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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十五章
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南風、北へ4

 むろん、これはラインテリア側から見ればの話であって、先方、すなわちダリアスライス側にはそれなりの事情がある。


 彼らは彼らで、外交儀礼をほぼ省略する形で、急激に縁談を申し越して来た製紙工業の権威に、戸惑わされていた。


「今まで、これといった付き合いは無いに等しかったものが、いきなり何事だ」


 当初、老チュリウスはやや不快だった。

 しかし、状況の全貌が見えてくるにつれて、そういう事かと膝を打ったものである。


 反逆罪が明らかとなった政敵兄弟は、処刑前に諸々の舞台裏を自白した、と言うかさせられた。

 その言によれば


「ヴェールト王国は、エルンチェア王国と絶交し、新たにグライアス王国と結ぶ」


 算段だったというのである。

 その情報が、いかなる経路を辿ったかはさておいて、とにかくもラインテリア側にもたらされたと見える。


 森林資源を持て余している立場としては、北方の巨大消費圏へ食い込む絶好機に思えたであろう。

 何としてもエルンチェアから通商条約を取り付けたい。であれば、南方圏の経済を支配する当ダリアスライスの意向を軽んじるのは宜しくない。


 彼らはそう考えて、もっとも定石である当国王家との婚姻を求めたのだ。

 チュリウスはそのように理解して、ランスフリートに妻を娶らせる旨、了解したのだった。

 幸いにも、孫は身分が低い危険な女と手を切った。気が変わらぬうちにという内々の計算もある。


「しかしまあ、多少の褒美はあっても良かろう。

 娘は確か、王都近郊の田舎町に生まれたのだったな」


「はい、閣下」


 古くから当家に仕える家令を呼んで確認させたところ、約二十馬歩(約二十キロ)ばかり離れた地方の小都市イルビウク出身だと判明した。

 勤め人は


「当家の一族が、かつて隠棲した街でございます」

「かつてと言う事は、今はおらんのか」


「ご当主が逝去なさり、ご遺族の皆様は王都タステリクに戻られました。

 従って、現在は管理の者を住み込みで数人置いているだけでございます」


「なら丁度よい。

 娘を引き取らせて静養させるよう、手配せよ」


 なかなか気前が良い。

 別れを承知した事に対する、ティエトマール家総帥なりの心遣いというものだろう。



 ランスフリートには縁談がある件を語り、あっさりと了承されて、老総帥はますます上機嫌だった。

 更には、実母が正式に王后きさきへ昇格する、ついては実子である彼にも親王宣下の令旨があろうとも述べた。


 王子が太子に立つ時、先立っては親王号を身に帯びなければならない。

 その上で、立太子礼を挙式して、正式な王太子となる手順である。

 チュリウスの考えでは、宣下は年内に。立太子礼は暦が改まってまもなくという流れになる。


「ついては、周辺諸国に通知せねばならん。

 わけてもエテュイエンヌは、王家より姫を輿入れさせる大事な国だ。


 おまえは挨拶も兼ねて、先方を訪問するがいい。

 ロベルティート殿下がいかなる人物か、検分するように」


「フェレーラを嫁がせる方針は変わらないのですね」


「南西三国を抑えておかねばならんのだ。

 ラインテリアが縁組を通じて我が方につく。


 彼らは、森林資源においてヴェールトと競合する国だ。

 我らとしても、バースエルムどもと手を組んで我が王家反逆に肩入れしおった無分別、捨て置くわけにはいかん。

 後は、判るな」


「はい。

 つまりは、ヴェールトを締め付ける為に、ラインテリアと南西三国を当方へ引き込むのですね。


 南西三国は嵐が多い、被災の後には都市の再建が必須となる土地柄と聞いております。

 建築用の木材、これをヴェールトからは買い控えさせ、代わってラインテリアを斡旋する」


 ランスフリートの返答に、老チュリウスは皺深い顔に満足の色を乗せた。

 折しも、エルンチェアと絶交する積もりでいるという。

 その上で、建築資源の需要が高い南西三国からそっぽを向かれれば、ヴェールトにはさぞ深刻な痛撃になるであろう。


 しかも、ラインテリアからは新規の顧客紹介を、大いに感謝される。

 チュリウスの計算には、なるほど無駄がない。



 出発前に、ランスフリートは従兄を見舞った。

 医師からは、まだ寝室への移動許可が下りておらず、最初に運び込まれた居間に、彼は居た。


 家具を移動させ、簡単な急造りの寝台を用意して寝かされた、当時の状態のままである。

 目を覚ましていたダディストリガへ駆け寄ると


「大丈夫か」


 真顔で問われた。

 ランスフリートは苦笑を漏らした。


「それはおれの台詞せりふだ。

 どうだ、傷は。まだ痛むか」

「心配は無用だ。

 前にも言った、おれがそんなに柔和やわではない」


 気遣いや同情を嫌う性質たちらしく、従兄はいつにもまして無愛想だった。


「知っている。

 済まなかったな。世話をかけた」


 ランスフリートは背筋を伸ばし、笑みを消して真摯な姿勢になった。


「本当に、おれが悪かった。

 ダディストリガが正しかった」

「……昔のおまえに戻ったな」

「いや」


 首を振る。


「昔の、聞き分けの悪いおれじゃない。

 自分に課せられた義務から逃れようと、見苦しく足掻いた意気地なしは、もういないよ。

 今居るのは、第七代ダリアスライス王国国王候補者、父上の名跡を継ぐべき、レオスの男だ」

「ランスフリート」


 ダディストリガはかすかに笑った。

 従弟が手を握って来た。


「とはいえ、おれには何も無いんだ。

 おれにたった一つ残っているのは」

 指に力がこもった。


「後は、勇気だけだ」

「ああ」


 ダディストリガも、従弟の手を握り返した。


「死神を蹴散らしてこの世に戻った甲斐があった。

 おれも、信じていた。おまえは根は聡明で、大人しい男だと」


「聡明かどうかは知らんが、大人しくはない。

 バースエルム一族は、絶対に許さん。

 連中やつらには連中やつらの主張があるだろうが、おれは認めない」


「うむ……これから大変だろうが、くじけるなよ。

 闘う意志を捨てるな。

 おまえは孤独ではない。道を共にする者はある――少なくとも、ここに一人はな」


「ありがとう、ダディストリガ」


 まもなく出発する。ランスフリートは居間を辞去した。



 廊下には採光と通風用の窓がある。

 一つが開いており、彼は近寄って外を見た。


 中庭が見える。

 マープの実をつける巨木が一本、庭の中央に根を這っている。


 北へ吹き付ける風が、人の手の平に似た形をしている葉をそよがせ、さわさわ音を立てている。

 あの木には、懐かしい思い出があった。


 子供の頃、従兄を相棒に、よくこの大木に登ったものだ。

 ダディストリガは、現在と変わりなく無愛想な表情ばかりしている少年だったが、年齢相応の遊びも好んで、よき遊び相手になってくれていた。


 夏もたけなわになると、マープの木はたわわに実をつける。

 ダディストリガは、熟した美味な果実を見つけるのが得意で、太った果肉のついた鮮紅色のものを選んではもぎ、ランスフリートに手渡してくれた。


 子供達を楽に腰かけさせる、しっかりした枝ぶりの梢に並んで座って、ランスフリートはたわいもない夢を語り、ダディストリガは黙って聞いている姿で、とれたての甘い果実を賞味するのが、夏の午後の過ごし方だった。


 雲が連なって、青く透明に澄んだ南の空を北へ流れて行くのを見、熱気をはらんだ夏の風を小さな体に受けながら、二人はは遥かなザーヌ大連峰の向こうにある国々について語り合い、想像し合って夢に興じた。


「いつか、北へ行ってみたいな。

 雪を見るんだ」

「寒いんだぞ。

 冬なんか、氷になっちゃうんだぞ」


「へっちゃらだよ、そんなの。

 氷って、あれだろう。山からたまに送られてくる、小さい塊だろう」


「小さいけど、信じられないくらい冷たいじゃないか」

「ダディストリガは雪を見てみたくないのか。

 ぼくは、見てみたいな」


「おれだって、見てみたいよ」

「じゃあ、いっしょに行こう。約束な」


 今にして思えば、随分と簡単に語っていた。我ながらおかしくなる。

 吹く風も、あの身を焦がすような夏の熱風ばかりではない。今なら判る。

 国運を乗せた、あるいは突風かもしれない政治の風も吹くのだ。北へと。


「いつか、行けたらいいな――か」


 ランスフリートは呟いた。その背中へ、慎ましい声がかけられた。

 振り向くと、肌掛けを手にした従兄の妻が立っていた。


「従者の方がお探しでしたよ」

「そうですか、ありがとうございます」


「ランスフリートさま。

 外国へご出立と伺いました。当分はお帰りになられないとか。


 ティプテさまとお会いになっては如何でしょうか。

 あの方も、近々イルビウクへご静養に参られます」


「ああ、そうでしたね」


 少し考えた末、首を縦には振らなかった。


「会えば未練にひかれます。

 別れは済ませてありますから、ここは忍耐のしどころと心得て、遠慮しておきましょう」


「左様でございますか。

 かしこまりました。至らぬ事を申し上げて、失礼致しました。お許し下さいませ」


 謝る女性に、ランスフリートは


「いえ、お気遣いには十分感謝しております。

 貴女にもお世話をかけます。

 ダディストリガだけでも大変でしょうに、ティプテまで」


「いいえ。主人もティプテさまも、少しも手はかかりませんの。

 物足りないくらいですわ。


 ティプテさまは、まだ食は細くいらっしゃいますが、果物であれば召し上がれるご様子です。

 当家をご退去されるまで、よくご養生なさって頂きます。お任せくださいませ」


 心強い言葉を聞き、彼は深く頭を下げた。

 客間へは行かず、従者ら弔問使の一行が待つ玄関へと足を向ける。


 この日。

 ティプテと会わなかった事が、ランスフリートには生涯の悔恨となるのだった。

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