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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十三章
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国境の激闘5

「いかん。

 我が軍は押されているぞ」


 戦場へ到着したグライアス軍指揮官は、基地である塁の内部に入った早々、不利を聞かされた。

 敵は尋常ならざる大軍と知ったのも、この時である。


 行軍直後の兵士に休息を与えないのは酷だと承知の上で、だが、前線へ出ざるを得ない。

 彼は、時を惜しんで戦場へ駆け込んだ。


「待たせた。

 我らと代われ。一旦は兵を退いて、休息させろ」

「おお、ありがたい」


 予想よりも早かった援軍到着に、ツィンレーは喜んだ。


「よくおいで下さいました。

 お言葉に甘えて、前線の兵を下がらせます。


 今一つ、願いがございます。

 本官に代わって指揮をおり頂きたい」


 最前線で戦いたいとの希望が露われている。

 後進の気性をよく承知していると見え、指揮権限の委譲に、異を唱えない先達だった。

 早速


「敵の陣形は」

飛鷹陣ひようじんを布いております、閣下」

「やはりか。

 ならば、当方は勾配陣こうばいじんへ陣形を変えるぞ」


 新たな指令が飛んだ。ツィンレーは頷いた。

 兵法の定石に忠実な判断と言える。


 勾配陣は、右方隊から左方隊に向かって後方に傾斜する布陣法である。

 菱形陣から変形させやすく、飛鷹陣にも強い隊形で、防御主体の戦術を採るには最適だった。


 動員数が増え、防御用の陣形を布いても人手不足で陣容が薄くなる事態は避けられる。司令官の考えは、敵軍左右隊の進撃を食い止める事に主眼をおいているのだろう。ツィンレーはそう見た。


「全軍に通達せよ。

 弩弓隊は、前線の維持及び陣容変形を援護」

「承知」


 新規参入の将軍が下した命令は、即座に実行された。

 空が見えないまでに膨大な量の矢が、西へ向けて続々と射られてゆく。


「何と早い到着だ。くそ」


 ジークシルトは、右の拳を逆の手の平に叩きつけて悔しがった。

 残り一馬歩(1キロ)も進めば、グライアスの塁門へ到達するというその直前に、彼の軍隊は後退を余儀なくさせられたのである。


 後の事など知った事ではないとばかりに、熱狂的な反撃を試みている東方の状況を、次々と注進に来る伝令達から聞き、しばらく考えていたが、やがて矢で埋め尽くされた空を見上げ


「これは援護射撃だな。

 恐らく、敵は陣形を変えるつもりだ。


 今の援軍到着で、連中は兵員を増強している。今後の増員も否定し得ぬ。

 防御に徹して第三軍の到来を待ち、我が軍の疲労が極限に達したのを見計らって、一挙に押し返す所存であろう」

「御意」


 ツァリース大剣将が、若主君の言を支持した。


「敵の陣容変形は、当然に勾配陣と考えられまする。

 若、当方は如何致しますか。

 敵が勾配陣を布くなら、当方は均衡陣きんこうじんを布いて抗するが常道にございますが」

「……いや、だめだ」


 ジークシルトは少し考えた末、献策を容れなかった。

 均衡陣とは、軍を縦列に編成した後、左右に段差をつける恰好で、半分ずつ突出させる布陣法である。

 上から見れば、軍隊が左右に少しずつ互い違いになりながら、縦に並んでいる形になる。


 変形の自由度が高く、勾配陣へ突入するのに適した形ではあるが、陣容の十全な活用には一定の条件が要る。


「均衡陣は、縦長の隊列を組まねばならん。

 当戦場の形を鑑みれば、陣容の変更は必ずしも戦術上の有利にはなるまい。


 なまじ大軍だ、無理な変形で混乱に陥れば、立て直しは容易ではなかろうよ。

 飛鷹陣形を保て」


「御意」


 大剣将もその判断を了解した。

 戦地が、あまりに狭いのである。


 正しく言うなら、東西の幅が無く、南北に細長い。

 大陸における諸国家が成立したその昔、領土主張に関しては、特に調整する機関は無かった。


 王家創立と自国領は、一方的な宣言で成り立ったのだ。

 ただ、その頃の不文律として、人々は国境間を密接させず、ある程度の面積を公有地と見做した。


 当戦場も、旧帝国時代から十三諸王国時代に変遷する際に誕生した、どの国にも属さない遊休地なのだった。


 開国が宣言された当時と同じ姿のまま、東西両国の間に横たわっている草原は、現代では縦列陣形を取りにくい幅狭な戦場となっていた。


「しからば若、そろそろ兵の入れ替えを」

「そうだな。

 右方隊は突撃続行、左方隊を予備兵力と入れ替えろ」


 今度は、案に同意した。

 号令が駆け抜けるや、待機していた予備隊が出戦に臨んだ。


 グライアス軍にとっては、全く忌々しい。

 無傷の兵力が、わらわらと公有の平原に溢れ出してくるのである。

 ツィンレーは、最前線へ赴こうとしているその瞬間に、知らせを聞いた。


「ちっ。

 連中、いったいどれだけの兵力を動員したのだ」


 悔しそうに舌打ちすると、彼は天幕の入り口に垂らしてある緞帳を荒っぽく開いて、外へ出た。

 馬は用意済みだった。


 付き従う下級武官の手を借りて馬上の人となりながら、ツィンレーは東の空を透かし見た。

 こちらも補充兵が欲しい。切実に思う。


 いざとなれば、国境警備兵一千人を動員するとしても、まだ兵力に相当な格差があるのは疑いないところであろう。


 せめて、リューングレス軍の即日合流が見込めれば。

 西を圧倒とまでは言わない、せめて敵のように兵士の入れ替えが出来るくらいの手勢があれば。

 状況はかなり変わる。

 無いものねだりとは判っていても、そう思わずにはいられないのだった。


「出るぞっ」

 余計な思案に気を取られてはならぬ。自分を叱咤するように大声を発して、ツィンレーは塁門を目指した。



 一息に、最前線の更に前面まで飛び出した東の青年剣士は、鬼気迫る形相で戦場を駆け回り、片っ端から敵を薙ぎ倒した。

 騎馬武者が 彼に切り倒されるごと、グライアス軍の中央部隊は士気を盛り返してゆく。


「本日を切り抜けさえすれば、明日がある。

 友軍は全力で戦場めがけ、北上中である。

 本日だ、今この苦しい時を乗り越えれば、勝機は我らに帰するであろう。


 戦え、ものども。

 援軍は必ず来る。

 信じて耐えるのだ」


 ツィンレーの怒号を聞いて、黙っているエルンチェア軍ではない。


「何を、生意気な。

 新手は、行軍直後で疲れている。

 兵は使い物にならぬ。 力で押し返せ」


 西は、入れ替わったばかりの予備隊である。

 将兵ともに気力十分で、休息を取れないグライアス軍を軽視している様子が見て取れた。

 ツィンレーは敏感に察して、腹立たしい思いを噛み殺しながら


「行け、進めっ。

 総員続けぇッ」


 絶叫し、馬の尻へ鞭を入れた。

 一刻も早い友軍の到着を祈りながら。



 そのリューングレス軍は、北上の途上にあった。

 第三親王を総大将として全軍の頭上に頂き、実務面では大概の軍隊の有り様に倣って、大剣将を司令官に据えた、三万の兵力である。


 アースフルトという名の王家末子は、自分が装飾であるとよく弁えている。

 実質的な総指揮官に一切を委ねており、進発から行軍、作戦まで、一度も口を出さなかった。

 むしろ、総司令官の方が王子に気を遣っている。


 形式だけとはいえ、手配を終える毎に必ず決裁を請うたものだった。

 出立の直前にも、とある提案が馬に乗ろうとしていたアースフルトに示された。


「ふむ。

 わたしはあまり軍事に詳しくないが、その案は良いと思う。

 宜しく図らってもらおうか」

「かしこまりました。

 ときに殿下。

 情報によれば、エルンチェア軍は総勢七万の大軍との由」


「ほう、大胆な」


 アースフルトは目を細めた。


「ブレステリスを脅威と思っていないという事かね。

 そんな大軍を一度に派遣すれば、今頃の王都はがら空きだろうに。


 ブレステリスの侵攻を考えていないのか、思料の上でその恐れ無しと断じたのか。

 まさか、例の事件後も両国の友誼は不変なりと、本気で思っているわけはなかろうな」


「さ。その点は何とも」

「そうだろうとも。考えても判るわけはない。

 とにかく、我が尊敬する宗主国の将兵ご一同には、我らの到着まで頑張っていて貰わないとな。

 宜しく図ってくれ」


 指示すると、アースフルトは馬上の人となった。ほどなく進軍は開始された。

 今、リューングレス軍は、急ぎ北西を目指している。

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