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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二部・第十七章
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旗を分かつ者1

 灰色の煙が三本、緩やかに立ち昇ってゆく。

 左右の煙は間隔を置かず、真っすぐ上昇している。


 中央だけが、信号を送るような独特の間を置く。

 狼煙である。大陸全土に共通する意味を持つ。

 軍略書を通読した者であれば、降伏を表わす作法だと察しがつくだろう。


「勝利だ。

 グライアス塁は陥落した。

 我が軍勝利」


 西の剣士が一斉に躍り上がり、東では


「まさか。

 なぜだ、なぜ敗北を」


 異口同音に疑問を口にした。

 が、事実は容赦が無い。


 負けた。グライアス軍の決死隊は、みな脱力し、目前の敵もそっちのけで、ゆらゆらと初冬の空にたゆたう灰色の煙に見入っていた。

 ツァリース大剣将が、孫のような若い敵を隙に乗じて叩き伏せると


「グライアス剣士諸君。

 見ての通り、貴軍は我が軍に降伏を申し入れた。

 これ以上の戦いは無意味である。

 剣を捨て、我が軍門に下れ」


 老人とも思えない大声をあげた。

 その矍鑠かくしゃくとした姿に畏怖したわけでもなかろうが、意外にもグライアス人達は素直に応じた。


 ほとんどの者は抵抗を止め、剣を投げ出したのである。

 中には悲憤して降伏を拒否し、討ち死にを遂げる者も三名ばかり居たが、他はツィンレー剣将が姿をくらましたせいもあるのか、闘志を萎えさせていたと見えて、あまり反抗的な態度はとらなかった。


 何よりも、自軍の降伏を目の当たりにした衝撃が大き過ぎて、虚脱してしまったのだろう。

 ダオカルヤンが、明るい表情でジークシルトに近寄った。


「殿下。

 我が軍が内部制圧に成功したようでございますな」


 総司令官は、だがこたえない。

 馬上から、厳しい視線を東の塁に向けたままでいる。

 腹心は、訝し気に若主君の美貌を見やった。


「御懸念がおわしますか」

「速過ぎる」


 ジークシルトは鋭い口調で疑問を述べた。


「追撃は始まったばかりだ。

 東の塁門周辺は、敵味方が入り乱れてごった返している最中さなかであろう。


 先方も必死だ。

 きゃつらは塁に立てこもって一夜をやり過ごし、明日以降に望みをかける算段だったはずだからな。


 我が方の侵入をたやすく許すわけはない。抵抗は激しいに決まっている。

 一体、どういうわけだ」


「では、もしや罠……」


 ダオカルヤンは青ざめて、声を落した。

 ただ、罠だとして、どのような意味があるか。


 ジークシルトは暫くの思案を経て、苦笑を漏らした。

 軽く首を振り


「ここであれこれ憶測していても始まらんな。

 おれらしくもない。


 実際に塁を検分するが最も良かろうよ。

 ダオカルヤン、ついて来い」


 言うや、彼は馬に気合を入れた。

 若主従の道中を邪魔する者は、今更いない。すばやく左右に散って道を開いたものである。


「ジェイル・タスライツ」

「ジェイル・ジークシルト」

「ジェイル・エルンチェア」


 王太子の登場で、熱狂的な歓声が、勝ち鬨に合わさり場の空気を震わせた。

 大地すらも揺らぐかと思われる響きは、グライアス軍の消沈した意気を、いよいよ落しこむ効果があったと見える。


 塁門付近でも、戦闘らしい戦闘は既に行われていなかった。

 東の将兵は身分の上下に関わりなく、悲痛な面持ちでぼう然と佇んでいた。


「おお。国旗が……国旗が」


 悲しげな声が、ジークシルトの注意を引いた。

 彼は馬を止めると、声の主ぬしでなく塁門の正面を見上げた。


 王太子の目前で、グライアス塁の物見台にはためく国旗がするすると降ろされて行く。

 程なく、異なる意匠の旗がゆっくり掲揚され始めた。



 黒と黄色。

 漆黒の布地に鮮やかな黄色の刺繍糸で、伝説に語られる三首のテューロシフォンの図案を縫い取った、猛々しい意匠の旗が現れた。


 通称を神犬旗しんけんきという、それはエルンチェア王国の国旗である。

 そして少々の間を置いて、別の図案を持つ旗も掲げられた。


 白と緑を基調としたその旗が、エルンチェア国旗の下で翩翻へんぽんとはためき始めた時。

 グライアス軍から悲鳴のような声があがった。


 人語の体を成していない。全く意味不明な叫びである。

 ただ、怒りが込められているとだけは、はっきり判る。


「ブレステリス」


 若主君の隣に馬首を並べたダオカルヤンが叫んだ。


「あの白い旗は、ブレステリスか」


 そうとしか考えられない。白と緑を旗に使う国は、大陸全土でもかの国以外に無い。

 ジークシルトも意表をつかれたと見える。

 予想外の光景を視野に収めて、彼は目を瞠っていた。


「どういう風の吹き回しだ」

「御意」


 ダオカルヤンも苦笑いして頷いた。

 グライアス軍にすれば、とても笑って済ませられる事態ではない。


 攻守同盟を締結した味方であるべきブレステリスの軍が、こともあろうに土壇場で裏切り、エルンチェアに加勢したというのだ。


 信じていた塁の守り手をたばかって、一息に内部制圧したのであろうか。

 どのような経緯があるにせよ、今はブレステリス軍によってグライアス塁が制圧され、敗北の憂き目を見たという事実こそが重要であろう。


「おのれ、ブレステリスッ」


 東の将校が、悪夢から醒めたように表情を取り戻した。

 ぎりぎりと音がたつ程、眉間にしわを寄せ、彼は剣を握り直した。


「許せぬ。

 者ども、塁を襲え。

 ブレステリスを叩け」


 躍起になって、彼は周囲の兵士らを煽りたてた。

 が、努力は扇動の効果を発揮しないうちに粉砕されてしまった。


 人々の注目を集める太鼓の音がとどろき、まもなく人影が物見台の天辺に現れたのだ。

 旗の色と同じ、白に緑をあしらった軍服姿の男性である。


 武官にしては学者めいた知的な顔立ちのその青年将校は、ジークシルトに深く一礼すると、懐からおもむろに短剣を取りだして、後ろに従う近習へ合図した。


 近習らしい二人の少年が進み出、グライアス国旗を左右へ広げた。

 それを、青年将校は短剣で中央から真っ二つに切り裂いて見せた。


 縦に裂かれた国旗は、ゆらゆらと力なく揺らめきつつ垂れ下がった。

 作法である。


 塁が占領され、司令官が降伏勧告を受け容れたことを示す。

 抵抗するなという、占領軍からの意思通達でもある。

 爆発的などよめきが沸き起こった。



 勝利の歓喜と敗北の痛憤と。

 対照的な二種類の響きをもつ戦士達の声だった。


 再び、激しく太鼓が連打された。

 それを合図に、ぴたりと声がやんだ。青年将校が演説を始めようとしているのが誰の目にも明らかだった。

 静まった周囲を見渡しつつ


「全てのグライアス軍将兵に告ぐ。

 それがしはブレステリス王国軍将校・ゼーヴィス・グランレオン・ロギーマである」


 名乗りが上がった。

 ジークシルト、ダオカルヤンの両人が、同時に


「ほう」


 驚いた。

 暗殺未遂事件の事後処理として、当宮廷に姿を現した、あの若手軍人ではないか。


「貴軍防兵塁は、司令部の同意を得て、我が軍が制圧した。

 現在、防兵塁内の全施設は、我が軍の管理下にある。


 将兵諸君は、可及的速やかに武具を捨て、恭順されよ。

 繰り返す。


 グライアス軍全将兵は、只今をもって武装解除、平和的に塁内へ撤収されよ」


 ゼーヴィスは大声を張り上げた。

 宣言を受けて、ジークシルトも采配を振り上げた。


「エルンチェア全将兵、グライアス軍を包囲せよ」


 下知が飛ぶや、エルンチェア軍は息を吹き返した。

 どっと兵士らが前方へ押し出して、塁門周辺にあふれ返っている敵将兵らを取り囲みにかかって行く。

 もっとも、西の兵の勢いに釣り合うような気力は、東の兵には残っていなかった。


 上級の指揮官らは、まだ虚脱から抜けておらぬ者が大半であったし、上がそうなら下も彼らに倣って、奮闘する気概を見せる者はまず居ない。


 拍子抜けするほどに、グライアス軍の武装解除は粛々と行われた。

 みな、手にしていた武器を放り捨て、隊列を整えて塁門をくぐる時を待っている。

 先刻まで自分の版図だと信じて疑わなかった東塁内に、捕虜として入る為に。


 ややあって、塁門からゼ―ヴィスが出て来た。

 彼は近習を二人従え、徒歩で真っすぐ向かって来る。

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