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贖罪塔にて  作者: 衣花みきや
一章 変異体事件編
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9、助太刀するは兵ども

つわものども。夏草や兵どもが夢の跡 から取ってます

 翌日の朝、自分が片手で持てる袋に必要最低限のものを入れ、ムラクは宿を出た。

 一度診療所に寄って、少女の具合を確認する。神官に聞けば、もう既に治療は終わっているという。あとは目を覚ますまでが勝負で、ここからは少女自身の問題らしい。目覚めない少女を部屋の入り口から見て、ムラクは目を伏せた。霊安室に置かれた妹の姿と重なってしまったのだろう。

 首を振ってその惑いを払い、ムラクは診療所を去る。

 塔の入り口についたときには、まだサリの姿は見えなかった。少し中を覗いてみると、調査に行った探検家の遺族と思われる人たちが、生き残ったメンバーから話をされている姿が多く見られた。その場を埋め尽くすかのような数に、ムラクは圧倒される。

 そうしていると、急に背中を叩かれた。

 誰かと思い振り返れば、パリーヴァンの姿があった。

「お前もサリに呼ばれたんだろ」

 ムラクは黙って頷く。パリ―ヴァンはいますぐに彼をどうこうしようとは思っていないらしい。先日のことで恐らく実力の差を感じ取ったのだろう。

 パリ―ヴァンの装備は前と変わらない。その重装備では、あの光線を避けることは難しいだろう。

 ムラクはそう考えたのか、助言を口にする。

「鎧は腕だけにしておいた方がいいぞ。あの光線は食らえばただじゃ済まない。最悪、致命傷になる」

「邪魔だと言いたいのか?」

「お前ではなく、鎧がだ。あいつの腕の攻撃を防ぐには腕の鎧あえあれば何とかなる。だが、あの光線を避けるためには素早く動かないといけない。疲弊した状態で鎧を着てあそこまで動けたのなら、鎧がなければ恐らく十分にあの光線を躱すことはできるはずだ」

 その言の真偽を測りかねているようで、パリ―ヴァンはムラクの顔をまじまじと見つめる。

 彼が不機嫌そうに全く真面目だと言わんばかりの表情でいるので、パリ―ヴァンは肩を竦めた。

「お前のその言葉、信じるぞ。お前が何を考えてるのかはわからねぇ。だが、この前のあいつがいないってことを考えると、大体想像はつく」

「あいつは生きてるぞ。目は覚ましてないがな」

 それを聞き、パリ―ヴァンは目を丸めた。この場に少女がいないということで、彼女が死んだと思っていたのだろう。戦う力がないように見えていたパリ―ヴァンにとって、その方は意外でならなかった。

 ムラクは彼の様子を見て少女が周りから弱いと思われていることを察し、驚いた。

 少女からはとんでもない気配が漂っていることを、他の皆は気付いていないのだろうか。少女に勝てる人間など、この場には一握り程度しか存在しないというのに。男はそんなことを考えつつ、辺りを見回す。

 手伝ってほしいと言ってきたサリがまだこの場に来ていないというのはおかしい話だ。準備に手間取っているということも考えられないことではないが、それにしても遅すぎる。

「すいませーん、遅れましたー」

 そんな間の抜けた声が響いて来るが、それはサリのものではない。サリはもう少し落ちついた声で、こんなに甲高い声は出さない。

 ムラクとパリ―ヴァンの目が一人の少女を捉える。銀髪で、いろいろと小さい少女だった。服は黄色を基調としたレザーアーマーで、背には弓が提げられている。どうやら彼女は狩人のようだ。

「すいません。オル・ベータリアリです。ちょっと矢の調整に時間が掛かっちゃって。サリさんのお仲間さんであってますか?」

「ああ、だが、どうしてわかった?」

「えっと、私は結構耳が良くてですね。結構遠くの声とか、厚い壁の向こう側の音とかも拾えるんですよ」

 そう言って、オルは何故か顔を赤くした。大方、自分で言って厚い壁の向こう側から聞こえてきた行為をする音や声を思い出してしまったのだろう。耳が良いのはいいが、聞こえすぎるというのはそれはそれで大変だということだ。

 オルは辺りを見回し、サリの姿がないことに気がつく。

 二人の会話からただ自分を待っているだけだと思っていたのか、オルは問うてきた。

「あの、サリさんは?」

「あんたの地獄耳で聞こえないのか? サリの声」

 ムラクのその言葉に、オルは「ちょっと耳を澄ませてみます」と言って目を閉じた。

 パリ―ヴァンはオルの弓矢を見て何に気付いたのか、言いたそうにしている。しかし、オルが耳を澄ませているのを邪魔する勇気はないのか、今は黙っておくことにしたようだ。

 オルは何かに気がついたのか、ハッと目を開いた。

「どうした?」

 すかさずパリ―ヴァンが訊く。

「こっちに向かっているようです。たぶん、もう一人いますね。サリさんが丁寧にお礼を言っているところを見ると、強力な助っ人みたいですよ」

 そう言われ、ムラクはいまのメンバー二人を見やる。

 パリ―ヴァンは無難に強いだろう。鎧を着て、大剣を持ったまま身軽に動けるというのは並大抵のことではない。問題があるとすれば若さ故の経験不足だが、それを補って余りあるセンスがある。

 もう一人はオル。ムラクはオルから並々ならない強さを感じ取っていた。このただ間の抜けたような雰囲気を見せている少女が自分より強いとは到底思えなかったが、彼女から感じる力強さは明らかにムラクよりも修羅場をくぐった数が違うということを訴えてきていた。

 ムラクの視線に気付いたのだろう。オルはムラクの方へ寄ってきて、跳ねた。

 その小さい体躯があっという間に眼前へ迫り、横を抜けた。そのすれ違いざまに、彼女はこう言った。

「警戒しすぎです。なにもしませんよ」と。

 身を震わせるには十分なその言葉にムラクは堪らずオルが跳んで行った先を見る。

 そこにはオルとサリ、そして重苦しそうな鎧を全身に固めている騎士の姿があった。その姿にはムラクも見覚えがある。

 向こうもムラクのことを覚えていたらしい。その鎧の隙間からこっちを覗き、こくりと会釈としてきた。

「ヴィラン・バラ、か。味方になる分には確かに心強いな。二度と会うことはないと思っていたが」

 そう言いつつ、ムラクは手を差し出した。その表情には迷いがなく、ヴィランを恐れるような様子は見られない。パリーヴァンは恐怖に顔を歪めているというのに。

 ヴィランはムラクの手と顔を交互に見る。そして手に付けた小手を外すことなく、その手を握った。

「久しぶりだな、ムラク・ハススタ。よもやお前と再会、ましてや共闘することになるとは思ってもみなかったよ。妹はまだいないようだが、よろしく頼む。それに、『赤騎士』パリ―ヴァン・クム。よしなに頼む。もう一人はあの『蛇狩り』か、お目にかかれるとは思わなかった。オル・ベータリアリ、頼りにさせてもうとしよう。ヴィラン・バラだ」

「やっぱり」

 そう言ったのはパリ―ヴァンだ。恐らく、オルの弓を見て気付いていたのは、これだったのだろう。弓の形状を見て、『蛇狩り』の使う弓を酷似していると思ったに違いない。

 パリ―ヴァンが続きを言う前に、サリが声を上げた。

「ヴィランさんが『暗殺騎士』と呼ばれているのは知っています。ですが、私はなんとしてでも仲間の仇を討ちたい。説得に時間が掛かってしまい、遅れたことをお詫びします。さあ、行きましょう」

 ムラクはそのメンバーを見て、とんでもないと思っていた。

 ヴィランとオルは超一流といってもいい戦士だ。ムラクは『蛇狩り』についての噂は知らなかったが、ヴィランが頼りにするということは相当な実力者であることは確かなはずだ。その二人には及ばないものの、一度変異体に勝利しているムラク。そして『赤騎士』の異名を持つパリ―ヴァン。いまのこの街で組むとしたら、これ以上のパーティは存在しないに違いない。このメンバーを集めたのだから、サリも相当に苦労したのだろう。彼女は労われるべきだ。

「お疲れさま。よくこんな面子集めたな」

 ムラクはサリに近付く。サリは振り向いて、不機嫌そうに言った。

「私は戦えないので、万全の仲間を見つけてあげることしかできません。あの化け物が相手じゃ回復も意味がないですし、私は見ていることしかできないんです。それでも、ここまでやったんだから勝って下さい」

 どうだ、私は集めて見せたぞと言わんばかりに睨みつけてくるサリの表情からは、無くなった彼女の仲間が本当に大切だ存在だったのだということを思い知らされる。

 男がサリの誘いに乗ったのは、一つの可能性を考慮してのことである。

 少女が目覚めない原因が、変異体の出現と何か関係があるのだとしたら、その原因を排除しない限りは処女が目覚めることはないかもしれない。その考えに至ったムラクがサリの誘いを受けたのは、決して間違いではなかったはずだ。

 サリの意思は固かった。自分の仲間を屠ったあの変異体が朽ちる姿をその目に焼き付けたかったのだ。そのために強力な仲間を集めたし、準備もした。

 だから、復讐をしようと思ったことを後悔することになるとは、思ってもみなかった。

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