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贖罪塔にて  作者: 衣花みきや
一章 変異体事件編
6/13

5、蔑まれるは過去の咎

 道中何度か雪玉のような生き物にであったが、交互にそれを倒していき、難なく先へと進んで行く。

 少女が放った魔法は男が想像していたほど派手なものではなく、実にあっさりとしたものだ。特に詠唱をしたりするわけでもなく、陣を刻んだりするわけでもなく、ただただ手を伸ばし、念じるだけ。それで敵のところにふっと火が浮かび上がるのだから、その光景は異様である。

 しかし、魔法が常習的に用いられていた時代のことを、男は知らない。魔法を『そういうもの』だと決めつけるには至っていない。そのことを理解した上で、男は一旦その事実を隅に置いておいた。いま必要なのは少女の魔法を知ることだけ。それ以外のことには考える必要がないのだから。

 無論、男の頭の中には少女が用いたのがペテンだということも考慮に入っている。だが、それを証明するだけの手段や道具、環境は現時点で整ってはいない。それで敵を倒すことができるのなら、そうだとしても問題はないと男は考えていた。

 進むうちに、階段を見つける。二階へ進むためのものだろう。二人で地図を確認し、それを上り始めた。

 荷車を引きながら階段を上がるのは至難の業だ。ここだけは二人で協力し、前で少女が荷車を引き、後ろで男が荷車を持ち上げた。半刻ほど掛けて、二人はなんとか階段を上りきった。

 そこはまた一階の入口付近同様、広い空間が存在していた。ここでも探検家や研究者たちが休んでいる。

 構わず通り抜けようとし、地図を確認していたときだ。

「――っ!」

 凄まじい殺気が男を襲った。男は刀を構え、その奇襲に対応する。

 金属と金属のぶつかる嫌な音がその空間に鳴り響く。一回、二回と斬り結ぶ度に響くその音は、そこにいた者たちの目を集めるのには十分だった。

 しかし、そんなことは構った事ではないという様子で襲撃者は男に畳みかけてくる。金髪の、それなりに重装備の男だった。鼻も高く、整った顔立ちをしているというのに、いまは怒りの感情で埋め尽くされているのか、阿修羅のような形相で男を睨みつけている。

 途中で少女の存在に気が付いたのか、少女にも向かって行った。

 身構える少女に襲撃者の剣が振り下ろされる。が、それは少女を掠めることもなかった。男が襲撃者の横腹に蹴りを入れたからである。

「彼女は関係ない」

 男のその言葉に、襲撃者は吠える。

「貴様の妹も同類だろう! ここで殺しておいた方が世のためだ!」

 よほど男の妹と少女が似ているのだろう。襲撃者はそのことに気付かず、再び向かっていく。

 割って入り、男が刀で襲撃者の剣を受け止めた。

「退け!」

 襲撃者はだんだんとその攻撃速度を上げていく。それなのにも関わらず、男は一度も自分から襲撃者を斬ろうとはしていなかった。

 このまま斬り合っても埒が明かないと思ったのか、襲撃者は一歩下がる。

 一呼吸置いてから、男は言った。

「彼女は妹じゃない」

「そのブローチが証拠だろうが! しらばっくれてんじゃねえぞ!」

「信じないのは勝手だ。だが、無関係の人間を殺したらお前に正義は無くなるぞ」

 それを聞き、襲撃者は少女の方を見た。その姿を見て、訝しげに言う。

「お前、得物はどうした?」

 気付くに足り得るほど男の妹の得物は特徴的だったのだろう。少女が首を傾げるのを見て、少女が男の妹ではないと悟ったのだろう。チッ、と舌を打ち、再び男に相対した。

 再び踏み込んで、その剣を横に薙ぐ。男はそれを左手で剣を支えつつ受け止める。よほど重かったのだろう、いままでで一番の金属音がした。弾かれた勢いをそのままに、逆側から斬りかかる。男はそれを半歩引いて(かわ)す。

 剣を振り切った襲撃者の懐に男が一歩踏み込む。やられた、と思ったのだろう。襲撃者の顔が悔しそうに歪んだ。男の刀はもう既に振り上げられてる。襲撃者がそれを回避する手段は、ない。

「悪いな。いまはお前に殺されてやれない」

 そう言い、男は剣を振り下ろす。襲撃者にではなく、誰もいない自分の右側に。刀を鞘に収め、その場を去ろうとする男に、襲撃者は問うた。

「おい、妹はどうした。いつも一緒にいたじゃねぇか」

 それを聞き、男は動きを止めた。少し下を向いて俯いてから、襲撃者の方に振り返る。

 男の表情を見て、襲撃者は自分の怒りがすーっと引いて行くような感覚に陥っていた。それほどまでに、彼の顔色は見るに堪えなかったのだろう。

「あいつは、ニシェナは、死んだよ。一週間ほど前にな」

 襲撃者はそれを喜ぶべきだったのだろう。しかし、男のそんな顔を見ては、素直に喜ぶ気にはなれなかった。自分に間違いはないはずだ。正義は自分にあるはずだ。それなのに、どうして自分はこんな気持ちになっているのだ。襲撃者――パリ―ヴァン・クムは揺れ動く自分の心に戸惑うしかなかった。

 少女はパリ―ヴァンの様子を一瞥し、男に尋ねる。

「あなた、強いのね」

「たまたまだ。あいつが万全な状態だったなら、俺は負けてた」

「そう? そんなことはないと思うけれど」

 男は本気で言っているのだろう。少女の言葉を不満そうな顔で受け流し、荷車を持った。地図を確認し、何事もなかったかのように進み出す。


 しばらく歩くと、男は疲れたように息を吐いた。

「大丈夫? 疲れているなら代わるけど」

「ああ、ちょっとの間、頼めるか」

 そう言うと、荷車の上に乗り、寝転がる。あっという間に寝息が聞こえ始め、少女は思わず笑ってしまった。先の戦いは、肉体的に辛いものではなかっただろう。事実、男は息も切らしていなければ、傷を負ってもいなかった。故に、疲れたとすれば精神的にだろう。自らの身内の死を告げるというのは、なかなかどうして気分のいいものではない。それに、パリ―ヴァンが男の過去に関係しているのならば、なおさら精神的な疲弊はあるだろう。

 少女はその華奢な腕で荷車を引く。少女は自身の腕力を強化し、楽々と荷車を引けるようにしたのだ。

 男が目覚めたとき、少女が道を誤って行き止まりに到着していたことで、先導は男がすることになった。引き返せないような仕掛けがあることを懸念して、男が眠っている間は先に進まないことに決まった。

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