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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十章
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そして月は翳り2

「此度は国王御子息さまの御臨席を賜わり、まこと栄誉のきわみ。

 名門ティエトマール家ご秘蔵の英才に、ぜひご高説を頂戴し、我が身の不敏を正させて戴きたい」


 バースエルム剣爵の口上は、慇懃無礼の見本ともいうべきものだった。

 議場に居並ぶ人々のうち、大多数を占める派閥に属する一同は、酷く嫌そうな顔で聞いている。


 口を開いた当人は、それをこそ喜んでいるらしい。

 にやにやと、国政討議に初出席のランスフリートを眺めて、議論を吹っ掛けようとしている。


「まずは、問いを一つ。

 我が国の現状を、どの程度ご存知でおられますかな」


「貴公と同等程度には、存じております」


 ランスフリートは、しかし政敵の暗い期待を冷静に撥ね退けた。

 どこからか


「ほう」


 感心する声が上がった。バースエルム剣爵も、はっきり表情に意外の色を乗せた。

 当人は、無表情に議論の口火を切った男を見ている。


 その様を、老チュリウスはもちろん、傍聴者席にいるダディストリガも、少なからず驚いた体で注目していた。


 つい最近まで生気に乏しく、生き人形の観すらあったものが、活発とはいえないまでも受け答えしているのである。

 自分に悪意が向けられていると、恐らくは承知の上で。


 助け舟を出したかったに違いない祖父などは、かなり慌てて開きかけていた口を閉ざした。

 ランスフリートは表情を変えず


「互いに前提すべき事は弁えているという事で、お話を伺いましょう」


 静かに続きを促したのだった。

 バースエルム剣爵は軽く咳払いし


「なら話は早いですな」


 まだ意外そうな様子を露わにしつつ、態勢を立て直した。

 彼としては、女に現を抜かす「どら息子」が、国政議論の場で平然としているばかりか、皮肉を受け流す余裕まで持ち合わせているとは、さすがに想定外だった。


 何とか吊るしあげたいとの闘志で、意表を突かれた埋め合わせをし


「では、今回の縁談を、ランスフリートどのは如何様に思われる」


 改めて問うた。

 フェレーラ・シトネーを南西三国の一翼たるエテュイエンヌ王国へ嫁がせる。その決定を行うのが、本日の会議における目的だった。


 むろん、バースエルム剣爵は賛成の立場ではない。


「我がダリアスライスは、特定の他国とは誼を結ばないのが従来の方針であり、事実として、一度たりとも外国の王室と縁談を成した例はありません。


 臣は、フェレーラ姫についても、慣例に則り然るべき臣下へ降嫁し、国内の団結を図るのが上策と心得ますが、如何」


「前例がどうであろうと、我がダリアスライスの国益に利するか否か。

 判断の基準はその一点のみである、と考えます」


 明らかに表向きの発言を、ランスフリートは相手にしない姿勢を現した。

 剣爵は、息をのんだ。


 本音としては、彼の事情から、ぜひ成婚をとは到底言えないのである。

 しかし、それこそ言えない。


(この男……)


 従来通りにするべき根拠を示せ、国内の成婚がどのような国益を生むのか、そのように問われれば、建前だけで切り抜けるのは困難だった。


 やむなく、しばし考えて


「御存じの通り、南西三国は一様に内国事情の複雑な国家でございます。

 先ごろは、ラフレシュア王国にて内乱が発生し、未だ鎮圧ならずとも聞き及ぶ。


 結束が固い南西三国の一つであるエテュイエンヌ王国に王女が嫁ぎ、その結果、我が王国に内乱の影響が及ばないとは申せますまい。


 フェレーラ姫の御身も大切なれば、この度は自重するべきでございましょう」


 安全の優先を主張した。

 ランスフリートも少し考える様子になったが


「一理ある事は理解します。

 しかしながら、王家の者が国内でのみ結婚を行い、外国との間にいかなる縁も結ばないのは、あまりに消極的と言わねばなりません。


 なるほど南西三国では、今後も何が起きるか判りません。関わり合いになって、迷惑を被るのは願い下げと思うのも道理です。


 とは言え、ならば知らぬ振りをしてさえいれば、関わらずに済むのですか。

 嫌だ迷惑だと唱えれば、厄介事は勝手に消えてくれるのですか」


 怯まずに畳みかけた。

 剣爵は思わず目をそらした。

 ランスフリートは身を乗り出していた。


「消えやしませんよ。お判りでしょうに。

 厄介事は、こちらの都合や希望を斟酌しません。


 知らぬ振りをしていれば、いつのまにか身近に迫っているものです。

 厄介が消えてくれないのなら」


 こちらが消えるまでだ。

 危うく、言いすぎるところだった。

 寸前で自制し、彼は


「最善の策を探して対処にあたるのが筋と考えます」


 何とか言い換えた。


「少なくとも、消極策では自体は打開し得ない。如何か」


 そこまで言い切ったとき。

 議場の隅、傍聴席から拍手が起こった。


 ダディストリガが、賛意を込めて喝采を贈っていたのだった。

 彼につられたようにあちこちから手を叩く音が上がり始め、チュリウスまでもが意外そうに、いままで不覚と信じていた孫の、目にした事もなかった剛毅な一面に見入っていた。


 ほどなく剣爵は孤立した。

 フェレーラの結婚は、即時裁可された。



 ランスフリートの奮闘に、老チュリウスがいたく感激したのは言うまでもない。


「見直したぞ、ランスフリート。

 まことに卓見であった。おまえも満更、捨てたものではないな」


 ほとんどはしゃいでいるといった調子で、老冠爵は執務室に戻るや何度も繰り返し孫を褒めた。

 が、当人は、さして得意げではなかった。


 要は、従弟が事前に授けてくれた予備知識に拠った発言である。

 褒めるのなら、自分に嫌がられながらも話を聞かせてくれた彼を褒めて欲しいと思っている。

 ついでに加えるなら、相当に個人的な怒りも含まれていた。自覚がある。


(何て事だ。

 勢いとはいえ、おれが……自分の意思を無視される事をさんざんに呪い続けた当のおれが、フェレーラの意思を確認もしないで勝手に采配してしまった。


 妹は夢にも知らないというのに。

 これでいいのか。本当にこれで良かったのか)


 心には別の感慨が生まれている。

 何という後味の悪さであろう。


 フェレーラの他に二人いる異母妹達とは、あまり交流してはいない。

 一番最近でも、初夏の頃に催された園遊会で二言三言、軽く言葉を交わしたきりだった。


 普段は妹として意識する事も無い、兄らしく振る舞う機会も無い。だが、確かに血縁者なのだ。

 その彼女の運命を決定づけた。


(おれにそんな権利があるはずはない。

 なのに……怒りに任せて、とんでもない事を言ってしまった)


 今更ながら、酷い自己嫌悪が襲ってきた。

 チュリウスは、むろん孫の苦悩には気づいていない。彼はただ喜び、安堵していた。


「どうだ。少しは閣議というものが判ったか」


 尋ねる口調もすこぶる上機嫌である。

 ランスフリートは


(ろくでもないものだって事は、よく分かったよ)


 口の中でだけ言い、問いには頷いて畏まり


「慣れぬためか疲れました。

 しばらく外気にあたりたいのですが」


 当たり障りのない返答をした。

 チュリウスは皺んだ顔を笑み崩して


「おお、さもあろう。

 休むがよい」


 よほど気を緩めたのであろう、あっさり了解した。

 ランスフリートが恋の熱病から醒めたものと、この老獪な男が単純にそう信じ込んでしまっていたのだ。


 珍しい、と彼は正直に驚いた。


 近頃の祖父であれば、どこへ行く、いつまでに戻れ、衛士を連れて行け、等々。口やかましく言わなければ、中庭に出る事も容易に許さなかったのだが、一人での休憩を認めたのである。


 これを幸いとしない理由は無い。

 祖父の執務室を下がりながら閃いた時、つま先は、ある方向へ半ば無意識に向けられた。

 行くあては、一つしかない。

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