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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十五章
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南風、北へ1

 北へ向かって、強めの南風が吹いている。

 王都からまっすぐ伸びている街道は、既に石畳の舗装路面ではない。


 馬車が作る轍が目立つ、幅員も広くはない砂利道である。

 北国境に通じる。


 警備兵の駐屯地となっている防兵塁ぼうひょうるい以外に、これといって目立つ建物は何も無い。

 辺りは見渡す限り草原だった。


 だが、今はある物が否応なく旅人の眼を引いている。

 柵に囲まれた簡易な木の台が、北に向けられて街道脇の枯野に据えられている。


 無造作に置かれているのは、四十路を半ば程も越えたと思わしい、レオス人男性の首である。

 二つある。


 梟首刑に処されたのだ。

 街道を通る者に、一応の配慮はなされている。


 注意を促す看板が立てられており、歩行者からは直接は見えないように、柵にも目隠しの化粧板をはめてある。


 もっとも「それ」がある事自体は明らかだったから、貿易商人や、塁への補給隊など、通りがかる人々は、一様に気味悪げな顔をし、なるべく足早になってその場を離れて行く。


「見たか、おい」

「いや、とてもとても。

 立札を読むのが精一杯だった」


「おれもだ。

 あの柵を覗き込めば、見えるんだろうが」

「冗談じゃないよ、気持ちの悪い。

 何でも、反逆罪に問われたレオス様だってなあ」


 噂を交わしながら、旅の商人達がちらちら柵を見やりつつ、歩き去って行く。

 晒し首の重罪を課されたのは、バースエルムという名の兄弟だった。



「断じて、許すべきではありません」


 ランスフリートは全くもって譲歩しなかった。

 この時代、貴族への刑罰に死罪はある。しかし、毒酒を用いての自決を促すのが慣例であり、それも余程の場合だった。


 大概は流刑が最高刑になる。

 老チュリウスも、貴族への虐待を問題視される危険に躊躇いを見せたものだ。


 祖父の弱気を、ランスフリートはむしろ叱るようにして

「情状酌量は不要です。

 事は王家への反逆と見てよろしい。

 外国と手を組むまでしていたのなら、死罪を免じる方が害悪です」


 諭した。

 バースエルム兄弟には容赦無く極刑を言い渡し、その上で北国境へ、すなわち彼らと秘密の握手を交わしたヴェールト王国に見せつけるようにして、梟首を断行したのだった。

 さすがのチュリウスも、孫が見せた意外な過激さに刮目させられている。


「あれもどうして、やるものだ。

 今にして思えば、ティプテやらいう娘との騒ぎ、あれはユピテア大神の計らいであったやもしれぬわ」


 妙に感心している。

 ただし、ランスフリートは政敵一族の悉くを厳しく罰したのではなかった。


 首謀者を極刑に処した反面で、連座させられる人々については、祖父の申し条に従い流罪を限度としたのである。

 一つには、大規模な処刑を行えない理由が出来たのだった。


「縁談ですか」


 一日、自宅の居間においてランスフリートに面談を求めたチュリウスは、南方圏の一国から打診があった事を明かした。


「ラインテリア王国から、第三王女を正室にどうかとな。

 当年十七歳だという」

「ラインテリア」


 製紙工業を得意とする、南西沿岸の国家である。

 ヴェールト王国に比肩する森林地帯を有し、地の利にさえ恵まれれば北方圏、具体的にはエルンチェア王国と薪の取引を熱望していると専らの評判だった。

 チュリウスは大きく頷いた。


「なかなか、興味深い話がある。

 連中、どうやら北方圏へ手を伸ばそうとしているらしい。

 北の方もまんざらではないという。


 我らを出し抜くような恰好だ、本来なら、文句のひとつも言ってやりたいところだが、この度は話が別だ。

 ひとつ応援してやろうと思っておる」

「なるほど」


 その為の縁談なのであろう。

 ランスフリートは拒否しなかった。

 心の中には、強い思いがある。



「ティプテさまは意識を回復なさいました」


 事件から実に八日を経て、やっと吉報がもたらされた。

 主治医は


「お熱も下がる傾向にあります。

 現在のところ、とりあえずながら危篤状態は脱しました。

 一旦は小康状態で落ち着くものと思われます」


 そう語って、ランスフリートを安堵させた。

 病室へ入る直前、彼は医師を振り返り、目に涙を浮かべて


「ありがとうございます。

 あなたにユピテア大神の祝福を」


 深々と一礼した。

 その後ろ背を、だが医師は、不憫そうに見送り


「……言えなかった。

 申し訳ありません、国王ご子息さま。わたくしには申し上げられませんでした。


 その女性は――永くありません。

 あと半年持てば重畳なのですとは、とても」


 悲痛な独語とともに項垂れた事を、ランスフリートは知る由も無い。

 病床の少女は、汗みずくの顔に弱々しい笑みを乗せて、愛する青年が急ぎ足で歩み寄って来るのを見ていた。


 ランスフリートは小布で彼女の汗を優しく拭った。

 濡れて上気した頬に、男の広い手のひらが添えられた。


「気分はどうだ、ティプテ」


「ええ……だいぶ、楽です。

 それより、ランスフリートさまは如何ですの。

 御無事でいらっしゃいますの」


「ああ。見てのとおりだ。

 君のお陰だよ。君のの勇気が、おれを助けてくれたよ」


「……ごめんなさい」


 不意に、笑顔が歪んだ。

 見る間に、青いつぶらな瞳を涙が潤ませてゆく。


「ごめんなさい、ランスフリートさま」


「謝るな。ティプテは何も悪くない。

 悪いのはあの連中と、おれだよ。謝るのもおれだ」


「違います。ティプテがいけなかったの。

 お父さまを信じたばかりに、あなたを死なせてしまうところでした。

 ばかな子です」


「父親の名を出されて、信頼しない者がどこにいる。

 その無垢な心を利用した連中こそが、罰されるべきなんだ。

 ティプテ。約束する。

 仇は必ず討ってやる」


 恋人を見つめる緑の瞳は、ティプテの記憶にかつてない程の鋭さを帯びていた。

 思わず苦しさを忘れてしまう彼女だった。


「……ランスフリートさま。

 いつもと違っていらっしゃるわ」

「違うか。そうだろうな」


 猛々しい微笑みが、彼の口元を彩る。


「ここにいるおれは、君の知っているランスフリート・エルデレオンではないかもしれん」

「……」


「あまり深く考えなくてもいい。

 君は、ただ健康を取り戻す事だけを心掛けて、安らかに待っていてくれればいいんだ。

 おれが、戻って来るまで」


「ランスフリートさま」


 不安そうに、ティプテは恋人を見上げた。

 彼の言葉には、別離を予感させる響きがあった。男は、自分の側を遠く去って行くのではないか。

 彼女は幼児のように嫌々と顔を左右に振った。


「嫌。側にいらして。

 敵討ちなんて、どうでもいいの。

 わたし、あなたと御一緒出来ればいいの」


「それだけじゃないんだ」

 ランスフリートは、表情を柔和に戻して、熱い呼気を送り出すティプテの唇に、自分の唇を軽く触れさせた。


「今は、君の側には居られない。

 やるべき事があるんだ。

 済まないが、体だけしばらく貸してくれ」


「どうしてですか。

 ティプテと一緒ではいけないのですか」


「おれが一緒に居たら、君をまた危険な目に遭わせてしまう。

 こればかりは、どうしようもないんだ。

 済まない」


 ゆっくりと頬を撫でながら、彼は心から謝った。

 ティプテは何も言わなかった。目を閉じて、涙を流している。


「愛しているよ、ティプテ。

 生涯、他の誰も愛さない。おれは、君しか愛さないから。


 安心してくれ。おれの心は君一人のもので、おれ自身のものでさえないんだ。

 心では、おれは君と結婚している積もりでいる」


「ランスフリートさま」


 驚いたらしく、彼女は目を開いて恋人の名を呼んだ。

 彼は穏やかに笑った。


「いつか、本当に結婚しよう。

 一緒に暮らすんだ。朝から晩まで、同じ屋根の下に暮らして、同じように日を送って、同じ日に神の国へ旅立とう」


「わたしを、ティプテを、お嫁さんにして下さいますの」

「下さるとは何事だ。

 君はとっくに、おれの妻じゃないか」


 至誠の込められた声だった。

 ティプテも心からの喜びを満面に浮かべた。


「嬉しい。

 わたし、幸せです。どうかなってしまいそう」


「どうかなられてしまっては、おれが困る。

 健康になってくれ。おれも、体を鍛えておくから。


 そうだ、ダディストリガに馬術を習っておくよ。

 やるべき事を終わらせて、自由になって、君の元へ帰って来る。


 そうしたら、君を馬に乗せて、南の草原をぜひ遠乗りしてみたい。

 エテュイエンヌ王国の白い砂浜もいいな。夕陽を眺めながら、海沿いを馬で走ろう。二人きりで」


「素敵」


 ティプテは笑顔で頷いた。

 彼女は笑い、そして涙を流した。


「きっと、お連れ下さいね」

「ああ。だから、ちゃんと体を治しておいてくれ。ついでに乗馬も嗜んでおいてくれるともっといい。

 時間はたっぷりあるんだ。おれが帰って来るまでの、そして帰って来てからの、約束だ」

「約束ね」


 ついに、ティプテは別れを承知した。

 静かにして深い口づけが交わされた。

 二人が唇を離したその時が、恋人達の永訣の瞬間となった。


「じゃあ、行くよ。

 いいか、ティプテ。必ず待っていてくれ」


「はい。ランスフリートさまも、早く帰って来てくださいね。

 愛しています」


「おれも、愛している」


 後朝きぬぎぬの余韻をあじわい尽くすように、二人は互いを見つめ合った。

 やがて、ランスフリートは思い切った。

 ティプテはゆっくり目を閉じた。

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