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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十三章
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国境の激闘1

 北方独特の、丈の短い雑草が覆う平原に、巨大な黒い影がわきあがった。

 土を踏みしめ、砂塵を蹴立てる大人数の足音が、激しく枯れ野を揺さぶり、初冬の乾いた冷たい空気をどよもした。


 やがて、黒い布地にテューロシフォンの吼え猛る図柄が縫いとられた旗が途方も無い数、北西の風に翩翻へんぽんと吹かれつつ現れた。

 ジークシルト・レオダイン率いるエルンチェア王国軍が、戦場に到着したのである。


王国万歳ジェイル・エルンチェア


 国境を守る警備隊は、熱い歓声をあげた。

 兵士を収容する基地を、大陸では防兵塁と称する。

 始め、拳をつきあげてジェイルを叫んだのは、塁門の天辺にいた物見の兵五名だった。


 前後して先ぶれが参上し、王太子到着が報じられると、およそ二千名の兵士達は先を争って王太子を出迎えた。

 配下の熱狂を、だが総司令官は特に喜んだ様子も見せずに平然と受け止め、それよりもとばかりに全軍へ向けて布陣を発令した。


 従軍総数六万八千名のうち、緒戦に動員されるのは四万名強である。

 二万は予備兵力、交代要員として塁の内側に待機させる。前線に出るのは全軍ではない。


 とはいえ大軍が狭い塁門を通って領土外へ出るのは、たいへんな大騒ぎになる。時間もかかる。のんびり歓迎を受けていられるゆとりはないのだ。

 全軍が布陣を完了させるのに、余程急いでも半日は要される。


 万が一にもグライアス軍が先に戦場へ到着しており、この間の混乱につけこんで奇襲をかけてきたら、損害は軽微では済まされないであろう。

 ジークシルトは、兵の疲労を承知していても、急がずにはおれない。


 エルンチェア軍の陣形は、兵法の基本で説かれるところの飛鷹陣を形成しつつあった。

 包囲型の布陣法である。

 四万の兵を三軍に大別して左右両翼ともに一万五千名が前に出、中央の一万がやや下がる。


 その名が示す如く、上空から俯瞰すれば、あたかも猛禽が翼を大きく広げた姿に見える。

 実戦時には、師団が連隊単位に分割されて、連隊長の指揮下、突撃と退却を行うのである。

 グライアス軍も同様の行動様式になると予想される。

 先遣隊の知らせが届き


「程なく、敵軍も戦地到着の模様」


 司令部を緊張させた。

 塁門上の物見台で、布陣を監督していたジークシルトは


「明日の朝だな」


 静かに呟いた。

 周囲を固める大剣将、ダオカルヤンを筆頭とする若い旗本隊が一同、各自に表情を硬く引き締めて頷いた。



 同じ頃。

 当事者であるグライアス軍も、すでに首都を発し、戦場予定地を目前に控えていた。

 先陣の栄に浴したツィンレーと、首尾よく同行を許されたマクダレア、両人が指揮を執っている。


 動員数は、残念な事に敵軍の半分にも満たない。

 現在のところ、二万七千名である。


 人員を集めただけでは、戦線は維持出来ない。補給物資の輸送力が動員数に釣り合わなければ、街どころか村落も碌に無い国境において、兵士達は食事もままならず、武具に不自由し、傷病も癒せない。大惨事に陥るのだ。

 ぎりぎりの折り合いとして、さしあたりは二万七千名を送る。残りは準備が出来次第、後を追うのである。


「のっけから、厳しい条件だな」


 ツィンレーは馬上で顔をしかめた。

 先手を取れなかったしわ寄せは、国境に兵を送る算段を満足に整えられなかったという慌ただしさに、早速表れている。


 初手さえうまくいっていれば、余裕をもって兵力動員、敵を待ち受ける態勢になれたものを。惜しいと思わずにはいられないのだ。

 もっとも、口には出さない。

 今ある全てで戦う。他に手は無く、ならば愚痴を漏らすべきではなかった。


「我が方の増員は近々あるとして、問題は助っ人か。

 ブレステリス、リューングレスが当方に合流する手配のはずだが、日程はどうなっている」


 轡を並べる補佐官へ尋ねる。

 返答は


「詳細は届いておりません。

 しかし、近日中に差し向けるとのご回答は得ております」


 安心には程遠いものだった。

 ツィンレーはますます顔をしかめた。


 南の山国であるブレステリス王国は、当国と軍事同盟を交わしている。北方圏の最も東に国土を有するリューングレス王国に至っては、元々はグライアスの領土だった。


 王家から一人が分家独立して、有り様は属国であっても、一国を構えたのである。

 どちらかといえば、他人であるブレステリスよりは、王家の血縁たるリューングレスの合力に期待を寄せているツィンレーだった。


 最悪は、ブレステリスが日和見を決め込んで軍を動かさなくても致し方無し、追って来る当国の増員とリューングレス王国からの参戦で兵力を賄っても良い。

 内心ではそう考えていた。


 従って、南隣国の返答が曖昧でも諦めはついたが、縁者の返事までもが具体性を持たない内容である事には、いささかならず失望の念を禁じ得なかった。

 リューングレス軍だけでも間に合ってくれたら、少しは戦いようもある。そう考えていたとき


「敵軍は到着している模様」


 更に具合が悪い報告も飛び込んできた。

 知らせを持ってきたのは、後方にいたはずのマクダレアだった。

 話によれば、独自に物見の兵を出していたらしい。急ぎ馬を進めて来たという。


「既に、飛鷹陣と思わしい陣形を取りつつあるとの報告です」

「何ですと。

 そんな陣形をとるとは……敵は相当な兵力動員と見なければ」


「同感です。

 当方は菱形りょうけい陣で応じるのが上策と考えます」

「それがしも同じく考えておりました。

 槍先そうせん陣も視野に入れておりましたが、当方の人数が少なすぎる。

 ここは守りに強い、堅実な陣形を取りましょう」


「承知しました」


 まもなく、防兵塁が見えてくる。

 直ちに布陣を行う。唯一、当方に有利があるなら、大軍である敵よりも素早く陣形を調えられる点であろう。

 菱形陣は、飛鷹陣と正反対の形容となる。中央が突出して左右が下がり、菱の半分を形どった格好になる。


 左右の広がりを要する飛鷹陣に比べて、やや密集する形になるから、布陣の時間も短くて済む。

 先方に合わせて兵を動かせる自由度の高さも、手勢が少ない当方には好ましい。


「明日の朝だな」


 ツィンレーも呟いていた。

 両軍の激突は夜明けと共に。

 暗黙の了解が、両軍にあった。



 時間はやや遡る。

 グライアスの若い司令官代理から頼みとされたリューングレス王国では、開戦にあたって宮廷が大騒ぎになっていた。


 何しろ、物資も兵力も、底をついている。

 自らさえも食いかねる状況で、兵を出せと言われ、簡単に差し出せるはずもない。

 だが、宗主国に申し付けられれば、否と首を振るのは困難だった。


「止むを得ませんね。

 この不肖めが御国の御役に立つのであれば」


 国王を始めとして宮廷の重役一同に日参され、文字通りの泣き落としに遭った人物がいる。

 当宮廷の第三王子アースフルト、当年二十四歳。


 軍の士気を揚げるため、形式だけでよいから王子に親征をと、実に半月ばかりも頼まれていたのだった。

 彼なりに勝算、あるいは何らかの見通しが立ったと見えて、グライアス軍が出発するというほぼ直前、ようやく了解したのである。

 抜け目が無いと言うべきであろうか。

 軍の親卒にあたり、あれやこれやと条件をつけ、父王を絶句させたものである。


「否ませ給うのであれば結構ですとも。

 どうぞ兄上方に御下命を差し下されますよう」


「戦場へ遊びに行くわけでなし、生きて帰れる保証など、ユピテア大神にも難しい事でございましょうに。

 しかも帰れば帰ったで、身辺いろいろと騒がしくなるに相違ございません。

 それでも行けと仰せなら、何らかの見返りがあってしかるべしと心得ますが、如何」


「いやまったく、わたくしは別に行かなくても差し支えはございませんよ。

 ええ、そうですとも。

 何で独り身の若い身空で、グライアスが起こした諍い事のために戦場に散り果てなくてはなりませんか」


 たいそう強気に出て父をたじろがせ、ついに条件を飲ませたのだった。

 彼に言わせれば、グライアスの無茶について、尻ぬぐいを押し付けられるようなものであり、これ以上のただ働きなど御免蒙るという理屈である。


「だってそうじゃないかね。

 これまでに、宗主国だからと無理難題を吹っ掛けてきて、我が国はひどい迷惑を受けてばかりだ。

 森を見よ。


 ただでさえ、さまで豊かとは申せなんだ我が国のちっぽけな森林は、今や切り株だらけの無残な姿を晒している。

 我が国の緑は死に体だ。森というものは、一度衰退したら、五年や十年では元に戻らないと聞く。

 いくら植えても育てても、片っ端から伐採されるんだ、間に合うわけがないじゃないか。


 手を打つなら、せめて五十年程も前に打っておくべきだったのに、今日の明日のという事態になってからやっと慌て始める。

 何と無様な事だ、そう思わんかね」


 左右に正論を吐いて、切れ長の目を剣呑に細めた。

 彼には彼の考え、ないしは理想があった。

 全く理想通りではない祖国の現状を、何とかしたい。その考えが、痩せ気味の体に充満していると見える。


 怒りは怒りとして、かねてからの考えを実行に移す機会が来た。

 腹心に言いたい事を言ってから気を取り直したアースフルトは、大急ぎで出陣の支度を命じたのだった。


 動員可能なぎりぎりの人数、実に三万人である。

 軍を率いて、祖国を出発している。

 刻一刻と知らされる報告を耳にしつつ、戦地到着まで後二日ばかりとなったとき、東西両軍が布陣を始めたとの報告を得た。

 アースフルトは軽く鼻を鳴らし


「明日の朝だな」


 戦端が開かれる予想を立てた。

 日が昇れば、全軍激突。激闘は目前に迫っていた。

※ もしよかったら、拍手とかしていただけると嬉しいです。やる気でます。

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