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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十三章
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国境の激闘2

 明けて、東刻の三課(午前五時)。

 朝日が東の空を朱に染め始めたと同時に、両軍は動き出した。


 両軍ともに一馬歩半(約1.5キロ)ばかりの距離をゆっくりと進み、いよいよ互いの先鋒部隊がそれぞれの視界に収まった時。

 二人の指揮官は、ほぼ同時に采配を振り上げ、馬上から


「突撃ッ」


 最初の下知を放った。

 沈黙は破られ、怒号と喚声が、暁の空と冷風にそよぐ草原を揺るがした。


 配置されている全ての前線要員が、雪崩を打って殺到してゆく。

 両軍の後方からは、飛距離が長く威力も大きい弩弓が、敵軍へ向けて次々と放たれる。


 飛び交う矢の真下を、エルンチェア・グライアス両国の剣士達が駆け抜ける。

 各自が鬨の声を上げ、口々に祖国万歳を叫んで、敵へと襲いかかってゆく。


 エルンチェア右方隊と、グライアス左方隊が、まず激突した。

 手槍を繰り出す者、剣を振るう者、果ては盾で殴り合う者の姿も見える。

 あちこちで血しぶきが迸った。


 激突は、いまや全軍に及んでいた。

 グライアス軍は密集陣形をやや開いて、前方部隊を、エルンチェア軍飛鷹陣の両翼部隊に相対させている。


「押せ、押せ。敵は怯んでいるぞっ。

 一気に突き崩して中央へ進めッ」

「エルンチェアの総大将まで、いま少しだ。

 突破しろ、勝利は目前だぞ」


 グライアス軍の将校は口々に叫んで、馬を疾駆させ、将兵達を煽りたてる。

 負けじと、エルンチェア指揮官も、声を嗄らして部下を叱咤する。


「先方は寡兵だ、我が軍の敵ではない」

「ジェイル・エルンチェア。

 祖国のために戦え、ものども。

 身の程も知らぬ東の蛮人を叩きのめせッ」


 将校らは、むろんただ味方を激励するだけが任務ではない。

 指揮官はひっきりなしに伝令をとばして、戦況の把握に努めながら指令を出しているが、そうでない騎馬剣士は、敵へ戦いを挑んでいる。


 前線へ押し出した旗本隊の若者達も、槍を手に従う従者に守られて、最前線へ突進して来ている。

 ダオカルヤンは、略式鎧を更に簡素化した、肩当てと胴丸だけと言ってももよい程の身軽な防具に身を包み、激戦の最中へ飛び込んでいた。


 彼と剣を交えたグライアス人は、父親に近い年齢と思しい壮年だった。

 息子のような若者に挑まれ、逃げては恥だと思ったか、先方も馬を煽って猛進して来た。


 刀身が激しくぶつかりあって、鈍い金属音を立てる。

 ダオカルヤンは、敵の斬撃を受け止め、若い力にものを言わせて押し返した。


「王太子万歳ッ(ジェイル・タスライツ)」


 大声で気合を入れつつ、剣を頭上へ振り上げる。

 落ちてくる白刀を、グライアス将官は馬上でのけぞって避け、直ちに反撃へ転じた。

 呪文のように万歳ジェイルを繰り返しながら、彼は西方の青年へ斬りかかる。


 ダオカルヤンは、しかし逃げようとせず、剣を水平に振るって相手の剣を薙ぎ払った。

 またも、金属のぶつかる鋭利な音が響いた。


 攻撃を弾き返されたグライアス将官が、わずかに怯んだ。

 隙が生じた。

 ダオカルヤンは見逃さなかった。


「ジェイル・エルンチェアッ」


 剣が、男の首を襲った。

 がつっと骨の折れる音がして、東方の壮年剣士は馬上で態勢を崩し、泳ぐような仕草を見せた。


 ほどなく馬の背から転がり落ち、大地へ沈んだ。

 ダオカルヤンの従者が駆け寄って、槍先を男の胸に深々と突き込んだ。


 敵剣士の最期を見届ける暇は、勝者には無かった。

 彼は既に別の敵へ狙いを定めており、馬の腹を蹴っている。

 仕合ではない。実戦なのだ。


 敵を求めて馬を追うダオカルヤンの真横に、同僚の若者が並んだ。

 いつかの仕合で王太子に打ち負かされた大柄な青年、名をエルゼボネアという。


 両手でなければ握れない、刀身が長く重量もある鋼の剛剣が普段の愛剣だが、今日のところは利き手のみで扱える、切れ味の鋭い柔剣を手にしている。

 乗馬での戦闘は、軽量な剣か柄の短い槍を用いるのが、大陸における定石である。


「おい、ヴェルゼワース。

 やつら、まとめて叩くか」


 彼は目前を睨み据えながら、ダオカルヤンへ叫ぶようにして提案した。

 行く手には、ちょうど騎馬武者が三名いた。


「おお。

 行くか、エルゼボネア」


 即座に応じて、当初の目標を変更する王太子の筆頭側近だった。

 若者達は、揃って鐙を蹴りつけ、気合の声を大きく上げながら敵へ突進して行く。


 グライアス軍も、挑戦を受けてばかりになっているわけではない。

 殊に、女性武人が指揮する部隊は、特筆に値する勇猛さを見せている。


「ディーッ」


 特有の声が沸いている。

 彼女の配下には、正規の軍人ではない、傭兵が配されているのだ。


 目を引くのは、赤い髪と浅黒い肌、濃紺の瞳を持つ歩兵の一群である。

 大陸の先住民であり、レオス人支配の現代においても、自己の流儀を変えない。


 赤毛のアーリュスと通称される人々だった。

 この時代、傭兵といえば彼らアーリュス人かトライア人というのが通り相場である。


 特にアーリュスの傭兵部隊は好戦的で、また個人主義が徹底した民族性から、たとえ目前の敵が同種であろうと、少しも遠慮しない。


 枯れ野原に、赤い血と赤い頭髪が次々落ちていくさまが、戦場の至るところで見られた。

 同胞の亡骸を踏みつけて、彼らは、もしかすると肉親かもしれない敵へと躍りかかる。


 実際に、斃してから敵が自分の兄弟だったと判明する場合も時折あった。

 が、赤毛の先住民達は、特に感慨を覚えた風でもない。


「オルム・ガストリウス・ヅ――意訳するなら、炎の神の御元で再会を――」


 と、民族語で弔いの言葉を唱え、すぐに気持を切り替える。

 彼らでなければ理解し難いであろう、独特の精神作用は、一見しただけでは異様に冷淡に見える。


 その様子を、彼らの監督者であるマクダレアは、馬上で幾度となく目撃した。

 しかし、この剛胆な女性は、気に留めてもいない。


(ああいう気性の民なのだ)


 極めて実際的に割り切り、事実を受け容れる。

 女の身で一部隊を率いるに足る評価を得たのも、ひとえに扱いが難しい赤毛のアーリュスの統率に成功したからである。


 統率力は、理解力だけで支えられるものではない。ずば抜けた戦闘能力も要される。

 男にひけをとらない証明の機会は、すぐに巡って来た。


 単身で戦場を巡回中、敵と遭遇したのである。

 エルンチェア軍の騎馬武者と相対した瞬間、彼女も指揮官から一剣士へと変貌を遂げた。

 相手の方が、むしろ慌てふためいた。


「何、女人か」


 鎧兜で身を守った美しい女流武人を目の当たりにして、西方の若いレオス人剣士は、思わず闘志をたぎらせ損ねたと見える。


 が、マクダレアは違った。

 無言で、柔剣を振りかざした。


 エルンチェアの青年剣士は、驚愕から立ち直る暇も与えられず、喉輪へ切っ先の一撃を受けてのけぞった。


 マクダレアは、敵の喉へ深く突き刺した柔剣を水平に払い、相手の動脈を切り裂いてとどめとした。

 悲鳴すら漏れる事無く、青年剣士は馬の背から転落した。同時に、この世からも。


「当方が女であろうがあるまいが、何の関係があるか。

 貴公らにとっては、ただの敵だ」


 冷然と、マクダレアは戦場に沈んだ敵国剣士の遺体を睨み下ろした。

 その時間は、一瞬にも満たなかった。

 彼女の目前には、新たな敵が姿を現していたのだ。今度の男は、闘志を燃え立たせている。


「女。

 容赦はせんぞ」


 後輩の死の一部始終を見届けたらしい男は、緑の両目に憎悪の念を煮え立たせて、馬を進めて来た。

 マクダレアは薄く微笑した。


 女性扱いされるより、敵将と見なされることに、彼女の心の一要素が、自分でもどうしようもない満足を覚えるのだ。


「ジェイル・グライアス」


 小さく叫び、女性剣士も迎撃の態勢に入った。



 戦場に身を置く男装の麗人が、今どこで何をしているか、指揮役であるツィンレー剣将には知りようがない。


 若いグライアス軍司令官は、突進する自軍の後方にいて、刻々と変わる戦況の把握に忙殺されている。


(局地紛争には、何度も駆り出されている身だ。

 心配など必要ない。


 だからこそ、先陣の誉れに浴する機会を分かち合ったのだからな。

 おれが気を揉んでいると知られたら、もう取り返しはつくまい)


 自分に言い聞かせ、伝えられる情報に気持ちを集中させる彼だった。

 現在のところ、当方有利とは言いがたい。


 動員兵力において、エルンチェアはグライアスを圧倒している。

 しかも敵軍は重厚な守りの陣形を布いているため、いくらグライアス軍が剽悍でも、突破は容易ではない。


「くそ、敵の右方部は守りが固い。

 左方部はやや下がっているようだな。


 我が軍の傭兵部隊とぶつかっているせいか……止むをえん。

 中央突破より先に、敵の左右部隊を退けろ。

 中央部隊を孤立させてのち、改めて突破にかかる」


 進んでは押し戻される自軍の苦戦ぶりに、ツィンレーは苛立ちを隠しきれない。

 渋々ながら、時間のかかる戦法に切り替えた。


 苛立ちは、エルンチェアの総大将、ジークシルトも感じていた。

 彼には、自軍左方部隊が押され気味だとの報告がもたらされており、それが若い初陣の総司令官を不機嫌にさせていた。


「鈍いっ」

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