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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十八章
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救う者、救われざる者6

 エテュイエンヌ王国に輿入れする姫が変わったとの一報は、ダリアスライス王国にも伝わった。

 結婚の儀式に呼ばれているわけではないものの、公表された内容が知られるのはごく普通の事で、宮廷ではその話題でもちきりとなった。

 ダディストリガ・バリアレオンは、盛んに首をひねっている。


「前代未聞だな」


 友人にして副官のユグナジスに語り掛けると、彼も同意しているとみえて


「本来の許婚さまにあらせられては、急病に伏せられておわすとの事だ。

 外務卿や外商卿が、大慌てで薬を手配していると聞いている。


 とはいえ、確かに土壇場すぎる。

 通常は、まず婚姻を延期して、模様見するものだと思うな」


「まったくだ。

 これでは、御病(おんやまい)をかこい(たも)う姫君が、不治であると言外に称しているに等しい。


 ご不例におわして、まだ日が浅いというのに、早くも諦めたかのようなふるまいは、宮廷儀礼にあわぬ。

 何かあると見るべきだ」


「探るか」

「頼む」


 ダディストリガの疑心をかきたててやまないのは、彼自身が語った通り、あまりにもサナーギュア宮廷の諦めが良すぎる点にあった。


 姫を入れ替えてでも婚姻を急ぐほどの理由が、かの宮廷にあるのだろうか、と。

 考えつつ、王太子の元を訪れる。

 ランスフリートは、従兄の面談申し入れにすぐ応じた。


「婚約者を入れ替える、か。

 今まで聞いた事はない話だな」


「御意にございます。

 ただいま、ユグナジスに詳細の探索を命じておりますが、何分にも鎖国を是とする南西三国。

 ましてや現在は我がダリアスライスと敵対の様子が見えつつある国につき、どこまで詳しい情報が入手できるか、不明にございます」


「南西三国か。

 なら、詳しい人物に意見を乞うのも一案だと思わないか」


 ランスフリートの提案に、ダディストリガも顔色を動かした。


「ロベルティートどのに」


「ああ。

 南西三国の事情については、彼よりも詳しい人物は我が宮廷にいないだろう。

 もし彼に、まだ使える人脈があるなら、それを辿る方法もある。


 剣将、供をせよ。

 今すぐ、ロベルティートどのに話を伺おう」


 このたびばかりは、ダディストリガも表情を変えずに首肯した。

 彼は、従弟にあたる王太子が、政治的に失脚した他国の元王子と個人的な親交を深める事には賛成しかねる立場だった。


 世を去ったティプテとの恋愛に没入していた当時とは、まったく人替わりしたかのようなランスフリートではあれど、ロベルティートに肩入れしすぎて、宮廷から冷たい目で見られる可能性が無いわけではない。

 その点を考慮する限り、あまりにも近くなりすぎるのは好ましくないと考えている。


 だが、王太子の言う通り、国交を持たない相手、しかも同盟国以外にはまるで興味を見せない南西三国の一翼について、詳しく知るにはその出身者に話を聞くのが最も早道だとも理解もしている。

 国益のためとして、苦言を呈するのを控えたダディストリガだった。



 廊下を渡り、彼に貸し与えられた静養向けの客室に足を運ぶ。

 扉の前に、従者を務めるオタールス兄が立っていた。


「王太子殿下のおなりである」


 ダディストリガが重々しく言う。端正な剣士の礼が捧げられた。


「わざわざのお運び、恐悦至極に存じ奉ります」

「殿下をお通し申し上げよ」


 厳かに、扉が開かれた。

 寝台にはロベルティートがおり、上半身を起こしている。


 ふと、花の香りが漂った。

 ランスフリートは、軽く匂いを確かめるしぐさをした。


 ロベルティートは少し恥ずかしそうにしている。

 どうやら、先ほどまで来客があったらしい。


「お加減はよろしいようで」


 ランスフリートが声をかけた。


「せっかくのお時間を邪魔して申し訳ありません。

 少しお話をさせて頂きたい」

「もちろん。

 どうぞ、ご遠慮なく」


 照れくさそうな表情を変えないで、ロベルティートは頷いた。

 これは恐らく、ついさっきまで、ランスフリートの異母フェレーラ姫が部屋を訪ねていたと見えた。


 ダディストリガは、気づいているのかいないのか、はっきりしない無表情で、ランスフリートの背後に従っている。

 その話題には触れず


(フェレーラとは順調なようだな。

 妹も彼を気に入っているらしい事だ、できればエテュイエンヌに王子として戻して差し上げたい)


 などと、心の中でつぶやきながら、ランスフリートは病床の傍らに陣取った。


「先刻、驚くべき情報が入ってきました。

 貴君の故郷エテュイエンヌ王国に関する話題です」

「それは、ぜひともお聞きしたい」


 ロベルティートもすぐ表情を引き締めた。

 王太子に視線で促された剣将が、ゆっくり口を開いた。


「シルマイト殿下のご婚儀にまつわる情報です。

 お相手は、サナーギュア王国リトアイア姫と定まっていたものが、姫の著しいご不例につき、急きょ妹姫のミルティーネ内親王殿下に変更と相成りました」


「えっ」


 ロベルティートは目を見開いた。

 彼にとっても、婚姻相手の急な変更は、意表を突くものと思われた。


「ミルティーネ殿下に。

 それは奇妙」


「御意にございます。

 我らも、有職故実にのっとる事のない異例に戸惑う次第」


「それについて、ロベルティートどののご見識を承りたい」


 ランスフリートが話を引きついだ。

 ロベルティートはかなり考え込んで、なかなか返答しようとしなかった。


 訪ねてきた二人は、この病床の来客が何らかの答えを口にするのを、辛抱強く待った。

 相当な時間を熟慮に費やした末、やっと


「サナーギュアは政情安定しており、何が何でも我がエテュイエンヌと縁をなさねばと焦るほどの事情を持っているとは、思いにくいですね。


 考えられる可能性があるとしたら、わたしよりも王位継承順位が高かった王太子殿下、次兄および三兄の各親王殿下方が、諸般の事情によりご逝去あそばしました。


 その結果として、南西三国を支える閨閥(けいばつ)がほぼ崩壊に至り、急いで形勢を建て直す必要があったため、姫の輿入れを、代理を立ててでも強行するというあたりでしょう」


「なるほど。

 閨閥再生のためですか」


「ただし。

 だとしても、そういう事に熱心なのは、ラフレシュア王国の方だと思います。


 サナーギュアは、こう申しては何ですが、万事について議論を経ずに行動を起こす事を忌み嫌う傾向があります。


 昔から、こう言われているのですよ。

 東に(ぼう)あり、西に乱あり、南に論あり、とね。


 ラフレシュアなら、議論を省略して即行動というのも分かるのですが、サナーギュアがそこまでがむしゃらになるというのは……閨閥再生が目的だとしても、行動が早すぎると思うのです」


 そう語るロベルティートを、ランスフリートは何度もうなずきながら見た。


「他の理由もあると、見るべきですね。

 大変よく分かりました。

 して、ロベルティートどののご見解は」


「さっぱりです。

 お役に立てそうもなく、申し訳ない限りですが、心当たりがありません」


 残念そうに、彼は肩をすくめた。

 ランスフリートとダディストリガは、一瞬だけ顔を見合わせた。


「ならば、ご質問を変えましょう。

 心当たりがありそうな人物を選ぶことは、お出来になりますか」

「……内情を探りたいとのご意志ですか」


 苦笑が漏れた。


「お力添えをしたいのはやまやまなのですが、今の私に手繰れそうな伝手はないかと思います。

 何しろ、宮廷を裸で追い出されたので、わたしと親しくしていた貴族たちに連絡をとりようがありません。

 仮に取れたとしても、危険人物のわたしと好んで接触したがる仁がいるとは、どうも」


 ロベルティートがそこまで言ったときだ。

 急に、遠くで控えていたオタールスがひざまずき


「恐れながら、殿下」


 声をかけてきた。

 三名の貴人達は一斉に、声の主を注目した。


 ダディストリガは、身分違いの人物が口出ししてきた事を嫌がる風で、ランスフリートは興味深げに。

 そしてロベルティートは、かすかな希望を見出したかのような、明るい表情を作った。


「おお、そうか。

 オタールス。足下(そっか)が居たのだった。

 わたしには無理な話でも、足下の伝手であれば、あるいは」


「ご明察、恐れ入り奉ります。

 それがしには、弟がおります。


 王家にお仕え申し上げる剣士の端くれとして、シルマイトさまに心を寄せるが如き邪道には、足を踏み込んではおりますまい。


 わたしは、恐らく消息不明として扱われておりますでしょう。

 生存を知らせるためにも、ぜひお役目を頂戴し奉りたく」


 臣下オタールスが名乗りを上げる事によって、細いながらも両国をつなぐ糸は、再びその意義を回復したのだった。

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