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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十章
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そして月は翳り1

 大陸に現在ある十三諸王国は、共通して旧帝国時代の定法を守っている。

 程度の差はあるにせよ、王家存続に関するしきたりの類は、概ねどの国でも重要視されているものだ。


 特に、男子による血統継続はレオス人の伝統でもあって、各国の王は皆、後継者の獲得に腐心している。

 もっとも、南西三国の一翼を担うエテュイエンヌに関して言えば、現在のところ側室の子に出番は有りそうもない。


 朝餉の儀と呼ばれる王族の朝食会ともなれば、壮観である。

 国王夫妻に長子以下の既婚者は、しきたりに則って妻子を会場に伴う。この時点で、既に十名を超えているのだった。


 驚くべき事に、国王の嫡子は、男子だけでも五名いる。女子二名も加えれば、総勢七名である。

 円卓は四名が定員だったから、第四子のロベルティートは、最上席からはかなり離れる。


 ある意味で、特等席かもしれない。

 彼に懐いている妹姫達も同席で、しかも二人に左右を挟まれた格好だ。


「ねえ、兄上」


 レイゼネアはにこやかに、四番目の兄へ話しかける。如才無い笑顔でよもやま話に付き合いながら、しかし彼は、対面に座る人物へのさりげない警戒も怠ってはいない。


 弟がいる。

 シルマイト・レオンドールという、一歳違いの王家末弟だった。


 ぶっすりと機嫌が悪そうな顔を俯け、野菜の煮物を口に運んでいる。顔色は青白く痩せぎすで、更に不愛想ときては、ロベルティートならずとも、どうにも談笑する意欲が湧きづらい。


 それでも、何とか気力を振り絞って


「なあ、シルマイト。

 最近はあまり肉を食べないようだが、嫌いになったのかい」


 声を掛ける。

 反応は、感心する程冷ややかなものだった。


「あなたに関わりの有る話ですか」

「そう言うなよ。

 気になったから訊いたまでだ」


「気にする必要など無いでしょう。

 わたしが肉を嫌おうが好もうが、あなたには関係無いのですから」


「シルマイト兄上。

 そういう言い方は宜しくないわ」


 むしろレイゼネアの癇に障ったらしい。綺麗な顔立ちに精一杯の怒りを乗せている。


「ロベルティート兄上が、せっかく御気を遣ってくださったのに」


 妹の抗議は、シルマイトには返答の値無しと思われたようだった。顔すら上げないで、相変わらず野菜をぼそぼそと口に運ぶばかりである。


 相当かちんときたのだろう、レイゼネアが身を乗り出しかけた。

 ロベルティートは、妹の服の袖を軽く引き、微笑を向けた。


「確かに、出過ぎたな。

 気を悪くしたなら謝るよ」


「兄上」


 不満そうな妹に、小さく首を振って見せる。

 シルマイトはすぐに食器を置き、立ち上がった。おざなりな会釈を残して、両親が座る南卓へと向かってゆく。


 ははは、と笑う声が、ロベルティートの背中から響いてきた。

 兄妹揃って振り返ると、三兄の笑い顔があった。


「相変わらず、無駄な事をする。

 シルマイトが雑談なんぞに応じるものか、特におまえが相手ではな」


「ええ、まあ。

 わたしも、そんな気がしてはいましたが」


「察していたくせに、懲りないんだな。

 おれはもう、あいつと話そうなんて、髪の毛一本程も考えていないぞ」


 三兄は饒舌で、近くの円卓に席を設けられている次兄は、我関せずとばかりに食事を続けている。

 たまにちらちらと視線を寄越しては来るが、積極的に介入する積もりも無いのであろう。


 レイゼネアは、他の兄達の軽薄や冷淡に失望を禁じ得ない様子で


「兄上、明日からはわたしやフラウディルテとだけ、お話なさってね」


 ロベルティートに要望を語った。

 そうするよ、と返事をしつつ、彼は既に席を立った弟が去ったであろう方向を軽く流し見た。



 兄弟の不仲は、今に始まった事ではない。


 エテュイエンヌ王家における五兄弟の人柄は、誰が言い表したかは定かでないが、上から順に「凡庸」「尊大」「軽薄」「変人」「獰猛」と評されるらしい。


 長兄殿下が一番ましか、とロベルティートは内心で苦笑している。

 当人には、別に変人との自覚は無いのだが、男子優越が常識とされている宮廷社会にあっては、妹達との間に一線を引かず、男の兄弟と疎遠にしている彼の態度は、率直に言えば高評価を得られないのであろう。


 さしあたりは、それでも良い。自分に王座は回ってこないのだから。

 割り切った思いがある。


 いまとなっては、とにかく無事に生き延びる事。何とか長兄に王座を獲得してもらって、静かに王位争奪戦から身を引く事。

 ロベルティートの願いは平穏の一言に尽きた。


 朝食が終わり、勝手に出て行った末弟を除いた王族一同は、序列に従い会場を後にした。

 レイゼネアとは、また海が見える丘に散歩の約束をしている。昼を過ぎたら、いつもの通りに出かける支度をしなければと、つらつら考えながら自室へ引き取る途中


「………居たのか」


 回廊の真中で、とっくに去ったはずの末弟と行き会ってしまった。

 相手も、四兄と会いたかったわけではなかったのだろう。廊下を歩いていて、ばったり出くわしたといったところか、露骨に顔をしかめた。


「まだこんなところをうろうろと」

「そう言うな。

 おれが遅いのではなくて、おまえの退出が早すぎたんだよ。

 朝餉の儀はつい先刻終わったばかりだ」


 ロベルティートは、恐らくかなり努力して、朗らかな表情を作った。


「ところで、散歩かい」

「先程からどうしてこうも、口うるさく干渉するんですか。

 あなたは兄であって、父ではない」


「そうだな、おれは兄だな」


 さすがに、腹を立てたと見える。ロベルティートは笑顔を少し強張らせた。


「おまえは忘れているようだが、兄というのも、一応は年長者なんだ。

 弟らしく振る舞えとまでは言わない、ただもう少しだけ、紳士的な態度を心掛けたらどんなものだろう」


「おれは正直な男です。

 あなたのように表面を笑顔で飾り立てて、野心を胸中に深くしまい込むなどという卑怯な真似は、一度たりともした事が無い。


 これが紳士でなくて、何だと言うのですか」

「蛮人って言うんだよ」


 シルマイトの口答えに、だがロベルティートは大声で反論したりはしなかった。胸の中に収めたのみである。


 ただし、別の事は言った。


「何だい、野心って。

 おれは野心なんて代物は持ち合わせていないよ」


「ほう。

 ダリアスライスの美女を娶ると聞きましたが。

 あの大国の後ろ盾を得ておいて、野心が無いとは恐れ入った話です」


 シルマイトの眼つきが、急激に鋭くなった。

 ロベルティートも警戒の態度を、今や隠さなかった。


 早い。情報が漏れている。

 思わず口ごもり、唇を軽く噛んだ彼に、弟は


「あなたにしては上出来だ、なかなかの大胆さだと褒めてもいい。

 しかし、そう事がうまく運ぶとはお考えにならない方が、身の為というものです」


「……」


「精々、あの富国の威を借りて胸を張っているが宜しいでしょうよ。ついでに評判の美人も妻と呼べるとは、幸せな事です」


「……ありがとう。

 出来たら、心清らかな弟を持つ事も叶えば、猶更幸せなんだけどな。

 おれの幸せを喜んでくれるなら、ぜひ、協力してもらいたいね」

「お断りだ」


 獰猛。

 シルマイトの人となりを評する言葉は、なるほど的を射ている。


 つい納得する程に、末弟の表情には凄まじい彩りが浮かんでいた。

 会話の意欲は砕け散っていた。


 ロベルティートは物憂げに片手をあげ、そそくさと行きたい方向へ歩き去った。

 シルマイトは、唾棄したい欲望に忠実であった。


 ぺっ、と威勢のよい音を立てて口中の液体を吐き捨てると、剣呑に目を細めて、兄の背を睨みつけた。


「えせ紳士が。

 貴様にダリアスライスの美人は分不相応すぎる。おれが代理して貰い受けてやるから、さっさと坊主になってしまえ。


 それとも、神の国へ行くか。

 ならそれでもいい、望み通り協力してやるぞ、喜んで」


 何がどうなれば、ここまでの憎悪が全身から溢れるのだろうか。

 肉付きの薄い頬を引きつらせ、眉を思い切り寄せて、彼は


「覚えていろよ、ロベルティート。

 その気色悪い薄ら笑いを、必ず凍りつかせてやる。


 おれは、握っているんだ。

 貴様どころか、ばかな兄どもが誰一人知らない、とっておきの切り札をな。

 近々、全員まとめてほえ面かかせてやるから、楽しみにしておけ」


 憎悪の煮えたぎった声で、低く独語した。

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