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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十四章
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祖国のために4

 西の総大将は何を言わんとしているのか。

 敵味方の区別無く、皆が気後れしたかのように動きを止めた、その隙をついて


「援軍など、着いておらぬ。

 おぬしらは、たばかられたのだ」


 頭上付近まで飛来してきた矢を、見もせずに剣で払い飛ばしつつ、怒鳴った。

 周囲の者は一様に驚き、目をむいて、とんでもない事を言い出した王太子を凝視した。

 ジークシルトは、委細構った風ではない。


「よく見てみるがいい。

 援軍の姿はどこにある。


 なるほど、リューングレスの旗は振られている。だが、肝心の兵士はどこに居るか。

 それらしい武者が、一人も姿を見せぬは何故だ」


 問われてみれば、援軍来着が声高に叫ばれている割には、新手が殺到して来る様子は一向に見えず、交代の合図も聞こえない。

 グライアス将兵らが、思わず相手の存在を忘れて互いの顔を見合わせた時。


「確かに。

 援軍到着は虚報である」


 若い主君の意を汲んだダオカルヤンも、大声で追随した。


「援軍は、まだ来ておらん。

 グライアス軍首脳陣は、おぬしらを騙して死線に立たせ、時間稼ぎをしておるのだ。


 大方、己らが戦場を離脱する為であろう。

 されば、なぜ戦う。

 貴族どもを戦場から落とすために、一つしか無い命を捨てるが本懐か」


「その通り。

 さても哀れよ、グライアスが兵ども」


 ジークシルトは憫笑を口元に浮かべて、身辺に群がっている敵兵達を見下ろした。

 むろん、周囲は怒号や剣の交差する音で満ちており、その憐れむ声を聴いた人数は、決して多くは無いだろう。


 せいぜいが五~六人だったと思われる。

 だが、衝撃的な噂が拡散する端緒には、間違いなく成った。


 実際に姿を現した増援がいる分、特に身分の低い兵士や傭兵にとっては、戦場に誰も来ない事実は重い。

 あっというまに、下級軍人らは殺気だち、レオス人将校を見つけ次第


「どうなのだ」


 血相を変えて詰め寄り始めた。

 将校の方は青くなって、


「ばかな。

 そのような事などあるわけが無い」


「祖国救済の聖戦に臨む我らが、何で戦場を退散せねばならんのだ。

 落ち着け、煽動に乗るな」


 配下を鎮めようと躍起になったが、何しろリューングレス兵が戦場に居ないのである。

 いくら否定しても弁解がましく聞こえるのは否めず、 言えば言う程、西の主従が放った指摘に信憑性を与える結果を産んでしまった。


「ならば、増援はどこだ。

 リューングレス兵を戦場に出せ」

「出せないのなら、来ていないのだろうが」

「何の為に、虚報を流した」


 察しの良い西方の伝令も、数人がすかさず喚いた。

 東の従軍者は、段々と心ここにあらずといった体になってゆき、冷静さを欠いた表情で忙しく周りを見渡したり、隣り合った朋輩を捕まえて私語を交わし始める。


 ジークシルトは、あえて味方に攻撃を手控えさせた。

 西方中央軍は、噂が噂を呼んで拡散してゆくのを、黙って眺めている姿勢になった。

 ついには


「上級軍人が下級兵士を犠牲にして、戦場を離脱しようとしている」


 との風聞が、まことしやかに流れ、真に受けた歩兵らが激昂のあまり敵を放り出して、自軍の指揮官へ斬りかかる騒ぎが続出する有様となった。

 混乱の極みに達したグライアス軍を見やって、ジークシルトは悠然と左右へ


「今だ。

 敵は士気がどん底まで落ちたぞ。

 兵ども、かかれ、かかれ」


 下知した。

 エルンチェア軍は一斉に押し出してゆき、甚だ狼狽したグライアス軍の中央へ、その牙を改めて突き立てたのである。


 今まで防戦一方にならざるを得なかったうっ憤を晴らすかのように、将兵一体となって剣を振るい、槍、斧を繰り出す。


 猛攻に耐え切れず、とうとうグライアス軍中央の一部が、潰走と称してよい状態でずるずる後退を始めた。

 ジークシルトはその様子を視野におさめるや、すかさず


「グライアス軍は崩れた。

 我が軍の勝利だ。進め」


 采配を高々と掲げて叫んだ。

 直々の奨誘を受けた中央隊は、歓声をあげてどっと前進してゆく。

 グライアスの指揮官ツィンレー剣将は、信じ難い状況出来に顔を紅潮させ


「何ということだ。

 おのれ、リューングレス。

 何という愚かな真似をしてくれた」

 

 友軍を大声で罵った。

 無理もない。一時は到着を聞かされて喜んだものが虚報であったと知れば、誰でも頭に血が昇るだろう。

 

 憤慨が過ぎて馬上から転がり落ちはすまいかと、副官が心配になる程、若い剣将は激しい怒気を放出していた。

 彼は、かっかとしながら馬を追い、最後方にある司令部へ駆け込むと、総司令官の元へ急行した。

 指揮権を託されている壮年のレオス人剣将も、苦々しい表情で馬の背に身を預けていた。


「どういうことです、司令官閣下」


 ツィンレーは噛みつくように上官へ詰め寄ったが、そう問われても返答しかねるに違いない。


「いま確認した。

 どうやら、リューングレス国旗を持った者数十名だけが先行して、戦場で友軍到着を喧伝したとの事だ。

 アースフルト親王殿下よりのご命令だと聞いている」


 かろうじて、判明した事実を彼は答えた。もちろん、ツィンレーを満足させる事は出来なかった。


「何という……何という事だ。

 いったいどうして、殿下は我らを謀<<たばか>>り給う」


「冷静になれ、ツィンレー剣将」


 彼より年長で経験にも富む司令官は、若い僚友程には激怒しておらず、その顔色からはむしろ、惜しいとでも言いたげな様子が読みとれた。


 実のところ、怒りより惜しむ気持ちの方が強いのである。

 リューングレス第三親王がとった策について、必ずしも愚かとは言えない。


 それどころか、状況さえうまく合致しておれば、良策であると見てもよい程だった。

 相手が大軍であればある程、一度浸透した情報が修正されるのに、多くの時間が必要とされる。


 その間、援軍到着の報に惑わされた敵軍は、混乱状態に陥る。乱れた指揮系統の元では、集団で行動するのが基本とされている軍隊は、十全に機能しなくなるのである。


 当方が間隙に付け込んで押し出せば、敵が被る被害は甚大なものとなり、本当の援軍到着まで、かなりの時間が稼げる。


 事実、そうなりかけていたのだ。

 ただ一つ、リューングレス軍に誤算があったとすれば、彼らがエルンチェアの総大将がどのような人物か、よく知らなかったという点であろう。


 アースフルトにすれば、よもや一軍の総司令官ともあろう者が、腰も軽く最前線へ赴いて士気を鼓舞し、おまけにせっかくの情報攪乱戦法を見破ってのけ、更には逆手にとって、友軍を全軍瓦解の危機へと追い込む恐れがある、などと思いもよらなかったに違いない。


 これを、グライアスが責めるわけにはいかないだろう。

 当方にしてからが、ジークシルトの気性の過激さを読み損なったばかりに、不利な状況で緒戦の幕を切って落とさなくてはならなくなったのだから。


 西の王太子さえ、大人しく自軍の後方に陣取って、大将らしく兵卒の監督に専念してさえおれば、成らなかった策ではない。


 指揮系統が統一されていない混成軍の悲しさで、情報が共有されていなかったのも悔やまれる。

 その辺りが全く惜しい。


「忌々しい王太子殿下におわす。

 少しはじっとしておれぬのか。落ち着きの無い」


 東の司令官はいかにも業腹という体で、少しも大将らしくない敵軍の王子を罵倒した。


「とはいえ、ああいう人となりであろう事は、暗殺をしくじった我らには予測出来て然るべきではあったな。


  アースフルト殿下に、その旨お伝え申し上げておかなんだのは、我らが手抜かりというものだ。

 殿下の御思案を、あまり手酷くこき下ろすわけにはゆかんぞ、ツィンレー」

「は」


 年長者にそう言われれば、若輩としても沈黙せざるを得ない。

 肝が煎られるような憤激を何とか腹中に収め、何とか体裁を繕うと、彼はしぶしぶ戦場へ戻って行った。


「くそ、王太子め。

 何としてでも煮え湯の一杯は飲ませてやらねば、おれの気が済まん」


 ツィンレーはまたも最前線に立ち、自軍の崩壊を必死で食い止めようと努力を払いながら、必ず一矢報いると誓いを立てた。



 東の右方隊に属するマクダレアには、まだ中央で起きている状況の変化は詳しく伝わっていなかった。

 しかし、戦場には特有の空気というものがある。


(おかしい。

 前線の風向きが変わったのか)


 これまでに幾度となく経験してきた局地戦で、それなりに勘は磨かれている。

 中央の動きが鈍い、いや。


 後退してはいないか。

 全体を把握する術は無いものの、経験上、敵を制圧しつつある時とは雰囲気が異なっていると思われる。


 槍を構えた敵の歩兵が、防御を気にしていないかのような勢いで突撃して来た。

 マクダレアは手綱を回しつつ、鐙を軽く蹴って、攻撃をいなす。


 肌で感じる相手の闘志に、自然と眉が寄せられた。

 前進の踏み込みが強いと見受けられる。


 勢いに乗っている時の足捌きだと直感した。

 鋭い突き技で相手の喉を一撃、倒したが、またすぐ別の敵が躍りかかって来る。


 三人ばかりを続けざまに得意の突きで血祭りにあげた時、騎馬の伝令から声をかけられた。

 馬に乗れる身分の者が、わざわざ司令部の命令を伝達に来るとは、尋常ではない。


「閣下、そのままお聞きください」


 口上が素早く述べられ、聞いたマクダレアは軽く目を瞠った。

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