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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第五章
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運命は糾える縄1

※サブタイトル 糾えるは「あざなえる」とお読みください。

「どうした、もう終いかッ」


 殊更に隙を作って見せながら、ジークシルトは、自分よりも大柄な対戦相手を怒鳴りつけた。

 若い剣士は、挑発と承知していても攻撃せざるを得ない。


 ぜいぜいと息を切らし、だがそれでも、大剣を振り上げて小癪な剣士の頭上を襲う。

 柔らかい布で包んだ木刀ではあるものの、当たり所によっては重傷を負いかねない。


 実に七、八歳の男児にも相当する巨大な刀身が、王太子めがけて振り下ろされてきた。

 ジークシルトは、だが後退しない。

 鋭い足捌きで、左横へ身を流した。


「あっ」


 相手の顔が、狼狽に歪んだ。

 彼の巨躯は、前方へ傾ぎすぎた上に勢いがついており、もはや止められない。進んで撃たれに出たも同然の恰好になっていた。


 頃合いを諒と見たか。

 ジークシルトは、巨漢剣士のがら空きなった胴体を悠々と横薙ぎに払った。

 剣士は堪らず剛剣を放り出し、地面へ平伏を余儀なくされた。


「それまで」


 審判が、ジークシルトの勝利を認定した。

 同時に拍手が沸き、賞讃の声が四方から飛んだ。

 砂埃をしたたかに噛んだ彼は、やがて身を起こし、苦笑を浮かべて若主君を見やった。


「いや、参りました」

「ご苦労。下がって休め。

 おい。

 一息入れたら、次はおまえだぞ。ダオカルヤン」


 略式の兜を脱ぎながら、ジークシルトは剣士達の控える一角へ目をやり、特に一人を指名した。

 指名された若者は、あまり嬉しくなさそうな表情だった。人懐こい陽気な性質の主と見える。


「また、それがしでございますか。

 つい先程、御相手仕ったばかりでございます」

「ああ、こっぴどく負けてな。

 雪辱の機会をくれてやろうと言うのだ、ありがたく受けたが良かろう」


「何の、殿下。

 ありがた迷惑と申すものも、この世にはござりまする。

 また大負けせよとのお申しつけに、それがしには聞こえまするが」


「うるさい。

 おまえと言ったら、おまえだ」


 ダオカルヤン・レオダルトというその若者を、重ねて指名する若主君である。

 剣士仲間達は皆、笑っている。



 ここしばらく、北方圏西沿岸地方では暖かい日々が続いていた。

 例年見られる傾向で、初雪が降る直前の、いわば太陽の僅かな抵抗である。


 その後は、寒気の勢力がたちまち盛り返してきて、空は厚い雲に覆われ、北風が我が物顔で上空を渡る日々に変わる。


 冬が近いとあって、このところは馬場に通い詰めだった王太子だったが、しかし。

 本日の晴天を見た途端


「剣術稽古を行う。

 武官のうち、非番及び手隙の者は、王太子邸に出頭致せ」


 若手を選んで、厳しく達しを出した。

 昼を過ぎて、屋敷の中庭には、集合した二十人弱の剣士達が稽古に勤しむ風景があった。

 話を聞きつけた筆頭傅役ツァリース大剣将までが、ダオカルヤンの父まで伴って顔を出している。


「そろそろ支度せよ」


 一通り汗を拭い取ったらしいジークシルトは、兜をかぶり直しつつ、若い剣士を改めて呼びつけた。

 声をかけられた方は、ほとほと閉口した体で父親に視線を送った。


「父上、何とかお口添えを」

「殿下の御下令だ、慎んで御相手仕れ」 


 薄情にも、父はすまし顔で、息子の援軍要請を却下した。

 ジークシルトは小気味よさそうに大笑した。


「諦めろ、ダオカルヤン。

 予め申しておくが、ツァリースに助けを求めても無駄だぞ。

 こやつは、おまえには味方せぬ」

「さよう」


 大剣将も、老いた顔に笑みをしませた。


「この爺めには、若君の御言葉が絶対でございます。

 それでなくとも若の勇んだ武者ぶり、一番たりとも見逃す積もりはござりませぬ」


 逃げようがなくなって、まことに渋々と、ダオカルヤンは剣術用に縄張りされた四角形の中央へ進んだ。

 対峙する二人は、前さらしの兜、胴丸、脛当て。手の甲から肘を守る籠手。そこそこの重装備を身につけている。


 王太子が本気の勝負を好むので、使用する武器は稽古向けの木刀のみと決められてはいるが、防具着装に手を抜けば無事では済まない恐れがある。

 主従共に、自らの身長の七割程が刀身にあたる、いわゆる「柔剣」の使い手である。


「始め」


 審判が合図し、両者は即座に距離を詰めた。


「ほう、突進か」

「殿下には、逃げの一手は通じませぬゆえっ」


 ダオカルヤンは、初手から激しく打って来た。


 大陸の剣術用語で「整の眼」と称される、へそを中心として相手に対し、刀身を真正面に構える基本の姿勢である。


 頭上まで大きく振りかぶらず、敵が構える刀身へ、左右交互に素早く打ち込む。

 横殴りに刀を叩かれれば、剣士はうかつには攻め寄せられない。積極策だった。


「殊勝であるッ」


 先手を取られたジークシルトだったが、まだ笑顔を見せる余裕はあるようだ。

 早技を仕掛けてくる臣下の、一旦引く動作を見逃さず、彼も手首を返した。


 同時に、大股で前へ出る。

 体当たりも同然の様相で、彼は相手の懐まで一気に飛び込んだ。


「うわっ」


 ダオカルヤンは、その意を察したか、一瞬で後方へ飛びのけた。

 ジークシルトは、既に刀身を下げている。間合いを詰めた剣士が剣を下げる時、攻撃の意図は限られる。


「気づかれたか」


 残念そうな笑声が漏れた。

 喉を突く。もしくは胴体を、腰から胸に向けて斜めに斬り上げる。

 彼の狙いだったが、間髪の差で相手に避けられた。


「上出来だ」

「それがしは必死ですっ」


 相手は、華麗な立ち回りとはゆかず、片膝をつきそうになっている。かなり態勢を崩しているのは明白だった。

 相当に焦って飛び退ったのが見て取れる。


「今少し、研鑽せよ」


 転ばなかっただけ上出来、という意味だったのだろうか。ダオカルヤンは何とか姿勢を戻そうとあがいたが、ジークシルトは猶予を与えなかった。


 再びの突進。木刀は正確な整の眼に構えられている。

 相手の左横をすり抜けざま、王太子は敵の脇を打った。


「それまでっ」


 勝利の判定は、聞くまでもなかった。



「おお。我が若君は、馬術のみの名人にはおわさぬわ。

 剣術にも、とくと秀でておられる」


 筆頭傅役は手放しで喜んでいる。

 仕合仕立ての稽古場、その最前列。特等席に陣取った老人の言葉に、隣のも満腔の同意を込めて頷いた。


「まことに。

 倅如き、殿下によく敵し奉るはあたわず」


 木刀を収めた両者に、拍手が贈られる。真っ先に手を叩いたのは、むろんツァリースである。


「よくぞ御成長あそばされました、若。

 お強くおわす」

「嫌というくらい、おぬしには鍛えられたゆえな」


 答えるジークシルトは、息も弾ませていない。かたやダオカルヤンは、両膝頭に手をあて、体を折って、ぜいぜいと荒い呼吸をしていた。


「何だ、その体たらくは。情けない」


 父に叱られたが、構っていられないと見える。


「父上も、ご存知でしたで、しょうに、こういう結果、になるのは」

「まずは息を整えよ。

 話はそれからだ。余計みっともないわ」


「まあ、そう言うな。

 ダオカルヤンにしては、よくやったぞ。

 少なくとも、おれを相手に突進する程度の気構えは見せた」


「お、恐れながら、殿下。

 あまり――お誉めの御言葉には、聞こえませぬよ、うな」


「当たり前だ、誉めてはおらん。

 まだまだ精進が足りんのだ、おまえは。

 おれ共々、この老体に鍛えられた割には、剣術の腕前は今一つだな」


 まだ辛そうな若者に軽口をたたいておいてから、彼は大剣将を見やった。


「まったく。

 この老体ときたら、加減というものを知らぬ。


 生身のおれを、木刀で力任せに殴りつけるのだからな。堪らぬぞ。

 我ながら、よく死ななんだ」


「悪戯をなさいますがゆえでござります。

 若は、爺めの言いつけを否ませ給い、そこな悪童と遊び歩いてばかりにおわしたではござりませぬか」


「お。

 そこな悪童とは、それがしの事でございますか」


 ようやく姿勢を直したダオカルヤンは、その途端に矛先を向けられて、いかにも心外そうに問い返した。

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