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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第5話
22/62

王者の資格 1

ようやく帰ってきた父親から片時も離れない紗々音は、16歳なのに一緒にお風呂に入ると言い出す始末だった。父親としては何の抵抗もないために、まずはお風呂へ向かう。そこで娘と2人、明日斗に起こった身の回りの変化、瀬音との婚約の話をしたせいか、少々長湯になってしまったのだった。お土産も開かずに風呂に入った2人に苦笑しつつ、母親は父親の荷物から洗濯物を取り出す作業に勤しむ。今回は一か月は自宅から本社への通勤になるが、そこからはまた出張だ。だからか、着替えの量も洗濯の量も出張先に置いているためにほどほどで済んでいる。


「で、明日斗は?」


風呂から上がった父親はリビングに入るなりそう尋ねる。どうやら紗々音はドライヤー中のようで、久しぶりの自宅用パジャマに身を包んだ夫を見て微笑んだ妻はソファに腰かける夫の膝の上に乗っかった。そのまま久々のキスをする。


「紗々音がいるってのに・・・」


苦笑する夫の顔にそっと触れるが、相変わらず表情の変化に乏しい。そういう人だから、笑みを返すだけ。


「そうね、続きは今夜、朝までってことで」

「疲れてんだ・・・明日じゃダメなのか?」

「あー、そっか、浮気で発散してますか、そうかそうか」

「・・・・・変わらないな、母さんは」


苦笑しつつ、今度は夫からキスをした。


「おお!これぞ夫婦、だね」


リビングに入って来た娘を見て慌てて離れる父親に対し、不満げな顔をする母親だった。



夕食は豪華なステーキだ。木戸家ではお馴染みのこのメニューは昔から変わらない。長期出張の多い父親が帰った際には必ずステーキと決まっている。父親の横に座って色んな話をする紗々音に質問を投げ、会話が弾むのはよいことだ。ただ、明日斗がいないのが残念といえば残念か。


「そうか、明日斗はデートか」

「今日は先生とで、次がサクラとで、んで、来週だったっけか、りんごちゃんとお泊り旅行」

「モテモテだな」


苦笑しかしない父親を彼らしいと思う。放任主義、いや、自己責任に任せているからこその苦笑だ。それに、2人ともが真っすぐに育ってくれているから、でもある。


「で、肝心の婚約者さんは?」

「イギリスに家族旅行だって。お兄さんが留学してるとか」

「石垣仙人、名の知れた人物だから、留学もあり、か」

「父さん、詳しいね」


あの日、瀬音が家に来た日に詳細は伝えている。だから、父親は父親のラインで色々調べてもいた。深いところまで。そしてそれは母親も同じだ。知らないとは当人の明日斗と、興味津々な紗々音ばかり。


「彼は石垣を背負う人間だからね・・・生まれながらの帝王ではないからこその勉強なんだろう」

「生まれながらじゃない?」

「養子なんだ。ご両親の妹夫婦のね」


これは意外な情報だと記憶する紗々音を見つつ、母親はステーキを噛みしめる。我ながらいい肉を選んだと自負しつつ。


「で、明日斗の本命は先生なのか?」

「どうだろうねぇ・・・でも瀬音さんと婚約は決定的だし」

「全王治の息子に勝てば、だろう?」

「楽勝でしょう、あのおにぃでも」

「だと・・・いいがな」


歯に物を挟んだ言い方に紗々音だけでなく母親も視線を向ける。どうやら母親も知らない情報を掴んでいるようだ。だから目を細める母親から視線を外し、一旦お肉を味わってから言葉を発した。


「明日斗がいないからまた明日、っていうのは2人に耐えられないだろう?だから言うけど、麟じいちゃんから連絡があった」

「おじいちゃん、なんだって?」


興味津々の紗々音を横目にお肉を口に入れる母親はそこからの情報であれば今後ややこしくなると考えていた。紗々音たちの父方の祖父である下村麟は遺伝子工学の権威だ。そこからの情報となれば嫌な予感しかしない。


「じいちゃんの弟子に当たる人物かららしいけど、全王治が大金を使って機械骨格やら遺伝子改良筋肉などのデータを集めているらしい。そして、数人の博士も取り込もうとしているらしい」

「まさか・・・あのオデブを改造・・・いやいや、あれ、もう脳みそだけ残して体とっかえるレベルの改造しかないよ」


失礼この上のない言い草だが、母親も黙っていることからそう思っているのだろう。


「もしくは、もっと違うことをしようとしているのか・・・・とにかく、油断はできない」

「金持ちの考えることはわかんないわねぇ」


呟く母親に対して頷く紗々音はこれはこれで面白そうだとほくそ笑む。結果がどうあれ、色々こじれてくるのは間違いないからだ。


「紗々音・・・いざとなったら、お前が明日斗をフォローしてあげなさい」

「がってん!」


父親の言葉に小ぶりな胸を叩く紗々音だが、元よりそのつもりだと思っている。そして母親もそんな紗々音を見つつ、以前から考えていたことを実行することに決めたのだった。



夕食はお洒落なレストランだった。大きな丸太小屋を改造したもので、3階まである見晴らしのいい丘に建てられているせいか、麓に広がる綺麗な夜景が目についた。時間的にまだ明るいものの、車のライトが光の川を形成して実に美しい。


「こういうところでプロポーズされたら最高でしょうねぇ」


別に明日斗に対する催促ではなく、本音だ。うっとりした表情をする祐奈は27歳までに結婚したいという願望を持っていた。現在23歳、カウントダウンは始まっている。


「女の人ってそういうところ、あるよね・・・りんごもよく言っている」

「でしょうね・・・特に彼女はあなたと、でしょう?」

「それを言うなら祐奈もでしょ」

「まぁね」


そう言って笑う祐奈を可愛いと思う。何故だろう、今日一日いただけで、どこか彼女に恋をしている気持ちになる。いや、これも生来の流されるままに生きてきた性格のせいだろうことは分かっている。かといってすべてそのせいに出来ない自分もいる。


「よくあるラノベやアニメなんか、ハーレムエンドってあるじゃない?」


祐奈の口から出た意外な言葉に明日斗を目を丸くし、祐奈はハッとなって顔を真っ赤にし、俯いてしまった。もしかして、祐奈もそっち系なのか、そう思った矢先にバッと顔を上げた勢いに明日斗は体をビクつくせた。瞳をうるうるさせた祐奈が上目遣いで自分を見ているその表情は文句なしに可愛いと思う。


「わ、わたし、そういうの、好き、なんだ」

「へぇ・・・ハーレム系?なろう的な?」

「うん、まぁ、そんな感じ」


意外な趣味に苦笑が漏れた。それを祐奈は馬鹿にされたと取りかけたが、先にそれを察した明日斗が言葉を発する。


「まぁ、俺もよく読むよ。アニメも好きだし、いわゆるオタクだし」

「そ、そうなんだ?」

「サクラちゃんもだよ」

「へぇ」


その言葉には驚きと、そして興味が込められていた。だからか、さっきまでの嫌な雰囲気は吹き飛び、祐奈は言葉の続きを話し出した。


「出来たら、みんな・・・・まぁ、石垣さんは除いてそういうハーレムエンドでもいいかなぁって思ったりするんだよね」

「丸く収まるね」

「所詮は絵空事っていうか、妄想だけどね」

「まぁ、不可能じゃない、だろうけどね」

「え?」

「実質的に可能性はある・・・・でも、色んなものを全部捨てないとダメ。だから、結局は限りなく不可能だよ」


そう言われても実現可能かもしれないとなると話は別だ。だからか、祐奈はぐっと前のめりになりつつ興味津々な顔を明日斗に近づけた。その迫力に負けたのか、明日斗はまず深いため息をついてから話を再開した。


「ウチはある無人島を所有してる。正確には母方の祖父のものだけどね・・・そこに永住なら、可能かも。でも、島をじいちゃんから貰う必要があるし、島で自給自足の生活をする必要がある。しがらみも多い」


無人島と言われ、南の島を思い浮かべるが、確かに自給自足となれば色々面倒そうだ。


「最悪は、そこに逃げることもできる。負けて逃げる、ようなもんだけどね」

「最終手段はそれ・・・でも、まぁ、君が私を選んでくれたら、それでいいだけ」


にこやかにそう言う祐奈を見て、明日斗はそれもありかと思う。いや、流されているだけだと思いながら。それでも、決着はつけなくてはいけない。石垣家と全王治家と、そして、自分と。いや、きっと決着はつくだろう、そんな予感はしている。瀬音が隠す何かも、それに絡んでの決着が。


「今だけで言うと、祐奈が2歩ほどリードかな」

「ホント!?うふふ・・・嬉しい」


喜びを隠そうとして隠せない祐奈を見て苦笑が漏れた。


「まぁ、今度サクラちゃんと遊びに行ったら、それはそれで彼女が2歩リードになりそうだけど」

「なにそれ!?浮気者!」

「それを言っていいのは瀬音さんだけですけどね」

「私も権利あるっ!」

「いや、ないでしょ」


怒る祐奈にそう返す明日斗はこの状況を楽しんでいると思えた。だからこそ、こっちの決着もつけなくてはいけない。瀬音か、りんごか。それとも祐奈か、サクラか。あるいはそれ以外の誰か、か。



「来月、一度日本に戻る」


ソファに腰かけた仙人はテラスのガラス越しに妹を見つつそう言った。ジュースの入ったコップを手にテラスにやってくる瀬音だが、その表情はどこか暗い。


「お兄様が動く必要はないと思うけど?」


兄の横のソファに座り、肘をついて目を閉じる。長いまつげも美しい顔立ちを見つつ、仙人は一瞬だけ醜悪そのものの目つきになったが、すぐにそれは戻る。


「婚約者には会っておきたいし、何より全王治へのけん制にもなろう」

「計画通りなのに?」

「これも計画だ。木戸明日斗を俺も容認した、そう思わせる必要がある。木戸にも、全王治にも」

「まぁ、そうかも、だけど」

「心配はいらない。彼があのデブを倒せばいい・・・あとは俺が動く、それで終わり」

「全王治の動きも気になるけど・・・なかなかつかめない」

「種は蒔いた・・・安心しろ」

「種?」

「ああ」


そうとだけ言い、紅茶を口にした。こういう仙人はそれ以上の詳細は言わないだろう。だから余計な詮索はやめた。恐ろしいほどにここまでは計画通りなのだから。自由と真実の愛のため、2人で練りに練った計画に穴などない。


「今は自由にさせる・・・木戸も、全王治も。特に彼はお前が留守の間に3人の女だったか、そいつらとイチャついていればいい」

「そうね」

「石垣は古い殻を破る・・・・俺と、お前とで」


そう言って微笑む仙人を見つめる瀬音は頼もしい兄に恍惚の表情を浮かべていた。自分が愛した人はなんと頼もしいのだろうと。両親がこっちに来ているから愛し合うことは出来ないが、心はいつでも繋がっている。そう思える。


「種は蒔いた・・・俺の資料を読んで、全王治は大きく動くだろう・・・・大刀もまた変貌を遂げる。俺の計画通りに潰しあえ」


心の中でそう呟き、口の端を釣り上げた。瀬音からは見えないその悪鬼の笑みが意味するのは何か、それは誰にもわからないのだった。

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