10、集いし禍は絶望を生む
一章も終わりが近づいてきました
とりあえず二章の終わりぐらいまでは毎日更新したいですね
サリの誘導に従い、五人は塔の中を進んでいく。先頭を行くサリの隣には大きな盾を構えたヴィランがいつでもその身を守れるように備えている。その後ろにパリ―ヴァン、ムラクと続き、少し離れたところに背後を警戒しながらオルが歩いていた。
いまのところ、変異体を討伐できたという報は上がっていない。一匹を倒した後に二匹に襲われたということも考えられないところではないから、その正確な数はわからないが、一匹に対応してのこの現状を見るに、その可能性は低いと思われる。
ムラクは二階を歩きつつ、首を傾げていた。かなり歩いているというのに、あの変異体もそうだが、通常の個体も一切出てきていないのである。
「似ているな」
そうぼそりと呟いて、ムラクは考えをまとめ始める。通常の個体が出ないのはその全てが変異体に取って代わられたからだと考えれば、そこまで懸念すべきことではない。数が増えるのは厄介だが、個々はこのメンバーであれば苦戦することはないはずなのだ。考えるべきは、なぜ変異体と一体も出会うことがないのか、なのである。
「何と似てるの?」
訊いてきたのは最後尾を歩いていたはずのオルだ。いつの間に距離を詰め、ムラクの左を歩いていた。
その気配を気付けなかったことに対する驚きを隠しつつ、ムラクは答える。
「俺が変異体に遭った時も、こんな感じだった。道中で全く敵に遭わないと思ったら、いきなり変異体が現れたんだ」
「へぇ……」
その測るように目を細めるオルに、ムラクは居心地の悪そうな表情をする。いつもならそこまでではないのだが、オルの目は何をしてもごまかせないような気がしたのだろう。その顔が少し歪んでしまっている。
オルはその表情に納得したのだろう。軽く頷いて、にまっと笑った。
「ありがとう。でも、警戒はしておいた方がいいよ。出会い頭に不意打ちで死んじゃうなんて、洒落にならないからね」
そう言い置いて、オルは音もなく後ろへ戻っていく。その気配の消し方といい、音の消し方といい、ムラクとは比べようもないぐらい上手だ。恐らく踏んできた場数が違う。同じぐらいの年齢とは思えないほどの威厳を見せつけるオルに、ムラクは何も言うことができなかった。
そうこうしているうちに、サリは立ち止まる。
もうすぐ自分達が戦った場所だという。この角を曲がったところらしい。ヴィランが変異体がいるかどうかを角から確認する。その頭が吹き飛ばされたりはしないだろうかと心配になりつつも、皆でその様子を見守った。
「いない」
ヴィランの発した言葉にほっとしたのはパリ―ヴァンである。いざここまで来たというのに、少しだけ足が震えていた。それに気付いているのはどれぐらいだろう。本人が隠そうとしているから、そのぎこちなさでもわかるかもしれない。
オルはほんの一瞬顔をこわばらせただけ。最悪の事態を想定しながら動いているのだろう。
サリはただ顔を悲痛に歪めるだけだ。なぜいないのかという疑問は浮かんでいないようで、復讐に囚われているようにも思える。
「おい、こいつを持ってろ」
パリ―ヴァンに声を掛けたのはムラクだった。彼はパリ―ヴァンに赤のブローチを投げ渡した。少女に渡した物とは色が違うのみで、他は完全に同一のものだと思われる。
ムラクが他人の心配をできるほどに平静なのは、この事態を想定できていたからだろう。自分たちの間で当然生まれた変異体は何かを探していたのだ。そのため、自分たちのことを目に入れたのはかなり時間が立っていからだった。つまり、変異体が探していた何かが見つかったのだとしたら、それに向かって行くはずなのだ。移動しているということも考えられないことではない。
移動しているからこの場にいないとわかったところで、何かが変わる訳でもない。ただ、その場所に変異体が集まっている可能性があるということだけは、忘れてはならない。その数はわからないのだし、迂闊に挑むのは避けた方がいいだろう。
「お前もだ」
そう言い、ムラクはサリに向かって黄色のブローチを投げる。
受け取ったサリは、これは何だと言わんばかりの強い視線を彼に向けてきた。
ムラクは事もなげに言う。
「保険だ。あの二人には必要ないだろうが、お前たちはやられる可能性があるからな」
「わかった」
そう言い、サリはそれを自分の懐にしまい込んだ。その顔には疑いの色が残っているようだが、わざわざもらった物を捨てるのがもったいないと思ったのか、はたまた嘘でも良いから信じようと思ったのか、何事もなかったかのように進み始めた。
男はあのブローチの効果が発動しないことを祈りつつ、その後に続いた。
パリ―ヴァンもサリの様子を見て、ムラクを信じることにしたらしい。花の形をしたブローチを腰のベルトに無理やり付けていた。その足の震えは幾分かマシになったようだ。
オルはそのやり取りを見て、少し羨ましそうな表情を見せた。強者であるが故に、そういったことに縁がないのだろう。ぼーっとしている自分に気付いたのか、オルは首を振って四人の後を追う。
もうそろそろ三階への階段に辿り着いてしまう。そんなとき、ヴィランが制止を促した。角から覗いてみれば、そこには無数の変異体が集まっていた。数え切れないほどの量である。その足元には血が滲み、かつて人であっただろう肉片が転がっていた。
「行こうか」
そう言ったのはオルだ。既に弓を構え、矢をつがえている。それに頷き、四人が角から躍り出た。
それに気付いたのであろう変異体は、光線をこちらに放ってきた。避けられる場所が限られている中、ヴィランはそれを軽々しく防ぎ、他の三人はその体を掠めさせることもなくそれを躱して見せた。
その光景に、サリは開いた口が塞がらなくなる。たった一度の光線で散って行った仲間を見た。避けきることができずに傷を負い、次の攻撃を躱せずに殺された仲間を見た。仲間を屠ったあの攻撃をいとも容易くいなしてみせた四人のことを、頼もしく思うのも無理のないことだろう。
一番前を行くのはムラク。一度戦っている敵で、その勝手はわかっているのだ。数が多かろうとやることは変わらないのである。次に位置していたのは驚くべきことに、重装をしたヴィランであった。その装備のまま軽装備のパリ―ヴァンよりも俊敏に動くのだから、その身軽さは異常だと言ってもいいだろう。
オルは後ろから支援攻撃を行っている。その矢は仲間を射ることなく、的確に変異体を貫き、消滅させている。彼女にかかればその程度は朝飯前なのだろう。避けようとしたはずの変異体までもを貫くのだから、その腕は疑いようもなく最高レベルである。
一匹、また一匹と変異体の数が減っていく。刀で、大剣で、斧で、弓で。
光線が当たらないとわかった変異体はその攻撃法を変えた。その腕で殴りに来たのである。その量をさばくのは少々手間が掛かる。三人では抑えきれず、間を縫ってきた変異体をオルが潰している。サリの元に辿り着かれでもしたら一大事だ。
目の前の敵を捌き切って、いざ次の変異体を倒そうとした四人は、巨大な気配があることに気が付く。
見れば、奥に変異体が集まっているではないか。それを見て、自分達に突撃してきた変異体たちが囮だったこと気付くが、もう遅い。
変異体の集合体は姿を変える。宙に浮く大きな球体となり、紫の体に大きな目がぎょろぎょろとこちらを見ている。
その姿を見て、サリは膝を着く。あまりの恐怖に立っていられなくなったのだろう。
次の瞬間、その球体の体に真一文字に裂け目が入った。
圧倒的な悪寒。オルは宙へ身を踊らせた。ムラクは身を屈めた。ヴィランはサリを守るように跳び、盾を構えた。パリ―ヴァンはあまりの恐怖に動けない。
その刹那、球体の体が裂け、大きな口のように開かれる。気付いたときには光線が横に一線していた。
空中で盾を構えていたヴィランはその重さを考えれば相当後ろまで押されている。それでもそれを耐えてみせたヴィランは褒められるべきだ。
オルは自分の足の先を、ムラクは頭のすぐ上を光線が掠めた。その顔には、光線を食らっていた自分を想像してか、苦しそうに歪んでいる。
パリ―ヴァンはといえば、その胴を薙がれていた。腰から上、腹の部分がなくなっている。消し飛ばされたのだ。パリ―ヴァンは自分がいままさに死に瀕していることにようやく気付く。その顔がさらなる恐怖で歪む。死にたくないとその顔が物語っている。
「う、うわぁあああああああああああ!!」
叫び、呻き、そして静かに地面に崩れる。
その体は先程までの傷が嘘かのように繋がっている。オルはパリ―ヴァンが腰に着けていたブローチが壊れていることに気がつく。光線に当たったのではないはずだ。だとしたらどうして。
オルはその答えを求めるべく、ムラクの方を向く。
身を屈めていたムラクが血を吐く。その胴はまるで光線を食らったかのように、消滅していた。