ってのを教えたら、あの子は非力な女の力に加えるために独自に編み出した。朧ほどの威力はないけど、原理は同じ」

「踏みしめた足を軸に体の内部で引き絞った力を解放する・・・・理解は出来ても実践できないよ、普通はさ」

「だからあの子は天才なのよ」


明日斗の言葉にそう返す母親は腕組みをしてその試合を眺めている。紗々音は猛攻を続け、巨体の阪田は防戦一方だ。それも仕方がない。軽い紗々音の動きは速い、その上で朧の応用でパワーもあるのだから。これが木戸か、そう思うも阪田は自身の持つ最大の技で仕留めに出ることを決めた。紗々音の蹴りが脇腹を直撃する。骨に響くその蹴りを腹で受けて腕で掴む。そのままそれを引いて身体を引き寄せると襟足を掴んだ。同時に膝を紗々音の脇腹に乗せて宙に舞う。女の子に放つ技ではない。同僚たちもやりすぎだと思う中、阪田の全身に悪寒が走った。紗々音は空いた足で地面を踏んだ。同時に空中で背中から回した腕を阪田の胸に直撃させたのだ。そのまますぐに体を半回転させて脇腹に置かれた足を振りほどき、着地と同時に右足を振り上げる。それを崩れた体勢ながらブロックしようと左腕を上げた時だった。右側頭部に強い衝撃を受けて倒れ込んだ。意識を失ったようだ。どよめきが巻き起こる中、母親は笑みを強くし、明日斗は鼻でため息をついた。見学者の祐奈、りんご、サクラはもう何がどうなったのかわからずに茫然としているだけだ。あわてて駆け寄る警備員仲間たちを見つつ一礼した紗々音は意気揚々と母親の傍に歩み寄った。


「勝ったよ」

「見ればわかるわよ」


紗々音はそのまま自室に戻っていく。シャワーを浴びるために立ち去る紗々音に着いていくサクラとりんごを横目に、祐奈が明日斗の横に立った。


「なんなの、あれ」

「空中で咄嗟に奥義を放って逃れ、着地と同時に蹴りの奥義を炸裂させた、ってとこ」

「明日斗くんも出来るの?」

「出来るわけないよ、あんな変態行動」


呆れた口調にどう答えていいかわからず、祐奈は意識を取り戻して同僚に運ばれていく阪田の後ろ姿を見やった。


「ここに着て2週間ほど、退屈しないね、意外と」

「外出は車で送迎、至れり尽くせりだものね」


祐奈の言葉にそう答え、母親は暑いと言いながら建物に向かった。地下に張り巡らされた道路、通路は町のいたるところに繋がっている。しかも出入り口は巧妙に隠された上に厳重な警備もあって全王治も手が出せない状態にあった。もっとも、天狗こと大崎閃光によればごく少数の見張り以外の動きはないらしい。


「そういえば、瀬音さん、それそろ帰国じゃないの?」

「明後日」


素っ気ない明日斗の言葉に祐奈は苦笑した。明日斗とは帰国後すぐに会うことにしているようで、今は日程を調整しているようだ。そこで明日斗ははっきりと瀬音に今回のことを問い詰めるつもりでいた。


「暑いから、冷たいものでも食べましょう」


ライバルがいない中、祐奈は明日斗の腕を取って自分の腕に絡めさせる。されるがままの明日斗だが、どうにも嫌な予感が止まらない。それは瀬音の動向が読めないせいか、それとも別の何かか。それでも対決を避ける気がなく、今は強い意志をもって挑む気だった。



やはり日本の夏は他国のそれとは違う。湿気の多さが独特で、じわりと汗がにじんだ。それもまた懐かしい。久しぶりの日本の夏に知らず知らずに笑みが浮かんだ石垣仙人は隣で汗を拭うを妹を見やってその笑みを消した。ここからが勝負だ。自分の計画がまっすぐに進むためには、明日斗との対決にはなんとしても瀬音が勝つ必要がある。ある程度の情報を開示しつつも核心をはぐらかし、逸れかけている軌道を修正することが先決だ。同時に自分は全王治無指と対談する。こちらも計画を盤石にするためだ。


「明後日になったわ」


スマホを見つつそう言う瀬音に笑みを見せ、仙人は両親に呼ばれて歩く速度を増した。こちらもアポを取るかとスマホを手に取り、事前に登録済みの全王治家の共同メールアドレスへのメールを打ち始める。そのまま家が用意した車に乗り込むも、スマホをいじるのを止めない。


「仙人は、木戸君に会うのだろう?」

「瀬音が明後日に彼と会うようですので、その際にアポを取ってもらいます。挨拶はしておかないと」


仙人は父親にそう答え、メールを送信した。そのまま無表情で前を見る。そんな兄を見つめる瀬音の視線を無視し、腕組みをして再度計画を頭の中で反芻させるのだった。



石垣仙人の帰還、それは天狗からのメールで知らされた。明日斗は瀬音の帰国連絡しか受けておらず、明後日のデートの約束しかしていない。それを当人から聞いている母親は仙人の動向を調査するよう依頼し、明日、種子島に戻る夫の着替えを準備に戻る。石垣仙人が全王治無指と会うのは既定路線だろう。それこそ、今回のこの婚約騒動のカギになるのだろうから。それを見越してこの施設に来た。持てるコネを総動員してまで、愛する夫の過去のトラウマと出生の秘密を暴いてまで。瀬音と明日斗が会っても、きっと進展は望めないだろう。相手は一癖も二癖もある石垣家の長女、分が悪い。


「ん?」


手が止まっているのを再開しようとした矢先、連絡用の固定電話が鳴った。ゆっくりと立ち上がってそれに出ると、母親はまるで少女のような笑みを浮かべてあわてて部屋を出ると夫の部屋のドアを叩く。そうして顔を出した夫に今の電話の内容を説明し、二人で小走りになりながらエレベーターに向かった。



「ここのソフトクリームは最高の甘さ」

「濃くもないし、ちょうどいいね」


エレベーターホール横のベンチに座ってソフトクリームを食べている明日斗と祐奈は、エレベーターから飛び出てくる両親を見て眉をひそめた。そうしてその背中を視線で追えば、入り口近くにラフな格好な外国人女性が立っているのが見えた。どうやら面会らしい。興味が引かれた明日斗たちもそれに続いた。


「ウラヌスさん!」


母親が女性の胸に飛び込むと、女性は嬉しそうに彼女を受け止める。父親は丁寧に一礼している。明日斗はそれを見つつ、祐奈がそっと自分のTシャツの袖をつかむのを感じていた。


「久しぶりだな、二人とも・・・・後ろの彼は息子か?」


見た目に反して流ちょうな日本語だ。振り返った先にいる息子に笑みを見せ、父親はまずウラヌスを食堂に誘った。そうして五人がテーブルにつくと、職員が慌てて駆け寄って来る。


「所長!来るなら連絡いただければ」

「元所長だ。それに今日はプライベート」


そう言い、下がれと指示しつつ、近くにいた食堂の者を呼び寄せたウラヌスはアイスコーヒーと、各人のオーダーをしていく。


「今回はここの使用を口利いていただき、感謝します」

「そんな堅苦しい言葉はいらない。友達なんだ、ピンチは救う。あの時の借りもある」

「私たちは貸してない。貸したのは兄です」

「そうだな。でも、同じ。私にとってはお前たちも恩人だ」


無表情に淡々とそう言うウラヌスを見つめる明日斗は目が合ってしまい動揺する。


「紹介が遅れました、息子の明日斗です」

「木戸明日斗です」

「ふむ、どちらかといえば、天都に似ているな・・・・容姿も、雰囲気も。私はウラヌス・ササヤマ、君の両親の友人だ」

「そう友人であり、恩師だ。高校時代の英語教師だったんだ。会うのは20年ぶりぐらいか」


父親がそう説明していると飲み物が運ばれて来た。


「今回、この施設を使用に関して口利きして頂いた」

「元所長だったし、私もまた造られた人間だ、それに木戸家の面々には頭が上がらない。夫婦ともども」


ここで初めて笑みを見せる。驚くことを口にするウラヌスに思考が混乱する明日斗を横に祐奈がハッとなってずいと前に出た。


「あの・・・・失礼ですが・・・・年齢は?」


どう見ても見た目は30代だ。だが、木戸の両親の高校時代の恩師であるならば、下手をすれば50代のはず。造られた人間だからか、それとも外人だからか。


「52だ」

「・・・・見えない」

「よく言われるが、ただ単にそう見えるだけ」


そう言うとコーヒーを口にする。


「彼女は息子さんの彼女か?」

「お嫁さん候補の1人」

「ほぉ、木戸の男だけあって、そういうことか。天都に似ているわけだ」

「伯父さん、ああ見えてそんなだったの?」

「天都は元気か?」


明日斗の言葉を無視し、ウラヌスは母親にそう問う。


「お正月にしか会わないけど元気よ。三葉も」

「そうか。子供は?」

「向こうもこっちも2人。まったく同じで男と女」

「さすが双子」


微笑むウラヌスだが、ここから本題に入った。


「夫に頼んで調べてもらった・・・・・全王治は裏から政府官僚に接触している」

「やっぱりね」

「失った権力の復権のをもくろんでいる、らしいが・・・彼らは没落したというのが政府の認識。なのに、話のに乗りかかっているみたいだな」

「石垣家と親戚になると吹聴しているか、あるいは・・・」

「それらをも吸収する、そんなことを口にしているらしい。婚約のことも掴んでいる官僚は様子を見ているらしいが、全王治の動きは活発だ」

「・・・・そっちは天狗さんにスパイしてもらうか」


母親はそう呟き、スマホをいじり始めた。そんな母親を見つつ目を細めたウラヌスは明日斗に視線を戻した。


「木戸の者は大いなる悪と戦う宿命を背負っている。きっと君もそうだ」

「そんなの・・・」

「私は木戸天都に全てを救われた。本当ならば彼と結婚したかったほどに。だから君も悪と戦い、誰かを救う、きっとな」


優しい笑みを浮かべるウラヌスのその真っすぐな目に、明日斗は小さくうなずいた。自分は伯父とは違って弱い、そう言い出せずに。



自室でパソコンを操作している無指は入って来た滝澤に一瞬目を向けた。だがすぐにパソコンの画面、そこにあるメールに目を戻す。


「石垣仙人から、明日、会談の打診があった」

「本日帰国したようです、家族全員で」

「大刀ではなく、私に会う、というのが気になるが、まぁ、当然ともいえる」

「で、どうします?」

「お前は私と同行しろ・・・・あと、瀬音も木戸と接触するはずだ、見張りを怠るな」

「はい」


瀧澤は部下に探らせている木戸家の監視をどうするか思案しつつ、あの仙人がどういう話をしてくるかの興味をそそられていた。石垣家の長い歴史の中でもかなりの切れ者だというその男は何を企んでいるのか。


「大刀様の件、あれは・・・」


それはそうと気になることを口にする。無指はチラッとだけ滝澤を見やると深いため息をついてみせた。手術をする、そう聞いていたのはあの肥満体系からくる病気への対応だと聞いていた。だが実際は違ったのだ。その真実を知った今、自分の計画は練り直しになってしまっている。


「あいつ自身が木戸明日斗と決着を付けられる状態になれば、それはそれでいい。その上でBプランをどうするか、そこが問題だ。そのためにも石垣仙人との話が重要になる。木戸があそこに隠れた今、特に」

「瀬音の動きもですね。しかし、木戸、怖い存在を選んだものです」

「これは私の勘だが、瀬音もそこまで計算してあいつを選んでなかったのだろう。我々の代理人を倒せる者を選んだ、ただそれだけだったはずだ」

「石垣でも手が出せない場所に避難されたわけですからね」

「ややこしい」


苦笑する無指の中でBプランが固まりつつあるのだろう。それを感じ取った滝澤は一礼してから部屋を出た。パソコンから視線を外した無指は息子の変わり果てた姿を思い出す。


「ジジィの入れ知恵だろうが、利用させてもらう」


家族の団結などいらない。自信の練った計画さえあれば、そう考える無指は自分こそがこの国を裏から支える柱になることだけを夢見ている。


「真の帝王は私だ、石垣仙人」


不敵に笑う無指は形になりつつある全てのプランに満足したような笑みを浮かべるのだった。

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