乙女の決意 2
夏休みの東京は人が多い。とはいっても、通常の東京のことなど知らないサクラにとってはただただ唖然とするだけなのだが。今日はサクラとのデートの日だ。結局、今現在は木戸家にりんご、サクラ、そして祐奈が居候をしている状態にすぎない。とはいえ、母親は昼間留守で、色々と動いていることもわかっている。それに今日、紗々音は母方の祖父の家に行っている。これもまた、今後を考えての行動だった。
「時間的な余裕はないぞ」
「え?そうなんですか?」
予定している時間よりも相当早いと思っていたサクラは明日斗の言葉に目を丸くするしかない。イベントの開始は13時からで、開場が12時。そして今は9時半だ。ほとんど始発に近い電車に乗って来たのだからこの時間で十分だと思う。だからか、そういう顔をしているサクラに対し、明日斗はため息をついて首を横に振った。そのままグッと拳を握りしめる。
「いいかい、サクラちゃん?こういったイベントでは、まず、限定品が販売されている!」
「知っています。私もスマホケース欲しいですし」
「そういう物を狙うオタク、そして転売を生業とする輩よりも早く動かないとダメだ!」
普段の明日斗にはない熱弁に、サクラは若干引き気味だ。流されるように生きている明日斗ではない、これはもう、生命力の塊である。
「つまり、開場の遥か前に並び、確実に確保する!イベント自体はチケットもあるし、そこは気にするな!今はただ買うことに集中するのだ!」
「あ・・・うん、はい」
返事に困るサクラに対し、明日斗はキリっとした顔をし、そのままサクラの手を掴んで歩き出す。驚くサクラだが、これはデートなのだと自覚を新たにしてそのまま積極的に指を絡ませた。そうして2人は速足で会場へと向かうのだった。
*
「こういうことに関しては積極的なんだよね、あっくん・・・・」
「そうね。でも、彼らしい」
一定の距離を保って歩く2人の美女は周囲の目を引くがお構いなしだ。白のベレー帽に茶色いサングラスのりんごは白いシャツにミニスカートという格好で、その大きな胸をいかんなく強調していた。横に並んで歩く祐奈は黒いサングラスにピンクのポロシャツ、そしてジーンズ姿で歩いている。こちらも暑いせいか胸元が開き気味だ。
「でも、どうするんです?チケット、ないのに」
「目的はあの2人の・・・・・・・保護」
「ものは言いようですよね」
「まだ幼い椎名さんが心配なのよ」
「いやいや、狙われてるのは私たちも同じですよ・・・今日は紗々音ちゃんもいないのに」
「天狗さんがいるでしょ?」
「おばさんが言ってただけですよね?実際会ってもないのに」
「あの人が言うのだから信じていい。今は、あの2人が間違った道に・・・・・・行かないように保護」
「なんでそこにこだわるんですか?」
「彼は流されやすいから」
「そこは同意ですけど・・・私の時もこうされると思うと気が滅入ります」
祐奈にしてみれば、この間のデートで自分が一歩抜けた気持ちでいる。だからこそ、同じようなシチュエーションに進まれることは阻止したいのだ。一方でりんごもまた明日斗の動向も気になる。瀬音が留守なのをいいことに、祐奈と何かあったのは分かっている。だからこその祐奈からのこの提案を飲んだのだ。
「反石垣同盟って・・・・うっすい関係ですよね」
「まぁね。でも、本当の意味で石垣家に反発するんだもの、そこはそこ」
「怖いですよ、正直」
りんごのその本音にうなずく祐奈は石垣、全王治、木戸の戦争に巻き込まれた自分の身を案じつつもこれは人生の転機だと思っている。生徒である明日斗に恋をしたことも、こうしてみんなで過ごすことになったことも。そして、これから起こる大きな事件も。
「暑い・・・」
「そうね」
オタク2人は会話を弾ませながらも歩くペースを落とさない。逆に尾行している2人は見失わないように気を付けつつ進んでいるせいか疲労が濃くなってきている。ここいらでお茶でも、そんな欲求を命じる脳を意識した時だった、前を歩く2人の足が止まった。あわてて2人も止まってコンビニの入り口付近に身を寄せた。通りすがる人の目も気にせず、2人は小さな双眼鏡を取り出してみせた。その距離、10メートルもない。
「到着したみたいですね」
「大きなビル?」
そこはビルだ。位置的にエントランスが見えないが、2人はにこやかにそこに入っていった。りんごは祐奈と目を合わせ、1つ頷いてそこへと向かう。素知らぬ顔で前を通り過ぎるようにして中を見やった。ホテルのロビーに近い印象を受けるそこはすでに人でごった返していた。どうやらイベント用のテナントビルのようだった。思ったよりも規模が大きく、メインのエントランス以外にも出入り口があるようだ。
「終わるのって・・・・16時、みたいですけど」
スマホでイベント内容を確認する。劇場版アニメのイベントであり、声優やスタッフのトーク、そして上映などが盛りだくさんだ。
「・・・このジャンルじゃなきゃ・・・」
ぶつぶつと言いながら周囲を見渡す祐奈と違い、こういうものに興味がないりんごは続々とビルに入っていくオタクたちに唖然としていた。
「サクラちゃんとは仲良くできないかも」
「そういう偏見はやめなさい」
「アニメとかって・・・なんか・・・」
「そういうのが偏見よ。いい?好きなものに隔たりなどないのよ。アイドルが好き、映画が好き、俳優が好き、ハンドメイドが好き、ドラマが好き、女優が好き、プラモデルが好き、アウトドアが好き、人の好きは千差万別。それを他人がどうこう言うのがおかしいのよ。BLだろうが百合だろうが、それは人の好み。ヘイトだなんだ、そんな偏見もいらない!漫画とかアニメとかゲームが殺人を増長する?ありえない!そういう人たちこそ常識をわきまえている。オタクがひきこもる?逆よ!オタクこそ全国を駆け、好きなもののためにバイトをし、働いて資金を捻出する!いい?好きなものを、自分の趣味を否定されることはいけないこと!人間っていうのは、好奇心と、そして協調を大事にする!価値観が似ていない者がその価値観を否定することなど、あってはならないのよ!」
拳を握りしめて早口でそう力説した祐奈は、大きな拍手と歓声に我に返った。気が付けばそこにりんごはいない。円を描くように自分を囲んで拍手をし、賛同の言葉を投げ、泣きながら拳を振り上げるオタクたちだった。男女問わず囲まれる祐奈はそのまま顔を真っ赤にして周囲に手を振り、さっきよりも速足でその場を後にするのだった。
*
全国にチェーン展開しているコーヒー店で冷たい飲み物を飲みつつ、斜め向かい側からやって来るりんごを見やった祐奈はサングラスのずれを直しながらストローに口をつけた。さっきの騒ぎの後でどうにか合流できた祐奈とりんごはこの店に入って張り込みを続行していた。だが、オタク擁護の演説を大々的に行った祐奈は会場で話題の人になり、またスマホで動画が拡散されたこともあって店から動けない状態になった。仕方なく定期的にりんごが様子を見に出ていく状態である。
「そろそろ開場で、あっくんたちは目当ての限定品を買えたようです」
外から見ただけでそれを知ったりんごを凄いと思う祐奈だったが、りんごが差し出したスマホの画面を見てストローに口をつけてアイスレモンティーを飲んでいく。その手があったか、と今更ながらに気づたていたらくだ。
「サクラちゃんにラインしたんですよ。昨日、限定品がどうとか言ってたから」
「なるほど・・・・」
「あとはイベントが終わるころにラインするだけ」
「なるほど」
「ってことで、お腹も空いてきたので、ファミレスに行きましょう。少し先ですけど」
「OK」
支払いは前払いなのでそのままコップを手に店を出る。りんごはこうまで祐奈がポンコツだと思わなかったせいか、小さなため息をつきつつ、自分の時は完全に捲ける自信を持つのだった。
*
この日のために貯めた小遣いを使った甲斐があった。欲しかったスマホケースの他にも数点の限定品を購入したサクラは席についても笑顔が絶えなかった。明日斗も1つ限定品を買い、2人で話も盛り上がる。隣に座るオタクの鋭い視線を感じるが、明日斗は気にしない。どうしてこんな可愛い子とかぶつくさ言う言葉も耳に入らず、ただこの時間を楽しんでいた。祐奈とのデートも楽しかったと思う。雨というハプニングがその後、色々と印象的なイベントに変化したせいもあるだろう。だけど、こういう普通のデートもいいものだと感じていた。やはり趣味が合うというのは素晴らしい。
「避難場所に行っちゃうと、こういうことも出来なくなるんですかね?」
「わからない・・・でも、母さんが動いているからね、きっと大丈夫」
「おばさんって、すごい人なんですか?」
「普通だよ、きっと。でも、俺たちの知らない部分があるだけ」
「知らないって?」
「木戸ってのは、聞く限り、因果な家系らしいからね・・・よく知らないけど」
本当に知らないのだろう、その言い方にサクラは頷くしかなかった。そして、素朴な疑問を口にする。
「もし、私が明日斗さんと結婚したら、そういうのも知られるんでしょうかね?」
「さぁ・・・でも、かもね」
前を向いたままそう言う明日斗の言葉を噛みしめながら、今の自分の言葉を思い返して激しく赤面する。
「どうしたの?」
様子がおかしくなったサクラの気配を感じた明日斗がそう声をかけるが、サクラは顔を真っ赤にしたまま俯き、何でもないですと言うのがやっとだった。
*
イベントが終わり、続々と人がビルから出てくる。りんごと祐奈は大きな道路を隔てた向かい側に陣取り、双眼鏡で様子をうかがっていた。周囲の人が引いているのもお構いなく。その頃、明日斗とサクラはまだ上映イベントの階にいて今見た映画に関して話に花を咲かせていた。ゆっくり下りればいい、そういう考えだ。そんな2人を待つりんごも祐奈もイライラが募っていく。かれこれ15分が経つものの、2人はまだ姿を現さない。しびれを切らせた祐奈が移動しようとした時、ようやく2人がエントランスを出てきたのだった。にこやかで楽しそうな雰囲気を見てホッとしつつ、その自然なカップル的雰囲気が気に入らない。特に祐奈にしてみればこの間のデートでリードした好感度が落ちている気がしてならないからだ。
「どこ行くんですかねぇ」
ラインも返事もなく、もう疲れてしまったりんごの言葉に祐奈は尾行の続行を告げる。2人はどうやら電車に乗って移動するようだ。駅に向かうその足取りを追いつつ、りんごは彼らの動きを先読みしようとスマホを操作して歩く。
「アキバ、かな」
「ここから4駅、か」
2人は顔を見合わせ、速足で駅へと向かった。違う改札から鉢合わせしないようにするためだった。そして別の改札へ向かった2人を確認してから改札をくぐってホームに上がった。そうして2人が来るのを待つが、なかなか現れない。トイレかな、そう思った矢先、りんごのスマホがラインの着信を告げた。
「あ・・・」
なんとも言えない声を出すりんごを不審に思い、祐奈が画面を覗きこもうとするが、りんごの手が震えているせいか、よく読み取れない。
「なに?」
少し強めの言葉にスマホを差し出すりんご。受け取った祐奈もまた間抜けな声をあげた。
「・・・・げ」
そこに書かれた文字は2人の先読みを超えたものになっていた。
『イベント終わったよー。これからお台場行って、ゴンダム立像見てくるね』
ホームに電車が入って来るが、2人はそのまま、どうするかを思案するしかないのだった。




