開かれた扉 2
玄関先で待っていたのはあの日、自分たちを送ってくれた運転手の遠藤だった。石垣家の使いとして寄越された遠藤はこれまた大きなセダンの横に立ち、3人を見て深く一礼をしてみせる。高校の制服に身を包んだ明日斗はあからさまに怪訝な顔をしつつ頭を下げ、そんな息子を横目に母親が丁寧な礼をする。着物に身を包んだご機嫌の紗々音は軽い感じで頭を下げると玄関前に立つ叔母ににこやかに微笑んだ。
「いってらっしゃい。結果、期待してるからね」
そう言う叔母に苦笑し、明日斗が乗り込むと母親は手を振ってその後に続く。最後に笑顔で大きく手を振った紗々音が車に乗り込むと、その車はゆっくりと進み、やがて大通りへと出て行った。車を見送った叔母は小さく微笑みを浮かべ、それからキャリーバッグを引いて駅へと向かって歩き始めた。
「義姉さんの言う通りなら、まぁ、今日はまだただの前哨戦ね」
くすりと笑う自分も随分と強くなったと思う。いや、木戸の色に染まったというべきか。
「頑張ってね、明日斗」
そう呟き、駅へと向かう叔母の足取りはどこか軽いものだった。
*
「緊張されていますか?」
ルームミラー越しに明日斗を見てそう言う遠藤を見ず、窓の外の景色に顔を向けたままの明日斗は小さく首を横に振った。
「ないですよ。ただ、これで少しははっきりする、そう思っているだけです」
「そうですか」
ぶっきらぼうな返事に苦笑するが、それが明日斗の本音であるとわかっている遠藤は少し車の速度を上げた。婚約の儀の開始は11時からで、現在は9時半。1時間前に集合となっているが、実際はもっと早くに到着となる。そうして些細な世間話をする遠藤と母親を尻目に、明日斗は憂鬱な気分が濃くなっていく自分を自覚していた。面倒くさい、ではなく、やっかいだ、そういう気分に。実際、対抗馬はいる。初めに瀬音はそう言い切っていた。祖父が決めた人がいる、と。だが彼女もそこは曖昧にしか聞いていないということで、結構はぐらかされてきたが、今日でそれもはっきりするだろう。
「対抗馬がいた場合の対決方法、遠藤さんはご存知?」
母親の言葉に小さく首を横に振る遠藤はすまなさそうにすみませんと答えるのがやっとだった。それを嘘だと見抜きつつ、母親は従者である遠藤を気遣う言葉を投げる。大人の駆け引きを聞きつつもその対決方法次第ではあっさりと終わる予感を覚える明日斗はここでようやく前を向いた。大きな門の横には黒服の男が2人立っている。そんな2人は遠藤を見ると門を開放し、丁寧な仕草でそれを招き入れる。そうしてそこから玄関の大きな扉の前に車をつけると、そこに待っていた小柄な女性が丁寧な手つきで車のドアを開いた。
「うひょー!大きい!」
着物姿も台無しな言葉で大きな屋敷を見上げる。外観は町のどこからでも見えるとはいえ、圧倒的な迫力を持つ玄関に見とれる紗々音を押しのけるようにして母親がその前に立った。そして反対側のドアから明日斗が下りる。
「本日はようこそお越しいただき、ありがとうございます。儀式までお世話をさせていただきます、横山でございます。さぁ、こちらへ」
横山に先導される形で大きな玄関ドアを開けば、これまた広く大きな玄関が圧倒的スケールでそこにあった。大理石の床、そして大きなシャンデリアが天井からぶら下がっている。ホテルのロビーかと錯覚するその規模に圧倒されつつも靴を脱いで用意されたスリッパに履き替えた。そのまま3人はこれまた広い廊下を進んで1つのドアの前に立たされる。横山が扉を開くと、そこはホテルの一室といっていいほどの広さを持つ部屋だった。ふかふかの大きなソファに丸いテーブル、そして4つの大きな椅子。大きなテレビもあるし、何より中庭の日本庭園が一望できるベランダもまた素晴らしい。ベッドがないだけのその部屋にはしゃぐ着物姿の紗々音に着崩れを指摘しつつ、母親もまた興奮したようすで高価そうな椅子に腰かけるのだった。明日斗はそんな部屋をぐるりと回ると日本庭園を見下ろす。離れも見えるため、ここが家族の住む家にはとても思えない状態に言葉も出なかった。
「時間になればお呼びします。それまでここでおくつろぎください。トイレはそこになります。それから、部屋から外へは出られません。何かあればそこの壁にある受話器を取ると私に直通するようになっています。すぐに飲み物をご用意しますので、一旦、失礼します」
丁寧に頭を下げた横山が部屋を出ると、紗々音がトイレのドアを開けたり色々な場所を見ていく。明日斗は椅子に腰かけ、深いため息をついた。そんな息子を見て母親は悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「逃げたい?」
「逃げたいよ、そりゃ・・・」
「あんたにしてはよくここまで来た。こんな不確実な、情報も乏しい、怪しい条件を飲んでここまで来たあんたは偉いよ」
「逃げられないように仕向けられた・・・あの女狐に」
「婚約者にそういう言い方をしないの」
笑う母親に仏頂面を返す。そもそも、逃げられないように動いたのは母親も同じだろう。不確定要素が多いこの婚約をあっさり了承したのは母親だ。
「ま、私としては楽しいけどね」
「最低だ」
そう言う明日斗の顔にようやくまともな笑みが浮かんだ。緊張ではないものに支配された負の感情が少し浄化された気分だった。
「間違いなく対抗馬はいる・・・それもかなりやっかいな、ね」
「やっぱ、なんか知ってるのか?」
「勘よ・・・長年の、ね」
その言葉を聞いた明日斗は年月は関係ないと思っていた。自分も同じだからだ。そうしているとドアをノックし、横山が飲み物を入れてやって来たのだった。
*
太った体を揺らし、前を行く吉田と名乗った美女のお尻を見つつニヤニヤしているのは全王治大刀であった。そんな息子の姿に侮蔑の視線を浴びせつつ黙って歩くのは全王治無指であり、次期全王治家の当主となるべき切れ者だ。仕事仕事で子育ては妻である弥生に任せていたせいで、息子を溺愛するあまりわがまま放題に育った結果がこれだ。いずれは全王治を継ぐ人物でありながらその器も持たない大刀だが、現当主である父の古い約束がなければ価値もないクソ男がこうして大きな節目を得ることもなかった。無指はとっくに息子を駄作と見捨てていたが、今回のこの婚約の儀の結果次第では神輿としての役割を全うしてもらうつもりだ。全王治の全てを与える気はないが、それなりに利用する、それが父の目論見だった。
「では、こちらの部屋でお呼びするまでお待ちください」
木戸家に横山が説明したのと同じようにそう告げる吉田に愛想笑いを浮かべつつ、その肢体を舐めまわすように見つめる大刀を無視して吉田は出て行った。部屋を出るなと言われても、退屈になった大刀はあっさりとそこを出ようとして無指にきつい口調で止められる。
「全王治の子といえど、石垣家の婚約者候補といえど、禁を破ればその場でその資格を失うぞ・・・ここはそういう場だと知れ」
「わかったよ」
ドアノブにかけた手を下ろし、憮然とした態度でどかっと椅子に腰かける。椅子が悲鳴をあげそうな巨体を揺すりつつもニヤニヤした顔を復活させた大刀はつらそうな態勢で背を剃りつつ父親の方へと顔を向けた。
「向こうの指名者、庶民だって?」
「ああ。だが、石垣瀬音が選んだ婚約者に変わりはない」
「ふん・・・まぁ、最後には俺が選ばれるんだけどね・・・この石垣の全てを手にするんだ。財力も、権力も、あの女の全ても」
下卑た笑みを浮かべる息子そ見ず、無指はそっと目を閉じた。
「親父にしろこいつにしろ、楽観的過ぎる。あの小娘は年に似合わぬ切れ者だ。多分、裏であの男が糸を引いているのだろう。石垣仙人、次期当主が、な」
心の中でそう呟き、眉間に皺を寄せる。同じ名家を継ぐはずの男なのにこうも差があるものかと嘆くしかない。大刀と仙人では人としての器が違いすぎるのだから。
「だが、さて、どう出る、木戸の面々。まぁ、楽しみではあるがね」
小さくそう呟く無指が目を開くのと、吉田が飲み物を持って部屋に入って来たのはほぼ同時であった。




