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贖罪塔にて  作者: 衣花みきや
一章 変異体事件編
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7、悪魔の浸食

 男の瞬間移動にも見えるその移動に必要とする足場の大きさは、およそ二センチ四方である。つまり、片足さえ乗っていればほとんどの場所であの移動をすることができるということだ。基本的な刀の幅が三センチであるということを考えれば、男が自らの刀を足場にしてあの場面から脱出することも可能なのである。

 果たして男はあの光線を躱していた。しかし、手傷を負わなかったというわけではない。左足の膝から下の部分が、骨こそ見えないものの大きく抉れていた。掠めただけでその有様なのだから、直撃すればただでは済まないだろう。

 一撃目でも右の(もも)をやられているので、自らの足に頼った闘いをする男に関していえば、相当なハンデを追ってしまったと言っても過言ではないだろう。

 故に、男は隠れていた。自らの気配を消し、戦力を分析することに重きを置いたのだ。

 知る由もなかった魔法を多用してくる相手に対し、それに対する策を考えるには時間が要る。しかし、少女はそう長く堪えられるようには見えなかった。その中で男は一つの結論を下す。

 痛む足を踏ん張って刀を拾い、いままさに絶体絶命と呼べる状況にある少女の許へ急いだ。

 男が少女と変異体の間に入ったのは、少女を屠らんとする光線が放たれた直後のことである。男は右手で刀を振るって一瞬の猶予を作り、左手で少女を抱えてそこから離脱した。

 乱暴に掴まれたことに抗議したいのは山々だったが、少女はそうする気力すら残っていない。荷車の簡易ベッドの上に転がされ、少女は両足から血を流す男を見つめた。

「気をつけて」

 そう口したつもりだったが、それは声になっていない。男は少女を気にすることなく、先の位置まであっという間に戻って行ってしまう。少女は男が生きていることに安堵しつつ、死なないように願うことしかできない自分を悔やんだ。

 舞い戻った男は、光線の嵐に曝される。少女と違って対抗する術のない男にとって、光線の連発は喜ばしいものではない。右の二の腕に、肩に、だんだんと抉れる箇所が増えていく。

 いま、男は待っているのだ。一瞬だけでもいい、自分が自由に動くことのできる時間を。

 光線を避け続け、遂にそのときはやってくる。左右に光線、逃れてきたいまの位置には何もない。しかし、もう既に変異体は放つ準備を終えている。

 その僅かな時間だけで十分だった。

 男は刀を上へ放り投げ、放たれた光線を上に跳んで躱す。そこに向けて光線を撃つのを読んでいたのだろう。刀を蹴り、自分は近くの壁へ跳んだ。蹴られた刀が光線に押され、天井にぶつかる。そのまま落下していく刀を男は自分に向けて放たれた光線を避けつつ掴み取る。そこに迫る光線を刀を下に向かって蹴って躱し、天井を足場にして跳ねた刀を再び取り戻す。

 男はそれを、変異体に向かって投げた。男は横に走り、ターゲットを自分に向ける。変異体は男の予想通り、光線を男に向かって撃ち続けた。

 投げた刀が変異体に当たる。しかし、その体を切るには至っていない。

 ほんの一瞬、変異体の意識が刀に向いた。男は変異体に近付く。至近距離で放たれた光線を咄嗟に地面に這い(つくば)って躱して、左手で刀を掴んで、逆袈裟に振るった。防ごうとした変異体の腕が一本落ちる。

 変異体の振るったもう一本の腕を寝ころんだまま右足で蹴り上げて逸らすが、鈍い音がする。それも構わず跳び起きて、その勢いのまま変異体の体を薙ぐ。それを避けた変異体は光線を放とうとするが、男はそれを許さないとでもいうように、その姿を消した。

 男を探すかのように体中の目を動かす変異体の光線の標準は定まることなく、四方に向かって放たれた。

 変異体の腕が飛ぶ。少し離れたところから変異体の目を確認し、その動きから光線の当たらない場所を予測していたのだ。

 男の姿をようやく捉えた変異体の目は光線の準備を始める。直後に放たれた光線を、男は変異体の体を跳び越えることで回避していた。そのまま振り向き、袈裟に斬る。

 体を斬り裂かれた変異体の目が一つ、また一つと閉じていく。悪寒がして、男はすぐにその場を離れる。

 男のその行動は正しい。変異体は最期の目――元からあった目を閉じると同時に、自爆した。爆炎と爆風が男の背を押し、焼く。男は吹き飛ばされ、壁に激突した。

 頭を打ったのだろう。視界が揺らぐ。

 だが、男はその目で確かめる。もうそこに変異体の脅威はない。

 男は変異体に、打ち勝った。



 暫く動くことのできなかった男が立ち上がった時には、男の傷はほぼ塞がっていた。

 少女のいる荷車へ急ぐ。爆風はここまで届いていたのだろう。荷台にあった物が倒れてしまっていた。しかし、それ以外に目立った被害もなく、少女も無事だ。いや、まだ少女が無事だとは言い切れはしないが。

「一旦街に引き返す。それまで何とか耐えろ」

 少女は力なく頷く。男は包帯を荷台の中から漁り、少女の様子をみて添え木も取りだした。

 ある程度の心得はあるのだろう。腕と足に手際良く取り付けた後、少女の胴を見た。ローブはほとんど破けてしまっていて、その役目を果たしていないため、どうなっているかはすぐに把握できた。

 恐らく胴の部分は手厚く魔法を掛けていたのだろう。骨折などの様子は見られなかった。しかし、最後に腹に入れられたのは間違いなくまずいはずだ。早く治療をしなければ、助からないかもしれない。

「魔法、少し使えるか?」

 その男の問いに、少女は縦に首を振った。結局撃つことができなかった分の魔力は残っているのだ。

「じゃあ、お前とこの荷車に風避けや振動対策をお願いできるか?」

 少女は魔法を行使し、荷車と自分に結界を張った。風避けも振動対策も万全である。そのまま少女はふっと意識を失う。極度の緊張状態から解放され、安堵して気が抜けてしまったのかもしれないが、疲労も計り知れないほどにあるだろう。

 少女が眠っているだけだということを確認し、男は荷車を降りる。

 荷車を引こうとしたとき、男は異変に気がついた。黒い悪魔の衣が右手の手首まで伸びてきていたのだ。咄嗟に自分の腹を見て、右半分が覆われていることに気付く。これで上半身は頭と首、腹の左側と左腕以外覆われたことになる。男の表情が険しくなる。

 ぼそりと、男は呟く。

「乗っ取られるのも、時間の問題だな」

 悪魔の衣が男の体を侵食する。それが全身を覆ったときにどうなるのか、男は知っているのだ。ちらりと荷台で眠る少女の方を見やり、男は目を閉じる。

「わりぃな。もしかしたら、お前に酷な役目を押しつけちまうかもしれん」

 男はそう言い、走り出す。来たときの三倍以上の速さで、来た道を戻った。

 少女を診療所に送り届けたときには、もう日が暮れていた。男はただ、少女が治療が失敗しないことを願うのみ。

 探検家たちに二階で変異体が出たと注意喚起し、男は診療所に戻る。原因の調査が進んでそれが判明すれば、原因を排除するだけで事足りるはずだ。既に出てしまった変異体はどうにか倒すしかないが。

 男も疲れていたのだろう。少女の治療を待っている間に、深い眠りに落ちて行った。

 

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