婚約者になりました
そのあまりに突然の言葉に、普段は整った顔をしているはずの木戸明日斗はまぬけな顔をしつつもう一度今の言葉を要求した。すると、目の前の美少女は勝気な笑みをそのままにさっき口にした言葉を再度発する。
「だからぁ、あなたは今、この瞬間から、この私の婚約者になったの」
腰に手を当て、大きな胸を殊更強調しつつゆっくりとそう言った石垣瀬音は驚きで声も出ない明日斗にゆっくりと近づいていった。鼻先が触れそうになるのもお構いなく、悪戯な笑みを浮かべる。いい香りが鼻をくすぐるが、明日斗は動揺を色濃くした瞳を揺らすだけだ。
「な、なんで、俺?」
「ま、それは後で・・・・・でもね、これは決定事項なのよ。あなたは私と結婚するの」
そう言い、振り返る瀬音が目を細める。ここは体育館の裏であり、壁と体育館の壁との3メートル程度の隙間に位置する。足首が隠れるほどの草が茂っているため、夏になると蚊が多いことでも有名で誰も近づかない。人が来ないというのは夏だけでなく、四季を通じてだが。そう、だからここを選んだのだ。いや、理由はもう一つある。ここならば、他に誰かが来ればすぐに分かるからだ。正面と背後にしか道がないのだから。
「そういうことだから、水梨さん?」
名前を呼ばれた水梨りんごは、壁から出していた顔を素早く引っ込める。そのまま、こちらもかなり大きな胸の上に両手を置き、物理的には不可能である激しい心臓の鼓動を抑えにかかった。そうしなければ心臓が壊れてしまうと思ったからだ。いや、壊れそうなのはその精神か。
「あなたの幼馴染は私の夫になりますので」
「なんで?明日斗!あんたは・・・それでいいの?」
「彼の意志は関係ありません。先ほども言いましたが、これは決定事項なので」
飛び出て叫ぶりんごに向かって不敵な笑みを浮かべた瀬音は茫然としたままの明日斗の顔を引き寄せて、その豊満な胸にうずめて見せる。奇声を発するりんごの声をどこか遠くに聞きつつ、その柔らかい感触に浸る明日斗は何故こんな事態に陥ったのか全く理解できないまま、混乱した意識のままでその胸の柔らかさだけに集中していく自分を情けなく思うのだった。