第4章 「嘘か、真実か?都市伝説吟味中!」
支局でのシフト勤務を入れてない日の放課後。
電車通学をしている京花ちゃんとマリナちゃんを、南海高野線浅香山駅まで見送った私と英里奈ちゃんは、そのままダラダラと家路を辿っていたの。
私と英里奈ちゃんは堺市立土居川小学校の出身で、お互いの家も同じ校区内にあるから割と近いんだよね。
私は堺市職員の父と特命機動隊OGにして予備役の母の間に生まれ、ごく普通の少女として生きてきたけれど、英里奈ちゃんは戦国武将を起源に持つ旧家に生まれ、跡取り娘として厳格な教育方針の下で育てられてきた。
私の自宅は一般的な建て売り住宅だけど、英里奈ちゃんの御実家は「堺の建て倒れ」を体現するような立派な和風の御屋敷。
生い立ちや住んでいる家は随分と違っているけれど、私と英里奈ちゃんは仲良しで、御子柴高への登下校は勿論、人類防衛機構の堺県第2支局への登庁退庁も、基本的にはいつも一緒なんだ。
そんな英里奈ちゃんに昼間の都市伝説への見解を求められたのは、帰りに立ち寄ったコンビニ「ポプリ浅香山駅前店」で飲み物を買ってすぐの事だったの。
「あの…どう思われますか、千里さん。お昼休みの彩さんのお話ですが…」
「う~ん…」
コメントの難しい質問だよね、それは。
モスコミュールの味も、上滑りしてしまう程にね。
「どうだろうね…『彩ちゃんが嘘を言っている。』って言いたい訳じゃないけど、私は眉唾物だと思うんだよね…」
「眉唾物、ですか…」
スパークリングワインのペットボトルを手にした英里奈ちゃんが、ボトルのキャップを捻りながら、私の言葉を鸚鵡返しに呟いた。
「都市伝説っていうのは、あくまでも噂話だからね。彩ちゃんの予備校での友達から聞いた話だけど、その予備校での友達だって、直接見た訳じゃないんでしょ?」
私の問い掛けに、英里奈ちゃんは行儀よく頷いた。
「はい…確か、彩さんのお友達の所属されている、書道部の御先輩の御家族が目撃されたとか…」
「ほらね!いかにも身近な所で起きたように聞こえて、信憑性があるように思えるじゃない?でも、まずは一度整理してみようよ。彩ちゃんは私達のクラスメイトだけど、彩ちゃんの予備校での友達って、他校の一般生徒だよね。」
英里奈ちゃんに向かって念押しする私の足が、ここでピタリと止まった。
私だけじゃなくて、英里奈ちゃんもだけどね。
何しろ、浅香山駅前の遊撃士向けの飲み屋街を抜けると、そこは一条通。
大きな幹線道路だから交通量が多くて、信号が長いんだよ。
しばらくは、このホームセンターと病院が立ち並ぶ歩道で信号待ちだね。
「はい…確か、私立諏訪ノ森女学園高等部の方とおっしゃっていましたね…」
ここで英里奈ちゃんがチラリと言及した「私立諏訪ノ森女学園」というのは、堺県内でも屈指の名門と名高い御嬢様学校なの。
略称は「諏訪女」。
神道の理念を取り入れた教育方針を掲げていて、精神修養と礼儀作法の一環として、茶道が必修科目に指定されている珍しい高校だよ。
礼儀正しい御嬢様の英里奈ちゃんなら、あのハイソな校風にもマッチしそうだけど、庶民丸出しの私なんかには似合わないだろうな…
「諏訪ノ森女学園書道部の先輩さんの御家族って、こう言っちゃったら悪いけど、私達からしたら、面識もない赤の他人でしょ?ちょっとピンと来ないよね?責任を負わずに済む気安さと信憑性の、いいバランスなんだよね。」
「そういう物なのでしょうか、千里さん…」
いわゆる「フォーク・ロア」に分類される、都市伝説や学校の怪談の類には、往々にして有り勝ちなパターンなんだよね。
例えば、「友達の友達から聞いたんだけど…」で切り出される話。
パッと聞いただけだと、自分と極身近な人間が体験したようだけれど、噂の当人に辿り着く事は決して出来ないの。
「疑わしいポイントはまだまだあるよ、英里奈ちゃん。噂では確か、『牛頭怪人に殺された者のうちの何人かは、傷口の毒が原因で、牛頭怪人の仲間入りをしてしまう。』って言ってたよね?」
「はい…それが、牛頭怪人の犠牲者が見つからない理由の説明付けになっていましたね。目撃された方は、よく御無事でしたね…」
スパークリングワインは飲み干してしまったのか、空のペットボトルを自販機の傍らに置かれたゴミ箱に投げ込みながら、英里奈ちゃんがしみじみと呟いた。
「いい所に気付いてくれたね、英里奈ちゃん。これが本当だとしたら、目撃者は牛頭怪人による殺人現場を、呑気に観察している事になるよね。その人は、どうして逃げなかったのかな?」
「あっ…!」
英里奈ちゃんの幼い美貌に浮かんだのは、牛頭怪人による殺人現場の目撃者もかくやと思わせる、愕然とした表情だった。
「仮に、恐怖で足がすくんじゃったとしても、目撃者が襲われなかった理由は何だろうね?それと、牛頭怪人って、何時何処に現れるんだっけ?」
「真夜中、人気のない暗がりの道でしたね…あっ!そんな暗がりで一部始終を確認するには、よっぽど近くに寄らなければなりませんね!となると、牛頭怪人の襲撃を受けるリスクが高まります!」
いい洞察力と分析力だよ、英里奈ちゃん。
「勿論その人が、私達みたいに特殊能力『サイフォース』に覚醒したり、生体強化ナノマシンによる改造処置を受けていれば、話は別だよ。自衛隊とかが正式採用している赤外線暗視スコープを使っても、安全圏から悠々と観察出来るだろうね。でも、それだと、見ているだけで助けなかった理由の説明にはならないよね?」
「成る程…確かに、『サイフォース』に目覚めていたり、生体強化ナノマシンによる改造処置を受けているとすれば、その方は人類防衛機構関係者。罪もない民間人を見殺しにされるような不人情極まる愚行などは、間違っても犯せませんよね。」
モチのロンだよ、英里奈ちゃん!
まあ、そもそも、助けを求めている民間人を見殺しになんかしちゃったら、防人の乙女として失格だからね。
「うん、そういう事!まあ、『目撃者はミリタリーマニアで、暗視スコープを偶々持ち合わせていた。』って解釈も出来なくはないけど、矛盾を指摘された時の苦しい言い訳って感じは否めないよね?」
私は話を一旦区切ると、アルミ缶に残っていたモスコミュールを一気に飲み干したんだ。ずっと喋っていたから喉が乾いちゃったんだよね。
「一応、支局のデータベースにスマホで証言を送っといたから、後は上層部のお偉いさん達の判断待ちかな?でも、普段の巡回パトロールに聞き込み調査が追加されるのが関の山だと思うよ。」
ようやく歩行者用信号が青に変わったので、私は横断歩道に足を踏み出したの。
モスコミュールの空き缶を捨てるのは、渡り切るまで待つ事にしようかな。
「目撃者の方が在籍されている諏訪ノ森女学園では、より入念な捜査が行われるのでしょうか?」
幹線道路に吹き付ける季節外れの寒風に、腰まで伸ばされた癖のない茶髪を弄ばれながら、英里奈ちゃんが私の後を追う。
「多分ね。『諏訪女』にも遊撃士や曹士は大勢在籍しているから、その子達が事情聴取をするんじゃないかな。仮に書道部員の話が嘘じゃなかったとしても、どうせ何処かの大学の映画研究会がホラー映画を撮影している所に偶然出くわして、パーティー用の牛の被り物を着けた学生を見間違えたとか、そういう下らない話だと思うんだ。昔の人は、『火のない所に煙は立たない。』って言い残しているけど、噂の火種なんて、その程度の物だよ。」
信号を渡り切った先に「スマイルマート」があって、本当に助かるよ。
お陰様で、モスコミュールの空き缶をゴミ箱に捨てられたからね。
「その噂に次々と尾ひれがついてしまい、今に至るという事でしょうか…?」
「まあね!今更、『僕達のせいです。』なんて名乗り出る勇気はないだろうね。『人騒がせな事をして!』って具合に、関係各所から大目玉を食らうのは確実だし、下手をすれば、イメージが悪くなって活動停止にもなるからね。まあ、騒動のきっかけになったホラー映画のフィルムはお蔵入りにするしかないから、それなりに報いは受けていると思うけど。もっとも、今までの私の話にした所で、所詮は憶測の域を出ていないんだけどね。」
持論をぶちまけて満足した私は、軽く肩を竦めたんだ。




