3 葵先輩を探せ
「……おい、大丈夫か」
「き、ききき木野先輩……!こ、これって……!」
青ざめた顔でぷるぷると震えながら紙を持つ私に、木野先輩は平然と言う。
「あれだな……ダイイングメッセージ」
「違います!ていうか勝手に殺さないで下さいよ!」
「じゃあ幽霊からの――」
「だから葵先輩を勝手に殺さないで下さいってば!」
言いながらも、もしかして、という思いもあった。
私たちの目の前で消えた葵先輩。幻だったのだろうか。でも、あれは確かに葵先輩で、しかも二人同時に見るなんて。
じゃあやっぱり幽霊……って、それだと葵先輩がすでに死んでいることになる。
「あ……葵先輩は生きてます!き、きっと、私たちに早く探してほしいんですよ!」
そう思わないと、くじけそうだ。葵先輩が死んだなんて、考えたくもない。
葵先輩が書いたであろう紙を胸ポケットに入れて、ぎゅっと押さえる。
「……木野先輩、葵先輩を探しましょう」
「は?」
「私たちで葵先輩を見つけるんです」
「お前な……それは警察がやってるし、そもそもお前にできることってないだろ」
「……」
木野先輩の言う通りだが、でも、葵先輩の生霊(?)から『探して』と頼まれたのだ。何もしないでいることなんてできない。
私は必死に考えて、はっと思い至る。
「……叶先輩です!火曜日の放課後、葵先輩と最後に一緒にいたのは、叶先輩ですよ。聞いたら、何かわかるかもしれません」
そうと決まれば!私は急いで、南棟にある生徒会室に向かう。その後ろから、木野先輩がやれやれといった表情で追いかけてきた。
生徒会室には、来週の卒業式を前にして、生徒会のメンバーが忙しく準備をしていた。
三年生はすでに自由登校なのだが、元・生徒会長で答辞を務める叶先輩も来ていた。入口で私が声を掛けると、「ああ、文芸部の」と思い当たったようだ。廊下に出てくる。
「そういえば、藤堂さんのこと知らないかな?昨日から休みだって聞いているんだけど」
「……」
こちらが聞こうとしていたことを、逆に聞かれてしまった。しょっぱなから出鼻をくじかれる。
なんでも、葵先輩は卒業式の司会をする予定だったが、急に休みとなったので他のメンバーが代役することになったらしい。
「責任感の強い藤堂さんが、誰にも連絡しないで休むなんて珍しくて……何か聞いていないかな?」
「その事なんですけれど……叶先輩、火曜日のこと、少し聞きたくて……」
恐る恐る尋ねると、叶先輩は目を瞠った後、眉間に皺を寄せる。
「……君たちには関係ないだろう」
「か、関係ないですけどあるんです!火曜日の放課後、葵先輩と最後に一緒にいたのが、叶先輩だから……」
「だからどうしたっていうんだ?君たちが帰った後に少し話をしただけで……」
「なになに、どうしたの?」
怪訝そうな叶先輩の後ろから、ひょこりと女子が顔を出す。
この人も元・生徒会で副会長だった……椎名先輩だ。椎名先輩は叶先輩と私たちを見比べて、首を傾げる。
「トラブル?藤堂さんのこと?」
「いや、別に……」
どこか気まずそうに目を逸らす叶先輩。すると、椎名先輩はにやりとした笑いを見せた。
「叶、あんた、もしかしてふられたの?」
「なっ……」
「へ?」
突然の椎名先輩の発言に、叶先輩は顔を真っ赤にし、私はぽかんとする。椎名先輩はあっけらかんと答えた。
「卒業する前に思いだけでも伝えておきたいとか何とか、相談してきたじゃん。そっかー、玉砕したのかー、ドンマイ!」
「お前な……!」
なぜか嬉しそうな椎名先輩の励ましに、叶先輩はわなわなと震えている。
やがて、叶先輩は怒った顔で私と木野先輩を見てきた。据わった目が怖い。
「……それで、何が聞きたいんだ?」
「あ……その、葵先輩と話した後、どうしましたか……?」
「っ……一人で帰ったよ!悪いかな!?」
「い、いいえっ、全然悪くありません!」
どうやら、叶先輩の傷口を抉ってしまったようだ。私は「すみませんでした!」と急ぎ退散する羽目になった。
「……どうやら、叶先輩は何も知らないみたいだな」
「そうですね……」
とぼとぼと文芸部の部室まで引き返す私の頭を、「ドンマイ」と木野先輩が叩く。他人事のように言わないでほしい。
私が抗議しようとする前に「君たち!」と後ろから厳しい声を掛けられる。
声の主は瀬尾先生だった。若いイケメンで女子生徒から人気があり、生徒会の顧問もしている先生だ。
「さっき、藤堂さんの話をしていただろう?」
「はい」
「……一応、校長先生から話は聞いているよ。藤堂さんのことが心配なのはよくわかる。だけど、他の生徒たちに話を吹聴するのはあまり良くないと思うんだ」
瀬尾先生は木野先輩を咎めるように見る。
「来週は卒業式もある。変に騒ぎ立てて、何の関係もない卒業生を困らせるのもどうかと思うよ。それに、藤堂さんも大きな騒ぎになったら、帰りにくいだろう?」
瀬尾先生の言うことも一理あるが、私は少しむっとした。葵先輩のことよりも、学校行事の方が大事なのか。
だが、木野先輩は「そうですね、すみません」と私の頭を押さえて、一緒に頭を下げさせた。
「……まあ、わかったのならいいんだ。藤堂さんのことは、先生たちや警察に任せておきなさい」
そう言って去ろうとする瀬尾先生に、ふと、木野先輩が「あ」と声を上げた。
木野先輩は窓の方を見ている。中庭を通り越して、北棟……三階の端っこ。文芸部の部室があるところだ。
木野先輩の視線を追った私は、目を見開いた。
文芸部の部室に、一人の女生徒がいる。
セーラー服に、長い黒髪の少女。
葵先輩だ。
遠目でもはっきりとわかる、その美しい顔。黒い目を細めて、桜色の唇を妖艶に歪ませた彼女は、どこか人間離れしていて。
綺麗なのに、恐ろしく見えた。
やがて、葵先輩らしき女生徒は、身を翻して姿を消した。私は思わず木野先輩の学ランの袖を掴む。
「今のって……まさか……」
「生霊、ってか」
頭を掻く木野先輩は、同じように窓の外を呆然と見ていた瀬尾先生に声を掛ける。
「瀬尾先生。今の、見えましたか?」
「……何が?」
瀬尾先生の頬は少し強張っているように見えた。先生は木野先輩の問いかけに答えることなく足早に去っていった。