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葵先輩の神隠し  作者: 黒崎りく
4/5

4 犯人は誰


 文芸部の部室に戻っても、葵先輩の姿は無かった。

 やはり、さっきのは生霊(?)だったのだろうか。


 一人きりの部室で、私は大きく溜息をつく。

 木野先輩は、「柔道部行ってくる」と私を残して行ってしまった。仕方ない。叶先輩への突撃も失敗したし、瀬尾先生からも釘を刺された。それ以上の手立ては思いつかず、木野先輩を引き留めることはできなかった。

 木野先輩の薄情者。葵先輩より部活を取るなんて最低だ。

 遣る瀬無い思いを木野先輩にぶつけながら、私は葵先輩が残したメッセージの紙を取り出す。


『私を探して』


 文字の一つ一つを、ホワイトボードの文字と照らし合わせる。ほぼ同じ文字だ。『て』の上の横棒がちょっと右上がりで、下の曲線の書き方もそっくり。

 やっぱりこれは、葵先輩が書いた文字なのだ。


「葵先輩、どう探せばいいんですか……?」


 私はただの高校生だ。推理小説を読むのは好きだが、謎解きができるわけじゃない。

 葵先輩のように頭もよくないし、木野先輩のように腕っぷしが強いわけでもない。

 ……何もできない。へこむ。

 ホワイトボードの七不思議の後半には、『七不思議を全部知ると、神隠しにあう』と書かれている。

 まさか神隠しに……ってそんなことあるわけない。どうかしているぞ自分。


 ごん、とホワイトボードに額をぶつければ、部室の扉がノックされた。

 

「あら、やっぱりいたのね、御小柴さん」

「香田先生……」


 入ってきたのは、顧問の香田先生だ。ジャージ姿なのを見ると、卓球部の途中で抜け出してきたのだろうか。


「そろそろ帰りなさい。下校時間も近いし……早く帰った方がいいわ。藤堂さんのこと、知っているでしょう?」

「……はい」


 私はのろのろと帰り支度をする。見るからに落ち込んでいる私を見かねたのか、香田先生が慰めるように肩を叩いてきた。


「御小柴さんのせいじゃないんだから。……私も顧問として、ちゃんとあなた達が帰るところを見届ければよかったわ。ごめんなさいね」

「いえ、そんな」

「それに……あの、少し言いにくいんだけど……」


 香田先生は、ジャージのポケットから何かを取り出した。手のひらに乗せられたそれを見て、私は驚いた。

 群青色の宇宙を閉じ込めたようなヘアゴム。うお座と小さな魚がきらめいていた。

 私が葵先輩にあげたものだ。


「今朝、裏門の近くの道路でこれを見つけたの。たしか、藤堂さんのものよね?」

「は、はい」

「警察に届けようと思って……もしかしたら藤堂さん、裏門を出たところで誰かに襲われたかもしれないわ」

「……」


 香田先生の言葉を聞きながら、私はふと、違和感を覚えた。

 

 うお座のヘアゴム。

 はにかむ葵先輩。

『何か着けてただろ』

『大切なものは人に見せたくない』

 昨日、私があげたばかりのプレゼント。


 私以外の誰にも見せなかった、葵先輩のヘアゴム。


「……香田先生。どうして、これが葵先輩のだって、知っているんですか?」


 疑問は、声になって口から出た。

 私の問いかけに、香田先生は一瞬言葉を失った後、ぎこちなく笑う。


「え?だって、藤堂さんが手首に着けていたじゃない。そうでしょう?」

「……」


 香田先生の答えに、私の頭から血の気は引いていく。

 木野先輩にも見せなかったものを、先生に見せるとは思えなかった。


 まさか――


 強張った私の表情に、香田先生も気づいたのだろう。先ほどまで浮かべていた笑みを消した。しんと静まり返った室内に、緊張が漂う。

 私はごくりと唾を飲み込み、口を開いた。


「……葵先輩を、どうしたんですか?」

「……」

「答えて下さい、香田先生」

「……何の意味かわからないんだけど」

 

 香田先生は素っ気なく答えて、ヘアゴムを隠すように握って身を翻す。私は咄嗟にその腕に飛びついた。


「返してください!それは葵先輩のです!」

「ちょっと……放しなさい!」

「嫌です!返してっ……葵先輩を返してください!」

「このっ!」

 

 香田先生がもう片方の腕を振り上げて私の頭を殴った。足で太腿やすねを蹴られた。

 痛くて、頭がぐらぐらして、涙が出てくる。それでも放さない私に、香田先生は「放しなさいよっ!」とヒステリックな声を上げた。さらに腕が振りかぶられたとき――


「……空ちゃんに、何をしてるの?」


 冷ややかな声が、した。

 いつもよりも低く冷たい声。でも、葵先輩の声によく似ていた。

 顔を上げて声のした方を見れば。


 部室の入口に、『葵先輩』がいた。

 細められた鋭い双眸が、香田先生を見据える。香田先生は「ひっ」と息を呑んだ。


「な、なんで、ここに……どうやって小屋から出て……」

「……」


 『葵先輩』は答えずに、赤い唇の端をゆっくりと上げる。怖いくらいに綺麗な笑みを浮かべた彼女は、ぽつりと言った。


「許さないから……香田先生」

「ひぃっ!」


 香田先生は私の腕を振りほどき、突き飛ばした。

 そして、何を思ったのか、図書室側にある木の本棚に向かった。下方の木の扉を思い切り蹴って開けると、屈んで中に入ってしまう。

 香田先生の奇妙な行動を呆気にとられて見ていた私だったが、やがて、開いたままの木の扉を見て気づいた。

 扉の向こうは、ぽかりと空いていた。奥に見えるのは、暗い室内に並ぶたくさんの本、……本棚。図書室だ。

 文芸部の部室――図書資料室と図書室が繋がっていたという事実と、香田先生に逃げられた現実に混乱する私の前に、影が差す。

 いつの間にか、私の傍らに『葵先輩』がいた。

 彼女には影があって、ちゃんと足もある。


 幽霊じゃ……ない?


「大丈夫?」

「え、あ……葵、先輩?」


 『葵先輩』は少し困ったように微笑みながら、手を差し出してきた。戸惑いながらも手を伸ばして彼女の手を掴んだとき、廊下から「きゃあっ」と声が聞こえてくる。

 香田先生の声だ。


「……ヨシ君に、待ち伏せするよう頼んでいたんだ」


 『葵先輩』はそう言うと、『葵先輩』よりも大きくて少し骨ばった手で、私の手をしっかりと握ったのだった。



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