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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第七章
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流血は祭に潜む2

 誰よりも人目を引くその若者が、用意されている椅子に目もくれず、国王席の後ろに立っていた。

 王太子ジークシルトである。


(威嚇だ)


 ゼーヴィスは、咄嗟に直感した。

 この第一王子は、意図して当方と向かい合っている、と。そして恐らくは、挑発の意も込めて。


 男離れした美貌だけでも圧倒に十分だが、装いが瞠目に値する。

 何と、軍服だった。


 国旗と同色の上下には、黄色で緻密なつる草の紋様が刺繍されており、肩から羽織る長衣も王族の礼服に必ずある裾飾りが省かれた品である。


 しかも、腰には明らかに武人が用いる柔剣、すなわち実戦向けの長刀をいているではないか。

 国王夫妻と弟親王は、ゆったりした造りの王家礼装姿、略式ではあれ額冠も着用しているだけに、ひとり軍服姿はたいそう目立つ。


 使節団もざわついた。

 当人は委細かまわぬ体で、唇を厳しく引き結び、相対する外国の一団を睥睨へいげいしている。


 王太子の人となり、武を尊ぶ。

 噂には聞いていたが、実際に目の当たりにすると、改めて衝撃だった。


(――初代帝陛下の御血筋か)


 ゼーヴィスは、記憶を辿った。

 かつて大陸は統一され、ガロア帝国として存在していた。


 現在の、十三にも及ぶ諸王国時代において、旧帝室に連なる王家を戴くのは、エルンチェアただ一国のみである。


 すなわちジークシルトは、血の源流を、初代皇帝に求め得る数少ない貴種なのだった。

 自ら剣を取って前線に立ち、今なお


「剣聖帝」


 との異称を奉られる、大陸平定を成し遂げた偉人の、彼はまさしく正統な子孫に違いない。

 ゼーヴィスは


(この激しい御気性におわす殿下へ、我らの計画がいかほど通用するものやら)


 どうにも無謀、としか思えなくなっていた。

 やがてざわつきも収まり、謁見式は淡々と進んで


「明日より三日間に渡って、恒例の豊穣祭が執り行われる。


 遠方より来れる友人諸君におかれては、ぜひゆるりと祭りを見物し、長旅の疲れを癒して頂きたく思う」

 第七代国王バロートが内心を忖度しかねる無表情さを保ちつつ、無難な挨拶で締めくくった。


 式次第は滞りなく終了し、夕方の晩餐会までしばらく休憩となる。

 王族の退出はすぐに始まった。まず国王夫妻、次いで王太子が去ろうとした時、椿事は起こった。


 ジークシルトとゼーヴィス、二人の視線が空中で衝突したのである。

 目が合った、その瞬間にゼーヴィスがすぐさま顔を伏せるべきであったろう。


 しかし彼はなぜかそうしなかった。まるで吸いついたかのように、雄国の王太子の双眸を捉え続けていた。


 ジークシルトは何事かとばかりに眉を寄せ、不快感を顕わにして異国の若い武人を見つめ返した。

 厳しい眼差しである。学者めいた容貌をもつ青年武官の無礼を、言葉によらずたしなめているかのようだ。


 が、それでもゼーヴィスは、ついに視線を外さなかった。

 傍目には、恐れ気もなく王太子を直視していると見えるであろう。終いにはジークシルトの方が根負けしたものか、急に口元を和らげた。


「そこもと、名は」


 むしろ上機嫌な口調で、目を合わせてきた無礼者に名乗りを求めたものである。

 訊かれた当人はむろんのこと、居合せた者の全員を驚かせたに違いない、突然の下問であった。


 ゼーヴィスも我に返った。推参、控えよと一喝を受けるのが妥当な自分の非礼に、内心では冷や汗をかいたものの表情では平静を保ち


「それがし、ロギーマ剣将補ゼーヴィス・グランレオンと申します。殿下」


 即座に姿勢を正しつつ答え、武人の礼を捧げた。

 何が気に入ったのか、ジークシルトは満足そうに頷いた。


「ロギーマどのか。覚えておく」


 どういうつもりなのか、誰にも推し量れない快活な態度であった。

 興味を満たしたらしい王子は、またそっけない表情に戻って使節団一行に背を見せた。早足で退場してゆく。


 弟が静かな足取りで兄の後を追い、シングヴェール王家の人々が退場し終えると、ゼーヴィスは緊張から解放されて深く息をついた。

 父が怪訝そうに彼を見ていた。


「何だったのだ」

「さて」


 小声で問われたが、自分こそ訊きたい。彼は答えずに苦笑した。

 何か感じるところがあったのか、単なる好奇心なのか。当人に質すわけにもゆかず、想像するしかない。


 が、名を訊かれた当事者は、理由そのものには高い関心を寄せていなかった。

 言葉に尽くせない、奇妙な感動を味わっていたのだった。



 王太子邸を簡潔に表現するなら、殺風景に尽きる。

 一切と断言してよい程に、装飾品が無い屋敷である。


 パトリアルス親王邸を知る者であれば、まず玄関であ然とさせられるに違いない。

 弟の邸は、母の嗜好で選ばれた豪華な家具で埋め尽くされている。それも、木目を活かした大振りな、ブレステリスで好まれる意匠ばかりだった。


 王太子邸には、それが全く無い。


 王后は、次男の為には全力を挙げたが、長男には少しも手間をかけなかったし、太子の方でも屋敷の造作について、母に相談を持ち掛けたり協力を求めたりなど、する素振りも見せなかった。

それどころか、徹底的な殺風景を特徴とする計画を立てたかのようでさえある。


 特筆に値する出来事は何も無かった、ひどく退屈な晩餐会が終わると、ジークシルトはそそくさと自邸に引き上げて来た。


 屋敷に付いている執事以下、勤め人達がきびきび動いて、帰宅した主人の世話を焼く。着替え、入浴と手順をこなせば、瞬く間に手持無沙汰となる。


 城の外では平民が、貴重な娯楽の機会に浮かれ騒いでいるであろう。しかし、ジークシルトにとっては、普段と変わらない長い夜の始まりに他ならない。


 わずかな楽しみといえば、本日の寝酒は特別に上質が保証されている、祭を祝う逸品という事くらいである。


(いつもながら、夜は手持ち無沙汰だな)


 屋敷に住み込む小姓の寝室と間違われても文句は言えない、天蓋もついていない寝台と文机があるだけの、素晴らしく殺風景な寝室に入ったはよいが、大概は時間を持て余してしまう。


 謁見式の終わり間際に目が合い、睨みつけられても動じる風ではなかった、あの若い武官――ゼーヴィスとやらが、今ここに居ればと、少し惜しむ気持ちが湧いた。


 最後まで頑固に目を伏せなかったあたり、なかなかの豪胆さだと、ジークシルトは内心で愉快がっている。


 身分違いの為、晩餐会でも親しく話す時間は、残念ながら持てなかった。呼べるものなら自邸に招いて、会話相手を務めさせたいと思わなくもないのである。


 もっとも、あの若者は名乗りに剣将補と称していた。異国の軍隊を率いる責任者を補佐する役目であろう。


 いかに王太子でも、そのような重職にある外国人を、自儘に邸へ立ち入らせる事は出来ない。せっかくの興味だが、どうやら発展は望めそうもなかった。


 居ないものは居ないので、酒が届けられるのを待つ間、やむなく文机に向かってみた。

 本が一冊、置いてある。

 しばらく考えた末、いつだったか、パトリアルスが


「お暇な折にでもぜひ」


 手渡してきたものだと思い出し、机上に灯されている蝋燭を台ごと手元に引き寄せて頁をめくった。

 弟が好む古詩の写本だった。


 この時代、書物と言えば専門家に手本を渡して写させ、簡易に閉じた品が主流である。しかし、兄に贈る品という事から、製本までさせたらしい。

 厚手の表紙にわざわざ皮を張り、背表紙も造らせていた。題名も著者も、こてで焼き付けてある。


 紙は、製紙技術に優れると評判のラインテリア王国産であろう。乳白色で手触りも滑らか、汎用品として大陸全土に普及している、植物由来の茶色い硬紙とは品質が段違いである。


 心遣いはとても嬉しい。ジークシルトは真面目にそう思う。

 ただ残念なのは、彼が芸術には少しも関心が無く、古詩の本に目を通すのは苦痛と言ってよい点だった。


 もし兵法書であれば、喜んで熟読したに違いないのだが。

 それでも弟の気持ちに応えんと、我慢して三頁は何とか読み進めた。


 旧帝国時代における初代皇帝の平定事業を、大げさな言い回しで讃える詩が長々と書かれている。

 読み下しにくい難解な長文に辟易しながらも、本を放り出さずに済んだのは、先祖への敬意が大きくものを言ったせいであろう。


 奮闘の最中


「殿下、申し上げます」


 扉の向こうから、声がかけられた。

 外部からの伝言や文を中継する役目、伝令使だった。


 ジークシルトは手を止め、少し考えてから立ち上がった。勤め人を呼ぶのではなく、自ら廊下に出たのだ。


 伝令はさぞ驚いたであろう。まさか主君が、寝室の扉を開いて姿を見せるとは、思いもよらなかったに違いない。

 目を白黒させながら、大慌ての様子で片膝をつく礼の姿勢をとった勤め人に対して


「何事か。早く言え」


 ジークシルトは口早に申し付けた。

 酒を届けるのは、伝令の役目ではない。何か、普段とは違う。違和感が働いていた。あるいは、一刻を争う内容かもしれないのだ。


「誰か来たのか」

「は、はい。

 パトリアルス殿下より、御文が届きました由」


 伝令役の男は文書を差し出した。

 今しがた届いたもので、親王邸に勤める者が持参したという。


「その者は、おまえの見知る者か」

「はい、いつも来る伝令使でございます」

「わかった。大儀」


 伝令を下がらせて、彼は寝室に引き返した。

 さしあたり、ただちに言上を聞いて判断を下すべき事案ではなかった。その点は安堵した。


 だが、文書が気にかかる。

 蝋燭が照らす先は、分厚い本から手紙に変わった。


 ほのかな光の下で文章を読み下してゆく。ごく短い手紙であった。


「火急の相談があり、ぜひ会いたい。余人を交えるはあたわぬゆえ、南刻の六課(午後八時)ユピテア寺院までご足労を願う由」


 じっくりと何度も読み直し、文末に入っている署名の筆跡は特に凝視した。

 やがて、思案がまとまった。


「外出するぞ。

 伝令、いや。誰でもよいわ。来い」


 ジークシルトは文書を放り出し、怒鳴りながら再び寝室を飛び出して行った。

 音を立てる勢いで緊急の外出準備を整え、主君を送り出した邸の勤め人達は、息つく暇もなく次の困惑に直面した。

 親王の先触れが玄関に現れたのである。


「何。殿下はお出かけだと」

「なぜ驚く。

 親王殿下から御文が届きまいらせ、まもなくお出かけあそばされたのだぞ」


 勤め人は困惑している。話を聞いた親王の先触れ係も、負けずにあ然とした。


「親王殿下の御文だって。そんな話は聞いておらん。

 おれは、これから祝いの御酒をお届けに参ります旨お伝えするように、との御命令を、殿下から直々に賜って来たのだが」


 勤め人は目を剥いた。


「では、先刻の御文はいったい……」

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