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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十五章
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南風、北へ3

「御無理を申し上げてしまいました。

 どうしても来たいと言うもので」


 客室には、朗らかな青年と、いささか当惑の体でいる若者、そして少女達がいる。

 当国の第四王子が妹達を連れて、わざわざ面会を求めて来ていたのである。


 二重の意味で、ランスフリートは驚いた。

 宮廷の慣習としては、表敬側が王族の待つ謁見室へ出向く。どの国でも第二謁見室へ、少なくとも二日は間をおいてから訪問客を案内するものだ。


 ところが、ロベルティートは腰も軽く自ら足を運んで来たのである。

 この一事だけでも吃驚に値するが、更に少女を二人も伴っていた。


(なるほど、変わり者らしい)


 風聞はどうやら真実だったと見える。

 ランスフリートは奇妙がりつつも、だが、悪い印象は受けなかった。


 露台に出入りするための大扉付近に置かれた円卓へ、三人の珍客を座らせ、自分も席を求める。

 ペルトナ椅子に腰かけたロベルティートは、さすがに物腰を改めた。


「お初にお目にかかります。

 当王家の第四親王ロベルティート・ダリアレオンと申します。


 横に控えさせているのは妹で、第一内親王レイゼネア・エミューネ。第二内親王フラウディルテ・シーラ。

 以後お見知りおきを」


「ご丁寧にいたみいります。

 ダリアスライス王国の国王子息、ランスフリート・エルデレオンです」


 今はまだ、王太子とは名乗れない。

 ロベルティートは判っているといった微笑で頷いた。

 そこまでは宮廷礼儀に則った彼だったが、表情を緩めて


「ま、固い挨拶はこの辺で。

 非公式の場です、お楽に」


 いたずら盛りの少年めいた様子になった。

 レイゼネアが、非礼を咎めるような視線を送っている。

 兄の方は妹へ


「見逃してくれよ」


 片目を瞑って見せた。

 市井の青年に重なる第四王子の茶目っ気を、ランスフリートは好感した。


「そうですね。

 わたしも、固い調子には不慣れです。そうして頂ければ助かります」

「やあ、話が判る方で良かった」


 もちろん、ロベルティートはただ明るく振る舞っているわけではない。

 王族の常識をあえて無視した振る舞いを、北隣国の青年がどう受け止めるか。


(いい顔をしているじゃないか。

 気質は悪くなさそうだな)


 大雑把ながら見当をつけた。

 反りは合わない事も無い。彼の印象である。


 妹達の反応は、もっと単純だった。

 十四歳のレイゼネアは、異国の端正な客人を直視しかね、俯いて頬を赤らめている。


 九歳のフラウディルテは、姉が目覚めさせている少女の感覚には、まだ指もかかっていない。天真爛漫な好奇心を発揮して、物珍し気に青年を見やっている。


 どちらも、ランスフリートを嫌った風ではない。

 彼も、少女達を温和な目で眺め


「良い御令妹ごれいまい方でいらっしゃる。

 わたしの妹、フェレーラ・シトネーと、仲良くやってゆけそうで、安心しました」


 大事な話を切り出した。

 弔問使を引き受けた理由は、まさにこの縁談の下話をする為である。

 ロベルティートも察したと見える。


「妹達は、良き義姉あねに恵まれる事を望んでいます。

 何せ男のわたしでは、女の子の悩みに対して、何も対処出来ません。無能の限りです」

「フェレーラは、三人いる妹達の中で最年長、面倒見は良いと思います」


「それはありがたい。

 是非とも、妹達には淑女の心得を宜しく鞭撻して頂きたいな」


 結婚の意思有りを表現する応答だった。

 ランスフリートは内心で胸を撫で下ろした。


 現在の状況では、エテュイエンヌ王国との縁組は推進が望ましい。ダリアスライス王国の立場である。

 ロベルティートも、縁談の破棄は彼の事情で好ましくはない。当国王太子の横死によって立ち消えになるという事態は回避したかった。


 どうやら、時期はさておき、縁談そのものが霧消する恐れはないと考えてよいだろう。

 これなら踏み込んだ話が出来る。

 そのように見たか、彼は妹達へ席を外すように言いつけた。


「お兄さま達は、大切なお話をするから」


 子供の曇りの無い目でランスフリートを観察させ、ある程度の手応えを得た。

 人物鑑定における、恐らくは誰よりも厳しい試験官二人を下がらせてから、ロベルティートはそれまでの陽気な姿勢に多少の修正を加えた。


「ところで。

 これからお話する内容は、あるいはご存知かもしれませんが、お聞き願いたい」

「お話ですか。

 判りました、承りましょう」


 ランスフリートも居ずまいをただした。



「承諾しただと」


 いっそ正直に仰天の声をあげたのは、ラインテリア王国の外務卿である。

 ツェノラ王国を通じて、北方圏の薪市場に乱れがあるとの密報を受け、どうしても新規取引を希望する王に半ば押し切られ、僚友の外商卿ともども北に接触を図る難問と格闘中だった。


 奮戦空しく、なかなか伝手を見つけられず、しかも


「ヴェールトとの国境付近に、ダリアスライスの重臣二名が首を晒された」


 との信じられない情報まで飛び込んできたものである。

 貴族が梟首刑に処されるなど、大陸が十三諸王国時代を迎えた当初に幾つかの事例がある程度で、ここ百三十年ばかりは耳にした事など一度も無かった。

 それが、突然の断行だというのだ。


「いったい何事だ」

「反逆罪だとか。

 どうやらヴェールトと組んで、王座の奪取を試みた模様」


「何だと。

 よりによってヴェールトだと」


 当方の商売敵ではないか。

 詳細は不明との事ではあるが、ただ事でないのは間違いない。


 そればかりか、北方圏でも大きな動きがあった。

 エルンチェア王国、グライアス王国。北方で武を争う両国が軍隊を出動させたのだ。


 開戦通知書も、既に双方から届いている。

 どちらも互いの正義を主張し、譲る気配は砂粒一つたりとも無い。


 今頃は、開戦している可能性もある。

 そこへもってきて、何故かヴァルバラス王国までが不審な軍事行動を起こしているとも、一報が入って来た。


「北に接触するどころではないぞ」


 他国はともあれ、ヴァルバラス王国となれば、無視は出来ない。

 ザーヌ大連峰における通行可能な二つの峠のうち、西にあるゲルトマ峠を管轄し、当国が北と通商に及ぶ際は欠かせない国なのである。


 どちらかといえば保守的な国だったはずだが、まさか乱の気配に当てられて、伸るか反るかの参戦でもする積もりなのだろうか。


「いやもう、何が何だか、さっぱり判らん」


 ラインテリアの外交及び外商に関わる役人一同は、こぞって頭を抱え込んだ。

 そんな中、問題のヴァルバラスから外交担当者が訪問してきた。


「いえ、戦争には関わりません。ご安心下さい」


 面談を求めて来た役人は、にこやかに不戦の宣言を行ったが、外務卿としては鵜呑みにしかねる。


「ではなぜ、軍を動かされた。

 軍事演習と称する活動が盛んとの報告を受けているが」

「それについて、ご説明申し上げる為にご訪問致した次第です。

 今一つ。

 実はお耳に入れておきたい事がございます」



 外交官が辞去したのち、もたらされた情報を元に何度も協議が重ねられ、ある結論に達した。

 すなわち


「ダリアスライスに縁談を申し込む」


 である。

 提案者は、やはりと言うべきか、王だった。


 近頃の主君は、北方取引に希望を抱いた余勢を駆っているものか、いろいろと口出ししてくるのである。

 またしても難しい案件を押し付けられ、外務卿は頭髪を散々にかきむしった挙句、それこそ


「もう伸るか反るかだ」


 賭けの心境で、打診した。

 とりあえずやってみた、という案配だったのだ。


 断られる事を織り込んでの申し出だった。

 ところが。


「先方は承諾との由にございます」


 彼らは途轍もない速さで、了解した。申し込んでから僅かに五日後の返答だというのだ。

 あまりの意外さに


「承諾しただと」


 当方からの申し出にも関わらず、仰天した次第である。

 ダリアスライスは、建国の経緯と地理上の事情から、これまでに外国と結んだ事は全く無い。


 外交に関しては、特に慎重で狷介な態度を崩さず、どの国とも一定の距離をとった付き合いしかしていなかった。


 それが、快諾という表現すらも超える勢いで、縁談を受け容れるという。


「こんなに安直にまとまって良いものか。

 先方、よもや事の重大さを認識しておらんのではなかろうな」


 つい不安になる外務卿だった。

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