乙女の決意 4
徐々に田舎の景色に変貌するのを自覚するのは、綺麗なネオンやビルの明かりなどが極端に減ってきたからだろう。黒い山の稜線が夕闇に映えるようになってくれば、もうすぐ降りなければならないのだと認識できた。横に座って寝息を立てているサクラを見やれば、自分の肩にもたれていながらも今日買った品々は大事に抱え込んでいる。そんなサクラの顔にかかる髪をそっと払うようにしつつ、この子となら付き合ってもきっと同じ趣味を通して深く一緒にいられるのではないかと考えた。だが、それだけだ。付き合ってキスしたいとか、そういうのを含めた性的な欲求は沸いてこない。祐奈の時とは明確に違うその理由を考えてみたものの、答えは出なかった。大人の色香が足りないせいかとも思うが、そうでもない。サクラもまた女性的な体つきをしており、そういう意味では祐奈よりも成熟した感じを受けていたからだ。
「結局、シチュエーションの差、か」
単純極まりない自分の欲望に閉口しつつ窓の向こうに見える暗い景色へと目をやる。祐奈とは思いがけずあんな場所に行き、サクラとは共に共有できる場所に行った。どちらのデートも楽しかったし、2人に対する好感度も上がっている。だからこそ怖い。全王治の動向が慌ただしくなれば、きっと彼女たちにも危険が迫るのだから。だからといってそれを守れる自信などない。あるのはただ恐怖だ。襲われるかもしれないという恐怖、逃げ切れるのかという恐怖、そして、瀬音を敵に回すことになるかもしれないという恐怖。それ以上に無関係の人間に危害が及ぶかもしれない恐怖が濃い。
「俺が強ければ・・・意志が、闘争心が」
今ほどそれを欲したことなどない。生まれてから仕込まれた古武術などただの護身術であり、それすらも使う気がさらさらなかった。自分よりも弱い者にならそれは可能だ。だが、強い相手を前にして恐怖が前面に出てどうしようもなくなる。あの婚約の儀も体が反応しただけのことだ。そんなことではいざという時に誰も守れない。
『練習だと思えばいい。あんた、練習なら、稽古なら紗々音より強い、かも』
母親の言葉が脳裏によぎるが、恐怖する相手を前に稽古だなんて思えるはずもない。
「なりそこない、か」
以前、継承者を決める戦いすら放棄した自分に紗々音が投げかけた言葉が身に染みる。そう、自分はなりこそなったのだ、木戸に。
「意地もない、勇気もない・・・・なるようにしかならない・・・」
『なるようにしかならないなら、それでいいじゃないか』
紗々音が継承者に決まった夜に父親が言ったその言葉が蘇る。なるようにしかならない、それがサクラの死であっても、それを受け入れるしかないのか。
「そんなのはゴメンだ」
守りたいけど守れない、そんな自分が嫌いだった。だから明日斗はまだ気付いていない。守りたい、そう思い始めている自分を。
*
「ただいま」
「ただいま戻りました」
玄関のドアを開けて2人がそう口にした刹那、弾丸より、光よりも早い速度で玄関先にやってきたのは祐奈とりんごだ。血走らせた目をしつつ、2人を舐めまわすようにしてみせる。
「な、なに?」
「20時39分、帰宅を確認!」
「石鹸やシャンプーの匂いは確認できず!」
「雰囲気に若干の変化を認める!」
「で、お台場で何してた!」
2人に近づいて匂いを嗅いだりぐるりと回って様子を探るりんごと祐奈の言葉に言葉を失う明日斗と違い、きちんと靴を揃えたサクラは手にしていた袋の数々を前に差し出した。
「映画イベントの後でお台場に行って、ゴンダムのグッズを買いまして、その後、ご飯食べてショーを見ました!見てくださいよ、この雄姿を!まるで動き出しそうなこの、この、見事な立ち姿!ライトアップとプロジェクションマッピングのマッチがもう最高で・・・」
「満喫してきたようね」
スマホの画像を見せながら饒舌に語るサクラを見て、奥からやってきた母親がそう言うとサクラは顔を赤くしながらも大きく頷いた。どうやら相当楽しかったのが見てわかる。
「お風呂にしなさい。その後、今日の成果を見せてもらおうかな」
「はい!」
サクラは嬉しそうにそう返事をすると今は紗々音の部屋に間借りしているためにそこに向かって階段を上がっていった。明日斗はそんなサクラを見て微笑みながら玄関に上がると壁のようにして立つ2人を見てため息をついた。
「どいてほしい」
「本当にそれだけ?そういうトコに行かなかった?」
「雨のハプニングもなかったですしね」
祐奈の意味ありげな言葉が気になるりんごを無視して2人の間を通り抜けようとするが、その腕をりんごが掴む。
「あっくん、もしかしてそういう場所、先生と行ったの?」
そういう面は鋭いなと思うがいつものポーカーフェイスは崩さない。
「ないよ・・・・今日も、この先も」
「ホントにぃ?」
「ああ、だから安心しろよ、お前とも、そういうのはないから」
「そっか、そうだよね・・・って、えぇ~、それはヤだぁ」
「りんごっち・・・それ、どういう意味かしら?」
「だって、東京一泊二日旅行だよ?そういうのアリでしょ?だって反石垣同盟では妊娠しなけりゃアリだってことになってるし」
「あなたの場合は油断ならないのよ!妊娠する気まんまんじゃん!」
「そりゃね、でもそれは将来的に・・・・でも、まぁ、それは神様からの授かりものだし、明日には出来ちゃうかも」
「・・・・・・・ほぅ・・・・なら、こっちにも考えがあるわ」
「なに?」
「私も長期的に保護されるなら服とか欲しいし、東京に行こうっと」
「勝手に行けば?」
「そうね、偶然向こうで会うかもしれないし、偶然同じホテルかもしれないけどね」
「むっ!それってどういう・・・」
「はいはい!玄関先で騒がないの・・・・気持ちはわかるけど、あんたらの欲望にあの子が乗っかるとは思えない」
パンパンと手を叩く母親に我に返った2人だが、にらみ合いは続く。
「母親としては早く孫の顔は見たいけど、さすがに早すぎ。そこは節度を持ってほしい」
「はい」
声をそろえる2人ににっこりと微笑んだ母親がキッチンへ向かい、残された2人もリビングへと向かった。着替えを持ったサクラが階段を下りてくるが、浴室へと向かわずにリビングに顔を出す。
「紗々音ちゃんはまだ?」
「あー、なんか、お祖父ちゃんの家に泊まって来るって。明日の夕方に帰るとかって連絡あったよ」
「私にはなかった」
「気を遣ったんだよ、デートだもの」
少しいじけたサクラを気遣い、祐奈が大人の対応を見せる。その言葉にほんのりと頬を桜色に染めたサクラは浴室に向かった。
「もしかしたら、あの子が最大のライバルかも」
ソファに座ってくつろぐりんごを横目にしてそう呟く祐奈だが、りんごはバラエティ番組を見て大笑いをするばかりだった。
*
「次の段階に移行します」
書斎でノートパソコンに目をやる無指は目の前に立つ滝澤を見ない。
「行動は2週間後、再度木戸紗々音を襲撃します。彼女が真に木戸無双流を継ぐ者であるならば、そこを叩いて相手の戦意を喪失させます」
「そうは言うが、木戸無双流だろうが無明流だろうが、日本政府がかつて恐怖し、警戒した者たちだ、勝てる相手はいるのか?」
「銃や刀剣は使用禁止です、だからこそ、そういうことを生業とした者をあてがいます」
「誰を?」
「小代現時、暗術という歴史ある暗殺術を使う・・・・」
「かつて、木戸京也という木戸無双流の男が暗術を使う者を破っている」
無指の言葉に滝澤は動揺を隠せない。この間届いた匿名の者からの情報にそんなものはなかったはずだ。無指はここでようやくノートパソコンから滝澤へと目を向けた。かけていた眼鏡を外し、目頭を軽くもんでから深くソファに身を沈める。
「つい3時間ほど前に届いた木戸の一族に関する詳細だ・・・見れば見るほど寒気がする。まぁ、だからこそあの小娘が相手に選んだのだろうがな」
ノートパソコンの画面を滝澤の方に向けながらそう言う無指は立ち上がり、それから軽く肩を回してみせた。
「ある意味、石垣よりも力を持つ。政府との太いパイプもあるだろう・・・・やっかいだよ」
画面にくぎ付けの滝澤を見て苦笑し、無指は冷めたコーヒーを口に運んだ。苦みが脳を刺激するが、かといっていい対抗策は浮かばない。
「来月、いや、早ければお盆にでも石垣仙人が帰国する」
「あの?」
「ああ・・・大刀とも面会したいらしいが、断った」
「大刀様は、その頃は手術直後ですしね」
「もしかしたら、だが・・・・」
そこで言葉を切ると持っていたカップを机の上に置いた。そして鋭い眼光を正面に向ける。
「この情報を送ってきたのは、その石垣仙人かもしれん」
無指のその言葉は滝澤を震撼させた。どういう意味だと勘繰る。何故敵であろう全王治にこういう情報を匿名でもたらしたのか、その意味がわからないからだ。何を企んでいるのか見当もつかない。彼にとって、次期石垣の当主にとって全王治など取るに足らない存在のはず。ならば、ここは木戸家と親密になる方がはるかにメリットがあろう。
「もしも、石垣瀬音の意志が、その決意が自由を勝ち取るものだと推測すれば、それに手を貸す仙人の次代への改革は意味を持つ・・・あの男は石垣を変えようとしている、それは耳にしている」
古いしきたりを重んじてきた石垣家の風習を過去の遺物だと切り捨てている発言は耳にしている。彼の狙いは石垣家をそらなる高みへと上げていくことだろう。ならば、婚約の儀を利用して、早々とその改革を成そうとしているように感じる。その方法は不明だが、だが、その推測が正しいのであれば利用されていることになろう。全王治も木戸も。
「だから、今は動くな・・・・ただ探ればいい。木戸を、石垣仙人を」
「はい」
「それに木戸紗々音・・・・あれをただの小娘だと思うな。あの木戸を名乗る女だ。我々の想像など飛び越えた、それこそ鬼神の強さを持っている、かもしれん」
買いかぶりすぎだとは言えない。木戸の、その技の継承者たちの功績は驚愕に値する。
「我々も断固とした決意をもってこの戦いに挑まないと、負ける」
「承知しました」
滝澤はそう返事をし、再びパソコンの画面を凝視する。無指はそんな滝澤を見つつ、自分の父親であり、今の当主である老人のことを考え始めた。大刀のことといい、このことの全てを見越していたのかとも思うが、そうでもないとも思う。あの老人は自分の権力を維持することしか頭にない。表向きは当主の無指だが、実際はそれを継いではいない。実権はまだあの老人が握っているのだから。
「身内にも気をつけねばならんとはな」
心の中でそう呟く無指だが、自分もまた1人息子のことなどどうでもいいと思っていることに気付いていないのだった。




