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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十二章
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帰還の代償1

「ランスフリートはどこへ行った」


 祖父の問いに、ダディストリガは沈思から覚めた。

 次いで議場の左右を見やり、大いにうろたえた。


 姿が無い。

 またもや脱走か。


「探して参ります」


 議論が一段落し、相変わらず結論は出ていないものの、とりあえずの鎮静を取り戻した会議の場を、急ぎ後にする。


 先程は、まことに不覚だった。

 初めての閣議で、敵対意思をむき出しにしていた剣爵と討論し、ねじ伏せてみせた従弟には、心から感動した。


 奮闘した彼を見舞うべく、祖父の控室に向かったところ、その当人が倉皇と西へ走り去る姿を目撃した。

 教会のある方向ではないか。


 気づいた時、一息に頭へ血が上ってしまい、激昂にかられて従弟を追いかけたのだった。

 果たして逢瀬の現場に行き会い、ついには殴り倒すという荒事にまで発展してしまったのだが、肝心の話は何とも中途半端になり、今に至っている。


 再びの逐電を許すなど、もっての外だった。

 ランスフリートは、絶対に教会を目指している。ダディストリガは確信を持っていた。


(どこまで手を焼かせる積もりだ、あのばか者)


 どうせ他に行く場所は無い。

 教会に行って、その後どうするなど、恐らくは考えていないに違いないのだ。


 彼の慌てる姿を横目で眺め、留飲を下げているのは、バースエルム剣爵である。

 策は、着々と進行していると見てよいだろう。


 一族末席の青年を使い、恋仲にある二人をおびき出して亡命させる。

 ランスフリートについては、適当な口実を設けて教会へ向かわせる算段だったのだが、どういうわけかあの「どら息子」は、頼まれなくても自分から姿を消してくれた。


 後はオレンジル青年が事をし遂げ、吉報を携えて復命して来るのを待てばよい。


(ざまを見ろ、老人)


 痛快な思いを無表情の裏に隠して、剣爵はしかつめらしく討議の再開を待つのだった。

 ダディストリガは、背後の敵手が一人で愉悦に浸っている事になど、まったく関心を寄せてはいない。

 とにかく探す当ては教会しかないのだ。夜の帳に包まれた小道を、西へ向かってひたすら急いだ。


 凄い形相の若い剣将に突然踏み込まれた教会では、応接にあたった司祭以下、大多数の者が恐慌状態に陥った。


 胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いで詰め寄って来た青年へ、司祭は平身低頭の体で、当方も事情を把握していない旨、おろおろと答えた。


「ワルド神僕女の姿も、いつのまにか見えなくなってしまっておりまして。

 わたしどもも途方に暮れております次第で」


「なぜ、もっと早く知らせなんだか」


 司祭は大喝を浴びせられて一層恐縮した。

 怒鳴った拍子に、彼は思い当たった。

 過日の口論で


「逃げたければ、どこへでも行け」


 と、聞き分けの悪い従弟を怒鳴りつけたのは、他ならぬ自分だった事に。

 ランスフリートも売り言葉に買い言葉で


「逃げる」


 宣言したではなかったか。

 あの言葉を本気で実行したのかと疑い、ダディストリガは戦慄した。


 まさか、そこまで浮世離れしているとは思っていなかっただけに、衝撃は並なものではなかった。

 が。いつまでも驚いてはいられない。


「あのばかッ」


 ダディストリガは歯噛みして、長身を翻した。

 教会から少女を連れ出して逃げたとなれば、西にある小門から出て行ったと見るべきである。


 急いで小門へと走った。うまく衛士が彼らを見つけて、引き止めていてくれれば――僅かな望みを託したのだったが、しかし。


「いえ。

 ランスフリートさまはお見かけしておりません」


 衛士の反応は、教会と大差なかった。

 ただし、ダディストリガを落胆から救い得る耳寄りな情報も得られた。


「あのう。不審な小馬車でしたら、つい先刻」

「不審な小馬車だと」


 彼は色めきたった。

 下級衛士の語るところによれば、今から少し前、城の敷地内を移動する際にしか使わないはずの小馬車が、門衛達の誰何や制止を振り飛ばし、猛速度で門を駆け抜けて行ったというのである。


「只今、手の空いている者が追跡しております」


 ダディストリガは一瞬で気を取り直した。


「馬曳け。

 一番駿馬を曳くのだ、急げ」


 すぐに黒鹿毛の駿馬が用意された。

 ダディストリガが鞍にまたがった時、追跡に出た衛士を乗せた馬が馳せ戻ってきた。

 すかさず報告を求めた。馬車は、の問いに衛士は息を弾ませて


「北へ向かっております。

 一時は近づけましたが、車内には不審者が複数おります模様で、人数を呼ばねばならぬと思い、一旦戻って参りました」

「大儀」


 ダディストリガは言い捨てながら、馬首をめぐらせた。

 衛士の一人が驚いて、馬の轡に渡してある手綱を握り締めた。


「閣下、お一人でいらっしゃるのですか。

 あまりに危険では」

「誰も来るな」


 手綱を奪い、鞭を上げつつ


「その方らは、通常通り門を守っておれ。

 他言無用だぞ。

 もし余人に知られたなら、その方ら全員を厳罰に処するゆえ、左様心得ておけ」


 鞍上から怒鳴り下ろし、駿馬に気合を入れた。

 鞭をあてられて、黒鹿毛の若駒は鋭く石畳を蹄で掻き、砂塵を巻き上げて走り出した。


 北へ走り去った不審な小馬車に、従弟とその恋人が乗っているか否かは、ダディストリガには不分明である。


 見当違いなら万事休す、彼は一門の不手際を白日の下に晒して公式の手配をせねばならない。

 だが、他に手がかりが無い以上、その小馬車を追跡するより他に策は無い。


「早まるな、ランスフリート。

 早まらんでくれ。手遅れにならぬうちに戻って来い」


 呻くように独白しながら、若い武人は駿馬を追い立てた。目指すのは一路、北である。



 救いの手が馳せ参じつつあるとは、だが二人の知るところではない。

 危機は深刻を通り越して、まずランスフリートを死の渕へと追いつめていた。


 オレンジルは、喉元に狙いを定めたと見える。

 バースエルム陣営の計算に則するには、どこを刺しても良いとはいかない。


 ランスフリートが恋人を刺殺後、自らは喉を突いて果てたように取り繕いたいのであろう。

 刺客の唇が無気味に歪んだ。


 自分とさして年が変わらないのに、ただ虚ろに日を送るだけで王座につける目の前の青年を、この若い暗殺者がどのように思っていたか。


 憎悪と嫉妬を隠そうともせず、オレンジルは短刀をきつく握った。

 興奮していると見えて目を血走らせ、酷く耳障りな奇声を発しつつ、大げさな身振りで短刀を突き出した。


 喉のくぼみに刃先が達する寸前、ティプテが絶叫をあげた時。

 ランスフリートは反射的に動いていた。


 恋人を胸の下に庇い、身を伏せたのである。

 短刀を座席の背もたれに食い込ませてしまい、オレンジルは慌てた。


 ランスフリートは起きあがりざま右足を繰り出して、刺客の腹を蹴った。

 オレンジルも暗殺の職人ではないから、目算が狂った事に即応しかねた。予定外の抵抗に遭って体を蹴返された彼は、今しがたまで座っていた席に腰を落とす恰好になった。


 しかも嘔吐感を催したらしく、口を抑えて顔を伏せる。

 好機到来、ランスフリートはティプテを抱え上げ、身投げするような勢いで車外へ飛び降りた。

 大きく均衡を崩したものの、転倒だけは避ける事が出来た。


「これはもう少し、真面目に体を鍛えておくべきだったな」


 態勢を立て直しつつ、やや場違いな反省の弁を苦笑混じりに呟く。

 ティプテは


「後ろッ」


 笑おうともせず短い警告をとばした。

 立ち直ったのはオレンジルも同様であり、巻き返しを図ったのである。


 ランスフリートの背中めがけて、怒りの声もろとも短刀が振り落ちてきた。

 ティプテが気づいて叫ばなければ、深手になっていたであろう。腕の中の恋人ごと飛びすさって、彼は辛くも難を逃れた。


 しかし、今度はオレンジルもへまはしなかった。

 かわされたと知っても落ち着きを失わず、目的完遂への熱意も新たに、すぐさま攻撃の態勢を整えた。


 ランスフリートも刺客に背を見せる無防備を避けて、体を反転させ、次にティプテを地面へ下ろした。

 ぼう然とした恋人へ


「行きなさい。ここはおれが防ぐ。

 君は民家のあるところまで走るんだ。がんばれ」


 今来た道を戻るよう促す。

 周囲は都市中心から相当に離れたらしく、人家と思しい建物は見当たらなかった。


 とはいえ王都を脱出したわけではない、通りを中心街方向へ走れば助かるであろう。

 もっとも承知するティプテではなかった。


「嫌ですッ」

「だめだ、逃げろっ」


 全て言い終わらぬうちに、オレンジルがまたもや襲い掛かって来た。

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