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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第六章
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内乱勃発す6

 抗弁しかけていたランスフリートは、目を見開いて声を失った。

 従兄は依然として容赦をしない。


「つい先程の急報だ。

 詳細は不明ながら、一国の首都内で激しい戦闘が発生したという」

「南西で、内乱……」


「王家の権力争いとの事だ。

 他人事ではない。


 我がダリアスライスも、いつ何時、そのような事態に陥るか。

 我が一門に公然と敵対する連中が居る以上、権力を巡る争いが武力闘争に発展する可能性は否定しきれんのだ。

 おまえの意地が発端にならないとは、誰がどう保証する」

「やめろ、聞きたくないッ」


 ランスフリートは右の拳で円卓を殴りつけた。前髪が乱れ、肩が激しく上下した。


「だから、人生を諦めろと言うのか。大人しくおまえ達の言うなりになって、父上のようにひたすら王座に座れと。

 おれは置物か。


 おまえも見ただろう、父上のあの御様子を。気力や生気とは無縁な、全てを放棄なさったようなお姿を。

 おれに、ああなれと言うのか。毎朝ただ神殿に参拝するだけが任務の、生ける石像になれと言うのか。

 御免蒙る。

 嫌だ、とんでもないッ」


「では、どうするという」


 ダディストリガが従弟に向けた視線は、同情とそうでないものを交えた、複雑な色合いを帯びていた。


「おまえはどうしたい。

 嫌だ、で済むとは思っていないだろう」

「……」


 拳を震わせたまま、ランスフリートは沈黙した。

 黙り込んだ従弟を、ダディストリガも黙って見つめた。

 ややあって、気難しい表情のまま視線を一旦外した。


「嫌だで済むものなら、こんな幸せな事は無いな。

 おれも嫌だ。


 昔、一緒に遊んだおまえを……木に登ってはマープの実をもいで、分け合って食べた自分が、おまえを意に染まない立場に追い込むなど、考えるだけでも不快で堪らん。

 だが、おれは不快だからとて、自分に課せられた義務を怠ろうとは思わん」


「ああ。おまえはそうだろうよ」

「ふてくされるな。おまえも同様だ」


 ダディストリガは視線を戻した。ランスフリートは項垂れたまま、もう一度拳に力を込めた。


「知るか、そんな義務」

「ふてくされるな、と言っている。

 さあ答えろ、ランスフリート。おまえはどうしたいのだ。

 義務を放棄して、それからどうする。逃げ出したいか」


 ダディストリガの声と表情は、この上なく峻厳で、半歩たりとも譲る気配を漂わせてはいなかった。

 刺激されたように、ランスフリートは勢いよく顔をあげた。眉がきつく寄せられて、眉間に縦皺が刻まれていた。


「ああ。逃げる。ティプテと二人で、この国から逃げ出すさ」

「ならば、やってみろ。

 逃げて何とかなると思うのなら、止めはせん。どこへなりとも逃げて行け。

 どうせ、野垂れ死にがおちだ」


「言ったな」

「言ったとも。

 気に入らんか。野垂れ死にがおちだと決め付けられたのが、それほど気に入らんのか。


 ランスフリート。自分で糧を得た事も無い、世すぎの術も知らぬ貴族の倅と、教会だけが生活の場だった世間知らずな小娘が、夢に包まれながら生計たつきを立てられる程には、生憎この世は楽には出来ておらん。


 おまえ達には、平民に混じって生きる事は出来んのだ。出来るものか」


 明け透けすぎる直言を蒙った瞬間、ランスフリートは無言で椅子を蹴倒した。

 その面差しを、凄まじい怒気が覆い、緑の瞳には否定しようのない従兄への嫌悪感が、かぎろいとなって表れていた。


「二度と、おまえの顔は見たくない」


 低い声で宣言すると、振り返る素振りも見せずに部屋を出て行った。

 残されたダディストリガは、荒々しく閉ざされた扉を凝視した。

 やがて


「逃げる事など、出来ないぞ。

 おまえはどこへも行けない。王座以外のどこへもな」

 静かな独白が漏れた。



 その頃。

 壊された街の中では、未だに斬り合いが散発していた。


 皮肉にも、嵐の影響で追手も思うように行動しかねたのである。

 襲われた革新陣営は、文字通りの散り散りになって各方面へ落ちて行き、保守陣営は掃討戦に手を焼かされる羽目となっている。


 更には


「あんた達ぁ、よくもこんな真似をしてくれたなッ」


 市民の怒りが向けられ始めた。

 彼らにすれば、ただでさえ嵐の後始末に追われて疲弊し、暮らしを立て直す見込みもつくかどうかといった、いわば命の瀬戸際にいる。


 生活の根幹部分を荒らされて、何とも思わないわけはない。


「出ていけっ」

「邪魔をするなっ」


 至極もっともな罵声を、あちこちから浴びせられ、それだけでは飽き足らぬとばかりに石だの折れた木の枝だのを投げつけられ、ほうほうの体で逃げ出す一隊も見受けられた。


 終いには


「国賊ってのは、御国に仇なす輩の事を言うんだろう。

 だったら、御国の再建を妨害するあんた達こそが国賊だ」


 ぐうの音も出ない正論まで、平民に突きつけられる有様である。

 生前の王太子が見た通り、決起には時期が悪すぎた。


 首都は治安悪化の一途を辿っている。

 保守陣営は、かろうじて城を抑えるのに成功し、さしあたりの主導権を握ってはいたが、民衆の心情安定については配慮が十分とは言えなかった。


 武人が中心になっているせいであろう。


「手向かう者は片っ端から斬れ、情けはかけるな」


 実働部隊を仰天させる命令が下っていた。

 敵も兵士というならともかく、素手丸腰の平民を斬り捨てるのは難しい。


 その心理的な負担が、保守陣営にとっては思いもかけない足かせとなり、逆に革新陣営には天祐だった。

 あえて鎧を脱ぎ、平民の装いで街を歩いては、歩哨のためらいを利用して斬りかかる。

 一度は追い詰められた者達が、逆襲に出たのである。


「そやつら、街の者ではないっ。

 敵だ、応戦せよっ」


 市民だと思い込んでいた相手に突然斬りかかられ、掃討戦に駆り出されている兵士達は混乱し、隊長が必死の形相で指示を飛ばしても、すぐには対応出来ない。


 何人も、湿り気を帯びている路面にあっけなく倒された。

 この繰り返しである。


 互いに司令塔が十全な働きをしていないがため、組織だって動けず、刹那の斬り合いに終始している。

 内乱は、少しも収束する気配が無かった。



 城の内部では、首都が予想を超えて制御不能に陥っている現況を、決して楽観してはいなかった。


「やむを得なかったとはいえ、嵐に前後して事を起こしたのは失敗だったのでは」


 首脳陣の見解も、段々と悲観に傾き出している。

 政権を強奪した親王は


「とりあえずは、兵を退かせてはどうか」


 そろそろ街の再建を優先するべきだと盛んに主張したが、武人達を承知させられずにいた。


「殿下。

 恐れながら、ここで兵を退いては、敵を勢いづかせる事態を招きましょう。

 何としても先方の戦力を削がねばなりませぬ」


「兄の首なら獲ったではないか。

 先方には、たとえ戦力があっても担ぐに値する者はおるまい。

 むしろ、民衆をなだめて我らの味方につけねばならぬ時ではないのか」


「御言葉ではございますが、今は引けませぬ。

 戦いには時節、機運というものがありまする」


 専門家に強く言われては、親王としても再反論の余地を見つけるのは骨折りだった。

 彼自身、中途半端な掃討で後日に禍根を残す恐れを、考えないでもなかったのである。

 迷いがあった。


 優先すべきは民衆の救済か、それとも敵の殲滅せんめつか。

 さんざん考えた末、親王が選んだのは


「判った。

 まずは敵を打ち滅ぼす。その後に、民を労わって遣わせ」


 乱の続行だった。

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