11、傀儡女は生者と踊る
レーザーのような攻撃が放たれた直後、紫色の球体は変異体と同じように光線を放つ。
我に返ったパリ―ヴァンはそれを回避し、大剣を構えた。その顔からはまだ恐怖が抜けていないが、体の震えは治まったようである。一度死を間近に感じたことで、多少は楽になったようだ。
「ムラク、大丈夫か」
ヴィランが近付いて、倒れ伏したムラクへ尋ねる。
ムラクは腹を消されてもなお、まだ生きていた。その生命力はまず間違いなくその身を浸食する悪魔の衣に由来しているだろう。
「さすがにきついな。俺の腰についている袋を取ってくれ。そこにある銀色の瓶を開けて、飲ませてくれないか」
話している間も光線は飛び交っている。パリ―ヴァンとオルが上手く引きつけていなければ、ムラクの命はもう既に尽きていただろう。パリ―ヴァンとオルはなんとか光線を躱し続けているが、それも時間の問題だろう。急いで加勢しなければ、戦線は崩壊する。
ヴィランはムラクの腰についた小袋を見た。それを取るとムラクの顔の横に置き、銀色の瓶を取り出す。その栓を開けて、ムラクの口へ注いだ。その手つきはその返り血で赤黒く染まった容姿からは想像できないほどに丁寧で、思いやりを感じる。
一瓶を飲み干すと、ムラクは一つ深呼吸をして、言う。
「もう一つ、頼みがある」
その言葉に、ヴィランは袋の中身を見て、一つずつ取り出していく。
ムラクはそれに制止を掛け、言った。
「まだ何も言ってないだろ。俺が頼みたかったのはその中身じゃねえ。俺が言いたいのは、お前の本職は斧じゃないだろってことだ」
その言葉の意味を察したのだろう。ヴィランは少し戸惑った様子を見せた。
迷っている暇はないとムラクが急かす。その目が本気であることはヴィランにも容易に判断できた。
「まさか、傀儡女としてお前を動かすことになるとは思わなかったよ、ムラク」
「俺もまさか、あんたに操られることになるとは思ってもみなかったよ」
ムラクはそう言い、笑みを見せた。
ヴィランは大盾をまるで手盾のように腕につけ、腰の小さな箱から糸を引っ張り出した。その先をムラクの体へと付け、逆側を自分の指に巻き付ける。ムラクの体の修復は既に始まっていて、外見だけなら傷がないように見えるところまで戻っている。
ムラクは痛みで動くどころではないのだろう。しかし、皆の足手まといにはなりたくない。だからこそ、この選択肢を選んだのだろう。
無数の透明な糸が二人を繋ぐ。ヴィランは最後の意図を自分の指に括りつけた。そして、生きた傀儡は動き出す。
ヴィランが指を動かすと、ヴィランが走り始めた。彼の全力の時ほどではないが、その素質を存分に生かすことはできている。すぐに、球体はムラクの存在に気が付いた。
光線が放たれる。それは変異体のときと比べて範囲が狭い。しかし、その速度と威力は段違いだ。ふっと自然な動きでムラクはそれを避ける。ヴィランは自らも走って球体に近付いていく。
ターゲットの外れたオルが放った矢が球体の一つの目に突き刺さった。
その刹那、球体が奇声を上げた。耳を劈くような声にパリ―ヴァンとオルの動きが止まる。そこに向かって、今度は圧倒的な範囲の光線を放ってきた。
ヴィランがパリ―ヴァンの、ムラクがオルの前に立ち塞がり、その光線を防ぐ。
盾を持たないムラクは光線を一刀のもとに斬り伏せていた。自分の力では時間稼ぎが限界だったというのに、操られてそれができてしまうという現状に、ムラクは自らの未熟さを思い知らせれる。しかしそれは、ムラクの体でそれができるという証明でもあった。
すぐにムラクとヴィランは球体へと向かう。一方はその刀で、一方は錆色の斧で、人の体ほどの直径があろう球体に斬りかかる。が、その前に魔法障壁でも存在しているのか、その凶刃は届かない。
ヴィランは攻撃が通らないのを悟ると、腰につけた袋から何かを取り出し、球体に投げつけた。
ムラクともどもすぐにその場を離れ、パリ―ヴァンたちの前で盾を構える。
次の瞬間、轟音と共に爆発が起こった。どうやらヴィランが投げたものは爆弾だったらしい。爆風が皮膚を焼くように辺りに駈け巡る。
その爆発で、ムラクは違和感に気がついた。自分が倒した変異体は最後に自爆したはずだ。ここでは無数の変異体を倒しているはずなのに、なぜ一体も自爆をしていないのか。自分で首を何とか動かして、先程倒した変異体の亡骸を見る。まだ転がっている亡骸の最後の目はいままさに閉じようとしていた。
「みんな――」
危険を知らせようと振り向けば、球体がまた大きく裂けていた。レーザーのようなものではない。今回のは力を溜めているのがよくわかった。それは間違いなくこの身を灼くだろう。
ヴィランの盾であの光線を防げるだろうか。わからない。しかし、それに懸けるしか生き延びる道はないだろう。
ムラクはヴィランを見た。気を集中させて盾を構え、自分を動かす余裕がないのがわかった。
自分がやるしかない。変異体の自爆による爆風と爆炎を、自分が斬るしかない。刀を握る手が力んでいるのがわかっていても、ムラクはそれをどうすることもできなかった。
パリ―ヴァンは微力ながらもヴィランの体を支えようとしている。オルは肩に掛けた鞄から何かを取り出そうとしている。オルが何をしているのかはわからなかったが、ムラクはその後ろに立って爆発のときを待った。
変異体の死体が自爆をしたのと、球体が極光を発したのはほぼ同時だった。
爆風を斬り裂こうとしたムラクの前に、一枚の札が現れる。
「支えて!」
後ろにいたオルから声が掛かった。ムラクはその札に手を当てる。すると、相当な熱量がそこにぶつかっているのがわかった。オルがムラクの背中を押し、何とかそれを凌いでいる。
オルはこのとき、異常なまでに神経を使う動きをしていた。背中でヴィランとパリ―ヴァンを支えつつ、ムラクを押さえ、そして札の制御までしていたのである。彼女の持つ札には魔力が込められていて、その制御には相当の繊細な作業を要している。それをこの土壇場で全てを両立させてみせる彼女の技量は控えめに見ても抜けていると言っていい。
誰もが歯を食いしばって耐えている。生き残ろうと必死になっている。そんな中で、ムラクは見た。こちらを心配そうに見るサリの姿を。
ムラクが渡したブローチの効果は、所持者が致命傷を負った時、それを渡した人が肩代わりするというものである。パリ―ヴァンの傷がムラクに移ったのもこのブローチの効果だ。一見万能そうに見えるこの道具だが、もちろん肩代わりした人は死ぬ可能性があるし、そもそもブローチを壊されてしまえばその効果を発揮できない。さらに言えば、即死した場合はその発動条件を満たすことができないのである。
その欠点を理解していたムラクは、己の失敗を悟った。
極光が視界を覆い尽くし、背中からの衝撃に耐える。爆風をいなしてからも、極光を受けきるのに相当な時間を要していた。
視界が戻った頃には、球体からかなりの距離が離れてしまっていた。ヴィランの盾も崩れ落ち、その鎧もところどころ砕けてしまっている。息が切れていることを見るに、膨大なエネルギーがぶつかったのが理解できた。パリ―ヴァンも傷はないが目に見えていて疲労している。オルは涼しい顔をしているものの、息が上がっていた。
故に、彼女の最後の姿を見ていて、一番他人に目を向ける余裕のあるムラクが一番最初に気付いた。
そこにはもう、自分たちを集めた神官の姿はない。
撤退だ。四人の意思は伝え合うまでもなく、同じだった。彼女の仇討ちは、果たされなかった。