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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第四章
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諸南、不穏なり6

 夕方を過ぎて、雨が降り始めた。

 王家の晩餐が終わり、南刻の五課(午後七時)になったあたりで、雨足は弱まり、外は静かになった。

 食後の茶を相伴するよう、父から申し付かったロベルティートは


「やれやれ、通り雨だった模様です」


 聞き耳をたてるのをやめた。

 居間には、彼の他には父が居るだけだった。


「大過なく、まことに宜しうございました」

「毎度の事ながら、気の休まる暇がないのう」


 父も、表情には出していなかったが、内心では相当に緊張していたのであろう。茶を誘っていながら、ろくに手を付けようともせず、絶えず近侍を呼んでは


「外の様子は如何か」

「風は強まっておらぬか」

「雨の勢いは」


 盛んに尋ねていた。

 それというのも、南方圏でも南限に位置する当国には、独特の問題として嵐対策がある。


 他の地方でも見られる悪天候とは桁違いの大暴風で、夏といわず冬といわず猛威を振るう。

 一度見舞われたら、人家の屋根は軒並み吹き飛び、家畜も大木も、時には海岸の岩すらも薙ぎ払われる。


 海は暗黒色に変容し、ひっきりなしに怒涛が押し寄せては岸辺を猛襲する。

 河川は氾濫し、堰の決壊が立て続けに起こる。都市も農村も等しく甚大な被害を被るのである。


 嵐が連続して襲来する事もごく普通で、街を再建した途端に消し飛ばされたという経験は、この地方の支配者であれば、避けては通れない試練であろう。


「これさえ無ければな」


 父は、肩をすくめて残念そうに言った。このような動作をするとき、親子はとてもよく似る。


「我ら南西三国は、美しい楽土と胸を張れるものを」

「御意にございます」


 ロベルティートも同感だった。彼の脳裏には、昼間見た海が思い起こされているであろう。

 嵐の上陸さえなければ、南西部は美しい爽やかな青の海と、浜を輝かせる目に痛いばかりの白い砂、南国の沿岸だけに根を伸ばす、鳥の羽のように広がる巨大な葉を持つ高丈の緑の木々が華麗に彩る常夏の楽園と言える。


 だが、この楽園は王と人民を落胆させる事に、人の手ではなく自然の気まぐれによって、一再ならず侵略を受けているのである。


 嵐に叩きのめされた街を、だがそうかと言って放置するわけにもゆかない。

 施政者達は、国庫をさらげてでも、いつまた壊滅するか知れない都市の再建に尽力せねばならなかった。


 これあるがゆえ、南端の国々は貧窮してはいないものの、栄華を楽しむまでの富裕さにも、なかなか手が届かないのだった。

 雨模様が落ち着き始め、父が一息入れた頃合いを見計らって


「ときに、父上。

 先日のお話でございますが、あれは取り止めと致したく存じます」


 ロベルティートは別の話題を切り出した。父は、明らかに安堵した様子を見せた。


「おお、考え直してくれたのか。

 祝着である。

 そなたの気持ち、判らんではないがな」


「ありがとう存じます。

 諸般の事情を鑑みれば、御許しを賜るのは困難と考えました。

 御心労をおかけ申し上げてしまいました事を、深くお詫び致します」


「よい。

 謝るのは予の方だ。


 そなたの身の安全を思えばな。寺院入りが一番の上策とは承知しておる。

 その上で、許すとは申せぬ。

 苦労をさせてしまうが、堪えてくれ」


「わたしの苦労など、苦労のうちには入りませぬとも。

 父上。差し出口を御許し下さい。

 なるべく早く、兄上に王位を御譲り願います」


「予もそうしたいのだがな。

 あれには子がおらん。


 この際は麗妃でも構わぬ、せめて一人でも男子を得てくれれば、すぐにでも王座を譲るにしくはない」

 王太子には後継者が居ない。


 この問題が解決しないままに王位の禅譲があれば、第二以下の継承権者による争いも引き続く。

 回避する方法は、あるにはある。

 しかし、父は積極的ではない。


「そなたが言いたい事は判っておるよ。

 判るのだがな」


 茶杯を卓に戻すと、父は利き手の指先を複雑な形に動かした。

 空中に、ある文字を書いている。


 それに気づいた時、ロベルティートは俄かに悟った。

 寺院入りを許さない、父の真意。苦労をさせてしまうが、堪えてくれと言った意味とは。


「父上の思し召しは……」


 思わず口に出した瞬間、父は眉をしかめて殊更に唇を引き結んだ。居間をすばやく見渡し、立ち聞きの可能性について気を配る様子を見せる。

 雨が止み始めて、今は人払いしてあるとはいえ、王族には必ず身辺に侍する者が居る。


「御下命をお待ち申し上げる」


 との建前を盾にとって、こちらの様子を探る者がいないとは断定しかねるのである。

 息子の方も、即座に理解した。言葉を切り、軽く息を整える。


 コール茶を口に含み、慌ただしく思考を巡らせてから、あえて咳払いした。喉の不調を印象付けるように振る舞い


「御無礼仕りました。

 そう言えば、最近小耳に挟んだのですが、今年はコールの実があまり良い出来ではないとか」

 話題を切り替えた。父も応じてくれた。


「うむ。

 コールの実がな、昨年よりりが悪いようだ。嵐に吹き飛ばされた果樹園も多々あると聞く。

 今年は飲みづらくなるやもしれぬ」


「残念です。

 わたしなどは、一日で五杯は飲みますゆえ。

 酒は別に無くても宜しうございますが、この茶が無いのは閉口致します」


「愛好しておるようだな。

 他国では、香り茶が主流と聞くが、かく言う予も、コール茶無しでの息抜きは考えられぬわ。

 今のところ、我が南西地方ならではの楽しみ。我が国ではな」


「ええ、父上。

 香り茶も悪くはございませぬが、コール茶の、あの癖の強い苦味に慣れた身では、今一つ飲んだ心地が致しませぬ」


 暗黙の了解を元に、親子は無難な話題に落ち着いた。

 ロベルティートの内心は、決して安寧ではないが。


(そうか、おれに縁談があるのか。

 父上も同じくお考えでおわしたのだな)


 指先の動きを思い出しながら茶を含み、彼は考える。


(でも、意外だな。相手は、南西三国ではないのか)


 南方圏の最南部には、三つの小国家がひしめき合っている。

 南西三国と通称される国家群である。


 揃って沿岸国家であり、古くから鎖国すれすれの外交方針を是としている。

 嵐の対策上、どうしても国内に流通させなければならない幾つかの例外を除き、基本は自給自足で賄っている。

 ガロア大陸が統一時代を迎える以前、動乱期にあった頃、南西三国の王家は結束して意見を一致させ


「我らが地方を閉じるべし」

「中央に関わってはならぬ」

「代わりに三国内での結束を固めよ」


 厳しく布令を発した。

 三百年以上も経た現在、約定はまだ活きている。王家の縁談も然りである。

 だが、父の指先は、南西部にある他の二か国どちらも示さなかった。


(とにかく、まだ決まった話じゃない。しばらくは様子見に徹するのが、今は上策だな。


 どうせ、もう寺院入りは無いんだ。取り止め話も、明日には宮廷中に知られているかもしれない)

 妹の為には、それでも良い。意を決していた。

 父王の警戒ぶりは、この噂の伝播が予想以上に早い点を受けての配慮であろう。


 ロベルティートとしても、いずれは妹に知られるとは思っていたが、彼の読みよりも随分と早かった。

 誰かの手が回っているものと見なければならないだろう。


 考えているうちに、いつのまにか茶杯が空いた。

 気づいた時、父が手ずから二杯めを淹れてくれていた。


「これは、恐れ入ります。

 気が付かずに、とんだ御無礼を」


 慌てて謝ったが、父は笑って済ませた。優しい親の顔が視界に入った。


「たまには、こういうのも悪くなかろうよ」

「ありがとう存じます」


 少なくとも、自分は嫌悪されていない。茶杯を受け取りながら、ロベルティートは改めて確信した。

 父を味方につけておく事。それが、望まない王位継承権の争奪戦を生き残る、必須条件であると。

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