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贖罪塔にて  作者: 衣花みきや
一章 変異体事件編
1/13

プロローグ:赤い髪の少女

はじめまして。衣花実樹夜と申します


※注意

作者の好み上、ハーレム展開は一切ありません。そちらをお望みの方は別の方の作品を読むことを強くおすすめします

 平屋建や長屋など、背の低い建物が並ぶ城下町でただ一つ、異彩を放つ建物がある。

 大きな塔。天を()るかの如く聳え立つそれはその街の、ひいてはその国の象徴であり、国章にすらも描かれているほどだ。その純白の塔の内部は未だ不明瞭だが、それを調べようとするもの達が集まって村を作り、研究者や探検家などがやってきて栄えてきたこの国にとって、それが何であるかなど問題ではない。塔がそこにあり続けさえすれば、この国は栄えていけるのだから。

 そんな塔の中に、一人深紅の髪を持つ少女の姿があった。その体躯は華奢であり、枕を抱く白い腕はすぐに折れてしまいそうなほどにか細い。蹲るように折り曲げた脚には不可思議な紋様が浮かび上がっており、その藍の色も相まってその美しさを強調する。

 ふと、眠っていたはずの少女が目を開けた。その様子はさしずめ罠にかかった獲物に気付いた蜘蛛のようであり、先程までまどろんでいたのが嘘のようにその表情は凛としている。

 体を起こし、自分の背丈よりもはるかに大きい寝具から下りる。ゆっくりと歩いて行く先にはバルコニーがあり、そこから城下町を見下ろせるようになっている。無論、少女がいる高さからでは街があることぐらいしか視認はできないが。

 それでも、街が以前より相当大きくなったことぐらいはわかったのだろう。

 少女が年相応の嬉しそうな顔を見せたことを、街に住む人々は知らない。

 彼女がそこから身を投げたことなど、知る由もないのである。



 日は移ろい、雪の舞う肌寒い季節のこと。

 研究者たちは一つの進歩に喜びを露わにしていた。

 塔を形作る壁や床の成分が判明したのだ。大昔に存在し、いまは幻の存在となっていた小白石(しょうはくせき)。純白の塔はその小さな石の塊であることを解き明かしたのである。

 しかしそれは新たな疑問を呼ぶ。一体どうやってその量の小白石を集めたのか、だとか、一体どれだけの時間を掛けてこの塔を作り上げたのか、だとか。

 疑問の尽きない純白の塔の存在に、研究者の意欲は高まるばかり。今日(こんにち)の発見に(たかぶ)って研究室に引き籠る者もいるほどだ。

 そんな中、街は大いに盛り上がっていた。ある大規模な研究所が大宴会を開いたのだ。

 城下町がそんなことになっていると知っていたら、気さくな城の人間たちも住民たちと共に酒を浴び、歌い踊っていただろう。しかし伝わっていないものは仕方がない。街の民だけで楽しむだけである。

 その余波は普段はがらんとしている酒場にまで伝わり、いつにない賑わいにてんやわんやの状態である。

 なればこそ、そこに混じる赤髪の少女には気付かない。いや、多くの種族が入り乱れるこの街にとってすれば、優秀な人材ならばどんな容姿であろうとも受け入れているのだから、幼く見えたとて問題にならないのだろう。

 しかし、あまりもきょろきょろと周りを見回すその仕草にさしもの大人たちも心配になったのだろう。一人の男が少女に声を掛けた。

「こんなとこに何の用だ? 見たところ若いようだし、何かの情報収集か?」

 そういう男も壮年と呼ぶには些か物足りない風貌をしている。周りの男たちは三十後半か、はたまたそれ以上かしかいないようにも見える。獣人や鳥人には見た目の幼い者もいるが、純粋な年齢だけでいうのならば男と少女は周りに比べてひどく若いと言って差し支えないだろう。

 声を掛けてきた男の方を向いた少女の瞳は彼女の髪と似た色をしていた。少しばかり瞳の色の方が暗い色だろうか。その眼は見定めるように男をまじまじと見つめる。

 その視線に慣れているのか、男はただ黙ってその瞳を見返す。

 やがて少女は疲れたのか頭を正面に向け、一言。

「まあ、及第点ってところね」

 それだけ言い、白いローブを羽織った少女はカウンターへと向かっていく。

 自分より一回りも二回りも背丈の違う少女に言われた言葉が少し気になり、加えて少し苛立ってもいた男はその後ろをついていく。

 少女は二つ席が空いているカウンター席を選んで座った。

 男が促されるがままに座るのを嫌い、一向に席に着こうとしないのを見て、少女は男を刺すような眼で睨む。その眼光に男は思わずたじろいだ。真っ直ぐで淀みのないその瞳からは苛立ちや怒りが感じられる。

 その刹那の間に男の心の中から苛立ちの感情は吹き飛んでいた。あるのは目の前の少女に対する畏怖と関心だけだ。

 (ようや)く席についた男を確認して、少女は話し始める。

「私はネルメイ。あの『贖罪(しょくざい)塔』の持ち主で、あそこに住んでるの」

 少女の物言いを信用していないのだろう。男は何事もなかったかのように自己紹介をする。

「俺はムルク。ムルク・ハススタだ。しがない修道士をやっている。住んでいるのはこの近くの宿だ」

 男が少女の物言いを信用していないように、少女もまた男の物言いを信じようとしなかった。

 一方は証拠がない故。もう一方はその身なりを見て。

 幼き容姿をした自称『塔の持ち主』と、悪魔の衣を纏い帯剣した自称『修道士』。

 少女が差し出した手を、男は優しく握った。

 両者の言葉に偽りがあることに、二人はまだ、気付いていない。

不定期更新になると思います

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