開かれた扉 1
婚約の儀を2日後に控えた午後、その訪問者はやってきた。
「こんにちは~」
紙袋を片手にトランクを引いてきたその女性は40歳とは思えない若さを保っていた。母親より1つ下なだけなのに、かなり若く見える。だからか、玄関に出迎えた母親は苦笑交じりの表情で彼女を出迎えた。
「いらっしゃい、わざわざありがとうね」
「ううん、なんせ明日斗君の大事な日のお手伝いが出来て光栄。それに、久しぶりに会いたかったしね」
そう言いながら靴を揃えていると階段を駆け下りてきた紗々音が満面の笑みで宙を舞う。そんな紗々音に対し、そのまま両手を広げると2人はひしと抱き合った。まるで遠距離恋愛のカップルが久々に会ったかのようだ。
「おばさん、久しぶりすぎるよ!」
「ごめんね・・・お店もあるし、うちの子もまだ手がかかるし、なかなか」
微笑む2人を尻目に、リビングから顔を出した明日斗はなんともいえない顔をしつつも頭を下げた。そのぶっきらぼうな仕草に思春期の男子をよく知る、いや、明日斗という人物をよく知る叔母はにこやかに微笑むと紗々音から離れ、明日斗を正面に立った。
「久しぶり。そして、おめでとう、かな?」
愛らしい笑顔に思わず苦笑が漏れる。明日斗はその苦笑をたたえたままもう一度頭を下げた。
「めでたくはない、かもね」
「あらら・・・婚約者がかわいそうよ?」
「いや、多分、俺の方がかわいそうだよ」
そう言い残し、明日斗は階段を上がっていく。そんな明日斗の背中に苦笑し、そのまま紗々音に引っ張られるようにしてリビングへと招かれる。とりあえずトランクを置くとお土産のチーズケーキをテーブルの上に置いた。
「やたっ!チーズケーキだ!叔母さんの店のでしょ?サイコーじゃん!」
紗々音はそう言うと紙袋から白い箱を取り出し、嬉々として飛び跳ねる。そんな紗々音を冷たい目で見た母親はお茶の準備をし始める。紗々音は叔母にまとわりつくようにしつつ真横に座るとチーズケーキを箱から取り出した。
「紗々音ちゃん、女の子らしくなったわねぇ。うちの真宙なんか1つ上なのに全然子供」
「そっかな?真宙も似ようなもんじゃん」
「あんたらはSNSで繋がってるからそう思わないかもだけど、ずっと一緒にいるせいか、紗々音ちゃんが大人に見えるよ」
「そうかもね」
「ないわ」
自慢げにする紗々音にぴしゃりとそう言い切った母親が紅茶をいれて戻ってくる。
「子供だよ、この子も、明日斗も」
「真宙も晴人も同じ」
叔母の前に紅茶を置きつつ睨む紗々音に怖い笑みを返した。
「晴人、紗々音ちゃんと手合わせしたいって言ってた。あの子は両親に似ないで好戦的だし、そこは構ってあげて」
「紗々音も好戦的だし、ちょうどいいよ」
「そこは義姉さんに似たってことでしょ」
笑う母親に笑みを返す紗々音は自分が好戦的だと自覚はある。そう、一族の誰よりも好戦的であると自負していた。兄の明日斗はともかく、晴人よりも真宙よりも、それこそ母親よりも好戦的だろう。誰よりも強くありたい、そういう思いが常に心を大きく占めている。それ故に兄には失望し、何の興味もわかない。
「晴人はどうなの?」
「どうって?」
紅茶を一口すすり、母親の質問に質問で返す。意図は分かっているとはいえ、意味を確認したのだ。
「継ぐの?」
「来年かな?そんな風なことを言ってた」
「おっそ」
叔母の言葉にそう返す紗々音はチーズケーキを頬張ってからにんまりと微笑んだ。この味は他のどの味にもない絶妙さがある。それでも叔母の経営するケーキ屋の一番人気ではないのだからすごいと思う。紗々音にとっては一番なのに。
「遅いかどうかはその家の事情。はっきり言うけど、晴人の方があんたより強いんだからね」
「わかってるけど、差はちょっと。勝つかどうかは運しだいだよ」
「運も実力のうち」
「はいはい」
言い合う親子をほほえましく見つめていた叔母も頷く。自分の息子とこの姪の実力は凡人には計り知れないものがある。
「そういえば、婚約の儀式って、試合があるって言ってたけど・・・」
「あー、そう、そこがね、面白いところ」
そう言ってにんまりと笑う義姉に苦笑が漏れた。こういうところは変わっていないと思う。それに自分の夫にも似ている。
「まぁ、確かに面白いよね」
「ね?」
似たもの親子は似た笑みを浮かべている。だから叔母は苦笑を隠さず、詳細を求めるのだった。
*
自室でくつろいでいた明日斗は呼ばれてリビングに降りた。残されたチーズケーキとやや冷めた紅茶を見つつ叔母の向かい側に座り、お礼を言ってからそれを口に運ぶ。こういう礼儀正しい明日斗を気に入っている叔母は自分の息子の荒々しさが少し恥ずかしくなった。両親に似ないで好戦的な晴人は家ではぶっきらぼうだ。そういう時期なのかもしれないが、外でも同じかもしれないと思うと心境は複雑だった。
「儀式のこと、詳しく聞いた。勝てる?」
「相手が俺より弱ければね」
「だよね」
兄の言葉に憮然とした顔をする紗々音をちらっと見つつもそう返事をし、叔母は残った紅茶をすすった。
「大丈夫。あなたも木戸なんだし」
「俺は違う」
「ううん、同じ・・・多分、あなたはうちの人と同じ。遅咲きの人」
「咲かないよ、俺は」
さっさと食べて立ち上がった明日斗はまたすぐに自室に戻っていく。そんな明日斗に苦笑する叔母と母親は顔を見合わせて再度笑いあう。紗々音は憮然とした態度のまま兄の背中を見ずに紅茶を口に運んだ。ああいう態度も、言葉も、はっきりいって気に入らない。あれでも木戸家の人間かと情けなくなる。
「咲かない、か」
「あの子は咲かないよ、きっと。花のない草みたいなもの」
「咲く」
母親の言葉尻にかぶせるようにそう言い切った叔母の方を見れば、叔母は微笑んでいた。自信に満ちている。
「あの子の中にも最強の遺伝子があるんだから。紗々音ちゃんもそう。咲くか咲かないか、それだけじゃない、早いか遅いかだけ」
自信に満ちた言葉は兄を知らないからだと思う紗々音だが、母親は少し気が楽になった。産みそこなった、それを否定してくれたことが嬉しい。だが、きっと明日斗は咲かない花だろう。
「さて、一服したら着付けしますかね」
「一服なしで!さ!早く!」
急かす紗々音に引っ張られる叔母は困った顔をしつつもどこか嬉しそうだった。
*
着物を着た紗々音は嬉しそうにくるくると回り、鏡の前の自分を見つめていた。
「さすがお義母さん、いい趣味」
微笑む叔母に笑みを返す母親も娘の着物姿をスマホで撮影していた。これを夫と母に送るのだ。
「奮発してくれたみたい」
「孫が命の人だしね」
「明日斗に紗々音、晴人に真宙、天広、それに紅葉、琥珀、孫にはみんな平等。まぁ、お爺ちゃんが裏でお金を出してるっぽいけどね」
「お義父さんも孫にはデレデレだし」
そう言って笑う2人を見る紗々音も祖父と祖母は大好きだ。優しい祖母、そして強さを説きながら優しさの意味を深く教えてくれた祖父は紗々音にとって大切な存在だ。その祖母が買ってくれたこの着物は紗々音にとってもお気に入りで、婚約の儀で目立つことしか考えていない自分にとって必要不可欠だった。
「あと何度か試して、崩れない着こなしをみつけましょう」
「うん!」
「婚約の儀、か・・・なかなか楽しいイベントになりそう」
「あー、義姉さん、悪い顔してる」
「でしょう?でもきっと、悪い顔をしている人は他にもいるでしょうけど」
そう言う母親はさらに悪い笑みを浮かべた。
「木戸家の宿縁なのかな?」
そう言って微笑む叔母は婚約の儀に秘められた何か黒いものを感じ取りつつ、それを乗り越える明日斗を想像して小さく微笑むのだった。




