開かれた扉 3
待たされること30分、ようやく呼ばれた3人は先導する黒いスーツの男2人の背中を見つつ広い廊下を進んでいく。世話をしてくれた横山でないことにがっかりしたのは紗々音だが、文句は言わない。あくまで控室での対応が横山だっただけのことだ。物々しい感じがするが、これからの儀式を思うとこれも当然だ。緊張が伝わる明日斗は少しだけ背筋を伸ばして見せる。きょろきょろする紗々音、普段と変わらぬ母親をらしいと思うものの、真似は出来ない。そうしていると白い扉の前で2人が左右に別れて扉の脇に立った。
「お入りください」
初めて丁寧に頭を下げる2人を見て何故かふんぞり返る紗々音に苦笑し、母親が軽く頭を下げてからドアノブを回して手前に引く。開く扉に緊張した顔を見せる明日斗は背筋を伸ばしてみせた。目の前に広がる光景はそれこそドラマなどで見る広間のようであった。コの字型に並べられた長いテーブルには清潔感の溢れる真っ白いクロスが皺一つなくきちんと敷かれており、豪華な木の椅子がそれにマッチしていた。いくつかの燭台が壁に掛けられており、天井は高く、シャンデリアも豪華だ。大きな窓が明るさを取り込んでいて、そこは煌びやかな輝きを放っているようであった。圧倒されている明日斗の横ではさすがの紗々音も茫然としている。そんな2人を置いて母親が前に進むと、正面のテーブルについていた3人が立ち上がった。
「ようこそ、木戸さん。さ、どうぞ」
40代か、いや、30代に見えるじつに紳士的な男性が立ち上がって優雅な手つきで自分から見て右側の席を促す。母親は一礼するとそこへと進み、子供たちも後に続いた。そうして席の前に来ると、これまた黒服の男性がさっと椅子を引いてみせる。
「ありがとう」
お礼を言い、椅子の前に立つと、まずは石垣家の当主へと一礼した母親がにこりと微笑んだ。
「本日はありがとうございます」
「いえいえ、会えるのを楽しみしておりました。さ、どうぞお掛けください」
こちらもにこやかに微笑むと座るよう促し、自分もまた椅子に座った。母親は失礼しますと言ってから座ろうとし、そのタイミングにあわせて黒服の男性が絶妙な動作で椅子を押してみせた。明日斗と紗々音も一礼してから席に着く。スーツに身を包んだ男性と、着物姿の女性の横に、これまた着物姿の瀬音がそこにいた。瀬音は明日斗を見て口の端を微かに動かす笑みを浮かべ、それを見た明日斗は無表情ながら軽くだけ頭を下げた。
「本日は生憎と主人が出席できません。申し訳ありませんがご容赦ください」
丁寧な物言いに男性である瀬音の父親は満足そうに微笑む。どうやら母親のことを気に入った様子だ。逆に明日斗も紗々音もこういった常識を持っていた母親に驚くしかない。
「いえ、存しております。ご主人は国の日本宇宙開発機構所属のエンジニアですからね。どうしても仕事優先になるのは仕方がない事。特に今動いているプロジェクトはまさに佳境。来月には探査機の打ち上げもありますし」
「そう言って頂けると心が休まります」
父親のことも熟知している瀬音の父親に驚く明日斗と紗々音だが、そこは日本有数の資産家、調査済みなのだろうことはすぐにわかる。
「いえ、こちらも長男が海外留学中です。どうしても出席できないようで、申し訳ありません」
「お互い様、ということでしょうかね」
「ええ。だからなんの気兼ねもいりません」
お互いにそう言いあって微笑む実に和やかな雰囲気で対面が終了した。と、ここで自己紹介となる。
「婚約の儀はこれからですが、まずは自己紹介を。私は石垣家当主、瀬音の父であります、石垣当真、隣にいるのが妻の理央奈、そして娘の瀬音です」
紹介されると同時に頭を下げる。きりっとした父親にある風格はもちろんのこと、当真は何ともいえない気品と威厳を纏っているのがわかる。そして理央奈もまた上品さが滲み出ており、瀬音は母親に似たのだろう、その美人さもまた引けを取らない。おちついた大人の女性であるとすぐにわかるほどだ。
「瀬音から聞かされたときはそれは驚きました。ですが、調査をするまでもなく、瀬音を信じているので、まぁ、大丈夫でしょうと。一応、ご家庭、家系などを簡単に調査させて頂きました。気を悪くしないで下さい。我が一族には敵も多いのです・・・」
「いいえ、当然のことでしょう。私は木戸天音、見ての通り、ただの主婦です。ですので、こんな厳かな儀式に緊張しております」
とてもそうは見えないけどねと思うのは明日斗か、紗々音、それとも瀬音か。
「そして、もうご存知でしょうか、こちらがお嬢様に見初められた息子の明日斗です。で、向こうが娘の紗々音。まぁ、こういう言い方しか出来ませんがただの普通の学生です」
「いや、なかなかな好青年ですよ。人を見る目はあるつもりです。彼には邪念がない、安心できます」
「嘘でも嬉しい限りです。今日、主人の明斗が来られないことをお詫びしたいと、そしてよろしくお願いしますとの伝言を預かっております」
「技術主任の肩書を持たれているのです、お会いしたかったですが仕方がありません。またの機会に是非にとお伝え下さい」
お互いに丁寧な話し方をするのがどうにもくすぐったい紗々音だが、自分たちの正面のテーブルに誰もいないことが気になっていた。だが、席も用意されていることから、あちら側に座るのは理解できる。いや、それとも形式だけのものなのか、そう考えていた時だった。さっき入って来た扉が開き、中年の男性がそこに姿を現した。恭しく一礼すると部屋の中に入り、次いで着物姿の清楚な女性が幽霊かと思わせるほどの透き通った白い肌を明かりにさらして横に立つ。
「マジかよ・・・」
紗々音のつぶやきと同時に、100キロはあろう巨体を窮屈そうなスーツに押し込めた男がニヤニヤした顔をしてその隣に立った。一瞬眉をひそめたのは理央奈だけで、瀬音も当真も表情を変えずにいるのはさすがだ。そんな当真は立ち上がり、木戸家の向かい側の席をを勧め、3人はそこへ向かうと一礼して腰かけた。
「ようこそ、全王治家の皆さま」
「古い約定に従ってお邪魔しました。全治王家の無指です。こちらは妻の朝妃、そして、約束の子であり、長男の大刀です」
「存じております。では、皆さまお揃いですので、婚約の儀を始めさせていただきます」
高らかにそう宣言し、場の緊張が高まる。
「ではまず、こちらが長女瀬音が選びし婚約者、木戸明日斗君」
事前に控室で説明を受けた通り立ち上がり、当真に、そして無指へと順に一礼する。最後にちらっと瀬音を見やれば、彼女はじっと自分を見つめているだけだった。
「そして、こちらが前当主である石垣龍馬が取り決めた婚約者、全王治大刀君」
名を呼ばれたはいいが、その巨体だけに反応が鈍い。えっちらおっちら立ち上がると当真に、天音に頭を下げるがその顔は常ににやけている。紗々音などはその姿を見る度に鳥肌が立つほどの嫌悪感を抱いている。
「しきたりに従い、約定をここに」
高らかにそう告げると同時に無指が頷き、さらに扉が開いて壮年の男性が入ってきて無指に桐の箱を差し出した。
「こちらは弁護士の高取先生です。約定を管理して頂いております」
高取はそう言われて一礼し、無指の横に座った。無指はそのまま立ち上がると箱を当真に差し出す。
「アレが対抗馬・・・瀬音さん、サイアクだよね」
「だね」
紗々音の小声に小声で返す天音はなるべく口を動かさない。明日斗は瀬音を見つめるが、瀬音は父親が開く箱を見つめている。その表情に感情らしいものは見えなかった。そうしていると箱から額に入れられた紙が現れる。当真をそれをしばし眺め、それから黒服に合図を送ると扉を開かせに行き、そこからもう1人、若い男性が姿を見せた。
「我が家の弁護士、内田先生です。先生、鑑定を」
そう言って紙を内田に渡した。内田は持っていた鞄から書類を取り出し、何度もそれと紙とを見比べる。
「本物です。石垣家に残っているものと同じもの、同じ筆跡。本物であると確認します」
「ありがとうございました。ではどちらも正式な婚約者であると確認しました。それでは、意志の確認です、お二人とも、瀬音を妻とすることに相違はありませんね?」
「ええ!当然でしょう!断る必要もない!」
当真の言葉にかぶせるようにそう言い切った大刀を横目で見、それから明日斗へと目を向ける瀬音は感情を出さないでいたが内心はドキドキしている。ここで明日斗が裏切る可能性もあるからだ。何度も気持ちは確認したが、そこか曖昧だった。だから外堀を埋めるために母親とも早くに接触し、それなりの関係も築いてきた。しかし、明日斗の心は掴みきれていない。
「相違ありません」
簡潔にそう言い切った明日斗の言葉にホッとした表情を見せた瀬音はハッとしてそれを引き締めた。
「そりゃ不安だったでしょうね」
心の中でそう呟く天音は、さて、と気を引き締めた。前振りはここまで、本番はこれからだ。
「よろしい。では、10分後、しきたりに従って2人で決闘をしていただく。代理人は立てますか?」
「ん?」
「代理人?」
当真の言葉に困惑する明日斗、意味不明といった紗々音の言葉を聞き、瀬音は薄く微笑み、当真は驚いた顔を瀬音に向けた。一方で、ほくそ笑むのは無指であり、大刀であり、何故か天音だ。
「瀬音、説明をしていなかったのか?」
「すみません・・・色々ありまして」
嘘つけと思うが、これも瀬音の戦略なのだと閉口するしかない。当真は咳ばらいを1つし、それから簡単な説明を始めた。決闘は木刀、薙刀、棒、弓といった武器の使用は許可。ただし、決闘場にあるものしか使えない。同じ武器を使用する必要などなく、素手と木刀でも戦えると説明した。そして、代理人に関することを説明する。
「婚約者当人ではなく、代理人を戦わせることが出来ます。ただし1人だけ。代理人同士が戦い、どちらかの代理人が負ければ、それから8か月以内に当人が再度戦う必要があります。当人が相手の代理人を破ると、3か月以内に当人同士で決着をつけ、勝った方が正式な婚約者となる」
何故こういう大事なことを黙っていたのかと睨む明日斗を無視し、瀬音は正面を向いたままだ。相手の風貌からして代理人を立てるのは確実だろう。ならば、明日斗は1人で2人を相手にする必要がある。
「代理人を立てます。大崎活殺術の大崎閃光殿」
無指の宣言と同時に扉が開くと武骨な短髪の男がYシャツ姿でやってくる。見るからに強そうなオーラを放つその男は当真の正面に立つと数枚の書状を差し出した。当真はそれを受け取り、中を確認する。どうやら身分証明書のようで、それは双方の弁護士でも確認していった。
「では全王治家の代理人として大崎殿を認めます。木戸家の方は?」
いないとわかっていても聞くのがしきたりだ。不敵に微笑む天音に何かを感じていた当真が代理人なしの宣言をしようとしたときだった。紗々音が手を挙げる。当真が顔を向け、1つ頷くと紗々音が声を発した。
「要するに、相手に代理人がいる場合、こっちにいないと不利ですよね?だって1人で2回戦うわけだし、1回目で手の内を見せることにもなりますし」
「そうなるね」
当真に代わって無指がそう言い、大刀のニヤニヤが濃くなる。朝妃は何故かさっきからずっと大刀の横顔を愛しそうに見つめているだけだ。
「2回勝てばいいんだろ」
珍しい言葉を口にした明日斗に対し、天音と瀬音が微笑む。対して、無指と大刀は不満そうな顔をし、朝妃に至ってはここでようやく明日斗へと顔を向けた。殺意のこもった顔を。
「でも不利じゃん」
「かもな」
「あのさ、おにぃ、代理人、やろうか?」
紗々音の言葉に一同が驚きの表情を浮かべる。それはつまり、どういうことなのかと。
「私がやるよ、代理人」
瀬音が、当真が、理央奈が茫然とし、無指が、大刀が、朝妃が間抜けな表情を浮かべる。弁護士たちと黒服たちは自分の耳がおかしくなったのではないかという顔をしていた。説明を聞いていなかったのかと思える紗々音の発言に、この場が完全に凍り付いたのは間違いない。明日斗と、天音を残して。




