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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十一章
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王太子親征2

「光栄です」


 マクダレアの返答は、変わらず冷静で、表情にも特段の興奮を覚えた様子は無かった。

 しかし、応接の間に置かれている卓の下では、膝頭で組まれた細い両指が震えている。


「出陣はいつになりましょうか」

おおよその見立てながら、一月以内になろうと存ずる。

 出来る事なら、明日にでも国境へ行きたいところです」


 ツィンレーは精悍な面差しを厳しく引き締め、宣言するように言った。

 マクダレアも同意の体で


「確かに。

 あたう限り迅速な出陣が望ましいと考えます。

 編成会議は明日ですか」


「ええ。

 わたしはこれから陛下の御前に赴いて、ヴォルフローシュどのの帯同を願い出ます。


 陛下にあらせられては、少々お難しいと思し召されるやもしれませんが、必ず説きまいらせる所存。

 ヴォルフローシュどのも、参陣のご意向を強くお示しください」


「むろんです」


 深々と頷いた。

 主君は彼女の国境参戦を喜ばない、慰留にかかる可能性が少なくない。


 僚友の懸念は、当人にも察しがついている。

 訳がある。



 若い女性の身で軍隊に所属し、一個の戦闘部隊を率いるまでになったマクダレアに、裏の事情が無いはずもなかった。


 その事情にまつわる王の意向ないしは思惑が、彼女には絶えず付きまとう。

 正直な感想を述べても良いのであれば、非常に鬱陶しい。内心では、舌打ちしたい気分なのである。


 もちろん、仮にも専制君主を相手取って、臣下の身が真っ向から負の感情を露わにするなど、命が幾つあっても足りない。


 王の「御意向」を穏便に退ける為には、何としてでも、軍事として西国境へ派遣されなければならないのだ。


 もっとも、王から身をかわす方法がもう一つ、有るにはある。

 恐らくツィンレーは、そちらを望んでいる事だろう。


 それについても、マクダレアは察している。

 察しているから


「貴官のご高配、まことにかたじけなく存じます。

 我らは共に軍人。祖国の為に一命を捧げて尽くせるよう、願っております」


 牽制の一言を容赦なく放つのだった。

 ツィンレーはひどく率直に失望の色を両目に宿し、肩を落とした。

 先程までは真顔で軍務を語っていたものが、今は随分と落差がある。


「そんなに、軍人を強調なさらずとも」

「何を言われる。

 事実を申し上げたまでの事」


「いやまあ、それはそうなんですが、いや。

 あの、ヴォルフローシュどの」


「本官は軍人につき、軍務に関するお話であれば、謹んで拝聴仕る。

 見るところ、大事な打ち合わせは済んだと思わしいですな。

 ツィンレーどの。陛下の御前へご参上なれば、用済みの場所で余計な時間を使わぬ方が宜しいと存ずる」


「......しからば、ご免。

 首尾は改めて報告致します」


 とても心残りだと、表情が訴えているが、彼は応接の席から腰を上げた。

 王に面談を求める予定であれば、マクダレアの言う通りで、急ぎ参上するのが得策というものである。


 まったく仕方なさそうに、応接間を出て行った彼を、マクダレアは座椅子に座ったまま簡素に見送った。

 非常に鬱陶しいという感想は、王が独占するところではなかったのである。


 やっと面倒事から解放されたとあって、大きくため息をついた時。

 応接間と執務室を遮る扉越しに、入室の許可をう鈴の音が聞こえてきた。


 マクダレアは、強張らせていた美貌を柔らかくほぐして、鈴を振り返した。

 入って来たのは、やはり若い女性だった。


 髪と瞳の色が黒く、詰襟の軍服が似合わない童顔、発育途上であるかのような細身の姿から、レオス人ではないと一目でわかる。


 黒髪と小柄な体格は、ガニュメア民族の特徴である。

 彼女は当惑の顔で


「閣下。

 ツィンレー剣将閣下はご退室の模様ですが」

「ああ、いいんだ。

 彼は忙しい」


「左様でございますか。

 遅くなりまして、申し訳ございません」


 行き場を失ったらしい、盆の上の茶杯二つを見ている。

 マクダレアは、僚友には無表情だったが、まだ十代の前半にしか見えない異民族の女性にはたいへん愛想が良く


「ラミナ、君は実に気が利くな。 

 ああ、下げる事は無い。せっかくの茶だ、二人で喫しよう」


 先程までツィンレー剣将が座っていた応接の席を勧めたものである。

 ラミナと呼ばれた女性は、去った先客を慮るような表情で、執務室の方を見やり


「宜しいのですか、閣下。

 何だか、ツィンレー閣下がお気の毒な」


 恐縮した様子になりながら、上官の指示に従った。

 マクダレアは苦笑した。


「わたしは気の毒ではないのか。

 この多忙な時に、面倒にも程がある男の願望をちらつかされて。

 煩わしい事この上ないのだが」


「そんなにお嫌なのですか、ツィンレー閣下が」


「特に嫌っているわけではないさ。

 特に好感もしていないがね」


 素晴らしいばかりの美貌とは少々つり合いがとれない、堅い男口調で、部下の問いに答える。


「とにかく面倒だ。

 幾度も断った、冷たくあしらいもした、なのに諦めないのだからな。


 他人の考えは知らないが、わたしは、話の通じない男を高く評価しない。

 こう言っては何だが、ツィンレーよりも、エルンチェア王太子殿下の方が、わたしには興味深いな」


マクダレアは、茶を飲みながら、西に思いを馳せるかのように、その方向を見やった。

目算が大きく外れた原因を作った男。ジークシルトという名の敵手について、話を聞いた彼女は、常に無く感じたところを口にした。


「珍しい王子と言わねばならないだろう。

 率先して賊を撃とうとするのも前代未聞ながら、周囲がよく認めたものだ。

 この様子なら、軍の親率も考えられる」


「まさか、そのような......。

西の王太子殿下におかれては、妻子も居ませずと聞いております」

 

 ラミナは戸惑っている。マクダレアは軽く首を振った。


「であれば、賊と渡り合うはずはないな。

たとえご当人がお望みあそばしても、普通なら左右が制止とどむ。

 臣下の諫言を容れるお人となりにはおわさぬ、という事だろう」

 

 結果論になるが、当方の読みが甘かった。そう痛感せざるを得ない。

 当宮廷が、相応の労力を払って先方の親王邸に手をまわし、情報収集にも時間をかけた事は、彼女もよく知っている。


 うまく勤め人を引き込み、標的が弟にだけは別人のように振る舞うとの癖も理解し、実行に及んだはずだった。


 ジークシルトが「普通の」王太子でさえあれば、成らぬ策では無かったとも思う。

 しかし、そうでは無かったのだ。


 この血の気の多さからすれば、当人の国境親征は十分に想像がつく。

 むしろ、そうでなければおかしいとも、マクダレアは思っているのだった。


「御当人がお出ましになるかならないかは、今となっては大した問題ではないさ。

 事は既に動き出している。


 君も準備を万全にな。

 お互い、簡単には死ねない身だ」


 ある事を思いながら、彼女は茶を飲み干した。



 ツィンレーの願い出は、クラムシルト王にはあまり有難い内容とは言えなかった。

 マクダレアは美人であり、有体に言えば、側に仕えさせたい本音がある。

 とはいえ、彼女には軍人の肩書があり、諸般の事情を考慮したとき


「あれは予の側室候補だ、出陣は許さぬ」


 とは、さすがに言いかねる。

 渋い顔をしつつ、裁可を与えた。


「死なせてはならんぞ」

「御意にございます」


 ツィンレーとしても、念押しは不要の心境である。

 まったく相手にされていないと重々承知ながら、彼は諦めていない。


 マクダレアを我が妻に、あるいは麗妃に。

 この主従は、つまり、一人の女性を間に挟んで、たいそう微妙な間柄なのだった。


 苦い思いは主君の方が強いであろう。

 初手に思わぬ躓きがあり、予定していた軍の進発を早めなければならなかった。


 マクダレアが密かに見抜いている通り、敵の王太子の人柄について、自分の予測に難があったと内心で認めている。


 彼が得ていた事前の情報によれば、ジークシルトは剣と馬術を大いに好んで、身辺警護も重くしない。

 腕前にそれなりの自信を持っているとの事だった。

 大概は、腕前と自信に乖離がある。特に王子の場合は。


 クラムシルトは元が軍人であり、現在の地位に就く際は骨肉の争いを制した、脇の出身だった。

 それだけに、嫡流の王子がどれ程の自信を持っていたとしても、恐れるに足らず。自負があったのである。


 彼が知る王家の男子は、文武両道は建前であって、実際は言う程ではなかったのだが、どうやらエルンチェアの場合は違っていたと見える。


 その誤解が、当方の不利を生み、気に入りのマクダレアを国境へ行かせる不本意につながった。

 非常に腹立たしい。


「万が一の際、毒を服用する手配を調えております」


 そのように報告を受けていたが、親書の内容を読めば、備えは何の役にも立たなかった事が容易に知れる。


 そもそも、失敗したら速やかに服毒して自決せよ、と言い含めてあったのかどうか。それすら疑わしい。


「何たる事だ」


 彼は憮然として、王座に身を預け、孤独に考え込んだ。次の策を講じる責任があるのだった。

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