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明日、晴れるかな?  作者: 夏みかん
第3話
16/62

開かれた扉 5

テーブルを強く叩きつける音が広い部屋にこだました。テーブルが砕けたかと思うほどの音にその場にいた大刀と朝妃は抱き合いつつ身を寄せ合って、そうした人物である無指を怯えた目で見つめるしかなかった。無指は肩を震わせて俯いたまま、さっきまで繰り広げられていた試合を振り返る。どう考えても大刀の代理人である大崎閃光が優勢だった。いや、勝利を手にしていたといっていいだろう。閃光自身に油断もなく、ただ勝利に向かって突き進んでいた。自分も空手を極めた過去があるだけに、それは見ていて理解出来ていた。ただ2発のラッキーなパンチが試合を終わらせ、閃光に敗北をもたらしたのだ。


「修練の差、でしょうかね」


目を覚ました閃光は敗北を謝り、敗因をそう分析して呟き、頭を下げていた。その後、屋敷にいた医師の診断を受けるためにここにはいない。しかし、これで全治王家に後はなくなった。あとは当人同士が戦うのだが、格闘経験のない大刀に勝ち目などない。代理人である閃光が勝利し、それで終わるはずだった。だから歯がゆい。相手のことも調べた、その上で万全を期した結果がこれなのだ。


「小娘め」


忌々しく吐き出す言葉と同時にドアがノックされる音が響く。黙り込んだままの無指に代わって朝妃が返事をすればメディカルチェックを終えた閃光が一礼をし、部屋に入って来た。侮蔑の視線を投げかける大刀を無視し、無指の前に立つと再度頭を下げる。


「ご期待に添えられず、申し訳ありません」

「そうだよ、この役立たず!おかげでこの俺が戦うことになっちゃったじゃないか!」


バンとテーブルを叩いて立ち上がる大刀の暴言に視線だけを向ける閃光。そのただの視線を受けてたじろぐ大刀に心底うんざりした閃光はようやく顔を上げた無指をまっすぐに見据えた。


「修練の差、そう言ったな?」


敗因を再度確認する無指の言葉に頷き、閃光はゆっくりと天井を見上げた。


「彼自身に殺気も闘気もなかった。むしろ脅えが見えたほどに」

「そんな雑魚に負けたんだ?」

「雑魚ではありません。弱くもないが強くもない。ただ、押していた自分に油断もなかった。だから勝負を決めにいった」

「それで負けた?言い訳もひどいな」


いちいち噛みつく大刀を無視し、閃光は黙って自分を見つめている無指を見つめ返した。


「彼に反撃の意志はなかった。ただ身体が反応したのでしょう。日々の修練が可能にした無意識の反応。あれは並みの修練ではない、常識を超えたものか、あるいは・・・」

「なんだ?」


ここでようやく無指が口を開く。


「天稟、才能・・・もしくは血のなせる技か」

「血?」

「代々受け継いだ技、血、それは常人を超えた存在を生み出すこともある」

「ふん」


怒りではない納得した鼻息に大刀は憮然とした態度を見せた。言い訳だ、そういう風に受け取った結果だ。だが無指は違う。閃光の言葉を受け止めた結果の態度だった。


「とにかく、油断はされないように。つつけばつつくほど、血の目覚めを促す、かも」

「今はまだ、眠っている、と?」

「あるいは既に起きていて、寝たふりをしているかも」


戦った閃光の言葉は重い。それに大刀が戦うまでは時間もあり、策を講じることも暗躍することも可能だ。


「その言葉、真摯に受け取っておくよ」


そう言い、傍らに置いていたアタッシュケースをテーブルの上に置いた。閃光は中を確認することなくそれを受け取り、一礼をしてみせた。


「報酬は半額だ」

「当然です、私は負けたのですから」


苦笑しあう2人を睨む大刀はこの憤りを女にでもぶつけないと気がすまない状態にあった。帰ると同時に使用人の1人、お気に入りの娘で鬱憤を晴らそうと考えていた。


「では、失礼します」


そう言い、ドアに向かいかけた閃光を無指が呼び止めたため、閃光は顔だけを軽く後ろへ向けた。


「代理人を引き受けようとしたあの小娘も強いのか?」


閃光はその質問を首を横に振ることで返事をする。


「わかりません。ただ・・・・・・」

「ただ?」


一旦間を置いたその言葉に無指の表情が曇った。


「兄がアレなら、妹もそうなのかもしれませんね」


小さく口もとが吊り上がるのを見た無指は同じように小さく微笑むとありがとうと言い、閃光はそのまま部屋を後にした。


「どういうことですの?」


ずっと静観していた朝妃の言葉に閃光はゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。


「あの妹も、血が濃いのかも、な」

「はぁ?」


朝妃ではなく大刀の小馬鹿にした返事を無視し、無指は今後をどうするかの策をゆっくりと練ることにしたのだった。



勝利と同時に婚約者の立場をグッと引き付けた明日斗であったが、その心は釈然としない。もう負けでいい、そう思った矢先に相手の拳が見えた、そして、身体が反応した。結果、相手は倒れ込み、自分は勝ってしまった。稽古の時と同じ、無意識的な動きで。ため息ばかりつく兄を見て同じようにため息をつく紗々音を見つつ、天音は帰り支度を整え終わった。この後はしばらく何もできない。ボールは全治王家にあり、婚約者同士の対決しか残されていないのだから。かといってあの全治王家が何もしないとは思えない。裏から手を回すか、あるいは闇から手を出すか。それにあのままの状態で当人が戦うとも思えなかったからだ。とにかく、試合の後の食事会も無事終えた天音は軽く夫に結果を報告し、黒服の女性に導かれて玄関へと向かう。ここからは車で家まで送ってくれるそうだ。至れり尽くせりに感謝しつつ、憮然としたままの紗々音、困り顔の明日斗を見て小さな笑みを浮かべた。


「でもさ、もう結婚間違いないっしょ」


紗々音の言葉は正しい。あいては巨漢の男、木戸の技を使わないで勝てるのは明白だ。


「相手はあの全治王家、そうはいかないでしょうね」


角の廊下から姿を見せた着物姿の瀬音の言葉に腕組みをする紗々音を尻目に、明日斗は困り顔のまま瀬音の前に立った。


「思う壺、ですか?」

「やだなぁ、予想通りって言ってよ」


にこやかに微笑む瀬音に対し、明日斗は深いため息をついた。


「でも、食事会の席でも言ったけどさ、かなり不安だった」

「あの体たらくじゃね」


瀬音に賛同する紗々音を睨むことすらせず頭を掻く明日斗はさらに反対側の廊下から姿を見せた閃光を見て軽く頭を下げた。一触即発にはなりそうにない雰囲気だが、勝者と敗者の邂逅に紗々音はここでようやくにんまりとし、瀬音は緊張した顔つきになる。ニヤつく天音を尻目に、明日斗は無表情のまま閃光を見つめるだけだ。


「君は、強いのか?弱いのか?」

「弱いです」

「その弱い君に負けた自分がどこか誇らしい・・・何故かな?」

「戦闘狂なんでしょ?」


まるで喧嘩を売った買ったの問答にますますわくわくする紗々音と違い、瀬音は緊張でフラフラしそうになっていた。


「全治王家には気を許すな・・・まぁ、君なら、君たちなら大丈夫だろうけど」


明日斗と紗々音、そして瀬音を見た閃光の言葉に天音を苦笑を湛えるしかない。どうやら閃光は明日斗を気に入ったようだ。


「最後に1つ、いいかな?」

「はぁ」

「君は木戸無明流か、あるいは木戸無双流を継ぐものなのか?」


聞きなれない流派を記憶に刻む瀬音と違い、紗々音は笑みを強くし、明日斗は無表情のまま閃光をまっすぐに見据えていた。


「どっちも違います」

「そうか・・・」


その言葉に嘘はない、それを知った閃光は微笑みを浮かべて右手を差し出した。


「戦えて光栄でした」

「こちらこそ」


がっちり握手を交わし、そのまま閃光は去っていった。その背中を見つめた瀬音は前を向いたままの明日斗の耳元にそっと口もとを寄せた。


「さっきの流派の話、嘘でしょ?」

「いいえ、本当ですよ。知りませんよ、そんなの」


きっぱりとそう言い、明日斗が歩き出したためにみんなが前に進む。釈然としない瀬音は紗々音を見るが、ただにんまりと笑っているだけだ。明日斗の言葉に嘘はない、そんな笑みだっただけに、瀬音はもう何も言わなかった。車に乗り込む3人に手を振り、それを見送った後で遠藤を呼び、木戸無明流と木戸無双流について調査するよう告げる。閃光の意図が知りたかったからだ。そして最悪はその人物を自分の手駒と使えたら、そう考えてのことだった。


「何にせよ、これでようやく扉は開いた。あとは進むだけ。木戸君が進んだ先にある最後の扉を私が開くだけ。それで全てが叶う。このふざけたしきたりもなくなり、自由が、私のもとに」


悪い笑みを浮かべる瀬音の頭の中にあるのはバラ色の未来。そこに明日斗の姿はなかった。



「負けた、か」


意外にも淡々とした当主の言葉にホッとした無指だが表情には出さない。


「もっと強いやつがいただろうにさ!」


悪態をつく孫を見ず、老人は骨と皮だけの指をせわしなく動かして暗い部屋の天井を見上げた。予想通り、そういう気がしていたせいもあって腹も立たない。


「で、どうする?」

「策は練りますが、時間は空けます。すぐの襲撃は石垣家にこちらの仕業と思われますので」

「刀剣、銃器は使用するな。今の世の中、すぐにバレる」

「当然です」


そう言い、無指は部屋を出て行った。そんな息子の姿を見つつ、老人は老人で今後の策を練っていた。


「大刀・・・・お前が勝てばいい」

「それが出来ないから代理人に賭けたんでしょう?ダイエットなんてしても無駄。今更格闘術も習えない」


巨体を揺らす孫の言葉に、老人は皺だらけの顔をますます皺だらけにして微笑んだ。それは孫ですら恐怖する凄惨な笑みだ。


「ならば、身体を替えればいい・・・この世で一番強い身体にな」

「どういうこと?」

「お前の気持ち1つだ。新たなる扉を開くか否か、な」


そう言い、さらなる笑みを浮かべる祖父を見つめる大刀はゴクリと唾を飲みこむが、そこに恐怖と好奇心が入り混じった笑みが浮かんでいるのだった。

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