譲れないポジション 3
何かと夏休みの予定が埋まっていく。まずは祐奈が助けてもらったお礼をしたいということで、何故かデートをすることになった。これが7月22日に決定。その後、25日はサクラと東京へ劇場アニメのイベントへ。これは趣味が一致した上の行動になり、ここは普通に妹の紗々音も誘ってみたのだが、1人で祖父の家に行くとかで断られている。そして8月1日、2日はりんごと一泊旅行だ。幸いにもホテルの部屋は別々で、明日斗としてもホッとしているが油断はしない。反石垣同盟という、要するに明日斗と瀬音の婚約及び結婚を阻止するための同盟には気を付ける必要があるからだ。特にりんごはそれをするためには手段を選ばない怖い一面もある。
「これでホントにいいのかねぇ」
ベッドに寝転がってぼーっとしつつそう呟くが答えなど出ない。瀬音は兄のいるイギリスへ経ってから3日後にようやく電話をしてきたが、他愛のない話で終わっている。それからは短いメールのやりとりのみ。全王治家の動向には気を付けているし、気を付けるようにと言われたぐらいか。婚約者としての位置は自分が一番上とはいえ、相手も必死なだけに油断は出来ない。いや、油断して何かあった方が楽になれる、そう考えてもいる。だが、なるようにしかならないというこの性格上、深く考えることはなかった。あの時負けていれば、そう考えてももう遅いのだから。勝った以上はそれこそなるようにしかならない。
「めんどくさい」
ベッドから身を起こして窓の方に顔を向ける。雨音がさっきからしていることは知っている。長引く雨ではないだろうことも。この雨のように今の状況が長引かないことを祈るものの、かといって打破しようという気もない明日斗であった。
*
お気に入りの下着を身に着け、鏡の前でチェックをする祐奈は自分がこの姿を明日斗に見せる気満々であることを自覚していなかった。教師でありながら生徒に恋をした、その負い目も薄い。こんなに惚れやすい性格だったかなとも思うが、どうにも止まらない。恋愛経験もそこそこある方だが、自分からこうまでハマった恋はなかったとも思う。危ういところを助けてもらったという特殊な状況がそうさせたのかもしれないが、とにかく、祐奈にとってこれは本気の恋だ。
「下着はよし。あと、は・・・」
軽い感じのTシャツとジーンズか、それとも年齢に似合わぬワンピースか、それとももっと大胆なものか。悩む祐奈は今が朝の7時であることも忘れている。待ちに待った明日斗とのデートだが、待ち合わせの時間は午前10時だ。なのに早朝6時から今まで着ていく服を選んでいる始末。しかも、昨日も悩んで悩み倒した挙句に決めた服も目が覚めるとどうかと思い直してこのありさまだ。
「んー、やっぱ大人っぽい方がいいかな?」
かといってワンピース姿という意表をついた姿も捨てがたい。
「んー・・・ここは石垣さんとの差別化を・・・・って、彼女の休みの格好なんて知らないし」
ピンクの下着姿で腕組みをし、うなること1時間。結局淡いブルーのワンピースに決めた祐奈は軽めの朝食を取ってから、今度は髪型に頭を悩ますのだった。
*
目の前に停車する赤いスポーツカーは、田舎の駅前でかなりの人目についた。
「おはよう、乗って」
サングラス姿の祐奈、そしてこの車に茫然とした明日斗だったが、夢遊病者のように助手席に乗り込んだのは注目をこれ以上浴びたくなかったせいだろう。教師と生徒が赤い車で去っていった、そのニュースがどこまで広がるかはわからないが、それはそれでどうとでも言い訳は出来る。明日斗は瀬音の婚約者であるということは周囲では有名だったからだ。だからそれを利用すれば噂もどうにか出来る、そう明日斗は考えていた。だが、祐奈は違う。これは利用できる事柄なのだ。瀬音に対するけん制、そして宣戦布告でもある。シートベルトをする明日斗を確認してから車を発進させた祐奈は、本日の目的地である山間の避暑地で有名な場所を目指す。そこはここから車で1時間ほどの場所であり、地元だけでなく、県内でも有名な避暑地であった。なにより冷たいスイーツが有名で、それに加えてパワースポットである大きな滝もあって、祐奈は日ごろのストレスを解消してもらおう、そして解消しようとそこを選んでいたのだった。車に乗ってからそれを聞かされた明日斗は少し祐奈という人間を見直した。教師として、大人としてどうなんだという言動が多かっただけに、今回のプランは全面的に任せて欲しいとの要望を渋々飲んだのだが、その不安は半分は消えていく。あとの半分は反石垣同盟だけに油断は出来ないのだ。
「石垣さんとはこまめに連絡を?」
地元の道は空いているせいか、少々スピードを上げる祐奈の言葉に明日斗はゆっくりと首を横に振った。
「へぇ、意外」
「こんなもんでしょ・・・もともと、そういう感じの人ですし」
「そうなんだ?」
「電話かメールは毎日してましたけど、こういう旅行なんかは例外ですよ。時差もあるし、家族と一緒だしね」
「家族で?」
「先輩だけが先に。ご両親は来週から、だったっけか」
それは好都合、と心の中で呟く祐奈だが、だからといって積極的に行動は出来ない性格だ。反石垣同盟といいつつもほとんど無策なのが悲しい現実だった。
「それに、彼女には・・・・」
裏がある、その言葉を飲み込んだ明日斗を横目で見つつ、祐奈はそんな明日斗の心情を読み取った。
「裏がある?」
「ええ、まぁ、俺なんかを指名した時点であやしいもんですよね」
苦笑する顔に何故かときめく自分がいる。だが、りんごもサクラもその点では意見は一致している。瀬音には裏がある、それはその通りなのだろう。だが簡単に尻尾を見せる人でもないことは理解している。
「けど、強い人間が必要だったなら、俺でなくてもよかったはず」
「それ以外に都合がよかったものがある?」
「かもしれませんし、本心なのかもしれない。でも・・・全王治家に対抗できるものがウチにはない。だったら、裏があるのかな、って」
明日斗の言葉とりんごが得た婚約の儀に関する情報、全王治家の情報を総合するが、裏があるのかどうかはわからない。ただ、漠然とした怪しさは感じられた。
「まぁ、今日はそういうのは忘れて楽しみましょう」
「そういう先生の言葉にも裏がありそうで・・・」
「かもね。でも、今日は先生って呼ぶの禁止ね」
「無理でしょ」
「・・・・名前で呼ぶこと」
「これってこの間のお礼、でしたよね?」
「そういう罠に嵌った自分を呪いなさい」
「わかったよ、祐奈」
ごく自然にそう言われたせいか、ハンドルさばきが不安定になった。悲鳴をあげたのは明日斗か、祐奈か。それでも車は田畑ばかりの景色の中を進んでいくのだった。
*
ワンピースにサンダル姿の祐奈は年よりも若く見えるせいか、明日斗と一緒にいても周囲から違和感のない状態であった。そのまま、まずは有名なアイスの店に10分ほど並び、それを買って味を堪能する。塩味が混ざった独特な味のアイスは冷たくて美味しく、1人で2個買った祐奈はご満悦だった。そんな祐奈を子供っぽいと思いつつ、それはそれで悪くはないと思う明日斗は奢ると言われて断った自分のアイスを堪能する。
「ここのアイスが有名なの、わかりますね」
敬語も禁止と言われているがこれは日ごろの癖なのでどうしようもない。
「味だけが有名なんじゃないんだけどね」
「他にもあるの?」
「カップルで食べると、『愛す』という感じで愛が深まり、そうでない男女はカップルになる、らしいよ」
照れながら言われてはこっちも照れてしまう。明日斗はあっそ、と素っ気ない言葉を返すのみでアイスを食べる。一緒に食べただけでカップルになれるのなら世界は平和だろう。
「少し先に、大きな浅い川があるの。そこで魚掴みのイベントがあるんだって」
「せん・・・・祐奈は魚とか触れるの?」
ちゃんと言い直した明日斗が隣を歩く祐奈を見れば、祐奈は顔を真っ赤にしてチロチロと可愛い舌でアイスを舐めるばかりだ。
「自分で言っておいて照れるの無しですよ。こっちも照れますから」
「そ、そうね」
しかし、川に着くまで会話のない2人は少し離れた場所から自分たちを伺う2人の男の視線に気づくことはなかった。
*
「木戸紗々音さん?」
赤いTシャツにジーンズのミニスカート姿でアイスキャンデーを舐めていた紗々音は無防備に振り返る。そこに立っているのはいかにもな筋肉質な太い腕をアピールするタンクトップ姿の男2人だ。少しチャラい感じを出しているが、隙もなく、そして殺気が凄い。だが、そんな殺気を受けても平然とした紗々音は一緒に並んで歩いていたりんごが怯えたようにするのを見つつ、自然な感じでりんごを自身の後ろに隠すようにしてみせた。表情に変化もない。
「違います、じゃ」
軽く手を振ってあしらうようにした瞬間だった、男の1人が一気に間合いを詰めて迫る。同時に拳が舞うものの、紗々音はその場で軽くステップを踏むようにしてそれらをかわす。男はファイティングポーズを取ったままで軽いフットワークを見せるが、一旦空けた間合いは詰めないでいる。
「りんごちゃんはそこの電柱の陰から出ないで」
「さ、紗々音ちゃんは?」
「大丈夫」
嬉しそうに微笑むその神経がわからず、りんごは言われるままに電柱の陰に身を潜めた。
「全王治の雇われ者?」
キャンデーを食べきり、棒を咥えたままでそう問うが答えはない。
「それが答えになってるよ」
微笑む紗々音が棒を吐き捨て、男が間合いを詰めて拳を舞わせる。ボクシングのそれ、しかし蹴りも混ざる。キックボクシングだ、そう思う紗々音の中のわくわくが加速していく。だからか、紗々音が前に出た。迫る拳をいなし、かわし、そして逆に拳が男の脇腹当たりに直撃した。見た目も軽そうな女の子の拳の重さではない。みしりと骨がきしむのを感じながらも男は蹴りを紗々音の頭部に見舞う。
「遅いよ」
それを見てから繰り出す紗々音の蹴りの方が速い。男はそれをかろうじてブロックし、さがる、が、紗々音は追いすがって2,3度拳を繰り出した。それもブロックしたものの、やはり重い。だがこの程度、そう思った瞬間だった。グッと右足に力を込めた紗々音がやや窮屈そうな動きで男の割れた腹筋に拳をぶち当てた。男はグハッと呻き、1メートルほどを浮いた状態で下がる。さっきまでとはケタ違いの威力に戸惑う中、今度はさらに加速して間合いを詰めた紗々音の回し蹴りが男の側頭部に炸裂した。途端に弾けるように頭部が揺れ、男は気を失って倒れ込んだ。そのままもう1人を見やれば、今度は蹴りを中心とした舞うような動きで紗々音を翻弄する。来ては下がり、下がると見せかけて前に出る。
「どういうの?」
下から舞う蹴りを一瞬止まってやり過ごし、前に出つつそう問う紗々音に対し、男は上げた足を振り下ろす。しかし紗々音はその足に拳を見舞った。重い蹴りが重い拳で迎撃されて上に弾ける。その動きに連動させた右拳を背中から回した紗々音は強く一歩を踏み出した。それを見た男の背中に冷たいものが走り、軸足一本で飛んで下がろうとするが逃げる間合いまで届かない。
「じぁねぇ」
言葉は可愛いが目つきは鬼だ。その発せられる気も。背中から回ってきた拳が男の胸に炸裂した瞬間、男は数メートルも吹き飛んで動かなくなった。
「木戸無双流奥義、天龍昇・・・・・っていうんだよ、えーと・・・名前、なんだっけ?」
吹き飛んだ男ではなく、りんごの背後を見てそう言う紗々音の顔から笑みが消えない。りんごは気配すらも感じなかったこともあって電柱をぐるりと回って男との間に電柱を盾にする。
「なるほど、君が木戸の継承者だったってことか・・・・お兄さんじゃなく」
「そういうこと」
りんごに危害を加える気がない、そんな風に両手を軽くあげたのは大崎閃光だ。紗々音は笑みを消さず、殺気か鬼気か、そういうものも消さずに閃光に向かってゆっくりと歩き出すのだった。




