内乱勃発す5
慌ただしく祖父宅を訪れた従兄は、普段に輪をかけて気難しい表情をしていた。
年長者達が何を話し合ったのかは知らない。同席はおろか、聞かされもしなかった。
そのあたりが不満ではあったが、目下のところ、彼らに親しく会話を求め得る立場でも無く
(まあ、おれの知った事じゃないんだろう)
恋人に関わる話でさえなければよい、と胸中で折り合いをつけている。
従兄から視線を外した時、その恋人の姿を発見した。
前方の祭壇付近に、供花を捧げ持つ尼僧達が並んでいる。列の最後尾に、ひっそりと、ティプテ・ワルドが立っていた。
目が合った。
誰一人として表情を動かさない中、ただ彼女だけは、はっきりと笑顔を見せた。実によく目立つ。
ランスフリートも祖父と離れ、最前列にある所定の席に着きながら、微笑み返した。ようやく、一息つけた気がする。
やがて
「ダリアスライス王国第六代国王ピートゥルス・グロアレオン陛下。並びに王后ゾンフェルテ・カタリス陛下。ご入来」
ふれ係が叫んだ。同時に王族登場の合図である鈴が振り鳴らされ、喝采が起こった。
ランスフリートも、面倒くさそうに拍手した。司教を先頭に、まず父王が入場して来た。
「国王万歳」
「ピートゥルス王万歳」
歓呼が響く。もっとも、熱狂や敬愛とは縁が無い、どちらかといえば義務感に満たされた響きだった。
かつては間違いなく美青年だった父は、四十三歳の壮年期にあり、肥満していないのが幸いして、外見はまだ男性としての秀麗さを失ってはいないものの、あまり冴えたようすではない。
無気力という表現が、気の毒なほどしっくりする。若い日の精悍さを知る者には、老けた印象が強いであろう。
その後ろを
「王后万歳」
の、これも気の抜けたような歓声を身に受ける貴婦人が付いて行く。
ゾンフェルテ・カタリス、こちらは父と正反対の体形だった。
丸々とはちきれそうなりんかくに、ひどく不機嫌な表情を収めている。
せめて愛想良くしておればまだ救いもあろうに、ぎゅっと眉を寄せ唇を尖らせていては、列席者としても喝采へ熱意を込める意欲にかられにくい。
その様子からは、成婚当時の美女ぶりはとても偲べなかった。いっそ感心に値する変貌である。
無気力と不機嫌が連れ立って神殿へ向かう姿には、まことに遺憾ながら滑稽感を禁じ得ない。
あれでも、国王夫妻が勤まっているのである。これが、若い日のピートゥルス以上に美形なランスフリートと、笑顔以外の表情を持たないかのようなティプテの入場であれば、絵になるという一点のみでも、現国王夫妻を遥かに凌ぐに違いない。
南国らしい華麗さに甚だ欠ける儀式が、滞りなく終了した時。
ランスフリートは礼拝堂から退出してほどなく、追いかけて来たらしいダディストリガに呼び止められた。
「しばらく。少々お時間を頂戴したい」
「次の機会にして頂けますか、剣将閣下」
即答である。
「儀式が終了し次第、直ちに帰宅せよと、大父さまより厳命を受けておりますので」
「では、お許しを頂いて参る」
従兄はさっときびすを返し、またたくまに許可を得て戻って来た。
ランスフリートは、ほろ苦い笑みを口元に浮かべた。
「随分な差だな」
「当たり前だ」
ダディストリガは小声で言った。
「どこかの放蕩者と、おれは違う」
「判ったよ、大父さまの覚えめでたい従兄どの。
だけど、この前の話の蒸し返しなら聞かないからな。何回やっても無駄だ」
「何回でもやる。
根気にかけては人後に落ちぬと自負しているからな、おれは」
「まったく、どこまでも困った石だ」
ランスフリートは肩をすくめた。おまえに困られたくはない、とダディストリガは視線で反撃してきた。
仲が良いのか悪いのか、判然としない二人は、七日前と同じ部屋に陣取った。再戦が始まった。
「しつこいよ。
いい加減にしてくれないと、おれも怒るぞ」
ランスフリートが先制した。
ダディストリガは、だが怒声を張り上げて応戦しようとはしなかった。むしろ、悲しみの色を浮かべた表情で、従弟を見つめた。
「可哀想な男だな、おまえは」
「……何だ、調子が狂うな。
今回は泣き落としなのか。おまえには似合わない作戦だな」
驚いて、ランスフリートはつい敵意を引っ込めた。ダディストリガは首を振った。
「ティプテという女、あれはだめだ」
「のっけから理由も言わずに、だめとは何事だ。
そもそも、ダディストリガに決めて貰う事じゃないぞ」
「あの娘の、どこがそれ程良いのか。
おれにはさっぱり判らん」
「判ってくれなくてもいい。
おまえには素晴らしい奥方がおいでだ。彼女で満足していて貰わないと、おれが困る」
「ばか。誰が、あの娘を欲しがったりするか。
あの娘は何を考えておるのだ。余程、親の躾が悪かったのだな。
無理もないと言えば、無理もない話だが」
「どういう意味だ」
恋人を散々にこき下ろされれば、むろん気分が良い筈は無い。
せっかく引っ込めた敵意を復活させて、ランスフリートは従兄を睨んだ。
「おまえが奥方に首ったけなのは判るが、だからと言って彼女を基準にするな」
「そういう事を言っているのではない。
おまえ、あの尼僧が誰の娘か、知っているのか」
ダディストリガは勿体ぶらず、最核心にいきなり触れた。
あまりの意外さに、ランスフリートは目を瞠り、咄嗟には答えかねた。
「……娘、だと」
「いま一度聞くぞ。
手元に引き取る事が出来ず、寺院へ預けたまま放置している者は誰だ。
我がレオスの男か、それともシアの男か。どちらだと思う。
判るな、この問いの意味するところは」
従兄の問いかけは、ランスフリートを硬直させるに充分だった。
容易ならない指摘だった。
彼女の父親が、シア人であれば良い。だが、レオス人となれば話は変わる。
異民族の血を引く非嫡子を引き取れないとは、即ち相応の身分がある、という事である。
答えは一つしか無い。
「バースエルム家、か。
ティプテは、その血筋なのか」
「その通りだ」
「嘘だろう、ダディストリガ」
ランスフリートの問い返す声が震えた。ダディストリガは、だが厳然と否定した。
「真実だ。
おれは今朝、確認したのだ。間違いなく、ティプテはバースエルム盾爵の娘だ」
「止めてくれ、ダディストリガ」
「止めたところで事態が好転するか。終いまで聞け」
従弟の懇願を、ダディストリガは叱りつけて退けると、判明した事実について容赦無く語り続けた。
「盾爵は十七年前、タステリク郊外の別邸で静養中、シア人の尼僧と通じ、その者にティプテを産ませた。
彼女の母親は七年前に病没し、以後は盾爵の口利きで、近郊の教会から現在のユピテア寺院に入った。五年前の事だという。
盾爵は身分を憚ってか、娘の顔を見に来る事は無い。
彼女を城内の教会に収容する際も、手続きの全ては代理人にさせたというし、以後も様子を尋ねる事さえしていないというのだ。
それが今朝、思い出したように司教の元を訪れて、あれこれ聞いていったそうだ。
特にランスフリート、おまえとの仲について非常に関心を持っているらしい。
まだ判らんか、この危険さが」
「……」
「その娘が、おまえと愛し合っている。
たとえ我が一門が許したとしても、バースエルム家が祝福すると思うか。
いや、祝福はするだろう。ただし、二人の幸福を祈ってという意味では有り得んがな」
厳しい指摘を、ランスフリートはどのように受け止めたであろう。彼は、顔から血の気も表情も失っていた。
相当な衝撃を受けたらしい従弟を、ダディストリガは言葉を切って見やった。
だが、話にはまだ先があった。再び、口が開かれる。
「以前も話したな、現在の我が国の状況は。
あれから七日間が経ち、事態は一層、深刻化している。
バースエルム一門の野望如きに付き合っておれる場合ではないのだ。
いいか。
この一件は、まだ大父さまには報告しておらん。今なら間に合う。
本日限りであの娘と手を切れ。後はおれがうまくやる」
「ダディストリガ――ダディストリガ」
ランスフリートは呻いた。
他の同じ年頃の若者達とは、あまりに違いすぎる。唯一の拠り所も失い、実父同様、何ら権限の付帯していない王冠をかぶり、義務感から発せられていると明白な喝采を浴びて、いったい何が幸福なのか。これでは人形以下ではないか。
「どうして、おれなんだ」
そう問う声には、痛みに耐えるような切なさがあった。
「冗談じゃないぞ。父上の御子なら他にも居る。女子も数えれば、成人しているのはおれだけじゃない。
男子が望みなら、乳飲み子の坊やを借りてくればいいだろう。
むしろ、好都合じゃないか。おれより遥かに聞き分けはいいぞ」
「おまえでないと、だめなのだ」
あがく従弟へ、ダディストリガは断固と言い切った。
「乳児はなるほど、文句は言うまい。だが、国民の目にはどう映る。冠をかぶれもせぬ乳飲み子が、民草の敬愛をどうやって勝ち取る。
女子も同じ事だ。我がレオスの伝統からして、女人を政治の表舞台に立たせてはならん。
れっきとした成人男子を差し置いて、守るべき女人や乳児を王よと仰ぐ我らを、周囲はどのように見ると思う」
「ダディストリガッ」
「南西地方で内乱が起きた」
突然、話題が変わった。




