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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第6話
29/62

乙女の決意 3

夕方になってもさほど暑さに変わりはない。それでも風は涼しさを運び、ゆるくなった日差しに一息つける状態にはなっていた。りんごと祐奈のいた駅の改札のすぐ近くの地下鉄に乗ったせいか、外に出てのその暑さにやられつつ、2人はそのままお台場へ向かうための電車に乗り込んだ。夕焼けはまだとはいえ、海のきらめきと大きな橋の景観はサクラのテンションを上げる。明日斗は2度目のお台場だけに、どこか懐かしさを感じていた。今住んでいる場所がいかに田舎かを思い知らされる海とは反対のその景色に。


「なんか、テンション上がりますね」


見た目に同じのその上擦った声に明日斗は自然と笑顔になった。サクラとは趣味が合うし、何より精神的な距離感が近い。妹の親友という認識から大きく外れないとはいえ、自分を好いてくれていることの自覚もある中でこうして自然としていられるというのは彼女の魅力のせいなのだろう。顔も可愛く、そして控えめな性格、それでいて成熟した身体、明日斗にとっては一番な存在になりうる可能性を秘めている。健全な高校生男子であれば、祐奈にサクラ、りんごなどは興味と恋愛の対象でしかない。なのに、明日斗はそうはならない自分を変だと認識している。だからこそ瀬音との婚約を受け入れて今に至っているのだろう。もし、彼女の狙いが自分の想像通りであるならば、それは絶対に許せない。だからか、険しい表情をして海を見つめている明日斗を見上げる形になったサクラが何かを口にしかけた時、駅についたためにドアから多くの人が乗り込んでくる。降りる人はおらず、ただ車内に人が増えたためにサクラが明日斗に密着した。そんなサクラの華奢な体を受け止めつつ、その柔らかい感触を感じ取る。


「す、すみません」

「気にしない」


サクラにかけた言葉か、自分に言い聞かせた言葉か、とにかく、各駅でそういうのを繰り返し、ようやく電車は目的地に到着した。外国人観光客も多い中、2人も降りて人混みが目指す方へと進んだ。思わず速足になるサクラにつられて明日斗の足も速くなる。そして、遠目からもわかるその白い虚巨像が見えてくると、サクラはたまらず走り出した。夕暮れはまだとはいえ、夕日に照らされるその巨体は圧倒的だ。


「す、すごい」

「かっこいいよね」


スマホを取り出して写真を撮りまくるサクラをほほえましく思いつつも自分も同じように撮影をしていく。


「撮ってあげるよ」


そう言い、サクラのバックにゴンダムが入るようにして撮影をした。地面から見上げるようにしつつ撮ったり、躍動的に跳ねるサクラに合わせたり、色々撮影をしていく。明日斗もサクラに撮ってもらい、2人での出来栄えを見て笑いあう。


「せっかくだし、2人で撮ろうか?」

「あ、はい」


そう言う明日斗に少々赤面しつつ、自撮りに切り替えた明日斗がアングルを決める。サクラは密着する顔の近さに恥ずかしさと嬉しさを噛みしめながらも、走って来たせいで汗をかいていることもあって臭くないかなとドギマギしてしまう。そしてようやくアングルが決まる。それはほとんど頬と頬が触れそうな2人の後ろにゴンダムの巨体がそびえているいいものになった。


「よし、ラインで送るね」

「あ、は、はい」


未だに動機が激しいサクラをよそに、明日斗は素のままでスマホを操作している。やはり自分は妹の親友という立場でしかないのかと思うが、それでもいいと考える。今はまだ、それでいいと。そうしてそのまま2人はゴンダムの後ろにあるショッピングモールに入った。ここではゴンダムミュージアムがあり、ここでしか買えない商品などが数多く売られているのだ。女子高生でゴンダムが好きなサクラは珍しいが、そういう人も世の中に多い。現に、ミュージアムには男女問わず人が多かった。並べられた歴代のゴンダムプラモデルに喜び、スマホでの撮影が終わらない。ゆっくりしたペースで店の中を見て回り、いまや夕食を取る時間帯になっていた。


「あと1時間ほどしたらさっきのゴンダムでショーがあるね」

「絶対見たいです!」


両手の拳を作って鼻息も荒いサクラに苦笑し、とりあえずは和食の店に入った。イベントで買った商品と、今さっきミュージアムで買った商品を横に置いたサクラはご満悦な表情を浮かべていた。明日斗は天ぷら定職を、サクラはにしんそばをオーダーし、ようやく一息をつく。


「今日はもう、楽しすぎます」


普段のサクラにはないテンションの上がりっぷりに明日斗も嬉しくなる。意外な一面を見られたことは大きく、今後の共同生活においても懸念していた部分が払拭された感じがしている。この分であれば楽しくやれそうだ。


「あとはショーを見て帰るだけ、ですね」

「寂しい?」

「楽しかったから、そうですね」


笑顔に変化はないが、確かに寂しそうだ。


「それに気晴らし的なのは最後になるのかなって」

「それはないでしょ」

「紗々音ちゃんは、決着にはもう少しかかるって・・・」

「だろうね。全王治が動かないと石垣も動けない。いや、動かしにくる、か」


憂鬱な気分になるが、全ては瀬音が帰国してからだろう。明日斗にしてもそこからが勝負だ。


「でも、紗々音といれば出かけても平気だよ。あいつとなら安心」

「紗々音ちゃん、明日斗さんより強いって本当なんですか?」

「あいつに勝てるやつはそうはいない。っても、君は俺や紗々音の強さなんてわかんないだろうけど」

「確かに」


そう言って笑うサクラはリラックスしている。狙われているかもしれない恐怖も感じていないようだった。ただ実感がないだけかもしれないが、それはそれで明日斗にとってはありがたいことだ。そうして今日のことを楽しく話ながら夕食を済ませて先ほどの立像の前に行けば、すでに多くの人がショーを待っている状態だった。あと10分だ、当然だろう。念入りにスマホをチェックするサクラを横目に、この状況で何かを仕掛けてくることもないだろうと思いつつ周囲の様子を伺う。何か仕掛けてくるとすればこの後だろうか。守れる自信などなく、ただ逃げることに注力するしかない。この期に及んでも戦う意思を持てない自分を呪った。そうしていると時間になり、ライトアップされた立像にプロジェクションマッピングによるショーが始まった。20分ほどのそのショーを堪能し、さすがの明日斗もテンションが上がる。もはや周囲の様子など忘れて盛り上がる2人を見つめる影は2つ。1つは鋭い眼光で見つめる目、もう1つはその眼光の相手を見つつ、明日斗たちを見守る目。そんな目にも気づかず、明日斗が駅へと向かう方向に向いた時だった。


「あの、ちょっとだけいいですか?」


サクラの言葉に立ち止まる。そのままサクラが指をさす方を見れば、いくつかのオブジェが並んだ海の見える場所だった。うなずく明日斗と並んで歩くサクラはそっと明日斗のTシャツの裾をつまむ。その仕草を可愛いと思いつつもそのまま歩く明日斗は手すりの前で立ち止まったサクラを見やった。夕暮れの闇を遮る沈んだ太陽の明るさの名残が夜と夕方の境界を演出している手すりの向こうの海を見ているサクラの髪を風が揺らす。


「正直、実感ないんです」


何の、そう言いかけた明日斗をチラッと見たサクラは再度海へと視線を戻す。


「明日斗さんが瀬音さんと婚約したことも、私たちが狙われていることも・・・全部」

「だろうね」


実際に襲われたりんごや祐奈ならいざ知らず、そうではないサクラにとっては他人事のようでしかない。今日も何もなく楽しい時間を過ごせている。


「りんごさんや先生が襲われたって聞いて、怖かった。でも、それだけなんですよ」

「そりゃ、まぁ、そうだろう」

「巻き込まれている、そういう自覚はあります。だって、私も明日斗さんの弱点になる、そうだろうって思うから」

「十分に弱点だよ」


微笑む明日斗に微笑みを返すサクラを綺麗だと思う。普通に可愛いサクラだが、今の表情は美しさを持っていた。だからか、明日斗は少し心臓の音を速めている。


「もし、私が襲われたら、助けて欲しいです」

「助けるよ・・・って言えない自分がいる」

「紗々音ちゃんが言ってました、明日斗さんは弱くって、すぐ逃げるって」

「あたりだよ」

「でも、信じています、絶対に助けてくれるって」


綺麗な表情、信じ切った声、だから明日斗には痛く感じる。きっと自分には救えない、そう思うからだ。恐怖を感じた時、逃げ出したくなる。戦おうという意思はなく、ただ逃げることだけを考えるのだ。そこいらのチンピラであれば恐怖など感じない。ナイフを突きつけられても。でも、そうでない人種の場合は別だ。


「連れて逃げるってのもありかな?」

「そりゃそうです」


茶化した言い方だったのに、サクラは真面目な顔をしてそう言い切った。その意外な言葉に明日斗は目を丸くし、そんな明日斗の表情をみたサクラは小さく笑った。


「助けるって、そういうことじゃないですか」


笑いながらそう言われた明日斗の目に涙が浮かんだ。それを見たサクラは動揺するが、明日斗はこぼれる涙を何度も拭った。サクラはバッグからハンカチを取り出し、そっと明日斗に渡す。受け取った明日斗は肩を震わせて泣いた。今までそれではダメだと言われ続けてきたし、そうだと思っていた。逃げてはいけないと。男なら戦え、そう言われてきた。母親に、紗々音に。なのにサクラはそれを肯定してくれた。ただそれが嬉しかったのだ。


「逃げてください。無傷でいられれば、それで勝ちですよ」


天使の微笑みを見せるサクラを思わず抱きしめてしまった。驚くしかないサクラだが、好きな人に抱きしめられて嬉しくないはずがない。だからサクラもそっと明日斗の背に手を置く。


「君だけだよ・・・そう言ってくれたのは」

「そうなんですね」

「ありがとう・・・すごく、救われた気分だよ」

「よかったです」


そっと離れる明日斗に対し、サクラはどこか名残惜しそうだ。明日斗はハンカチで涙をぬぐい、そしてそれをポケットにしまった。


「洗って返すよ」

「はい」


別にいいのに、そうは言えず。


「明日斗さんが好きです。だから、手段がどうであれ、助けてもらえると嬉しいです」

「君は・・・・・まっすぐすぎるよ」

「え?そうなんですか?」

「だから、全部が終わった時に、落ち着いて結論を出す。それまで」

「待ってます。どんな結果であれ、待ってます」


明日斗の言葉尻に重ねつつそう言い切ったサクラに笑みが漏れた。そうしてそっと手を繋いで駅へと向かう。それは彼女を守ると誓った明日斗の心の表れだ。それを理解しているサクラはその手の温もりを感じながら、いつかは自分を選んで欲しいと願いながら、その未来を実現するために頑張ろうと誓うのだった。

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