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贖罪塔にて  作者: 衣花みきや
一章 変異体事件編
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8、難航する調査

 男の想像通りと言うべきか否か、変異体の出現に関する調査は難航していた。

 調査に向かった探検家たちが壊滅し、大勢がその場で散ったそうだ。恐らく、少女が全く戦えないと思っていたのだろう。戦えない人間がこの程度の怪我で済んでいるのなら、男も無傷のようだし問題ないと高を括って調査に臨んだに違いない。

 男はしっかりと変異体の情報を落としてからその場を去った。全身に目があり、そこから光線が放たれること。腕は強化魔法が掛かっているため、食らえば一撃で致命傷になり得ること。光線にはクールタイムがあり、ほんの僅かな時間だが隙があること。それらを信じなかったがために死んでいったのだとしたら、男は呆れるしかない。

 少女は未だに生死の境をさまよっている。潰された内臓を回復させるには、相当な時間が掛かる。骨折は自然治癒でどうにかなるが、内臓はそうはいかない。神官たちの奇跡を起こす力に頼るしかないのである。少女が死んでしまう前に修復が終わらなければ、そこで彼女の命は尽きる。

 男の耳に調査の情報が入ってきたのは、二人が街に戻ってきてから二日後の話だ。この異常事態に際して他国にも援助を求めたらしく、腕に自身のある探検家が次々に街に入ってきていた。

 男は以前の宿で一人過ごしていた。調査をしている探検家には加わろうとせず、ただ何かを作っていた。前に少女に渡したブローチとは違い、今度は札のようなものである。筆を使い、その紙を慎重に確認しながら模様を描いている。

「おーい。いるかい?」

 突然、扉が叩かれ、声がした。その声からして、宿の主人のものであろう。

 男は一旦手を止めて、扉を開ける。宿の主人の後ろに、神官のような身なりをした女が立っているのが見えた。もしや、と思い、男は顔を暗くする。少女が助からなかったのではないかと思ったのだ。

 しかし、神官のような女は悲しそうな顔ではなく、憎しみに塗れた顔をしていたことで、男はそうではないと知る。男は軽く身構えておく。神官とはいえ、何をするかわかったものではない。

「あんたに会いたいって人を連れてきたぜ。おいおい、喧嘩は余所(よそ)でやってくれよ。店を壊されたら堪ったもんじゃねぇ」

「大丈夫です。神の(しもべ)となった以上、武器を持つことはできませんから。殺したいのは山々ですが、それは教えに反することになりますので」

 物騒な発言をしつつ、神官の女は宿の主人の懸念を払拭した。

 宿の主人は「頼むぜ、ほんとに」と言い残し、その場を去っていく。それを見送ってから、男は部屋に女を招き入れた。

「いいんですか? そんなに不用心で」

「いいんだよ。お前を抑えるぐらいなら一秒で事足りるからな」

 それは決して彼女を低く見ているわけではない。その程度のことをできるから妙な真似はするなよ、と暗に警告しているのだ。

 神官の女はそれを正しく理解したのだろう。悔しそうに顔を歪めた。

 男は彼女を観察する。藍の短髪、それなりにあるであろう胸部、それ以外は神官用の衣装である白地に緑の模様が入ったローブでわからない。背丈は男より少し低い程度で、頭半個分ほどの差しかない。目は少し尖っているように見えるが、普段はどうなのかはわからない。案外、実は垂れ目なのかもしれないと思いつつ、男は問うた。

「何の用だ?」

 そう問われ、神官の女はベッドへ腰かける。その所作からして、それなりの期間修道院で学んでいたのだろうと見受けられた。

 一つ呼吸を置いて、彼女は言う。

「私はシントープ・サリ。見ての通り神官です。あるパーティに入っていたんですが、先の変異体の出現に関する調査に赴き、私以外が全滅しました」

「それで? その生き残りが何だ? 俺に苦言を呈しに来たとでも?」

「いいえ。違います。恥を忍んで頼みに来たのです。どうか私とパーティを組んで仇討ちをさせて下さい。ムラク・ハススタ、いえ、ムラク・テビル」

 サリの言葉に、男は思わず立ち上がる。その顔には動揺と怒りが浮かんでいた。強く握り拳を作り、殴りかかるのを抑えているように見える。

 自分でも突然の事態に焦ってしまっていると感じたのだろう、男は深呼吸をし、椅子に座り直した。

「なぜ、俺の名を知ってる?」

「あなたがテビルの姓を隠していたのはわかります。誰にも言う気はありません。ただ私はあの村にいたことがある。それだけをお伝えしておきます」

 その答えを受けて、男――ムラクから凄まじい殺気が放たれた。そのあまりの恐怖にサリは身を縮め、手を組んで神に祈り始める。その顔は青ざめ、口が回っていないことにすら気がついていない様子だ。呼吸すらも疎かになってしまっている。それほどまでに、ムラクが発した殺気は大きかった。

 ムラクが降り上げた刀が振り下ろされる。その刀はサリの頭を斬り裂き、その髪を舞わせた。

 次の瞬間、糸が切れたように殺気が消える。そこで漸く、サリは呼吸の仕方を思い出した。だんだんと顔に色が戻ってくる。

 サリはベッドに落ちた藍色の髪を見て、ムラクの刀が自分の頭を掠めたことを知る。

 そして呼吸を整えつつ、問うた。

「何故殺さなかったのですか?」

 その問いに、ムラクは答えない。何事もなかったかのように鞘に収めた刀を壁に立てかけるだけだ。

 サリは続けて問う。彼の行動が全く理解できなかったからだ。

「妹さんが死んだことはパリ―ヴァンから聞きました。それが影響しているのですか? 以前のあなたとの差は、そこから来ているんですよね?」

「……少し黙れ」

 冷たい声だった。感情の籠っていない背筋の凍るような声音で、ムラクはそう言った。それはサリの質問に対しての明らかな拒絶の意思だ。

 サリは怯える。今度こそ殺されるのではないかと。扉を見やり、すぐにでも動ける状態にしておく。その上で、彼が本気で自分を殺そうとしたのならば自分が逃れられるはずもないことを理解している。生唾を飲み込み、サリはムラクの動きをじっと見つめていた。

 彼は一つ息を吐くと、机に向かった。そしてサリの方を見ずに言う。

「帰ってくれ。一度だけなら手伝いはする。明日の朝までに人と荷物を揃えておけば、行ってやるさ」

 その言葉にサリがどれだけ安堵したことか。サリもムラクの実力は知っている。憎んでこそいるが、その実力は正当に評価しているのである。だからこそここへ来たのだし、そうでなければ身の危険を冒してまで来た意味がない。

 サリは去り際に小さく礼を述べ、他の仲間を探しに奔走し始めた。

 



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