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葵先輩の神隠し  作者: 黒崎りく
1/5

1 葵先輩


 あおい先輩が、いなくなった。




 葵先輩に最後に会ったのは、火曜日の放課後。

 県立高校の文芸部に所属する私は、いつものように北校舎三階の端、図書室の隣にある部室(という名の図書資料室)にいた。


 文芸部は、部員五人の小さな部だ。葵先輩が立ち上げた部活らしい。

 二人は運動部と掛け持ち、一人は実質帰宅部状態になっている。顧問も一応いるけれど、卓球部と掛け持ちでこちらに顔を出すことはあまり無い。

 なので、基本的に文芸部の部室にいるのは二人。私と葵先輩だ。

 寂しくはない。だって、葵先輩がいるから。

 私はいつも図書室から借りてきた本を読みながら、先輩の姿をこっそり見ることを楽しみにしている。


 葵先輩――二年生の藤堂とうどうあおい先輩は、とても綺麗な人だ。

 さらさらロングの黒髪に、そばかす一つない白い肌。小顔でモデルみたいにスラっとしていて、ぱっちりとした黒目がちな猫目に長い睫毛、小さな唇は桜色。私が着ると野暮ったく見える紺色のセーラー服も、先輩にはよく似合う。

 名は体を表すと言うが、まさに和風の正統派美少女である。

 窓の夕陽を背景にし、俯きがちに本を読みながら、たまに黒髪を耳にかける仕草は、まるでドラマの一場面のよう。女子の私でも、うっとりしてしまう。

 くせっ毛のショートボブ、中学時代の陸上&登下校の自転車通いで焼けた肌。身長低いわりにがっちりした骨格が悩みな私にとって、葵先輩は憧れであり、理想の女子なのだ。

 

 その日もこそこそと葵先輩を見ていれば、視線に気づいた先輩は顔を上げた。


「どうしたの、空ちゃん」

「えっ!?ええと、そのっ……あ!先輩、生徒会の方には行かなくても大丈夫なんですか?」


 葵先輩は、生徒会にも所属している。見た目が美しいだけでなく頭もよく、温厚な性格の先輩は先生からの信頼も厚く、生徒からの人気も高い。


「大丈夫よ。卒業式の準備も、生徒会の仕事の引継ぎもほとんど終わっているし。……それに私、ここにいるのが好きなの」


 葵先輩が「私がここにいたら、ダメ?」なんて上目遣いで聞いてくるものだから、私はぶんぶんと首を横に振った。


「いえっ、そんなっ、滅相もないです!先輩がいてくれたら嬉しいです!」

「そう、よかった」


 私の答えに、葵先輩はにっこりとほほ笑んだ。

そのとき、部室の扉がノックされる。扉を開けて顔を出したのは若い女性――顧問の香田こうだ先生だ。珍しい。


「あなた達まだいたの?もう下校時間よ」


 時計を見れば、午後五時五十分。最終下校時間まであと十分だ。わかりましたと答えれば、香田先生は「気を付けて帰ってね」と扉を閉めた。

 私と葵先輩は帰り支度をする。といっても、本を読んでいただけなので、おのおのコートを着たり、本を鞄に入れたりするだけだ。

 鞄のチャックを開けたとき、ふと、水色の紙袋が目に入った。


 いつ渡そうかな……渡して大丈夫かな。


 月曜日から入れっぱなしのそれを見下ろして溜息をつけば、後ろから葵先輩が「どうしたの?」と声をかけてきた。「ひぇいっ」と妙な声を上げて驚いた私を、葵先輩は不思議そうに見てくる。

 私は目線を泳がせ、視界に入った、窓側に寄せてあるホワイトボードを指さして尋ねた。


「そっ、その……そういえば、来年度の文芸誌のテーマって、やっぱりアレでいくんですか?」

「ええ。面白そうでしょう?」


 ホワイトボードには、文芸部の活動の一つである、年一回の文芸誌(文化祭で毎年販売するのだ)の発行についての会議の記録が残っていた。葵先輩の綺麗な字で書かれている。

 来年度の予定として書かれたそれには、テーマのところに「七不思議」とあった。葵先輩が提案したものだ。

 高校の七不思議をテーマにしてそれぞれ作品を書き、一冊の文芸誌にまとめる。純文学よりはホラー風味、しかも自分の高校の七不思議となれば、生徒の食いつきもいいのでは、という理由だ。実際は、葵先輩がホラー好きだから、らしいが。

 まあ、ちゃんと決まるのは四月、新入部員が入ってからになるだろう。

 私は怖い話が得意ではないので、できれば別のテーマがいいが、葵先輩が楽しそうにしている様子を見ると、「まあいっか」となる。


「七不思議……あんまり聞いたことがないです」

「そうね、私も五つくらいしか知らないの。例えば……この部室で、誰もいないはずなのに物音や呻き声が聞こえたり、とか」

「え」

「鍵がかかっていて、おかしいと思って見回りの先生が開けたら、中には誰もいなかったって……」

「えええっ!?」


 私は慌てて室内を見回した。

 まさか文芸部が七不思議の現場だったなんて!だから部員が少ないのか!?部員が入ってこないのは七不思議のせいなのか!?

 鞄を盾にして警戒する私に、「噂よ、噂」と葵先輩が小さく吹き出す。

 うう、恥ずかしい。顔を赤くしながら、私が鞄を持ち直せば、チャックが開いたままの鞄から、ぽろっと水色の紙袋が落ちる。


「あっ」

「あら……」


 私より先に屈んだ葵先輩が、紙袋を拾った。紺色のリボンに金色のシール。シールには「先輩へ」と書かれている。


「……誰かへのプレゼント?」


 目を眇めた葵先輩が少し冷たい声で尋ねてくる。私は赤い顔をさらに赤くした。


「そ……その、葵先輩に、です……」

「……」

「も、もうすぐ誕生日だって聞いて……日曜日に買い物行ったときに雑貨屋さんで、先輩に似合いそうだと思って……す、すみません」


 謝る私に、猫のような目を瞠っていた葵先輩が「どうして謝るの」と首をかしげる。


「開けてもいい?」

「え?は、はい」


 私が頷くと、葵先輩はさっそく袋を開けて中身を出した。

 ハンドメイド雑貨のお店で買ったヘアゴム。三センチほどの円の中に、群青色の夜空と星を閉じ込めたようなデザインだ。

 葵先輩はヘアゴムを手のひらに乗せて、角度を変えながらしばらく見つめる。やがて、頬を染めてはにかんだ。


「うお座ね、これ。私の誕生星座。魚も泳いでいて……。ありがとう、すごく嬉しい」

「っ……ど、どういたしまして……!」


 間近で見た葵先輩の笑顔にドギマギしていれば。

 ガラッ、スパーン!と、扉が勢いよく開いた。「ひょあっ」と思わず飛び上がってしまう。


「……なんだ、コシバ。変な声出して」


 入口に立っているのは、大きな男子だ。背が高くて体の厚みもある。黒い短髪に切れ長の一重の目、いかつい顔。

 無表情の彼に見下ろされると迫力があって怖いが、この一年間でだいぶ慣れた。


「コシバじゃありません。御小柴みこしばです」

「わかったわかった、マメシバ・ソラ子」

御小柴みこしばそらです!」


 私の抗議を軽く流して変な呼び方をするのは、二年の木野きの先輩だ。柔道部と文芸部を掛け持ちしている。

 木野先輩は長い腕を伸ばして、私の頭をわしゃわしゃとかき回した。本当に犬扱いだ。うう~っと嫌がる私を見かねたのか、葵先輩がすかさず木野先輩の手を払った。


「ヨシ君、ダメでしょ」

「ああ。悪かったな、アオ」


 ヨシ君――こと木野きの吉春よしはる先輩は、葵先輩の幼なじみで、愛称で呼び合う仲なのだ。


 う、羨ましい……いや、私だって名前で呼んでもらっているのだから……。


 考え込んでいる私の横では、葵先輩と木野先輩が仲良くしゃべっている。「ん?アオ、今何隠した?」「何でもない」「いや、手首に何か着けてただろ」「ヨシ君。私が大切なものは人に見せたくないこと、知ってるよね?」「へいへい」とか何とか。

 やがて、木野先輩が「そろそろ帰るぞ」と話を変えた。


「そうね。空ちゃん、帰りましょう」

「はいっ」


 三人で部室を出ようとすれば、ちょうど廊下で男子と鉢合わせる。今日は随分と部室に人が来る日だ。


かのう先輩」


 葵先輩が目を瞬かせる。廊下にいたのは、三年の叶先輩……元・生徒会長だった。

 彼は私達を見て、少し困ったような顔をした。


「藤堂さん。少し話があるんだけど、いいかな?」

「……」


 葵先輩と叶先輩は、同じ生徒会にいた。生徒会の仕事の関係で何か話があるのだろうか……と思った瞬間、木野先輩に襟首を掴まれた。


「わっ、ちょっ、木野先輩!」

「じゃ、先に帰っとくわ」


 木野先輩に引きずられる私。襟首を掴まれて振り向くこともできなかったので、見送る葵先輩の顔を見ることは叶わなかった。

 その後、校門の所で木野先輩に「暗いから先に帰れ」と言われて、自転車通学の私は帰路に付くことになった。田舎の道は街灯も少なく、確かに暗いのだ。それに、最近は変質者も出ると近所で噂になっている。学校の方も、生徒の早い帰宅を促していた。

 だが、このとき木野先輩と一緒に、葵先輩を待っておけばよかったと、後悔している。

 



 その日、葵先輩は木野先輩の前に姿を現すことはなく、夜になっても家に帰らなかった。






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