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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第五章
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運命は糾える縄2

 ツァリースが睨んできた。


「他に誰がある。

 この場に修学仕しゅうがくしの出は、おぬし以外おらん」


 昔の役目を持ち出され、ダオカルヤンはしまったという顔をして、首をすくめた。

 これは平たく言えば王子の学友で、六、七歳から遅くとも九歳までの間に任じられる。

 彼は特に気に入られ、今も若い側近としてジークシルトの傍らにある。


「おぬしは、ちと目を離した隙に殿下ともども手習いの最中を逃げ出して、木に登っておったり、池の魚を掴み取っておったり。

 やりたい放題だったではないか」


 学友のみならず、どうやら悪戯仲間でもあったらしい。初耳だったのだろう、父親が目を剥いた。

 老傅役が更に言い募ろうとしかけたのを、ジークシルトは手で制し


「許してやれ、過ぎた事だ。

 あまり興奮すると、頭の血が泡立つと聞く。倒れても知らぬぞ」


 自分の悪童ぶりはしっかり棚に上げ、他人顔で意見した。

 ダオカルヤンが噴き出した時、今度は父親が怒りの表情を露わにした。


「笑っておる場合か、この不心得者が。

 殿下を御諫めまいらせるのが、おぬしの役目であろうが。


 父の面目を丸潰れにしてくれおって、こやつは。

 おぬしを殿下の修学仕に差し出したは、我が過ちであったわ」


 かなり機嫌を損ねて、息子を叱りつける。その彼へ、ジークシルトはつと真顔を向けた。


「待て剣将。

 おれは、ダオカルヤンを直属に抱える事が出来たのは、大いに幸運と思っているぞ。


 これからは、今以上に恃みとするだろう。

 おぬしらもだ。一人の例外も無いぞ」


 一段と真摯さを増した眼差しが、左右を見渡す。

 集まっている二十余名の若い武官達は一様に身を固くし、水を打ったように静まって若主君を注目した。

 この機会を、ジークシルトは待っていたのである。


「よいか、一同。

 おれはおぬしらの上に立ち、我がエルンチェアを指導する。


 だが、おれの号令のみで全てが動くはずもない。おぬしらの精忠によってこそ、国は立ち行くのだと心得よ。


 この場の全員、エルンチェアの未来に無くてはならぬ逸材ばかりだ。

 一同、おれに従え。

 何があろうと、次の王は、このジークシルト・レオダインである」


 二十三歳の若者とは思い難い威厳をもって、彼は明言した。

 その言葉が終わり切らないうちに、忠誠心を快く刺激された武官達はこぞって万歳を唱え、特に若年層は勢いよく拳を突き上げた。


「ジェイル・ジークシルト」

「我ら、王太子の御身と共にあり(アース・ウィデルツ・ディム・タスライツ)」


 臣下らの熱狂するさまを、ジークシルトは睨みつけるようにして見やっていたが、おもむろに片手を挙げて制すると、満足げに頷いた。


「一同の熱誠、ここに嘉納する」


 しばしの休憩を告げて、彼は踵を返した。すかさず、ダオカルヤンが後に続いた。



 王太子の為に設えられた休憩所で、椅子に腰かけた彼の左横に若い側近が立つ。


「ツァリースの様子に留意せよ」


 小声で命令が下された。ダオカルヤンは頷いた。

 彼は、若い主君が先日来、傅役の動向に注意を払っているのを知っている。

 直立不動で左肩に自分の右拳を当てる、武人独特の礼を捧げると、やおら笑顔になり


「しからば、殿下。

 それがしの腹いせ、もとい駒取り勝負を謹んで願い上げ奉る」

「剣術の意趣返しは得意の駒取りで、か。

 よかろう、返り討ちにして遣わす」

「何の。駒取りなれば、それがしに分が有り申す」


 大声で言ってから、剣士仲間達が集まっている場所へ戻った。

 数人が笑ってこちらを見ている。


「ダオカルヤン。

 負けを腹に据えかねての、駒取り勝負志願か」

「おぬし、駒取りはなぜか強いからな。その半分でも、剣術が強ければよいのに」


「うるさいな。

 人には得手不得手がある。おれは剣術より駒取り向きよ」

「威張って言う事か、剣士の端くれが」


 親しい友人と軽口をたたいて、主君から受けた命を隠す事に成功した。

 彼は駒取り上手で、ジークシルトにも勝てると評判だった。その分、


「今日は、剣術の模擬仕合で仇討ちされたのだろう」

「何度も御指名を承っているのが、良い証拠よ」


 などと、先程から友人連中に笑われている。

 ダオカルヤンにすれば、むしろ好都合だった。


 何気ない様子でツァリースを見やる。こちらに背を向けている父と、何事か打ち合わせていた。

 注意深く、だがさりげなく。近寄って行った。

 やがて大剣将が集合をかけた。


「聞け、皆の者。

 我らはより一層の忠勤に励むべし。


 祖国とシングヴェール御家に対し奉り、忠誠を尽くしまいらせる事こそエルンチェア武人の本懐と心得よ。


 バロート陛下の御跡を、ジークシルト殿下が襲いあそばしてこそ、エルンチェア王国はこのガロアに君臨し得るのだ。


 余の者が第七代の王冠を戴くなど、断じて許してはならぬ」


 演説の最後を過激な見解で締めくくった老剣将へ返された反応は、負けず劣らず急進的なものだった。

 上げられた声は、軒並み同意を表していたのである。


 武官の年齢が下がる程、高揚は顕著に見られた。若者で冷静なのは、ダオカルヤンただ一人と言ってよい。


(ご老人も随分と先鋭論を叫ばれるものだ。

 以前から、王太子擁立派の最強硬論者でおられたのは確かだが、弟君をこうも明快に否定なさるとは)


 直前の様子と重ねて考えた時、嫌な予感をかきたてる言葉が、耳に飛び込んだ。

 ぎょっとして、大剣将を見つめた。


(なるべく早く。

 出来れば今夜にでも、殿下にご報告申し上げねばならんな)



「ツァリースは、確かにそう言ったのかッ」


 王太子邸の居間に現れたダオカルヤンが、挨拶もそこそこに昼間の件を語った時、ジークシルトはみなまで言わせず怒声を張り上げた。


「あの老人、おれの企図するところに便乗した挙句、無断でッ。

 御黙認を賜る、だと。

 あいつを武力で排除する所存かっ」


「具体的に排除と仰せではごさらぬ。

 なれど、そのようなお考えでおられるのは、まず確かでござりましょう」


 冷静を心掛けているらしく、腹心の方は、表情こそ厳しくひきしまっているものの、口調は穏やかだった。


 若主君は激高している。

 昼間、ダオカルヤンは確かに聞いている。父を相手に、老大剣将は


「火急の際として、陛下には御黙認を賜る」


 そう言った。

 どのように解釈しても、他の意味にはならない。王太子の弟を、武力で排除する。それが大人達の意向であろう。


「こうまで仰るとなれば……事態は、予想以上に差し迫っているものと思われますぞ、殿下」

「要らぬ世話だ、ばかめがッ」


 怒りのままに、ジークシルトは平手で円卓上を叩いた。小姓を呼ぶ陶器製の鈴が跳ね上がった。

 描いたように細い眉が厳しく寄せられている。彼は、猛烈に不快感を表していた。


「おれがいつ、弟の排除を命じた。

 あの老体、なぜおれに計らぬ」

「計ったところで殿下が御認めあそばす道理無しと、ご存知でいらっしゃるがゆえかと」


「判っているなら、おとなしく引っ込んでいるがいい、節介な老人め。

 そんな事、絶対に認めぬ。


 いかに筆頭傅役であれ、不用意に手を出せばどうなるか。

 ただではおかんぞッ」


 負の感情を隠しもしないで、獰猛に唸る。

 ダオカルヤンは慌てて大きな体を乗り出し、若主君を鎮めにかかった。


「なりませぬ、殿下。

 忠義の行為を罰しては、士気に関わります」

「うるさい。

 おまえに教わるまでもない。そんな事は判り切っているっ」


 ジークシルトは更に怒鳴り、それをきっかけとして、自分の危険な興奮をかろうじて自制した。

 まもなく冷静さを回復させ、途端に心底腹立たしげな舌打ちの音を立てた。


「剣術の合同稽古にかこつけて、若い武人どもを団結させる積もりが、とんだ失敗だ。

 あの老人め、呼んでもおらんのに出向いて来おって。

 そのうえ、あいつを武力で排除する方向へ、武人どもの誘導を図るとは」


「殿下。

 御言葉ではございますが、我ら武人は殿下の御許、一致団結を新たに誓い合い、士気も高くなっております。

 決してお見込み違いではございませぬ」

「その高まった士気を、おれの望まない用途に向けようと画策する腹積もりが気に入らん」


 宥めようとして言ったはずの言葉尻を捉えられ、ダオカルヤンは再反論しそびれた。

 ジークシルトは、自分の左手に拳を何度も叩きつけ、派手な音を立てながら、率直に腹立ちを表わしている。


「ツァリースのばかめが。今少し、おれに時を貸しておけばよいものを。

 ええい、腹案が台無しだ」

「御思案をまとめておわしたか」

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