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贖罪塔にて  作者: 衣花みきや
一章 変異体事件編
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6、心からの謝罪

 二人は進んでいる中で、疑問に思うことがあった。

 この階に入ってから一度もあのおかしな生き物に出会っていないのである。誰かが丁度見えない距離で前を行っているのかもしれないが、そう考えるのは少し強引だ。たまたま生まれていないと考えることもできるのだが、一階であそこまで大量に出現していたために、それは考え辛かった。

 何か異常事態が起こっているのではないか、と警戒を強めながら進んでいく。すると、目の前に突然おかしな生き物が現れた。この階層では蜜柑に目と腕が付いたような生き物がいるようだ。

 男が刀を抜こうとしたが、少女がそれを制する。

 少女は何か異変に気が付いたようで、蜜柑のような生き物をまじまじと見つめている。蜜柑のような生き物も襲ってくるような様子はない。それどころか、こちらが目に入っていないかのように辺りをきょろきょろとするばかりだ。

 暫くして、蜜柑のような生き物がこちらに気付く。目だけでわかり辛いが、怒りの形相なのがわかった。

 少女の放った魔法をひらりと躱して、少女に突っ込んでいく。蜜柑のような生き物の腕にオーラのようなものが纏われる。魔法だ。彼らは魔法の残滓でできた生き物たちなのだから、使えないはずもない。

 男は巻き添えを食らってはごめんだと思い、荷車を少し先まで運んでしまう。自分の身よりも、食糧や物資が使い物にならなくなる法を懸念していたのだ。

 蜜柑のような生き物の攻撃を防いだのだろう。弱い衝撃波が男の許まで辿り着いている。

 いまだからこそ荷車に問題はないが、近付かれでもしたら一溜まりもないだろう。

 男は刀に手を添えつつ、加勢に向かった。見れば、少女は壁際に押しやられていた。ローブの腕の部分が弾け飛んでいるから、恐らく強化魔法を使って受け続けていたのだろう。しかし、それでもかなりのダメージをもらったのだろう。左腕が少し腫れている。最悪の場合、折れていてもおかしくはないだろう。

 蜜柑のような生き物に気付かれないよう、音を立てずに男は歩く。職業柄必要不可欠だったからか、その技術は相当なものである。

 蜜柑のような生き物の拳が少女に叩きつけられる。少女は横に転がり、それを回避した。

 人の頭ほどの大きさしかない蜜柑の生き物がこれほど厄介だとは思いもしなかったのだろう。少女の顔には苦笑が浮かんでいる。左腕の痛みからか、その笑う顔も引き()っていた。

 少女の視界には突然男が現れたように見えたのだろう。その目を丸くする。

 しかし、その少女の表情を見て背後に誰かがいると判断したのだろう。男の振るった刀はいとも簡単に躱されてしまった。

「悪いわね。いま私が表情を変えなければ、恐らく倒せていたのでしょうけど」

「別に。見ろよ。あいつ、後ろにも目をつけやがった」

 前後に目を付けた後、蜜柑のような生き物はその色を変える。体がだんだんと紫に染まっていく様を見て、男は危機感を募らせた。そしてその体が紫に染まった直後、その体に無数の目が開く。

 不気味な変貌を遂げた生き物に対し、二人は身構える。そして、男は問うた。

「あれは、何らかの原因で当然変異した生き物と考えていいのか?」

「いいはずよ。この塔はダンジョンを模して造られているから、本来ならこんな浅い層にこの強さの魔物はでないもの」

 確認を取り、男は駆ける。その最中に息を大きく吸いこんで、息を止めた。それは男が全力で戦うときの動作だ。男は少女をあそこまで追い込んだ紫色の変異体の化け物を自分が全力を出すに足る相手だと認識したのである。

 その刹那、男の姿が消え、すぐ後に紫色の変異体の横に現れる。変異体の化け物はすぐにその体中の目で男を捉え、光線を発した。男の刀は既に振るわれていたが、身の危険を感じたのかすぐに刀を横に払う。

 光線は男の刀に相殺されたが、すぐに二撃目が放たれる。

 再び男の姿は消え、男がいたところに白の光線が通り抜けた。そのエネルギー量を見て、少女は歯を噛んだ。あの威力は到底人が受けきれるものではない。この塔に掛かっている魔法がそれ以上に強力なものだから何とかなっているものの、これが街の中で放たれていたらと思うと背筋が凍る。魔法に対抗する手段がないいまの世界では、恐らくその一直線上にある国の一つや二つは滅んでしまうだろう。

 しかし、あれを至近距離から避ける男も男だ。一体どれだけの修羅場を潜ってきたというのだろうか。少女は始めて見る男の闘いに感嘆の声を上げるしかない。

 姿が見えなくなった男はどこに行ったのか、少女は辺りを見回す。

 そして少女より先に、変異体は男に気付いた。容赦なく放たれた光線の向きで、少女は男がそこにいたのだと気付く。男は変異体の上から襲いかかろうとしていたのだ。

 少女は当然のように、男が放たれた光線を避けていると思っていた。が、光線の後に魔物の上から降ってきた物に、少女は言葉を失った。

 それは、男が得物としていた青白い刀だ。その持ち手の姿はなく、ただ自由落下していくのみ。

 男はあの光線にかき消されてしまったのだろうか。そんなに呆気なく、男は死んでしまったのだろうか。

 自分一人であの変異体を倒せるのか。……わからない。

 倒せなかったとして、逃げらるのか。……わからない。

 少女は自分の気持ちが後ろ向きになっていることに気が付く。自分はあの変異体に恐怖しているのだ。男を失った動揺も少なからずあるにしろ、あの不気味な外見をした変異体を心の底から(おそ)れているのである。

 カラン、という男の刀が落ちた音に我に返り、少女は気付く。自分に向かってあの光線が放たれていた。

 少女は何重にも魔法の障壁を張りつつ、その範囲外から逃れる。少女には男のようにあそこまで素早く動く脚を持っていないのだ。魔法主体で戦う少女には、その必要がいままで無かったのである。

 カラン、地面に落ちて跳ねた刀が再び音を鳴らす。

 まるでそれが合図とでも言いたげに、再び少女に向かって光線が放たれる。

 少女は自分の臆病で弱い心を呪った。自分がもう少し勇敢であれば、男が向かったときに援護をしてやることができたかもしれない。もう少し心を強く持てていれば。もう少し平静でいられるようにすれば。もう少し、もう少し、もう少し、もう少し――

 避けれない。壊される。壊される。張るたびに壊され、障壁の張っていない位置はいままさに光線が通り抜けている。壊されるとわかっていても張るしかない。自分が生き延びる道はそれしかないのだ。

 カラン、刀の跳ねる音が聞こえる。防ぎきれていないいまの状態で光線を食らえば、少女が無事で済まないのは間違いない。

 ありったけの力を尽くして、次の光線が来る前に受けきる。そして、範囲外に逃れた矢先のことである。

 少女の目の前に、変異体がいた。

 変異体の振るった腕を避けるのも間に合わず、自身を強化するのも間に合わない。身を捩って胸から外したのはいいが、肩をその腕で殴られ、軋むような痛みが奔る。

 涙を出す余裕さえ与えてくれないその変異体の攻撃は次第にその速度を増していく。自身を強化して何とかその攻撃を受けているが、それがいつまで続くかはわからない。

 踏ん張りも利かなくなってきているため、どんどんと隅に追いやられてしまっている。

 状況を打開しようと一か八かで残りの魔力を全て振り絞って魔法を打とうとしたとき、変異体の拳が、少女の腹に入った。

 息ができなくなるほどの衝撃に加え、内臓もいくらか潰されたのか、少女はその口から血を吐き出す。踏ん張りきれなくなった体は吹き飛ばされ、壁に激突して地面に倒れた。

 変異体が近づいて来る。そしてほぼゼロの距離から、あの光線の構えを取った。

 終わった。動けない少女はそう確信する。この化け物に殺されて、自分は死ぬのだ。どうすることもできず、少女はただそのときを待つのみ。

 ただ一つだけ、最後に言い残しておきたいことがあった。

「ごめ……ん……な、さい……」

 その声は弱々しく、掠れている。しかし確かに少女はそれを口にした。それだけで、少女は満足だった。

 そんなものは自己満足だと言われても構わなかった。なぜなら、彼女が一番後悔しているのは、それを口にできなかったことなのだから。その言葉を発せただけでも、少女は嬉しかったのだ。

 少女の言の直後、変異体から容赦のない光線が放たれた。

突然の展開ですが、二人はとばっちりを食らっただけです

たまたまそこに来てしまっただけで、本来ならば二人が戦う理由はありませんでした

戦闘描写がめっさ楽しかったです。昔の自分の作品を読んで書き方を思い出しました

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