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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十一章
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王太子親征1

 パトリアルスの謹慎は、王太子による東国境遠征に同行し、司令官補佐を行う条件で解かれた。

 兄に従って父王の執務室を訪れた彼は、緊張して直々の下命を受けたものである。


 バロート王は次男を下がらせず、ジークシルトに従わせたまま、打ち合わせを始めた。


「東国境への出立、遠征にまつわる取り仕切りはそなたに一任する。

 望むように致せ」


「ありがとう存じます、陛下」

「明日には、グライアスにも我が親書が届くであろう。

 きゃつらが戦の支度を始めるより先に、当方は国境に陣取って万全を期すべし」


 宣戦布告である。

 王の決定は、当事国を含む南北両圏の全国家へ送付されていた。


 パトリアルスの喉がごくりと音を立てた。

 今、十三諸王国時代が始まって以来、初となる国家間の全面戦争が起きようとしている。


 口火を切るのは、祖国なのだった。

 王も王太子も、平然としている。彼らは、戦について思いを馳せるのではなく、極めて実際的に


「ラインテリアから、薪の新規取引について打診があった」

「早速の動き、彼らもどうして、目ざといものです。

 して、ダリアスライスはどのように申しておりますか」

「今のところ、何も言って来てはおらんな」


 違う話題を討議し始めていた。パトリアルスは口出しを控え、というより意見を出せる立場ではなく、謹んで拝聴するしかない。


 バロートは、ジークシルトだけを真っすぐ見ている。


「好ましいとは思っておらぬ」

「同感です。

 南方圏の事情からすれば、ダリアスライスを抜きにして、話が円滑に進むとは考え難いところ。


 ラインテリアが彼らに対して、事前の了解を求めずに動いているとしたら、当方も軽率に飛びつくわけにはゆきませぬ」


「予も、それを気にしておる。

 ラインテリアの薪供給能力をあてにして計画をたててから、ダリアスライスに口を出されて、話を無かった事にされてはな。


 ヴェールトを頼みきれぬ現状では、ちと痛い。

さりとて、我らがダリアスライスに了承を求めるのは、筋違いというものだ。あくまで、ラインテリアに任せるべきであろう」


「はい。

 先方は、どのような態度でおりますか」


「曖昧だな。同意を得ているとも、そうではないともとれる。

 その点を明らかせぬうちは、話し合いにはならぬと申し付けて、この度は下がらせたがな。さて、今後どう出てくるか。


 さしあたりは塩の産出を抑えて、薪も備蓄量で間に合わせる予定でおるが、あまり時間の猶予は無い。

 考えねばならんな」


 父と兄の対話を、パトリアリスは初めて間近に見、胸が焼けるような焦燥感を覚えていた。


(兄上は、いつもこのような緊張感に耐えておられるのか。

 わたしには真似は出来ない)


 傍らに控えて話を聞いているだけでも、手のひらに汗が滲んでくるのである。

 バロートの視線を兄が一身に受けている事が、パトリアルスにはまことに有難かった。


「ダリアスライスと申せば」


 ジークシルトは、時々弟を見やりながら、会話を進めている。


「かの国の王太子は決まっておりますのでしょうか。

 風聞によれば、正式には未だ冊立されておらぬとか。

 そこら辺りで躓いて、ラインテリアの独走に手が回らぬという事態も考えられます」


「うむ。確か、二十四か五か、成人男子が居たな。

 太子に立ったとの知らせは入っておらぬ。


 ランス、何だったかな。ランス……おお、そうだ、ランスフリートだ。

 宮廷の最大派閥とかいう、有力貴族の筋だったはずだ」


「ランスフリート」


ジークシルトは、興味深そうに南方の若者の名を口にした。

 彼は、ランスフリートが彼の噂を知っているのと正反対で、その青年を知らなかった。ようやく名を知ったのである。


「どういう男ですか。何か特技は」

「特に無いようだな。そなたには敵わぬであろうよ。

 先方に送った間者の報告では、身分卑しい女に骨抜きにされて、臣下からもそしられておるとか」


「つまらん男ですな」


 一瞬で、期待は失望に変わったらしい。

 父王も深く頷いた。


「まったくだ。

 これなら、パトリアルスの方が、まだしも見どころがあるわ」


 全く突然に、矛先が向いた。パトリアルスは仰天して、正直に狼狽した。

 ジークシルトが


「ばか、落ち着け」


 とでも言いたげに、振り返りざま鋭い視線をなげてきた。バロートは低く笑った。


「のう、パトリアルス。

 そなたは古詩に通じており、芸術における知見も、母の薫陶宜しきを得て、我が宮廷で随一と評判だ。

 ランス何やら申す放蕩者よりも、余程ダリアスライスの王にふさわしかろう」


「ち、父上」

「しくじったものよ。

 南に生まれておれば、な」


 意味深な言葉で二人の実子をまとめて絶句させ、父は対話を終えた。



 グライアスにとっては、あってはならない状況の悪化だった。

 親書と称したその実は宣戦布告を、クラムシルト王は憤怒の形相で握り潰したものである。


 ブレステリスの下級剣士を抱き込み、エルンチェア王太子襲撃事件を起こした。

 事の正否は問題ではなく、開戦の口実さえ手に入れればそれでよかった。


 だが、事態は予想を超えていた。


「返り討ちだとっ」


 信じ難い失敗の報告を聞いて、さすがに開いた口が塞がらなかった。

 まさか王太子ともあろう立場の者が、進んで危険に身を晒し、自らの手で襲撃犯を取り押さえるなどとは、想像出来るはずもない。


 弟との仲は比類なく良好で、その申し条であれば多少の無理であっても容れる旨、親王周辺からの情報に基づいて立てた計画が、看破の挙句に逆用までされたという。


 更に、先方から開戦の通知を受け取る羽目になっている。

 計算違いにも程があろう。


 今となってはどうしようもない。後は可及的速やかに戦争準備を終え、エルンチェア軍勢を国境で迎え撃ち、撃破する事。他には無かった。


 事情はグライアス宮廷にも知らされ、軍の編成に対して檄が飛んだ。

 一日。


 最速の出撃が可能な師団を選抜する際、王から直々に内意を受けた青年が居た。

 当年二十五歳、気鋭の若手将校としてクラムシルトにも目をかけられている。ツィンレー剣将という。


 執務室に呼ばれて特に指名され、先陣を承る名誉を素直に喜んだ彼は、その足でとある僚友の元を訪れた。


「――というわけなのです。

 ヴォルフローシュどの」


「出陣、おめでとう存じます」


 嬉々として語る彼を、問題の僚友、マクダレア・ジーン・ヴォルフローシュは、熱気とは無縁な目で眺め、静かに祝いの口上を述べた。


 名が示す通り、女性である。しかも美しい。

 執務室に躍り込んで来た同年代の青年将校を、彼女は明らかに歓迎していなかった。


「御武運をお祈り仕ります」

「かたじけない。

 ついては、貴官に相談があります」


 存在を喜ばれていないとは察していたが、ツィンレーは怯まなかった。


「ぜひとも、わたしと共に西国境へ赴いて頂きたい」

「西国境へ」


 マクダレアの美貌が、はっきり色合いを変えた。

 初めはいかにも大儀そうに、軍人の礼儀を守る義務感だけで、呼んだ覚えも無い僚友に接していたものが、急激に話題へ関心を抱いたらしい。


 挨拶も立ち話のみで、なるべく手短に終わらせようとしていたのを、方針変更したと見える。


「国境」


 の一言から、彼女は察したのだ。

 ツィンレーは、先陣の誉れを自分と分かち合うべく、申し出ているのだと。


「そういう事でしたら、詳しくお話を伺いましょう。

 どうぞ、応接間へ」


 まるきり愛想は無かったが、ともかくも、彼を室内の奥へ招き入れた。

 向かい合って椅子に腰かけると、ツィンレーは早速


「事情はご存知と思いますので、説明は省略します。

 陛下の御下命により、西国境においてエルンチェアを迎撃する旨、まもなく軍令が正式に発令されます。


 わたしは、武人の名誉を遂げるにあたり、同行する僚友の選抜を御認め頂きました。

 過去の実績から、貴官が適任であると考え、陛下に推挙しようと考えているのです」


 切り出した。

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