帝王の帰還 2
その日がやってきた。ついに避難所が整ったのだ。それを知らされた一同はワクワクがもう止まらない。まるでキャンプか別荘に行くような気分になってしまっていた。だが、実際は避難、つまりは危険を回避するのが目的なのだ。危険、それは何も全王治の刺客からだけではない。石垣仙人からの避難でもある。かといって、石垣仙人と面識があるわけでもないので、りんごたちにすれば全王治からの避難という認識が濃いのは否めなかった。各自が荷物を持ち、玄関前に止めている2台のワゴン車に分乗する。
「これも監視されているんですかねぇ」
荷物を積み込みながらもきょろきょろする祐奈の言葉に、明日斗の父親は小さく微笑んで皆の荷物を丁寧に並べていった。
「当然だろうね。全王治にも、石垣にも。でも、彼らもバカじゃない。これから行く先がどういう場所かも掴んでいるだろうから」
「それって、危険、ってことですか?」
怯えた様子のサクラと違い、父親は笑みを濃くするのみだった。
「そこに行けば危険度はぐんと減る。行かせまいとするのがセオリーだろうけど、それを実行すればまた大きな敵をも作ることになるし、まぁ、警戒はするけど安全に着くと思うよ」
そう言い残して助手席に座れば、スーツ姿の屈強な男性が黙って運転席に座った。よく見ればもう1台の運転席にも眼光の鋭い男性が座っているではないか。
「誰なんでしょう?」
「さぁ・・・・敵じゃないから、気にしないでおこう」
サクラの不安を消すように祐奈がそう言うが、予想以上の物々しさにキャンプ気分は少し減ってしまう。そうして全員の荷物を積み込み、母親が全員の乗車を促した。1号車に母親、明日斗、りんご、サクラが、2号車に父親、祐奈、紗々音が乗り込む。強い母親と紗々音を分けた意図を勘繰る祐奈だが、この状況で襲撃されてはどうしようもないと思うと不安になる。そんな表情をする祐奈ににこりと微笑む紗々音はワクワクが止まらないといった感じだ。
「大丈夫だよ、先生!来るなら来いって感じだから」
「・・・・・できれば来ないで欲しいけどね」
そのやりとりに苦笑し、運転手は進み始めた1号車に続いて車を発進させるのだった。
*
「こちらカラス、うさぎは動いた」
マイクらしいものは見えないのにそう口にする男はカジュアルな服を着たままでじっと動き始める2台の車を見つめていた。木戸家の近くの5階建てのマンションの屋上からそれを見つつ、男は額の汗を拭った。
『ツバメに引き継ぐ。カラスは巣に』
「了解」
耳に着けられた小さなイヤホンから聞ける声にそう返し、男はそこから立ち去る。
*
「尾行されています」
「好きにさせますか?」
運転席の男の報告に母親は感情のない声でそう返す。運転手は頷き、車に備え付けられている無線を使って2号車でない別の車に指示を出した。
「尾行されていますが、好きにさせます」
『わかった、こちらは1キロ先で動く』
「了解」
低い声の男が無線の向こうでそう告げ、運転手はそう返すだけ。車は順調に目的地に向かって走った。そうして1キロ、田舎とはいえ信号機のある大きな交差点に車は止まった。赤信号だ。だが泊まる直前に1号車と2号車の間にそれぞれ車が間に入る。尾行していたワンボックスカーは少し慌てた。だが、ドローンも飛んで尾行は続く、と思われた矢先、ドローンはコントロールを失って近くの民家の庭に落下した。さすがに慌てて無線が飛び交うが、1号車と2号車はそれぞれ後ろに車を従えたまま2つに分かれた。
「どうします?」
「行先は分かっている、先に・・・・・」
そこで言葉が止まった。何故ならば、いつの間にか隣にいた白バイの警官が窓ガラスをコンコンと叩いたからだ。ビクつきながらも平静を装おう男たちは言われるままに窓を開ける。
「なにか?」
「ちょっとそこに止めてもらえる?」
「どうして?」
「全部言わないと、ダメ、ですかね?」
ニヤリと微笑む警官に対し、仕方なく無言で従う意思を示した。
「賢明です」
警官はそう言うと誰かと無線で言葉を交わすのだった。
*
結局、尾行を完全に阻止することは出来なかった。だが、それだけだ。2台の車はその施設の前に止まると、守衛が常駐している詰め所に向かって運転手が歩いていく。
「ここ、なんですか?」
「そう、ここ」
明らかに異常な場所だと思う。3メートルはある巨大な壁、出入りすらまともにできない厳重な警備。しかも壁はかなりの範囲を囲んでいるようだ。こんな施設がこんなところにあったのかと思う。窓を開けずに高い壁を見上げていると、運転手が戻ってきた。すると壁に合わせた巨大な黒い鉄の門、その一部がゆっくりと開いていった。車1台が通れる空間を進み、2人の守衛が車と、門の外を見守るように警戒を怠らない。もしかしたらとんでもない場所に来たのではと思うりんごが大きく唾を飲みこんだ。
「ようこそ、避難所へ」
微笑む母親の声すら耳に入らないりんごたちは、目の前に広がる景色に茫然とするしかなかった。100メートルほどの先には山をくり抜いたトンネルがあり、また左側にはヘリが止まっている。右側には真四角な8階建ての巨大な白い建物がそびえていた。
「あの建物?」
「そう、あそこの3階がそうよ」
「他の階は?」
「基本的に立ち入り禁止」
「入ったら?」
「怒られるでしょうねぇ」
りんごの質問に淡々と答える母親に対し、運転手が少し声を出して笑った。
「怒りませんよ。丁寧に退去を促すだけです。まぁ、興味が湧きすぎるのも困りますので、後で全部お見せしますよ・・・・しかし天音さんは変わりませんね」
「え?いつまでも若いって?」
「そうです」
どうやら運転手と母親は知り合いらしい、それも昔からの。りんごは車内からきょろきょろしているが、それは祐奈もサクラも同じだ。やがて車は建物の正面玄関に止まった。きちんとしたロータリーがあり、エントランスも立派だ。真四角の形状を除けばそれこそリゾートホテルのようである。
「ひえ~」
「ほえ~」
「うわ~」
りんごが、祐奈が、サクラが感嘆の声を上げる。そんな3人を横目に職員らしきスーツの男たちが全員の荷物を下ろしている。
「ここの3階が我々の居住区画になる。まずは荷物を置いて、それからこの施設の概要説明、見学になるからそのつもりで」
「部屋割りはそれぞれ個室」
「おぉ~」
完全に個室と聞いて俄然テンションが上がる。そんな面々を促す職員に続いてエントランスをくぐった。
「あれがあの木戸天音・・・・木戸周人氏の娘、か」
「伝説の・・・」
そういったひそひそ声が聞こえるが、明日斗はそれらを無視した。わかっている。かつて祖父が成し遂げた功績、伯父が成したこと、父の生い立ちを。だからこそ木戸の血筋は特殊なのだ。
「成り損ない、か」
少しそれを寂しく感じる明日斗だが、エントランスに入ってそれも吹き飛んだ。そこには真横に並んだ改札機のようなものがあり、それぞれの顔写真とIDが入ったカードを手渡される。これでカードを読み取ることで中に入れるのだ。しかも3名の警備員が常に目を光らせている。明日斗は自分のカードを受け取っておくに進み、まるで何かの管理施設のようなここを改めて見渡した。
「ようこそ、遺伝子研究所へ。ここは日本政府が管理する施設です。表向きは衛星局ですが、ね」
「そうですよね・・・・確か、昔の電話会社の跡地、だったはず」
サクラが思い出したようにそう言い、りんごと祐奈は驚いた。
「そう、そしてそれを政府が買い、遺伝子研究所とした。極秘施設ですね」
「父さん・・・」
「そう、おじいちゃんの計らいだよ、2人の、ね」
父親が微笑む。だからこそ紗々音と明日斗は顔を見合わせた。父の生い立ち、それはクローン。かつて日本政府が裏社会の統率を担う組織のトップに添えるために作り上げたテロリストのクローン人間、そのプロトタイプ。祖父の作ったそのクローンは息子になった。
「取引はしていないよ、ただ、俺のデータを一部提供するだけ」
「これ以上の見返りはないですからね。それ以上を求めると、我々が政府から切られてしまう」
「それって・・・・」
「木戸周人、下村麟、2人は政府に認められた方々ですので」
ゾクッとしたのはりんごたちか、それとも木戸兄妹か。そんな面々に笑みを見せ、職員がまずは一同を各部屋に案内するのだった。
*
「施設に入りました」
滝澤の報告に無指は苦々しい表情を浮かべた。そこが何であるかは知っている。だからこそそこが避難所になるはずもないと思っていたのだ。
「木戸明斗、思い切った真似を」
歯がゆくそう言うも後の祭りだ。かといってその施設に入るのを阻止できるはずもない。政府直轄の遺伝子研究所だけあって警備も厳重だ。周囲でドローンを飛ばすことも盗聴も不可能だ。つまり、完全無欠の要塞なのだ。
「職員に紛れ込ませますか?」
「見つかれば、我らは終わりだ・・・・が、奴らとてあそこにじっとしていられまいて」
「では?」
「当主はああ言ったが、銃も使用せねばならんか・・・それとも・・・」
その時だった、無造作にドアが開けられる。懐に手を入れる滝澤を制したのは無指だった。
「ここには入るな、と言ったはずだったが?」
「夫婦の間に隠し事、ですか?」
妻である朝妃の突然の出現に無指自体が驚きを隠せなかった。それにその笑み、まるで人形のようだ。
「大刀は、いいのか?」
「ええ、もうすっかり」
「そうか」
具合を悪くしたとかで入院したが、無指にとってそんなことはどうでもよかった。大事な一人息子には違いないが、今は全てを手に入れるための駒でしかない。
「今のあの子です」
そう言うと1枚の写真をデスクの上に置いた。冷たい笑みを濃くし、それを見た滝澤は冷や汗をかく。いや、それ以上にその写真を見た無指の額には汗が浮かんでいた。
「こ、これは・・・・」
「文字通り、あの子は生まれ変わった・・・そして、あの子こそが、この国の頂点に立つのです。石垣仙人ではなく、彼が」
朝妃は笑みを消さない。その冷たい笑みを。写真を手に持つ無指が怯えた目で妻を見る。戦慄したのはその笑みにか、それとも、息子の姿にか。
「あの子が退院するまでは情報を集めるだけでいいのですよ。あとは全王治を継ぐ彼が、全てを終わらせるのです。そして全てを始めるのですから」
言葉も出ない無指に対し、妖艶な笑みを見せる朝妃の言葉、息子を彼と呼ぶその違和感を持ったのは滝澤ただ1人なのだった。




