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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第1話
2/62

結婚相手は突然に 1

窓から見える景色は春の色で染まっている。そう、この春で高校2年生に進級した木戸明日斗きどあすとはあくびを噛み殺しながらそこから見える見事な桜並木を見つめた。はっきりいってここは田舎だ。中学2年までは都会に住んでいたのだが、父親の仕事の都合で以前住んでいた街から電車で3時間のこの田舎町に引っ越してきたのだ。友達とはSNSなどを通じて繋がっていたが、やはり生活圏を離れるとそれも希薄になって、今では数人の友達とラインで繋がっている程度だ。


「あっくん、まだ帰らないの?」


今日は授業が午前中のみとなっているため、教室に残っている生徒は少ない。窓から見える山や田畑、何より都会にはない圧倒的本数の桜から、自分を『あっくん』と呼んだ女子生徒へと顔を向けた。どちらかというと美人というよりは可愛いといった顔つきだ。肩に触れるかどうかの茶色めの髪を揺らしながら近づいてくるその女子生徒は圧倒的ボリュームを持つ胸を揺らし、明日斗の前に立った。


「お前は?」

「帰るから声をかけたんだよ」

「あ、そっか」


そう答えて屈託なく笑う顔に、女子生徒は頬を少しだけ赤く染めた。


「寄り道、どうかなって」

「いいけど、りんごがそう言うってことは・・・・またケーキかよ」


どこかうんざりしたようにそう言いつつ、明日斗はふくれっ面をする水梨みずなしりんごに笑みを見せた。りんごとは幼馴染の関係だ。家も真向かいで、引っ越し時期も同じ。元々、親同士が仲良く、同じ仕事をしている父親が同じ転勤となってここへ来たのだ。つまり、腐れ縁はずっと、生まれた時から続いている。だからりんごのことはよく分かっているし、りんごはりんごで明日斗を理解していた。


「太らない程度に食べる、まぁ、ストレス発散?」

「なんのストレスなんだか」


苦笑しつつも帰り支度を始める明日斗を見つめるりんごはその整った横顔を見つめて微笑んだ。そう、明日斗は美形だ。明日斗の妹である紗々ささねもかなりの美少女で、兄妹揃って芸能界にスカウトされた経験もあった。何より、両親が美形なのだ、遺伝というものは怖い。かと思うりんごも美少女だ。こちらは突然変異かと思うほど両親ともに残念な容姿をしていた。いずれは体形も母親に似た太ったものになるのかもしれないが、今はストレスで早くもそうなりそうな予感がしている。そのストレスの原因に向かって笑みを見せ、寄せた体をまた少し寄せた。


「あっくん、進路とか、どうするの?」


カバンを肩からかける明日斗にそう問いかけ、並んで教室を出る。2人は付き合っている、そういう噂は絶えないが、りんご的には残念ながらそういう関係ではない。明日斗がダメなのだ。恋愛感情というものが欠落しているのか、そういった話を一切聞かない。紗々音によれば初恋もないらしく、女性にときめくこともないらしい。アイドルにも女優にも興味はなく、かといって男が好きでもないとか。


「進路って、2年になって12日・・・・進路なんてしるかよ」

「おばさん、何も?」

「ウチは知っての通り、両親揃って放任主義」

「・・・あー、でも、あれだよね、アレだけは熱心だったね」

「ま、アレは母さんの・・・」

「あ、おにぃ!」


そう叫んでにこやかに微笑み、片手を挙げた美少女はりんごの胸を見てから母親譲りのかわいそうな自分の胸を見つめた。毎度毎度のその態度に苦笑し、りんごが寄り道の勧誘を始めようとした時だった。


「紗々音ちゃん・・・・あ、あ、明日斗さん!」


不意に横から現れ、明日斗を見て耳まで真っ赤にしたのはりんごよりも大きな胸をしたおさげの美少女だ。この学校に美少女は4人しかいない。紗々音、りんご、そしてこの椎名サクラ、さらには生徒会長。そして悲しいことに紗々音以外は皆が巨乳だ。


「サクラちゃん、相変わらず可愛いねぇ」


唯一可愛いという言葉をこのサクラにだけ投げかける明日斗だが、だからといってサクラを好いているわけではない。今の言葉に首まで真っ赤にするその姿が初々しくて好きなだけだった。だからか、サクラが自分を好いているなどとは露とも思っていなかった。


「2人とも、暇?ケーキ食べに行かない?」

「寄り道は感心しませんね」


言葉と同時にいい香りが鼻をついた。


「けれど、あそこのケーキは絶品なので、ま、聞かなかった、見なかったことにします」


そう言い、横眼で4人を見やり、それから明日斗に目をやった。冷たい目だ、そうとしか感じない明日斗はさっと目を逸らす。どうにもこの女性、生徒会長の石垣瀬音いしがきせおんが苦手だった。容姿ははっきりいって極上である。何より頭もよく、運動も出来、家はこの辺の山や土地を所有するだけでなく、東京はおろか全国に土地を多く持つ超お金持ちだ。このいい香りもきっと高いコロンなのだろう。長い髪を揺らし、小さく微笑んで瀬音は去っていく。どこかほっとした様子の明日斗と違い、りんご、紗々音、サクラは瀬音に憧れを抱いている。どんな男子にも媚びず、自分を貫くその姿勢、何より完璧な自分をひけらかさずに真面目に、それでいて柔軟に生徒会長として頑張っている姿を見ているからだ。だから瀬音は男子だけでなく、女子からの人気も高かった。ただ、明日斗だけが例外だ。美人で巨乳、お金持ちなのに、何故か彼女が苦手だった。



そのケーキ屋は一階が店舗、二階が喫茶店になっている。田舎にあってそこそこ有名な店で、雑誌に載ったこともあるだけに味もいいし、なかなか繁盛していた。4人は一階で各々ケーキと飲み物を買い、二階に上がって席を取る。混んではいないが、人で賑わっていた。


「あっくんさ、進路はホントに何も考えてないの?」


またその話かと思う明日斗はうんざりした顔を隠すことなくアイスコーヒーが入ったコップにストローをさした。


「進路?おにぃ、まだ2年生だよね?」

「紗々音ちゃん、進路は早めに決めていいんだよ」

「だからぁ、まだ何も考えてないって」


兄と妹の言葉にりんごは閉口する。のんきなのか、それとも自分が早すぎるのか考えてしまったのだ。


「大学は東京とか?」


サクラの言葉に明日斗はテーブルに肘をついて手をアゴに乗せる。それもいいかなと思うが、意外にこの田舎も気に入っているだけに、家から近い大学でも問題ない。


「それも含めて、よくわかんないな」


素直な言葉にりんごは頷き、サクラはどこかホッとしたような顔をした。


「意外にさっさと結婚したりしてね」


メロンソーダを口にしつつそう言う紗々音の言葉にりんごとサクラが硬直したが、紗々音も、言われた明日斗も飲み物を飲んでいるだけだ。


「け、結婚って、明日斗先輩、お付き合いしている方、いるんですか?」


明らかに動揺したサクラの言葉にりんごも少し身を乗り出す。自分の知る限り、そんな人はいないはずだ。


「いない」


実に簡潔にそう答えて、明日斗はショートケーキを口に運んだ。あからさまにホッとした様子のりんごとサクラを見つつ、紗々音は小さく微笑んだ。2人の恋心は紗々音には筒抜けだが、そこは何も言うつもりもない。見ているだけで楽しいし、からかい甲斐があるからだ。


「美人に囲まれて、何がいない、だ!」


突然の声に全員がそっちへと顔を向けた。そこにいたのは短く刈り上げた髪をした背の高い男子生徒だ。明日斗と同じ制服を着たその生徒、星井悠馬ほしいゆうまは明日斗の隣のクラスながら、1年生時は同じクラスだったために友達なのだった。その後ろからアイスレモンティーと2種類のケーキを乗せたぽっちゃりした体形の女子生徒がやって来る。悠馬の彼女であり、りんごと親しい坂崎琴子さかざきことこだ。体つきはアレだが、愛嬌のある顔立ちをしているため、痩せれば美人と陰で言われている。


「いないもんはいない」

「りんごちゃんがいるじゃねーか!もしくは、この、サクラちゃん!」


2人を交互に指をさしてそう言い、悠馬と琴子は隣の席に腰かけた。


「あー、まぁ、それも、まぁ、そうかなぁ・・・・」


意味不明な言葉を発し、明日斗は小さく微笑んだ。りんごにしてもサクラにしても今の言葉の意味がわからず、赤面したまま硬直している。


「ウチは生徒数も少ないし、田舎だから出会いも少ないから、どっちかと付き合ってもいんじゃない?」

「軽いお前と違って、俺はそういうの慎重なの」


悠馬の言葉を軽くいなし、明日斗はケーキを食べる。その後は他愛のない話で盛り上がるのもまた田舎だからだろうか。話をしながらもどこか現実味のない進路のことをぼんやり考える明日斗は東京にいる従兄弟にでも相談してみようかと考えるのだった。



4月なのに今年はすでにどこか暑い。温暖化だのなんだのに興味はないが、年々夏と冬しか季節を感じなくなっている気がしていた。夜道をコンビニに向かって歩く明日斗は田舎といいつつ団地が多い道を行く。外灯はそこそこだが、人通りは少なかった。田畑も多く、道の脇に流れる川など、自然は豊かだ。こういう土地の方が落ち着く自分を知っているものの、都会での暮らしが便利でよかったとも思えていた。なによりコンビニへ行くには歩いて片道10分かかる。この町にあるローカル線の駅前にしかないのが不便だ。大きなショッピングセンターも車を使わないと行けない。団地に新興住宅地などが多いわりに交通に対してはかなり不便な場所だった。


「ん?」


足が止まったのは何かもめるような声を聴いたせいだ。耳を澄ませば、路地の奥にある小さな公園の入り口付近から女性の声がしているのがわかる。明日斗の足が自然とそっちに向かった。昔からトラブルを感じ取る習性でもあるのか、そういう予感が働いたのだ。


「おいおい」


あきれ気味につぶやく明日斗の目に入ったのは小柄な女性が4月半ばとはいえ半袖Tシャツを着た2人のごつい男に腕をつかまれている姿だった。しかもその女性には見覚えがある。


「だからぁ、中学生がこんな時間にこんな場所にいるから、送ってやるっつってんの!」

「私は24です!高校で教師をしています!あなたがたのこの行為は違法ですよ!」

「24!?おいおい、顔は中学生でおっぱいはちょーデカイ!合法ロリじゃん!」


女性の言葉にシャツから覗くたくましい腕にタトゥーがびっしりと刻まれている男は歓喜の声をあげた。都会から来たのか、ここいらでは見かけない顔だった。


「さ、向こうに車あるし、どう?楽しもうよ!」


そう言って女性の肩に手を回してその大きな胸に手を乗せようとした時だった。


「高垣先生、何やってんの?」


状況をわかっていてあえてそう言い、明日斗は高垣祐奈たかがきゆうなに近づいた。祐奈はほっとした顔をし、それから男の手を強引に振り切って明日斗の元に走ってその背後に隠れるようにした。教師が生徒を盾にする、その状況に明日斗は苦笑する。


「コンビニ帰りに声かけられて・・・あいつら、私を中学生だって言うし!」

「それは仕方ないですよ、先生、超童顔だし、背も低いし」

「気にしてることを!」


そう言って明日斗の背中をバシバシと叩く。同時に激しく揺れる胸が明日斗の身体に触れる。


「にーちゃん、悪いけど、先生は俺たちとよろしくしたいって言ってるの、これは照れてるだけ」

「そうそう、だから、な、わかんだろ?」

「ええ、わかりますよ。あんたらが先生にエロいことをしたくて、強引に引っ張っていこうって、そうしたいってことが」


にんまりと笑ってそう言う明日斗に祐奈は冷や汗を流す。この状況で今の言葉はかなり危険だ、そう思った矢先だった。


「だったらおとなしく帰れよ」


そう言ってズボンのポケットからナイフを出す。もう1人の男はニヤニヤしているだけだ。こういうことは慣れている、そういった空気を出していた。なのに、明日斗は笑っている。


「都会じゃナンパもできなくて、田舎の暗がりで誘拐ですか・・・小さいねぇ」


その言葉にナイフの男のこめかみに血管が浮き、脅しではないナイフの切っ先が明日斗に向かって進んだ。だが明日斗はそれを右手の親指と人差し指でつまむようにすると、そう力を入れたようにも見えないのに刃を砕く。唖然とする男はそのまま白目をむいて倒れ込んだ。何が起こったかわからない祐奈をしり目に、明日斗は振り上げていた右足を音もなく地面につける。


「お前ぇ!」


連れの男があっけなく倒された姿を見ていたが、あまりに速さのある蹴りがそうしたと認識するまで少々時間がかかってしまった。明日斗が下した足を見て蹴ったのだと理解しただけにすぎない。それでも男は明日斗に殴り掛かった。が、こちらも先ほどの男同様、あっけなく地面に倒れ込んだ。


「学習能力も欠如しているみたい」


下から振り上げた拳を戻す明日斗をポカーンとした顔で見つめる祐奈に苦笑をもらし、明日斗は祐奈の手を引いて足早にその場を後にしたのだった。



小さな高台の上にあるホテルのような建物、それが石垣家のお屋敷だ。誰もが知るこの町の地主、石垣家は首都圏にも多くの土地を持ち、政府の高官ともつながりのある由緒正しい家柄だった。その石垣家の子供は2人。長男と長女だ。その長女である瀬音は子供1人につき必ず1人いるお付きの者を連れて屋敷へと戻った。別に習い事があったわけではないが、今日は駅前のファミレスで友人と食事をしてきたのだ。


「遠藤、私の学校の2年生、木戸明日斗に関して、詳しい情報を一週間以内に集めてちょうだい」

「はい、お嬢様」


55歳の遠藤一えんどうはじめは今年18歳になる小娘に恭しく頭を下げて廊下を去って行った。瀬音はそのまま部屋に入り、ベッドに腰かけるとニヤリとした笑みを浮かべる。神様はいる、そう思ったからだ。彼ならば、木戸明日斗ならば、この行き詰った現状を打破し、曇りきった自分の人生に晴れ間をさすことが出来る、そう考えて。

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